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第10章 この社会を革命するために 後編
第172話 踏みにじられた権利を回復するために Der Kampf um's Recht
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シンゴは話を続ける。
「俺だってな、自分や仲間たちのやり方が正しいとは思っちゃいねぇよ。政府や企業のサーバーをクラッキングして情報を盗むなんて、明らかに犯罪なわけだからな。
でも、今の日本で真実を知りたきゃ、こういう強引な方法を使うしかないだろ? だって合法的に情報収集をしたら、最悪は情報局に殺されちまうわけだから」
「正確に言うなら局の親玉のLMに殺されちまうんだろ」
「もちろん! 結局のところ、全てがおかしくなったのはあのクソアマが誕生してからだ。それまでは曲がりなりにも言論の自由があったのに、LMがつぶしやがった。
そして奴は言論弾圧を可能にするために監視社会を作り上げ、今じゃ神のごとき圧倒的な力を振り回す……」
「いったいどうしたらいんだろうな?」
「武力に訴えてでもLMを破壊し、解体する。それしかないだろ?」
「話し合いで解決できればいいんだけどね……」
「そんな平和なやり方は奴には通じない。こちらが話し合いをしようとすると、何かが始まる前に暗殺され、何もできない。そういう現実をお前は知ってるはずだろうが」
言いながらシンゴは傍らの本を取り上げる。彼がさっきまで読んでいたものだ。治はそれに視線を走らせ、シンゴに質問する。
「それ、何の本?」
「タイトルは『権利のための闘争』。書いたのはイェーリングって男だ。もう200年以上も昔に出版されたシロモノさ」
「内容は?」
「なかなか興味深いぜ。たとえば彼はこんなことを述べている。
(引用※1)
”自分の権利があからさまに軽視され蹂躙されるならばその権利の目的物が侵されるにとどまらず自己の人格までもが脅かされるということがわからない者、
そうした状況において自己を主張し、正当な権利を主張する衝動に駆られない者は、助けてやろうとしてもどうにもならない。”
いいか、治。俺たち国民には真実を知る権利がある。だが今の日本では、そういったものは蹂躙されるどころか徹底的にぶっ壊された。
ならば、真実を知る権利をぞんぶんに主張することの何がおかしいんだ?」
「イェーリングは他にどんなことを言ってるんだ?」
「じゃあ引用をもう一つ。
(引用※2)
”長い平和の時代が続き、永久平和を信ずる思想が百花繚乱と姸(けん)を競ったかと思うと、一発の砲声によって太平の夢が破られる。
平和を享受した世代に代わって登場した次の世代が、戦争という厳しい労働によってようやく平和を回復しうるということになる。”
言論の自由、監視されない自由、プライバシーを侵害されない権利は、俺たちの前の世代は確かに享受していたんだろうさ。
だがそれらはあっけなくLMに奪い取られた。だから俺にせよ他の連中にせよ、失われた自由や権利を回復するために必死で戦っている」
「でもさ、その主張はちょっと攻撃的というか、あまりに好戦的すぎやしないか?」
「俺は無闇やたらと戦うことを肯定しているわけじゃないし、イェーリングもこう言ってる。
(引用※3)
”私はどんな争いにおいても権利のための闘争を行えと要請しているわけではなく、
権利に対する攻撃が人格の蔑視を含む場合にのみ闘争に立ち上がることを求めているのである。
譲歩と宥和の気持、寛大さと穏やかさ、和解とか権利主張の断念とかいったことについては、私の理論も十分にその意義を認めている。
私の理論によって批判されるのは、臆病や不精や怠慢によって漫然と不法を甘受する態度だけである。”
ここだよ、ここが重要なんだ。繰り返していうが、無闇に戦って戦いまくれってことじゃない。寛大に物事を受け止め、穏便にすますことは大切なことだ。
問題となるのは、相手がこっちの人格を踏みにじるようなひどいことをして、なのに何もせず事なかれ主義でやり過ごそうとする態度だ。そりゃおかしいぜ」
「まぁ言いたいことはわかるよ。でもイェーリングの主張が絶対に正しいわけじゃないだろう?」
「そりゃ勿論。彼の言い分にだっていろいろ問題点はあるさ。しかし、一つ間違いがあるからといって他のすべてが否定されるわけでもない。
とにかくだな、俺が一番言いたいのは、少なくとも2084年の監視社会においては、もはや武力闘争を行う以外に言論の自由を回復する手段がないってことだ。
それにだぜ、治、お前だってリークのために殺されそうになってて、それでこうして俺たち革命戦団の世話になってるわけだろう。
権力者に楯突いて戦うって意味じゃお前も俺も結局おなじなんだよ。だったら俺たちでケンカや言い争いをしても無意味だぜ」
「まぁ確かに……。同意するよ」
一気に喋った疲れを感じ、シンゴは少し黙る。本に視線を落とし、考える。武力闘争の道を選んだ俺は間違っているのだろうか?
もしそうだとしたら、じゃあ今の日本でいったいどうしたら言論の自由を回復できる? プライバシーの権利を主張できる? 監視社会を解体できる?
こっちが冷静に話し合いで解決しようとしても、向こうはそれに応じようとせず、それどころか武力で口封じして話し合いの機会を叩き潰してくる。
そんな無茶苦茶な状況が固定化してしまったのなら、もはや言葉の力では何も解決できず、かわりに拳の力を使うしかない。少なくとも俺はそう信じるぜ。
引用元
『権利のための闘争』、岩波文庫
著者:イェーリング、訳者:村上淳一
出版:岩波書店、第二十七刷
引用※1
ページ:13
引用※2
ページ:31
引用※3
ページ:15
「俺だってな、自分や仲間たちのやり方が正しいとは思っちゃいねぇよ。政府や企業のサーバーをクラッキングして情報を盗むなんて、明らかに犯罪なわけだからな。
でも、今の日本で真実を知りたきゃ、こういう強引な方法を使うしかないだろ? だって合法的に情報収集をしたら、最悪は情報局に殺されちまうわけだから」
「正確に言うなら局の親玉のLMに殺されちまうんだろ」
「もちろん! 結局のところ、全てがおかしくなったのはあのクソアマが誕生してからだ。それまでは曲がりなりにも言論の自由があったのに、LMがつぶしやがった。
そして奴は言論弾圧を可能にするために監視社会を作り上げ、今じゃ神のごとき圧倒的な力を振り回す……」
「いったいどうしたらいんだろうな?」
「武力に訴えてでもLMを破壊し、解体する。それしかないだろ?」
「話し合いで解決できればいいんだけどね……」
「そんな平和なやり方は奴には通じない。こちらが話し合いをしようとすると、何かが始まる前に暗殺され、何もできない。そういう現実をお前は知ってるはずだろうが」
言いながらシンゴは傍らの本を取り上げる。彼がさっきまで読んでいたものだ。治はそれに視線を走らせ、シンゴに質問する。
「それ、何の本?」
「タイトルは『権利のための闘争』。書いたのはイェーリングって男だ。もう200年以上も昔に出版されたシロモノさ」
「内容は?」
「なかなか興味深いぜ。たとえば彼はこんなことを述べている。
(引用※1)
”自分の権利があからさまに軽視され蹂躙されるならばその権利の目的物が侵されるにとどまらず自己の人格までもが脅かされるということがわからない者、
そうした状況において自己を主張し、正当な権利を主張する衝動に駆られない者は、助けてやろうとしてもどうにもならない。”
いいか、治。俺たち国民には真実を知る権利がある。だが今の日本では、そういったものは蹂躙されるどころか徹底的にぶっ壊された。
ならば、真実を知る権利をぞんぶんに主張することの何がおかしいんだ?」
「イェーリングは他にどんなことを言ってるんだ?」
「じゃあ引用をもう一つ。
(引用※2)
”長い平和の時代が続き、永久平和を信ずる思想が百花繚乱と姸(けん)を競ったかと思うと、一発の砲声によって太平の夢が破られる。
平和を享受した世代に代わって登場した次の世代が、戦争という厳しい労働によってようやく平和を回復しうるということになる。”
言論の自由、監視されない自由、プライバシーを侵害されない権利は、俺たちの前の世代は確かに享受していたんだろうさ。
だがそれらはあっけなくLMに奪い取られた。だから俺にせよ他の連中にせよ、失われた自由や権利を回復するために必死で戦っている」
「でもさ、その主張はちょっと攻撃的というか、あまりに好戦的すぎやしないか?」
「俺は無闇やたらと戦うことを肯定しているわけじゃないし、イェーリングもこう言ってる。
(引用※3)
”私はどんな争いにおいても権利のための闘争を行えと要請しているわけではなく、
権利に対する攻撃が人格の蔑視を含む場合にのみ闘争に立ち上がることを求めているのである。
譲歩と宥和の気持、寛大さと穏やかさ、和解とか権利主張の断念とかいったことについては、私の理論も十分にその意義を認めている。
私の理論によって批判されるのは、臆病や不精や怠慢によって漫然と不法を甘受する態度だけである。”
ここだよ、ここが重要なんだ。繰り返していうが、無闇に戦って戦いまくれってことじゃない。寛大に物事を受け止め、穏便にすますことは大切なことだ。
問題となるのは、相手がこっちの人格を踏みにじるようなひどいことをして、なのに何もせず事なかれ主義でやり過ごそうとする態度だ。そりゃおかしいぜ」
「まぁ言いたいことはわかるよ。でもイェーリングの主張が絶対に正しいわけじゃないだろう?」
「そりゃ勿論。彼の言い分にだっていろいろ問題点はあるさ。しかし、一つ間違いがあるからといって他のすべてが否定されるわけでもない。
とにかくだな、俺が一番言いたいのは、少なくとも2084年の監視社会においては、もはや武力闘争を行う以外に言論の自由を回復する手段がないってことだ。
それにだぜ、治、お前だってリークのために殺されそうになってて、それでこうして俺たち革命戦団の世話になってるわけだろう。
権力者に楯突いて戦うって意味じゃお前も俺も結局おなじなんだよ。だったら俺たちでケンカや言い争いをしても無意味だぜ」
「まぁ確かに……。同意するよ」
一気に喋った疲れを感じ、シンゴは少し黙る。本に視線を落とし、考える。武力闘争の道を選んだ俺は間違っているのだろうか?
もしそうだとしたら、じゃあ今の日本でいったいどうしたら言論の自由を回復できる? プライバシーの権利を主張できる? 監視社会を解体できる?
こっちが冷静に話し合いで解決しようとしても、向こうはそれに応じようとせず、それどころか武力で口封じして話し合いの機会を叩き潰してくる。
そんな無茶苦茶な状況が固定化してしまったのなら、もはや言葉の力では何も解決できず、かわりに拳の力を使うしかない。少なくとも俺はそう信じるぜ。
引用元
『権利のための闘争』、岩波文庫
著者:イェーリング、訳者:村上淳一
出版:岩波書店、第二十七刷
引用※1
ページ:13
引用※2
ページ:31
引用※3
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