神様たちの便利屋さん~チート? いいえ、努力です!~

歪裂砥石

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壱章・New World

第三十話 妹

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「おはようございます、兄さん」
「へぇ、兄ちゃんがこんな早い時間にちゃんと起きてるなんて。珍しいこともあるもんだね。明日は雨でも降るのかな」
「お兄ちゃん、おはよー!」

ドアを開き朝の挨拶をしながら入ってきたのは、繋の三人の妹たちであった。
 先頭に立ってリビングのドアを開けたのは、背中の真ん中ほどまである綺麗な黒髪のストレートと知的メガネが印象的な四ツ辻家次女、中学二年生の四ツ辻 衛よつつじまもるである。
クールな顔立ちをしている衛は少しばかり冷たい印象を受けるものの、手放しで美少女と言ってしかるべき容姿のためそれほどマイナス点にはなっていない。むしろ、その手の人間に対してはこれ以上ほどないくらいにドストライクだろう。

その後ろからは長女である四ツ辻 真琴よつつじまことがサイドテールをゆらしつつ顔を覗かせ、少々わざとらしく驚いたような表情を浮かべていた。
二人はそれぞれ中学のセーラー服と高校のブレザーに身を包み、手には鞄が握られ学校へ行く準備が整っている。二人の制服姿は学校が作っている案内パンフレットに乗ってしかるべきなほど似合っていた。

 さらに二人の後ろからは左右対称に結ばれたツインテールとフリルが付いたスカートの裾、そして背負っている空色のランドセルを大いに揺らして三女である小学五年生、四ツ辻 真心よつつじまごころがリビングの中へと入ってくる。
いや、入ってくるというよりもこれは突入してくると言った表現が正しい。
そんな勢いよくリビングに突入してきた真心は、年相応に子供らしく小学生らしく無邪気さを無邪気に振りまき、

「えいっ!」

ソファとテーブルの間を走り抜けると、座っている繋めがけて突撃する、突進する。
 愚直なまでにまっすぐな真心の動きと経験則から寄り道することなく自身へ突撃してくることをリビングに入ってきた時点で察した繋は、手に持っている湯飲みに残っているお茶を瞬時に即時に迅速に喉の奥へと流し込む。
そうして湯飲みを空にした繋は早急に手を離し、トレイと同じように湯飲みを流しへと送った。手を離した湯飲みはふわふわと飛んでいく。

「ぐっふぅぅぅ!」

 それがギリギリ間に合い湯飲みが手から離れたその瞬間、真心ミサイルは繋のわき腹へみごとに着弾する。
寸分の狂いもない驚異的なホーミング性能だと感心するほど、正確に。

まだ小さな女の子とは言え、平均的な小学校高学年女子ほどの質量を持った真心ミサイルは非常に強い衝撃を、例えるなら破城槌のごとき衝撃を生み出した。その衝撃は繋の肋骨が折れたりひびが入るほどの衝撃とは言わないまでも、十分に体を軋ませるほどの強いものであった。

そのため、繋の体は目に見えて歪む。
さらにその衝撃は体内に浸透したようで、つい先ほど胃の中に収めたばかりの朝食が元気に反乱を起こしでもしたのか、残像が見えそうなほどの速さで繋は両手を口元へ持っていく。

「うっぷ──」

 口からなんとも危ない音が漏れた。
 いま繋が浮かべている表情と顔色からして、物理的にも気力的にもまだ余裕があるように見える。ただそれは今のところであり、今のところでしかない。刻一刻と時が経ち現在進行形で繋の顔色が目に見えて青くなりだしたこの状態から鑑みるに、数分後には決壊してしまいそうだ。

しかし真心は繋の様子が分かっていないのか、ソファに寝そべったままわき腹に抱きついて頭を抉るように擦り付けている。つまるところ、毎秒ごとに少なくないほどのスリップダメージを真心は繋に与え続けていると言うことだ。もしくは追撃か。

「こら、真心! 兄さんが好きなのは分かるけれど、いきなり勢いよく抱きつくのはやめなさいって言っているでしょ!」
「やだ~!」
「ヤダじゃない!」

 衛は真心の行動にすぐさま鞄を入口近くに放り出して駆け寄り、真心の腰あたりを掴んで繋から剥がそうとする。だが頬に跡が付くほど強く抱きついている真心はびくともしない。小学生と思えないほどの力強さだ。
 ただ真心がいつまでたってもその手を離さないということは、繋の腹部への強い圧迫がなくならないと言うことである。ついでに言えば、この衛が起こした行動によってさらに抱きつく力が強くなってしまった。

故に繋の顔色は必然的に青から白へと信号が変わるように変化し、リミットはさらに短縮することとなる。つまり誰も彼もがリバース寸前で、決壊間近だと一目で分かるほどの変化だ。
 どこかコントじみた三人の様子をソファの後ろから面白そうに眺めていた真琴だったが、そろそろ繋の限界が近い事を察してか、

「ほら、真心。兄ちゃんが苦しそうだから早く腕を離した方がいいよ」

 ソファの背もたれの上から真心の頭を撫でつつ優しく声をかけた。

「え、あっ」

投げかけられた真琴の言葉と頭を撫でられた感触に反応を示した真心はすぐさま擦り付けていた顔を上げ、

「──お兄ちゃん、ごめんなさい」

 苦しそうな繋の状態を目にすると、慌てた様子で両腕を離しなんとも申し訳なさそうに小さな声で謝りながらちょこんと繋の横に座った。罪悪感からか、しゅんとして落ち込んでいる。
 真心のそんな姿を衛は少々疲れたように息を吐いて落ち着いたことを確認した後、チラリと真琴の方へ目をやり口元に小さく笑みを浮かべた。その笑みは誇らしく、憧れの存在を見るような笑みだ。

「はぁ。真琴、助かった」

 どうにかこうにか湧き上がっていた吐き気を飲み下し、腹の中に収めた繋は首をすぐ横へと向け前傾姿勢でソファの背もたれに両腕を乗っけている真琴に礼を口にする。
その言葉に真琴は「いいよ」と、二カッと清々しく笑って返す。

「それに、衛もありがとうな」

 真琴に礼を言い終えたのち、今度は必死になって真心を引き剥がそうとした衛へ向かって繋は礼を口にする。衛は少しだけ目線を繋から逸らし若干照れたように「どういたしまして」と小さめの声で返した。分かりやすいほどに嬉しそうな態度だ。
そうして二人に礼を口にした繋は、最後に真心へと顔を向ける。

「それと、真心。抱き着くのはいいが、これからはあまり勢いを付けないこと。いいな」
「うん! 分かった!」
「よし、いい子だ」

 ちょっとだけ真剣な表情を浮かべた顔を近づけ言い聞かせる繋に、年齢相当の笑顔を浮かべて真心は元気に答えた。
真心の答えを聞いたのち、繋は表情を緩めて真心の頭を撫でる。撫でられている真心は心底嬉しそうで気持ちよさそうな笑みを浮かべ、されるがままになっていた。
その二人のやり取りを衛はちょっとだけ羨ましそうに眺め、そんな羨ましそうな衛に真琴は暖かい視線を向け微笑む。
それがしばらく続き繋と真心の戯れが一区切りつくと、

「それで、兄さん」

 音もなく繋の隣にいつの間にか座っていた衛が、タイミングよくいい笑みを浮かべて繋に声をかけた。

「今日はいつもと違って私たちに起こされることなく起きてきたうえに、ずいぶんと早起きですけれど。今日は朝から何か大事な用事でもあるんですか?」

 表情は一見して分かる通り満面の笑顔だと言うのに、一目見れば誰もが振り返るような綺麗な笑顔だというのに、その眼鏡の奥にある二つの瞳は今にも人を殺しそうなほどに凍えるほど冷たく厳しい。物理的な干渉がないはずの視線だが、なぜか突き刺すような痛みを感じてしまう。

例えるなら、尋問を得意としているベテラン刑事のような視線だ。
例えるなら、女の勘で浮気を感じ取った妻や恋人のような視線だ。
 つまり、衛はこれ以上なく繋を疑っていると言うことである。いや、もう疑っているレベルではなく確信しているレベルだ。そういった面で見れば、名探偵が真犯人を追い詰めている時の瞳だと言ってもいいかもしれない。

「ん~あ~いや。ほら、時々あるだろ。どんな理由やどういった原因があるのか分からないが、なぜだか早く起きたりすることが。それがたまたま、そう、たまたま今日だったというわけだ。んで、せっかく早く起きたのだから早めに朝食を食べて、こうしていつもは浸ることのできない朝の貴重な時間を満喫していたんだ。いうなれば、ただの気まぐれでしかない。ほら、何一つとして疑われることじゃないだろ? 猫の気まぐれが世界が認めた普遍的な常識なのと同じで、俺の気まぐれも当たり前なことだ。だから──」

 衛からの追及に対し繋は目線を上下左右にさまよわせ、立て板に水と言わんばかりにペラペラと中身があるんだか無いんだか分からないことを次々と口にしていく。
誰が見ても分かる通り、どうにかこうにか煙に巻こうと必死な繋なのだが、

「だ、だからな──」

おもむろに近づけられた衛の顔によって言葉は遮られてしまう。
 近づけられた顔には『言い訳なんて聞きません』としっかり書かれており、突き刺さるジト目に繋は完全に喋るのを止めた。否、止められてしまった。

衛が浮かべる見事なまでのジト目から逃れるため繋は目線をズラし上半身を後ろへと動かし、できるだけ顔を遠ざけ逸らそうとするも、衛が発している見えない圧力からは逃れられない。むろん、立地的な理由によって物理的な逃避も難しい。まるで、ラスボスである魔王の前に居るかのようである。
この状況下、にっちもさっちもいかない状態でどうするかなと繋が若干諦めつつも打開策を考えていると、

「お兄ちゃん、大丈夫? お腹痛い?」

右隣に座り現状壁役となっている真心が、心配そうに見上げ作務衣の裾を小さく引っ張り尋ねてきた。

「あ~うん、大丈夫だ」
「でも、おでこにすっごく汗かいてるよ」

 反射的に顔を真心に向けできるだけ笑顔で心配させないよう答えるも、じんわりとにじみ出る額の汗はごまかしきれず余計に心配させることになっている。
そんな額を拭いてあげようとしているのか、真心は自身が着ている服の裾を掴みながら手を伸ばす。だが繋はすぐさま顔を遠ざけて真心の綺麗な服を汚させる前に袖で急いで拭い、その様子を見た真心は少々不満げな表情を浮かべた。

「あ~え~衛。そろそろ家を出なきゃいけない時間じゃないのか? いつまでも俺にかまっていたらさすがに遅刻するだろ?」
「兄さん、さきほど自分で言っていたでしょ。今日は早く起きた、って。つまり、いつもより時間はまだあると言うことです。それに、今でなくとも学校から帰ればまた時間ができます。ですので、諦めて素直にきりきりと吐いてください。そうすれば、お説教はほどほどにしてあげますからね、兄さん」

 いい案が思いついたとばかりに繋が口にするも、衛はさも分かっていましたとばかりにバッサリと一刀両断にする。さらにプレッシャーをかけるためにか、眼鏡同士がぶつかるくらいまで顔を近づけた。
近づけて、笑う。
非常に怖い笑みだ。

追い打ちと言う名の追撃に繋はどうにか後ろに下がろうとするも背後には真心が座っておりこれ以上動くことができず、立ち上がろうにも衛によって塞がれ、最大限に顔を遠ざけようにも行動範囲の差で衛に軍配が上がる。
八方塞がり──万事休す。
絶体絶命──崖っぷち。
 このままでは刑事ドラマの犯人のように、名探偵にすべてを解き明かされた真犯人のように頭を垂れて自白するのは時間の問題だと思われた──その時である。

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