2LDKの聖者様

おやぶん

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飲みニケーションもたまには有効である

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「新居と就職を祝して、乾杯!」

グラスを手に信之が音頭をとると、向かいに座った春馬が「かんぱーい」と満面の笑みで応えた。カチンと小さな音を立てて互いのグラスを触れ合わせると、並々と入れられていた酒をグッと呷る。
麦酒ではあるが、日本で慣れ親しんだビールとはまた違うそれは意外にも飲みやすい。
あっという間に半分程中身の減ったグラスを置き、信之はフォークを手に取った。
机の上には、王都の商店街を歩き回って買い入れた様々な料理が並べられている。
エアル国に信之と春馬が落っこちてはや半月。
春馬の希望で王都に用意された家が完成し、本日ようやく入居に至ったため、最低限の片付けだけを行い二人だけで引っ越しパーティーと相成ったのだ。

「いやぁ、まさか聖者なんていうとんでも業種に就職するなんて思ってなかったです」

パンをちぎりながら、春馬が照れ臭そうに唇を尖らせる。
元々が真面目な性格であったのだろう春馬は、日々真面目に聖者に必要な訓練をこなしていた。信之も一度だけ春馬の魔法の訓練を見学した事がある。
何も無いところから突然柔らかな白い光が溢れる摩訶不思議な光景を思い出した信之は、あれは確かに聖者っぽかったなと、ピリ辛なソースで炒められた野菜を噛み締めながらうんうんと頷く。

「聖者様を業種と言っても良いのかはまぁ、分からんけど、おめでとう」
「菅野さんは薬草園での仕事、どうですか?」

悪戯っぽく笑った春馬が骨付き肉を握るとマイクの様に信之へ向ける。
聞いたこともない生き物の肉は、店主曰くの秘伝のタレで焼かれており非常に食欲をそそる匂いがしていた。
信之はニヤリと笑うと差し出された形になっている肉にパクりと噛み付いた。驚いた様に目を瞬かせる春馬に、少しだけ気分を良くする。
見た目を裏切らず肉は美味しかった。

「…楽しいよ。毎日新しい事ばっかりだけど、皆んな良い人で助かってる」

初めてアールトスの案内で訪れた翌日から、信之は薬草園の手伝いに行っているのだが、一昨日初めて行ったマンドラゴラ…では無くクロタリアスの収穫を思い出し、遠い目をする。
慣れない収穫作業に戸惑う信之を翻弄する様に、うふふと上品に笑いながら二股に裂けた主根の先を駆使して駆け抜けて行く人参の様な植物。柵がなければ体育館四つ分を走り回らないといけないところであった。
逃げ出したクロタリアスの捕獲を手伝ってくれたり、あれこれ質問しても嫌な顔せず教えてくれたりと、薬草園の職員は皆親切だ。
また、頻繁に顔を出すとの自己申告通り2、3日に一度のペースで薬草園に出入りするアールトスも気に掛けてくれており、信之をフォローしてくれていた。最近では「アールトス様」「ノブユキ」と呼び合う仲である。

「菅野さんは明日からも通うんですよね?」

唇の端にタレを付けた春馬が問う。余程美味しかったのであろう、骨付き肉はすっかり骨だけになっていた。

「明日は新居の片付けに休み貰った。前田君は?」
「俺は明日も朝から、魔法と聖者の立ち居振る舞いの訓練です」

信之の返答に、春馬ががっくりと肩を落とした。
今日まで半月、前向きで何事にも嫌がる様子を見せなかった春馬の意外な姿に、思わず笑みが溢れる。全く酒の力は偉大だ。
もさもさとサラダを頬張る21歳の青年の双肩にかかる重圧は如何程のものなのだろうか。
きっと今まで気を張って過ごしていたのだろうなと思うと、支えられている事が嬉しく、また、支えてあげないとという気持ちにさせられた。
とりあえず明日は、春馬の分も新居の片付けと掃除を頑張ろうと信之は決意を新たにする。

「前田君はその内、世界樹に参拝しに行くんだよな?」

空になったグラスに麦酒を注ぎながら、未だ落とした肩が戻らない春馬に問いかけた。
チラリと視線を寄越した春馬がグラスを差し出してきたため、同じ様に注いでやる。

「参拝って、神社行くみたいな言い方やめて下さいよ、なんか笑えます」
「似た様なもんじゃないの?なんかほら、デッカい木の根元に凄いギリシャの神殿みたいなのがあるの想像してたけど」

日本人は宗教に関して割と大らかだ。信之も例に漏れず、実家は曹洞宗だがクリスマスだって満喫する人間である。
転移した数日後より始まった此方の世界を学ぶ授業で、世界樹についても説明を受けていたが、今一つ現実味も無く、『へぇ、そんな宗教あるんだ』と流した。
よって信之の中で聖者が世界樹に行く事は、以前TVで観たパルテノン神殿のような宗教施設に初詣よろしく参拝に行く、という認識になっている。
グラスに並々注いだ麦酒を一息で飲み干すと、春馬は首を横に振った。

「いや、クレアスからは、本当に何も無い原っぱにデカい木が生えてるだけって聞いてます。なんでも世界樹に魔力を流す事で、正式にこの世界に聖者として認められるみたいです」

春馬の説明に、信之はふんふんと相槌を打つ。
分かったか分かってないか曖昧なその様子に、春馬の目がジトリと細められる。

「そもそも、神様がいないから神殿とか教会みたいなもんは無いって、歴史かなんかの講義で教わりませんでしたっけ?」
「あー…そうだった?流石現役大学生は記憶力が違うな。オジサンはダメだね、すーぐ忘れちゃう」
「もー、酔ってきてるでしょう菅野さん」

ダメな子を諭す様な春馬から、誤魔化す様に目を逸らして麦酒を飲む。
おかわりしようと酒瓶に手を伸ばすが、直前で春馬に瓶を遠ざけられた。ムッとして春馬を見遣るが、くすくす笑って相手にされない。信之は諦めてパンに手を伸ばす。
春馬は酒を諦めた信之に満足して、自身も野菜炒めに手を伸ばしたが、ふと何事かを思い出した様にフォークを持つ手を止めると「あぁでも」と、口を開いた。

「世界樹に行く話をしてた時にチラッと聞いたんですけどね、宗教もあるにはあるらしいですよ、ごく小規模なのが」
「へぇ」
「なんか世界樹とは別の“創造神”を信仰しててどうとか?俺も元々宗教みたいなの興味無いんで、サッパリ理解できなかったんですけどね」
「それで良いのか聖者様よぅ」

えらく曖昧な説明をする春馬を揶揄うと、「おいおい学んで行くのでよいのです」と菩薩の様に目を細めて鷹揚に頷くため、信之は声をあげて笑った。
笑う信之を見て春馬がドヤ顔をするため、更に笑いが止まらなくなる。
結局信之は、春馬がシンクに水を汲みに行って戻ってくるためずっとひいひいと笑い続けていた。
エアル国での生活が始まってから色々と環境の変化や不安もあり、酒の力もあるだろうが、こんなに笑ったのは久しぶりであった。
ひいふうと何とか呼吸を整えて春馬から受け取った水を飲むと、大きく息を吐く。

「俺さ、ほんと前田君には感謝してるんだよ」

笑い過ぎて目尻に溜まった涙を拭いながらの、唐突な信之からの謝意表明に、春馬が胡乱気な視線を向けてきた。

「本格的に酔いが回ってきてますね?」

酔っ払いだと断定する言葉に、信之はムッと眉間に皺を寄せると「酔ってない!」と言い募る。
しかし喧嘩がしたいわけではない為、気持ちを落ち着かせる様に深呼吸をすると、真正面から春馬の目を見据えた。

「俺ってただの巻き込まれた人間なのに、前田君のおかげで良くしてもらって感謝してる。まぁ突然労使交渉始めて、家をくれって言い出した時は驚いたけど」
「…あの時は、必死だったんですよ」
「必死?」

軽く首を傾げる信之に、春馬は困った様に頬を掻きながら答える。

「ヤバいと思ったんです。このままじゃ、俺が巻き込んだ親切な人が、暴行されたり強制労働させられたりお城から放り出されたり、兎に角酷い目に遭うんじゃ無いか…って」

春馬の口から出てくる恐ろしい単語に信之は息を呑む。確かに魔法が使えない自分が生きていけるのかどうか不安に感じてはいたが、そこまでは信之は考えていなかった。
現実になったらと思うとゾッとして両の腕に鳥肌が立ち、誤魔化すように腕を摩る。

「前田君はなかなか想像力豊かだな」
「想像じゃないです、異世界転移物のテンプレートです」

信之が重たい空気を茶化す様に口を開いたが、春馬は真顔で首を横に振った。少し視線を落として言葉を続ける。

「俺、ラノベで異世界に転移する話をよく読んでたんです。転移に巻き込まれた主人公は、それはもう悲惨な目に会うんです」

異世界転移という非現実的な現象に巻き込まれたのだから、それは物語の中の話だろうとあしらう事は信之には出来なかった。
何せ王様がいて貴族がいるような身分社会。
後ろ盾も、気に掛けてくれる家族もいないこの世界で信之が殺された所で、その理不尽に対して声をあげてくれる人は1人もいない。誰の目に留まることもないまま、無かったことにされるのだ。
たらればを言っても仕方が無いが、聖者である春馬が信之に興味を示さなければ、違う未来になっていたのかもしれない。

「でもさ、何でそこまで初対面の俺のこと考えてくれたんだ?」

信之と春馬は、あの日あの時、たまたま同じ交差点で信号待ちをしていただけの他人だ。
ずっと心の片隅で燻っていた疑問を春馬に投げかける。
じっと見つめる信之に、春馬の眉が困った様に下がった。

「だって、菅野さんだけは助けようとしてくれたから、この人は良い人なんだなって。だから次は俺が助けたいって思ったんです」
「…そうか」

グラスに残った水をグッと飲み切る。照れ臭くてボソリと小さな声になった信之の「ありがとな」の言葉に、春馬は笑って頷いた。
酔った勢いとはいえ、ずっと気に掛かっていた事を聞か事ができて信之の気持ちが僅かに軽くなる。
歳の離れた男二人の新生活初日の夜は、穏やかに過ぎていったのであった。

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