29 / 37
序章・Halo World
第二十八話 便利屋の日常
しおりを挟む
繋の口から急に出てきた予想外のさらに外にあった名前に、
「ん? 猫ちゃんがどうし──って、まさか……」
真琴は心底不思議そうな表情を浮かべたあと、すぐその理由に思い当たったようで苦々しく嫌そうな顔へと変わっていく。本当に嫌そうな顔で、若干絶望の色が見え隠れしている。
「そのまさかだ。今回の召喚に呼ばれていたぞ」
なんとも名状し難い複雑な表情を浮かべ現実から目を逸らしたそうにしている真琴に向かって、繋はさらっと事実を口にする。
無慈悲と言える事実を突きつける。
「いやいや、何かの間違いとかじゃ……」
それは、真琴にとって非常に耳を塞ぎたくなる事実だったようだ。
真琴はコントローラーを横へと放り投げ、小さな小さな希望を求めている瞳で繋に詰め寄るも、
「この広くて狭い日本国内で猫柳猫と言う珍しい名前が、つまり同姓同名の人物がそうそういるものじゃないだろう。そもそもの話しだが、この地球上で一店舗しかない地域密着型ならぬ機関密着型スーパーである極楽マートを知っていた。さらに言えば、去年あたりお前は俺に友人の誕生日プレゼントにと極楽ラーメンをいくつか頼んだよな。俺の会った猫柳猫と名乗った少女が、誕生日にそれを貰ったと言っていた」
駄目押しとばかりに次々と語られる繋の言葉で、真琴は体中の力がすべて抜け落ちたような動きでソファの背もたれにすべてを預け、まったく力のこもっていない両手で両目を覆いながら天を仰ぐ。
「あ~マジでか~。うわ~うわ~クゥちゃんほんと勘弁してよ。ものぐさのスゥちゃんじゃないんだからさ~。いや、面倒くさがりのクゥちゃんだけどさ、そこはちゃんとしようよ~。友達には絶対知られたくないってあれほど言ったじゃんか~」
その姿はまさに、絵にかいたような現実逃避の図である。
見事なまでに現実から目を逸らし、現実を直視したくないと言った様子だ。
「大丈夫だ。お前がそうなると思って、俺の一存でこっち側に関わらないようすでに言ってある」
「兄ちゃん大好き!」
だが今までの言葉すべてをまるっと覆す繋の言葉を聞いた瞬間に真琴は身体を勢いよく跳ね起こし、ひまわりのような心の底からの満面の笑みを浮かべ両手を天へ突きあげ喜びだした。なんとも強く濃い喜びだが、さすがに抱き着きはしないようだ。
百面相じみたそんな真琴の変化に、繋は現金なものだと苦笑する。
「そういや、何で知られたくないんだ?」
ここまでの変わりようを見せる真琴の様子を見た繋は、ふと不思議に思ったようで理由を尋ねた。
「え、恥ずかしいからだけど」
返答として即座に返ってきたのは、実に女の子らしい答えであった。
いや、この返答が女の子らしいかは議論の余地がたっぷりと残されてはいるが、少なくともこれほど分かりやすい答えはそうはないだろう。
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ。いつだって物事はシンプルなものってこと。ま、兄ちゃんは違うみたいだけどさ」
「そういうものなのか……」
しかしながらその返答を聞いた繋はどうにもしっくりきていないのか、胡乱な表情を浮かべていた。
だがそんな表情を浮かべていたのはほんの数秒だけであり、すぐにそれはそういうものだとして繋はそれ以上考えるのをやめる。
他人はもとより自分自身を含め、人間と言う生物が胸に抱える気持ちほど複雑怪奇で理解できないものはないのだから。
「まぁ、でも。あたしが個人的に恥ずかしいってのを脇に置いておいても、友達がこういったことに関わってほしいことじゃないんだけどね」
真琴は自嘲気味に笑みを浮かべて言う。
「あたしの場合は、家庭の事情で若干諦めていたところがあったし」
「ああ、それは分かる。すべての異世界とは言わないが、大半の異世界は血なまぐさいものばかりだからな。ただ、俺の場合は何の説明もなかったからなぁ」
真琴はのっそりと緩慢な動作で上半身を動かし横に投げたコントローラーを回収しつつちょっとばかり真面目な口調で口にすると、繋も繋で何かを思い出すかのように自然と目線を宙へ向ける。
「でもさ、召喚するなら自分たちと同じような剣と魔法のファンタジーな異世界からすればいいのに。それなら訓練とかしなくても即戦力で戦えるはずだし」
「そんなことを今更言っても仕方がないだろ。この世界は最初からそういうことのために作られたんだから。文句なら、オーディンの爺さんかゼウスのおっさんあたりに思う存分言ってくれ。とりあえず、いまのトップはそこらへんだし」
「分かってるけど、納得できるかはまったく別の問題だって。それに兄ちゃんもよくそういったことを言ってたじゃんか。あと、あの二人は会った途端にナンパしてくるから絶対ヤダ。絶対の絶対で絶命的にヤダ」
今度は真琴の方がまったくと言っていいほどに納得いっていない表情を浮かべると、続けて本当に嫌そうな顔へと変化させた。
その様子はどうにもならない現実に憂いているという感じではなく、どこか子供のように拗ねていると言った感じである。ただし後半の台詞と表情は、完全に感情任せなものではあるのだが。
「あんの主神どもは俺の妹にいったいなにをやってんだ。ちっとは懲りろよ、いろんな意味で。つか、それで奥さんに何回も折檻受けてただろ」
繋は真琴が口にした言葉を聞いて、呆れたように顔をしかめ頭痛を抑えようとするように額へと手をやった。
だがため息一つついたあと、すぐに何でもないと言った表情へと戻ると何でもないかのように口を開く。
「まぁ、無理に納得するものじゃないからな、こういうものは。
それにお前が言ったように、俺だってこの世界の裏事情に対して完全に納得しているわけじゃない。言いたいことはたくさんあるし、感情的にはそれなりに否定的だ。ただ、納得はしていないが許容はしている。俺のスタンスはそんなところだ」
「ふ~ん、許容ね。法律みたいな感じ?」
「そうだな、その例えが一番近いかもな」
「そっか」
繋の言葉を聞いた真琴は理解したように頷くも、やはりまだ納得しきれていない表情を浮かべていた。だが、その表情は心なしか軽くなっているように見える。
ここで繋の言葉を借りるなら、それでいいのだろう。
納得しきれないのなら、それでいい。
無理に納得しなくても別に死にはしない。
無理して納得する方が死にやすくなる。
心が、死にやすくなる。
そう言うことだ。
「それじゃあとりあえず、猫ちゃんは大丈夫ってことでいいんだよね」
「ああ、一応今回召喚された全員にはアンカーを打ち込んで、シーフを一人ずつ付けておいたから何かあったらすぐに連絡が入るようにはしてあるし、一瞬で飛べるようにしてある。あと、明日は接続してくるから一通り大丈夫だな」
真面目な声で繋は答える。
「それに当人たちが言っていたことが正しいなら、少なくともこれから一カ月間は訓練で城に缶詰めって話だ。なら、訓練程度で命がどうとかはないだろう。大切な勇者様たちだしな」
「うん。やっぱ、兄ちゃんは兄ちゃんだね」
先程とは違い心から納得するかのように首を縦に振った後、真琴は本当にうれしそうな笑顔を浮かべ顔を傾けて覗き込むようにして向けた。繋は唐突に向けられたその笑顔に照れたようで、顔を見られないようあからさまに逸らす。
そんな繋の行動を見た真琴は、にんまりとからかうような笑顔を浮かべた。
「あ~そうそう、真琴。俺がまた呼ばれたことを衛には黙っておいてくれ」
視線を向けていなくても真琴の雰囲気がからかうようなものへと変わったことを察した繋は、仕切り直しとばかりにゴホンとこれ見よがしな大き目の咳を一度すると強引に話を逸らす。
「ん~、兄ちゃんも分かってると思うけどさ。できるだけ今日のうちに言っておいた方がいいと思うよ」
「そうなんだろうが、どうにもなぁ……」
なんとも珍しく困ったような声を漏らす。
「衛ちゃんは心配性で真面目で兄ちゃん大好きだからね~。結局、またいつもと同じことになるだろうけれど。うん、いいよ。分かった」
「ああ、助かる」
返ってきた答えにほっとため息をつき、繋はおもむろに立ち上がる。
立ち上がった繋は腰に手を当てて背を逸らし背筋を伸ばして元に戻すと、瞬間的に右腕を鞭のように振るう。
「──あっ」
残像すら残すことなく振るい終わった右手を元の位置に戻すと、人差し指と中指の間に真琴がずっと咥えていたアイスの棒が挟まれていた。
すぐに自身の口元からアイスの棒を奪われたことに気が付いた真琴は反射的に繋へ顔を向け、顔全体を使って悔しそうな、本当に悔しそうな表情を感情を惜しげもなく隠すことなく現している。
反対に繋はしてやったりと勝ち誇った顔だ。
「油断したな」
「くっ! 今回は勝ったと思ったのに」
「いつも言っているだろ。それは行儀が悪いってな」
そう言いながら繋がアイスの棒を指だけではじくとアイスの棒は華麗に宙を舞い、リビングにあるゴミ箱の中へと吸い込まれるようにして落ちていく。そして最後には、カランッと乾いた音がリビングに響いた。
「確か衛は今日、生徒会で遅かったよな?」
ゴミ箱の中にアイスの棒が入ったことを確認した繋は、よしと首を縦に振ると顔を戻して真琴に尋ねる。
「そうだよ」
尋ねられた真琴はぶすっとした顔で短く答え、そんなむくれた表情を見下ろす繋は苦笑を浮かべた。
「なら、今のうちに俺はあっちの家に行って母さんに報告してくるわ。明日以降の相談もあるからそのままあっちにいるけど、お前はどうすんだ?」
「あ、そう」
「ったく、相変わらず負けず嫌いだな」
「うっさい」
「へいへい。んじゃ、俺は行くぞ」
真琴の態度に繋は苦笑を浮かべてリビングを出ると、家の奥へと足を向けた。
自宅の敷地面積が他と比べて広いとは言え、大体の作りはごくごく普通の一軒家とそう変わらない。家の奥に行くのに一分どころか三十秒もかかることなく、繋は目的の場所に到着した。
そこは、どこにでもあるような木製のドアの前である。
明るめの木材を使い、どこにでもあるレバータイプのノブが付いたドア。
ただ設置されている場所は廊下の突き当りで家の一番外側に位置する壁にあり、立地的にはこのドアの向こうは外である。
ならこのドアは勝手口や裏口なのかと言えばそうではなく、別の場所にちゃんとした勝手口は存在している。木製ではなく、強度もある金属製の扉が。
そんなドアのノブを繋は掴み押し開けると、その先にはまっすぐに伸びる廊下が存在していた。まっすぐ続く廊下は学校にあるような渡り廊下的なものではなく、周囲が壁と天井で囲まれ上部に細長い窓のある普通の廊下である。
ドアのすぐ足元には三段ほどの小さな階段があり、繋はその階段を軽やかに降りると廊下を歩いていく。
当たり前のように繋はその廊下を通り、突き当りにあるドアを開けて中へと入った。
ドアの先は隣の家に繋がっておりその隣の家と言うのが、繋が大学生になるまで住んでいた家である。つまるところ、繋の実家だ。
勝手知ったる他人の家ならぬ、勝手知ったる自分の家に足を踏み入れると繋はまっすぐにリビングへと向かった。
こちらの家も繋家と似たような構造をしており、玄関すぐ横にあるリビングに通じるドアを開けて中へと入る。
中に入ると奥にあるキッチンでは今まさに夕飯の準備にいそしんでいる自身の母親の姿があり、それを確認した繋は後ろから声をかけた。
みなさんは異世界に召喚され、異世界を救った人間がその後どうなったか知っているだろうか。
無事に元の世界の帰った?
元の世界に帰ることができずその世界に残った?
自分の意思で帰還せずにハーレムを築いた?
だまし討ちに合い復讐に燃える鬼になった?
他にもいろいろと意見があるだろうが、その全てが正しく、どれも間違っている。
むろんそういった経緯を、運命を辿る転移者がいただろう、転生者がいただろう。
だが、世界の管理者──いわゆる神様と呼ばれる高位存在が、金脈たるそんな人材を何の考えもなく手放すだろうか。今、この瞬間にもどこかの世界では崩壊の危機にさらされている中で、手放すであろうか。
答えは言わずもがな──否である。
これは、そういった物語。
神様たちの便利屋となった青年が過ごす、ごくごく普通の物語。
「ん? 猫ちゃんがどうし──って、まさか……」
真琴は心底不思議そうな表情を浮かべたあと、すぐその理由に思い当たったようで苦々しく嫌そうな顔へと変わっていく。本当に嫌そうな顔で、若干絶望の色が見え隠れしている。
「そのまさかだ。今回の召喚に呼ばれていたぞ」
なんとも名状し難い複雑な表情を浮かべ現実から目を逸らしたそうにしている真琴に向かって、繋はさらっと事実を口にする。
無慈悲と言える事実を突きつける。
「いやいや、何かの間違いとかじゃ……」
それは、真琴にとって非常に耳を塞ぎたくなる事実だったようだ。
真琴はコントローラーを横へと放り投げ、小さな小さな希望を求めている瞳で繋に詰め寄るも、
「この広くて狭い日本国内で猫柳猫と言う珍しい名前が、つまり同姓同名の人物がそうそういるものじゃないだろう。そもそもの話しだが、この地球上で一店舗しかない地域密着型ならぬ機関密着型スーパーである極楽マートを知っていた。さらに言えば、去年あたりお前は俺に友人の誕生日プレゼントにと極楽ラーメンをいくつか頼んだよな。俺の会った猫柳猫と名乗った少女が、誕生日にそれを貰ったと言っていた」
駄目押しとばかりに次々と語られる繋の言葉で、真琴は体中の力がすべて抜け落ちたような動きでソファの背もたれにすべてを預け、まったく力のこもっていない両手で両目を覆いながら天を仰ぐ。
「あ~マジでか~。うわ~うわ~クゥちゃんほんと勘弁してよ。ものぐさのスゥちゃんじゃないんだからさ~。いや、面倒くさがりのクゥちゃんだけどさ、そこはちゃんとしようよ~。友達には絶対知られたくないってあれほど言ったじゃんか~」
その姿はまさに、絵にかいたような現実逃避の図である。
見事なまでに現実から目を逸らし、現実を直視したくないと言った様子だ。
「大丈夫だ。お前がそうなると思って、俺の一存でこっち側に関わらないようすでに言ってある」
「兄ちゃん大好き!」
だが今までの言葉すべてをまるっと覆す繋の言葉を聞いた瞬間に真琴は身体を勢いよく跳ね起こし、ひまわりのような心の底からの満面の笑みを浮かべ両手を天へ突きあげ喜びだした。なんとも強く濃い喜びだが、さすがに抱き着きはしないようだ。
百面相じみたそんな真琴の変化に、繋は現金なものだと苦笑する。
「そういや、何で知られたくないんだ?」
ここまでの変わりようを見せる真琴の様子を見た繋は、ふと不思議に思ったようで理由を尋ねた。
「え、恥ずかしいからだけど」
返答として即座に返ってきたのは、実に女の子らしい答えであった。
いや、この返答が女の子らしいかは議論の余地がたっぷりと残されてはいるが、少なくともこれほど分かりやすい答えはそうはないだろう。
「そういうものなのか?」
「そういうものだよ。いつだって物事はシンプルなものってこと。ま、兄ちゃんは違うみたいだけどさ」
「そういうものなのか……」
しかしながらその返答を聞いた繋はどうにもしっくりきていないのか、胡乱な表情を浮かべていた。
だがそんな表情を浮かべていたのはほんの数秒だけであり、すぐにそれはそういうものだとして繋はそれ以上考えるのをやめる。
他人はもとより自分自身を含め、人間と言う生物が胸に抱える気持ちほど複雑怪奇で理解できないものはないのだから。
「まぁ、でも。あたしが個人的に恥ずかしいってのを脇に置いておいても、友達がこういったことに関わってほしいことじゃないんだけどね」
真琴は自嘲気味に笑みを浮かべて言う。
「あたしの場合は、家庭の事情で若干諦めていたところがあったし」
「ああ、それは分かる。すべての異世界とは言わないが、大半の異世界は血なまぐさいものばかりだからな。ただ、俺の場合は何の説明もなかったからなぁ」
真琴はのっそりと緩慢な動作で上半身を動かし横に投げたコントローラーを回収しつつちょっとばかり真面目な口調で口にすると、繋も繋で何かを思い出すかのように自然と目線を宙へ向ける。
「でもさ、召喚するなら自分たちと同じような剣と魔法のファンタジーな異世界からすればいいのに。それなら訓練とかしなくても即戦力で戦えるはずだし」
「そんなことを今更言っても仕方がないだろ。この世界は最初からそういうことのために作られたんだから。文句なら、オーディンの爺さんかゼウスのおっさんあたりに思う存分言ってくれ。とりあえず、いまのトップはそこらへんだし」
「分かってるけど、納得できるかはまったく別の問題だって。それに兄ちゃんもよくそういったことを言ってたじゃんか。あと、あの二人は会った途端にナンパしてくるから絶対ヤダ。絶対の絶対で絶命的にヤダ」
今度は真琴の方がまったくと言っていいほどに納得いっていない表情を浮かべると、続けて本当に嫌そうな顔へと変化させた。
その様子はどうにもならない現実に憂いているという感じではなく、どこか子供のように拗ねていると言った感じである。ただし後半の台詞と表情は、完全に感情任せなものではあるのだが。
「あんの主神どもは俺の妹にいったいなにをやってんだ。ちっとは懲りろよ、いろんな意味で。つか、それで奥さんに何回も折檻受けてただろ」
繋は真琴が口にした言葉を聞いて、呆れたように顔をしかめ頭痛を抑えようとするように額へと手をやった。
だがため息一つついたあと、すぐに何でもないと言った表情へと戻ると何でもないかのように口を開く。
「まぁ、無理に納得するものじゃないからな、こういうものは。
それにお前が言ったように、俺だってこの世界の裏事情に対して完全に納得しているわけじゃない。言いたいことはたくさんあるし、感情的にはそれなりに否定的だ。ただ、納得はしていないが許容はしている。俺のスタンスはそんなところだ」
「ふ~ん、許容ね。法律みたいな感じ?」
「そうだな、その例えが一番近いかもな」
「そっか」
繋の言葉を聞いた真琴は理解したように頷くも、やはりまだ納得しきれていない表情を浮かべていた。だが、その表情は心なしか軽くなっているように見える。
ここで繋の言葉を借りるなら、それでいいのだろう。
納得しきれないのなら、それでいい。
無理に納得しなくても別に死にはしない。
無理して納得する方が死にやすくなる。
心が、死にやすくなる。
そう言うことだ。
「それじゃあとりあえず、猫ちゃんは大丈夫ってことでいいんだよね」
「ああ、一応今回召喚された全員にはアンカーを打ち込んで、シーフを一人ずつ付けておいたから何かあったらすぐに連絡が入るようにはしてあるし、一瞬で飛べるようにしてある。あと、明日は接続してくるから一通り大丈夫だな」
真面目な声で繋は答える。
「それに当人たちが言っていたことが正しいなら、少なくともこれから一カ月間は訓練で城に缶詰めって話だ。なら、訓練程度で命がどうとかはないだろう。大切な勇者様たちだしな」
「うん。やっぱ、兄ちゃんは兄ちゃんだね」
先程とは違い心から納得するかのように首を縦に振った後、真琴は本当にうれしそうな笑顔を浮かべ顔を傾けて覗き込むようにして向けた。繋は唐突に向けられたその笑顔に照れたようで、顔を見られないようあからさまに逸らす。
そんな繋の行動を見た真琴は、にんまりとからかうような笑顔を浮かべた。
「あ~そうそう、真琴。俺がまた呼ばれたことを衛には黙っておいてくれ」
視線を向けていなくても真琴の雰囲気がからかうようなものへと変わったことを察した繋は、仕切り直しとばかりにゴホンとこれ見よがしな大き目の咳を一度すると強引に話を逸らす。
「ん~、兄ちゃんも分かってると思うけどさ。できるだけ今日のうちに言っておいた方がいいと思うよ」
「そうなんだろうが、どうにもなぁ……」
なんとも珍しく困ったような声を漏らす。
「衛ちゃんは心配性で真面目で兄ちゃん大好きだからね~。結局、またいつもと同じことになるだろうけれど。うん、いいよ。分かった」
「ああ、助かる」
返ってきた答えにほっとため息をつき、繋はおもむろに立ち上がる。
立ち上がった繋は腰に手を当てて背を逸らし背筋を伸ばして元に戻すと、瞬間的に右腕を鞭のように振るう。
「──あっ」
残像すら残すことなく振るい終わった右手を元の位置に戻すと、人差し指と中指の間に真琴がずっと咥えていたアイスの棒が挟まれていた。
すぐに自身の口元からアイスの棒を奪われたことに気が付いた真琴は反射的に繋へ顔を向け、顔全体を使って悔しそうな、本当に悔しそうな表情を感情を惜しげもなく隠すことなく現している。
反対に繋はしてやったりと勝ち誇った顔だ。
「油断したな」
「くっ! 今回は勝ったと思ったのに」
「いつも言っているだろ。それは行儀が悪いってな」
そう言いながら繋がアイスの棒を指だけではじくとアイスの棒は華麗に宙を舞い、リビングにあるゴミ箱の中へと吸い込まれるようにして落ちていく。そして最後には、カランッと乾いた音がリビングに響いた。
「確か衛は今日、生徒会で遅かったよな?」
ゴミ箱の中にアイスの棒が入ったことを確認した繋は、よしと首を縦に振ると顔を戻して真琴に尋ねる。
「そうだよ」
尋ねられた真琴はぶすっとした顔で短く答え、そんなむくれた表情を見下ろす繋は苦笑を浮かべた。
「なら、今のうちに俺はあっちの家に行って母さんに報告してくるわ。明日以降の相談もあるからそのままあっちにいるけど、お前はどうすんだ?」
「あ、そう」
「ったく、相変わらず負けず嫌いだな」
「うっさい」
「へいへい。んじゃ、俺は行くぞ」
真琴の態度に繋は苦笑を浮かべてリビングを出ると、家の奥へと足を向けた。
自宅の敷地面積が他と比べて広いとは言え、大体の作りはごくごく普通の一軒家とそう変わらない。家の奥に行くのに一分どころか三十秒もかかることなく、繋は目的の場所に到着した。
そこは、どこにでもあるような木製のドアの前である。
明るめの木材を使い、どこにでもあるレバータイプのノブが付いたドア。
ただ設置されている場所は廊下の突き当りで家の一番外側に位置する壁にあり、立地的にはこのドアの向こうは外である。
ならこのドアは勝手口や裏口なのかと言えばそうではなく、別の場所にちゃんとした勝手口は存在している。木製ではなく、強度もある金属製の扉が。
そんなドアのノブを繋は掴み押し開けると、その先にはまっすぐに伸びる廊下が存在していた。まっすぐ続く廊下は学校にあるような渡り廊下的なものではなく、周囲が壁と天井で囲まれ上部に細長い窓のある普通の廊下である。
ドアのすぐ足元には三段ほどの小さな階段があり、繋はその階段を軽やかに降りると廊下を歩いていく。
当たり前のように繋はその廊下を通り、突き当りにあるドアを開けて中へと入った。
ドアの先は隣の家に繋がっておりその隣の家と言うのが、繋が大学生になるまで住んでいた家である。つまるところ、繋の実家だ。
勝手知ったる他人の家ならぬ、勝手知ったる自分の家に足を踏み入れると繋はまっすぐにリビングへと向かった。
こちらの家も繋家と似たような構造をしており、玄関すぐ横にあるリビングに通じるドアを開けて中へと入る。
中に入ると奥にあるキッチンでは今まさに夕飯の準備にいそしんでいる自身の母親の姿があり、それを確認した繋は後ろから声をかけた。
みなさんは異世界に召喚され、異世界を救った人間がその後どうなったか知っているだろうか。
無事に元の世界の帰った?
元の世界に帰ることができずその世界に残った?
自分の意思で帰還せずにハーレムを築いた?
だまし討ちに合い復讐に燃える鬼になった?
他にもいろいろと意見があるだろうが、その全てが正しく、どれも間違っている。
むろんそういった経緯を、運命を辿る転移者がいただろう、転生者がいただろう。
だが、世界の管理者──いわゆる神様と呼ばれる高位存在が、金脈たるそんな人材を何の考えもなく手放すだろうか。今、この瞬間にもどこかの世界では崩壊の危機にさらされている中で、手放すであろうか。
答えは言わずもがな──否である。
これは、そういった物語。
神様たちの便利屋となった青年が過ごす、ごくごく普通の物語。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ
ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。
間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。
多分不具合だとおもう。
召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。
そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます
◇
四巻が販売されました!
今日から四巻の範囲がレンタルとなります
書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます
追加場面もあります
よろしくお願いします!
一応191話で終わりとなります
最後まで見ていただきありがとうございました
コミカライズもスタートしています
毎月最初の金曜日に更新です
お楽しみください!
異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~
松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。
異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。
「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。
だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。
牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。
やがて彼は知らされる。
その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。
金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、
戦闘より掃除が多い異世界ライフ。
──これは、汚れと戦いながら世界を救う、
笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
ちくわ
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる