未来に向かって突き進め!

夏野かろ

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第4章 心に炎は燃えているか

最後の最後まで/Hold on

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虎太郎は顔を夕陽のある方へ向ける。そして喋りだす。

「ロバートっていう黒人ボクサー、知ってる?」

リンはとりあえず返事をする。

「いや、知らないけど……」
「実は、俺もよく知らないんだけどさ。
 でも、ある時、あの人の試合を見て、俺もこの人みたいに頑張ろうって思った」
「うん」
「後で知ったんだけどさ。あの人、負けちゃったんだ。
 チャンピオンからボコボコに殴られながら、14ラウンドも戦った。
 けど、最後の最後、15ラウンドで燃え尽きた。
 疲れ切ったところを攻められて、ノック・アウトされた。
 ……負けちゃったんだ」

虎太郎は細くて長いため息をもらす。ふぅーっ……。
それからまた話を続ける。

「リン。俺、特訓して強くなったのかな」
「それは、間違いなくそうよ。あんたは強くなった」
「じゃあ、俺はクレイグに勝てる?」
「勝てるに決まってるじゃない」
「100パーセント、絶対に、必ず?」

虎太郎は厳しい視線をリンに叩きつける。リンがひるむ。

「それは、その、そこまで強く言い切れるわけじゃないけど……」
「だろ?」

虎太郎はうつむく、視線を地面に落とす。
リンが話しかける。

「あのさ、トラタロー。
 どんな勝負でも、100パーセントってことはないよ。
 勝ち目のない勝負でも、とんでもない番狂わせが起きる時がある。
 勝利の女神って気まぐれで、誰に味方するか、わからない」
「……そのとおりだ」
「ねぇ、確かに100パーセントはないんだけどさ。
 でも、勝ち目が10パーセントっていうのと、50パーセント。
 誰が考えたって、それは50パーセントのほうがましなのよ。
 50より60、60より80、90、95。
 勝ち目を100にすることは出来なくても、100に近づけることはできる。
 それは、大事なことよ。努力して勝ち目を増やす、それは無意味じゃない」
「わかるよ」
「あんたは努力してきた。前に比べて、たくさん勝ち目が増えた。
 ねぇ、何がいちばん辛いの? 不安なことなの?」
「そうだな……」

虎太郎は大きく深呼吸する。息を吐きだす。ふぅーーーーーっ。
彼は喋り出す。

「試合に勝てるんだろうか、もしかしたら負けるかも。……不安に感じてる。
 でも、それよりもキツいって思うのはさ。
 俺が負けて、みんなが賭けに負けて、大損する。そこだよ」
「うん」
「リン、どうして俺に賭けちまったんだ? あの時、お前は言った。
 ”こいつが勝つって信じてるからよ”
 そう言った。違う?」
「違わない。確かにあたしはそう言った」
「ジムもスライも、お前につられて俺に賭けた。
 でも、お前を含め、みんな俺に期待しすぎなんだよ……。
 俺はそんな凄い奴じゃない。大きな勝負をやれる男じゃない」
「……」
「お前と一緒に特訓を始めた時は、ただ単に俺だけの話だった。
 俺が進級するか、退学するか……それだけのことだった。
 それなのに、いつの間にか、みんなを巻き込んだ大勝負になっちまった。
 俺はもう、責任がとれない。負けた時、みんなにどう謝ればいいかわからない」

虎太郎はそこで言葉を切る。リンは、何を喋るべきかわからない。
2人の間に沈黙がおとずれる。
……しばらく時間が経った後、ようやくリンが言葉を口にする。

「ごめん。
 あたし、あんたを励ますつもりで賭けたんだけど、逆効果になっちゃった」
「うん」
「前にあたしが話したこと、覚えてる? あたしは試合賭博で稼いでるって話」
「覚えてるよ。あの日だろ、2人で買い物とかした日」
「そう、あの日。あのね、あたしはいつだって、自分自身に賭けて気合を入れる。
 ”賭けたからには負けられない、何が何でも勝ってやる!”
 そうやって気合を入れる。それと同じこと、あんたにもしようと思った」
「うん」
「ごめん。本当に、ごめん。
 あんたはあたしと性格が違う、もっとあんたのこと理解して、
 あんたに合ったやり方で励ますべきだった……」
「いや、いいよ、謝らなくて。根本的な話、意気地なしの俺が悪いんだから」
「違う、そうじゃない! これはあたしのミス、あたしの勇み足!
 もっと、もっと……。あんたのこと、よく理解すべきだった……」

リンの声は震えている。彼女は拳をギュッと握る。
彼女は心の痛みを殺そうとする、その痛みと戦い続けながら喋る。

「あたし、あんたを責めないよ。あんたが負けたって、責めない。
 お金がなくなるのは辛いけど、でも、それより辛いことがあるから」
「……何がさ?」
「あんたが悲しむのが辛い。あんたが不安に包まれるのが辛い。
 本当、馬鹿な事しちゃった。ごめん」
「……」
「こんなこと言う資格、あたしにはないかもしれないけど。
 タイガー、元気出してよ。
 賭けって、根本的には本人の責任でやるものでしょ?
 もしあんたが負けて、あたしが大損したって、それはあたしの責任なのよ。
 深く考えずに賭けたあたしが悪い。あんたは悪くない。悪くないのよ」
「うん」
「あんたが負けたって、あたしはあんたを責めない。
 きっと、ジムやスライだって、あんたを責めない。
 もしあいつらがあんたを責めるなら、あたしがあんたを守るから。
 ねぇ、だから、タイガー。元気出してよ……。
 あんたがそんな顔してるの、あたし、すごく辛い……」

リンは静かに泣き出す。虎太郎はその嗚咽おえつを黙って聞いている。
少しの時間が流れる。リンの混乱が次第に落ち着いてくる。
不意に、虎太郎は喋り出す。

「リン。俺、最後までいくよ」
「最後?」
「そうさ。最後の最後まで、頑張り続ける。
 いろいろ話して、吹っ切れた。
 結局、戦うしかないんだものな。だったら、前向きにいかなきゃ。
 要は、俺が勝てばいいんだ。そうすりゃ、すべて丸く収まる。
 リン。泣くのはやめようぜ。それより、やらなくちゃいけないことがある」
「何……?」
「特訓に決まってるだろ。
 最大限まで勝ち目を増やすんだ。少しでも勝利に近づくんだよ。
 ロバートは最後のラウンドまで頑張った。最後まで勝ちを追いかけた。
 だったら、俺だって最後まで頑張ってやる。戦い抜いてやる。
 だから、リン。最後まで付き合ってくれ。お前が必要なんだよ。
 俺を鍛えてくれ、そして、応援してくれ。俺が勝てるように」
「うん……!」
「頑張ろう。頑張ろうぜ、最後まで……!」

2人は顔を見合わせる。
リンの顔は、涙で汚れてぐしゃぐしゃ。
虎太郎はポケットからハンカチを出し、リンに渡そうとする。
そうしながら言う。

「涙をふいたら、いこうぜ。あと少しだ、もう少しですべて終わるんだから」

リンが返事をする。「うん!」
夕暮れの光がリンの涙を輝かせている。まるで、ダイヤモンドのように。



せめて、後悔だけは残らないように。全力でいこう。
第4章、終わり。
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