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第2章 2084年
第36話 次はきっといいことに出会えます Mean voucher
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翌日、朝。マンションから熊里が出てくる。少し遅れて家事手伝いのガイノイドも。
どちらも簡素な装いだ。熊里は、スニーカーにスラックス、シャツ、ネイビーのジャケット。ガイノイドは桜色の着物を着ている。
二人は歩き出す。もしその様子を遠くから見れば、若夫婦や恋人同士に思えることだろう。もちろんそんな関係ではないけれど。
うんざりとした表情の熊里が愚痴り始める。
「ったく……。これで何度目だ、鳥のフンで洗濯物が汚れるのは……」
ガイノイドは微笑みながら言う。
「確か3度目でございます」
「そんなに?」
「私としても4度目の被害は嫌でございます。ですから、こうして鳥よけネットを買いにいくのです」
「ホントに効き目あるのかよ……」
「えぇ、きっと。熊里様、そんなに気を落とさないでください。
生きていればいいこともあれば悪いこともあります。今日はもう悪いことに出会ったのですから、次はきっといいことがありますよ」
「そういうもんかね……」
二人の行く手に一軒の建物が見える。屋上の看板が”レンタカーならコグロ屋!”と示している。
コグロ屋のそばには駐車場があり、何台かの自動車が停めてある。
駐車場のあちらこちらには何台ものカメラが設置されている。熊里はそれに気づくが、すぐに視線をそらして見て見ぬふりを決めこむ。
楽しく暮らしたければカメラなんて気にしてはいけない。もし20台以上が設置されていても、だ。
それから約15分後。街の某所の立体駐車場、5階。一台の青い車が入ってくる。それは滑らかな動きで駐車枠の内側に停まる。
助手席の熊里が運転席のガイノイドに言う。
「それじゃ、速攻で買いに行ってくるから、そっちもさっさとスーパーよろしく」
「かしこまりました」
「とにかく速攻でね、速攻で」
「はい」
「終わっても連絡は無しでいい、すぐここに戻ってきて」
「はい」
「行こう」
二人とも車から降りる。出口へと歩いていく。
その姿を場内の複数の防犯カメラが監視し続けている。
日曜大工の店の中に熊里がいる。彼は鳥よけネットが陳列された棚の前に立っている。
一つの商品を手に取り、箱の宣伝文句を読む。
”とってもお得な大容量! 持続日数180日!”
箱をひっくり返して裏面の説明文を読む。
”ウィナー博士の研究に基づく新発明の鳥よけ成分が、カラスもハトもよせつけません!”
興味なさそうな顔で元の場所に戻し、体の向きを変えて他の商品をながめる……ふりをする。
そっと目だけを動かし、遠くの天井を見る。防犯カメラと思われる白い物体がいくつか設置されているのが分かる。
監視されているという感覚が熊里の心を圧迫していく。窒息しそうな錯覚をおぼえる。
別に空気の状態が悪いわけではない、万引きのような悪いことをしているわけでもない。なのに不安と緊張が高まっていく。
彼はどうしてもこう考えてしまう。
(日常生活のささいな行為ですら、リトル・マザーに見られている。もし何か疑わしいことをすると、”怒られる”かもしれない……)
怖くなって視線を棚に戻す。適当な商品をつかみ、説明文を読む。
それによると、敏感肌の人でも安心して使えることが売りらしい。価格をチェック、これなら納得できる。購入決定だ。
空いているレジに進み、店員に品物を渡す。店員は熊里にたずねる。
「お客様、SSカードはお持ちですか?」
SSカードとは、あるポイント・カードの名前だ。この店を含む多くの商店が採用していて、提示するとしばしばクーポンがもらえるため、爆発的に普及した。
熊里は慌ててSSカードを取り出す。
「えぇ……どうぞ」
「はい。(バーコード部分を読み取って返却)、798円です」
「全額ポイント払いでお願いします」
「かしこりました。こちら、レシートとクーポンです」
店を出た熊里はクーポンの内容を確認する。SSカードが使えるスーパーでパスタを買うと、対象商品が10パーセントの割引になるらしい。
ガイノイドの言葉が思い出される。”今日は既に悪いことに出会いました、なら、次はきっといいことに出会えます”。
その通りのようだ。熊里は少しの満足感をおぼえ、微笑む。
熊里は立体駐車場へ続く道を歩いていく。この道は大通りに接続していて、そこは現在いわゆる歩行者天国の状態だ。
特に疑問を持たず、彼は群衆に混ざる。しかしすぐに、何か様子がおかしいことに気づく。
大通りをこのまま進むと広場に出るのだが、どうやらそこで集会が行われているらしい。それも、非常に騒がしい集会が。
遠くから観察した限りでは、どうやらそれはデモだ。プラカードを持った人々が大勢いる。
リーダーと思われる日本人の中年男性が拡声器で叫んでいる。
「皆さん! どうか聞いてください! いえ、その前にまず空を見ていただきたい! いくつものドローンが飛んでいるのがわかるでしょう!」
男の言葉通りに熊里は空を見る。3機のドローンが視界に入ってくる。
もっと遠くのほうを見ると、騒ぎをききつけて緊急発進したのだろうか、1機のドローンが高速で向かってきているのがわかる。
しかし男は何も気に留めずに演説を続ける。
「我々はドローンによって空から監視されている! リトル・マザーは否定するが、しかしこれは明らかに監視でしょう!
プライバシーの侵害なんです! 人権に対する罪だ!」
パトカーのサイレンの音が聞こえてくる。ひと騒動になりそうだ。
どちらも簡素な装いだ。熊里は、スニーカーにスラックス、シャツ、ネイビーのジャケット。ガイノイドは桜色の着物を着ている。
二人は歩き出す。もしその様子を遠くから見れば、若夫婦や恋人同士に思えることだろう。もちろんそんな関係ではないけれど。
うんざりとした表情の熊里が愚痴り始める。
「ったく……。これで何度目だ、鳥のフンで洗濯物が汚れるのは……」
ガイノイドは微笑みながら言う。
「確か3度目でございます」
「そんなに?」
「私としても4度目の被害は嫌でございます。ですから、こうして鳥よけネットを買いにいくのです」
「ホントに効き目あるのかよ……」
「えぇ、きっと。熊里様、そんなに気を落とさないでください。
生きていればいいこともあれば悪いこともあります。今日はもう悪いことに出会ったのですから、次はきっといいことがありますよ」
「そういうもんかね……」
二人の行く手に一軒の建物が見える。屋上の看板が”レンタカーならコグロ屋!”と示している。
コグロ屋のそばには駐車場があり、何台かの自動車が停めてある。
駐車場のあちらこちらには何台ものカメラが設置されている。熊里はそれに気づくが、すぐに視線をそらして見て見ぬふりを決めこむ。
楽しく暮らしたければカメラなんて気にしてはいけない。もし20台以上が設置されていても、だ。
それから約15分後。街の某所の立体駐車場、5階。一台の青い車が入ってくる。それは滑らかな動きで駐車枠の内側に停まる。
助手席の熊里が運転席のガイノイドに言う。
「それじゃ、速攻で買いに行ってくるから、そっちもさっさとスーパーよろしく」
「かしこまりました」
「とにかく速攻でね、速攻で」
「はい」
「終わっても連絡は無しでいい、すぐここに戻ってきて」
「はい」
「行こう」
二人とも車から降りる。出口へと歩いていく。
その姿を場内の複数の防犯カメラが監視し続けている。
日曜大工の店の中に熊里がいる。彼は鳥よけネットが陳列された棚の前に立っている。
一つの商品を手に取り、箱の宣伝文句を読む。
”とってもお得な大容量! 持続日数180日!”
箱をひっくり返して裏面の説明文を読む。
”ウィナー博士の研究に基づく新発明の鳥よけ成分が、カラスもハトもよせつけません!”
興味なさそうな顔で元の場所に戻し、体の向きを変えて他の商品をながめる……ふりをする。
そっと目だけを動かし、遠くの天井を見る。防犯カメラと思われる白い物体がいくつか設置されているのが分かる。
監視されているという感覚が熊里の心を圧迫していく。窒息しそうな錯覚をおぼえる。
別に空気の状態が悪いわけではない、万引きのような悪いことをしているわけでもない。なのに不安と緊張が高まっていく。
彼はどうしてもこう考えてしまう。
(日常生活のささいな行為ですら、リトル・マザーに見られている。もし何か疑わしいことをすると、”怒られる”かもしれない……)
怖くなって視線を棚に戻す。適当な商品をつかみ、説明文を読む。
それによると、敏感肌の人でも安心して使えることが売りらしい。価格をチェック、これなら納得できる。購入決定だ。
空いているレジに進み、店員に品物を渡す。店員は熊里にたずねる。
「お客様、SSカードはお持ちですか?」
SSカードとは、あるポイント・カードの名前だ。この店を含む多くの商店が採用していて、提示するとしばしばクーポンがもらえるため、爆発的に普及した。
熊里は慌ててSSカードを取り出す。
「えぇ……どうぞ」
「はい。(バーコード部分を読み取って返却)、798円です」
「全額ポイント払いでお願いします」
「かしこりました。こちら、レシートとクーポンです」
店を出た熊里はクーポンの内容を確認する。SSカードが使えるスーパーでパスタを買うと、対象商品が10パーセントの割引になるらしい。
ガイノイドの言葉が思い出される。”今日は既に悪いことに出会いました、なら、次はきっといいことに出会えます”。
その通りのようだ。熊里は少しの満足感をおぼえ、微笑む。
熊里は立体駐車場へ続く道を歩いていく。この道は大通りに接続していて、そこは現在いわゆる歩行者天国の状態だ。
特に疑問を持たず、彼は群衆に混ざる。しかしすぐに、何か様子がおかしいことに気づく。
大通りをこのまま進むと広場に出るのだが、どうやらそこで集会が行われているらしい。それも、非常に騒がしい集会が。
遠くから観察した限りでは、どうやらそれはデモだ。プラカードを持った人々が大勢いる。
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「皆さん! どうか聞いてください! いえ、その前にまず空を見ていただきたい! いくつものドローンが飛んでいるのがわかるでしょう!」
男の言葉通りに熊里は空を見る。3機のドローンが視界に入ってくる。
もっと遠くのほうを見ると、騒ぎをききつけて緊急発進したのだろうか、1機のドローンが高速で向かってきているのがわかる。
しかし男は何も気に留めずに演説を続ける。
「我々はドローンによって空から監視されている! リトル・マザーは否定するが、しかしこれは明らかに監視でしょう!
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