異世界からの逃亡王子に溺愛されています ~『喫茶マドレーヌ』の昼下がり~

朝陽ゆりね

文字の大きさ
32 / 54
第5章 恋?

8

しおりを挟む
 そう考えた多希の判断は間違っていた。

 常連客が帰る時刻に現れた前川は、注文が遅いと文句をつけたのだ。この日は多希が謝ると帰っていったが、翌日では皿が汚れていると言いだした。その翌日はカレーの味がおかしいとクレームをつけた。

 必ずなにかにつけて文句を言うのだが、言い続けることはしない。多希が謝ると愚痴りながら引き下がる。警察に相談するほどでもなく、かといって注意してくれそうな常連客のいない時間帯なので、店内にいる客たちは居心地悪そうにしている。

 そんな日が一週間続いた。

 さすがに多希も滅入ってきたようで、ランチタイムが終わろうとする時刻になると浮かない顔になった。

 そして今日も同様だった。前川はコーヒーがマズいと文句を言い、多希が深く頭を下げて謝ると、精算をして出て行った。

 だが、今日はライナスが行動に出た。前川を追いかけて行ったのだ。

「前川さん、すみません」
「お前と話すことなんてない」
「私はあります。私はあなたに決闘を申し込みたい」
「け? ……ええ!?」

 仰天する前川の正面にずいっと踊り出、ライナスは右腕を胸に当てた。

「わが国では想いを寄せる女性に対し、他にも同様の男がいる場合、決闘を申し込んで、勝った者が告白の権利を得る。あなたはタキさんが好きなのだろう? であれば、私はあなたに決闘を申し込み、あなたに勝ち、告白の権利を得なくてはならない。この戦い、受けて立っていただこう」

「はあ? なにを言ってるんだ、お前」

 ライナスがかぶりを振る。

「極めて真面目な話だ。あなたが勝って私を殺せば、私は死に、あなたはタキさんに交際を申し込むことができる。これは心に想う女性を懸けた、男の戦いだ」
「死ぬって……」
「決闘だから当然だ。道具は剣だから、頭や胸を刺せば、当然死ぬ」

 見る見る前川の顔から血の気が失せていく。命がけの決闘というとんでもない話に対してでもあるが、わけのわからないことを言うライナスに対する恐怖からでもあった。

「このライナス・ラドスキア、神の御名において、前川殿への決闘の申し込みを宣言する」
「じょっ、冗談じゃない! お前、頭がおかしいだろう! なにが決闘だ!」
「私の頭がおかしいなら、あなたはどうなのだ」
「なに!? お前、客の僕になんて無礼を!」
「正々堂々決闘を申し込む私の頭がおかしいと言うなら、必要以上に女性のあとを追いまわし、想いが実らないとなるとクレームをつけて困らせる。これは頭がおかしい行為ではないのか?」

 次第にライナスの声音が低く鋭くなっていくのを前川も感じているようで、顔色が悪くなっていく。

「タキさんを好きだと言うなら、堂々受けて立ったらどうだ。本当に想っているのなら戦えるだろう。今は白手袋がないからハンカチを投げる。それを受け取れば決闘だ」

 ライナスがエプロンのポケットから白いハンカチを取り出し、腕を振り上げた。

「バカ言ってんじゃない! つきあってられるか!」

 前川は吐き捨て、駆けだした。だが、少し行くと立ち止まり、振り返る。

「二度と僕に関わるな!」

 そう叫んで、今度こそ走り去って行った。
 ライナスが、はあ、と息を吐く。

「まったく根性のない。その程度で女性に迫るなど言語道断だ」

 いつも穏やかなライナスの口調に強い苛立ちがあった。

 一方、多希もまたライナスを追って二人の様子を窺っていた。

 心臓がバクバクとうるさいくらいに騒いでいる。とんでもないワードがいくつも飛び出して、多希を焦られた。

 想いを寄せる女性、告白の権利、男の戦い――ライナスが多希のことが好きだとはっきりと言ったのだ。

 まさか、と思う多希に、

「兄上、タキのこと好きだよ!」

 と、アイシスがまた大変なことを勝手に断言しているし。

「ねえ」
「あれは……前川さんを撃退するための口実よ」
「え?」
「実際、撃退に成功したし。そりゃビビるわよ、決闘なんて。日本じゃ考えられないもの」
「タキ、それは」
「それよりもお店! ほったらかしだわ!」

 照れを隠すように言い、多希は急いで店に戻った。

「そんなことないよー!」

 背後からアイシスの声が追いかけてくるが、多希はそれどころではなかった。自分の心が大混乱を起こしている。

(一国の王子様が、私みたいな平凡な女を好きになるはずがないって! 美人でもないし、セクシーでもないし、上流階級じゃなくて普通の家庭だし。あれは私を守るための口実。噓も方便。信じちゃダメだって)

 でも、と思ってしまう。

(おじいちゃんが嫁入り前の娘が男を~とか変なことを言うから、ただでさえ意識してたのに、こんなこと。ああ、心臓痛いっ。お仕事しなきゃ!)

 あわあわしながら店に戻り、食器を取ろうとして、多希は食器棚のガラスに映る自分の顔に気づいた。

(私……私は? 私はライナスさんのことどう思ってる? 王子様だからとか、異世界の人だからとか、言い訳並べているけど……好き、よね? やっぱり、惹かれてるよね? 自分に嘘はつけないもの。だけどライナスさんは、いずれ自分の世界に帰るわ。好きになってはいけない人で……本物の王子様で……)

 カランと鈴の音がしてライナスが戻ってくる。

 どんな顔をしたらいいのか、なんて思うものの、いつもと変わらない態度でいることしかできなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

【完結】 異世界に転生したと思ったら公爵令息の4番目の婚約者にされてしまいました。……はあ?

はくら(仮名)
恋愛
 ある日、リーゼロッテは前世の記憶と女神によって転生させられたことを思い出す。当初は困惑していた彼女だったが、とにかく普段通りの生活と学園への登校のために外に出ると、その通学路の途中で貴族のヴォクス家の令息に見初められてしまい婚約させられてしまう。そしてヴォクス家に連れられていってしまった彼女が聞かされたのは、自分が4番目の婚約者であるという事実だった。 ※本作は別ペンネームで『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...