誰も私を見てくれない。

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中

文字の大きさ
1 / 1

誰も私を見てくれない。

しおりを挟む

私ことユリアナ・クロワーゼは、今日初めて、婚約相手と顔を合わせることになっている。
婚約相手といっても、親がかってに決めたことだ。
顔も知らないし、名前もよく覚えてない。

楽しみな気持ちなんて全くない。
むしろ、不安や嫌悪感でいっぱいだった。
別に私は、どこのだれとも知らない人と結婚したいなんて思わないし……。

「ユリアナ、はやく準備をしなさい。お前はただでさえ太っていて醜いのだから、化粧や宝石で飾り立てないと……」

我が親ながら、酷い侮辱だと思うけれど、まあ事実なのだから仕方がない。
私は明らかに、誰がどう見ても太っているし……。
でもそれは仕方がないことでもある。

私が容姿に無頓着なのにはちゃんと理由がある。
我がクロワーゼ家は、貴族の中でもかなり裕福な方で……。
幼いころからお金目当てに近づいてくる人が多かった。

そのせいで、私は自分をあきらめた・・・・・
結局、みんなが欲しいのはお金なのだ。
私がいくら醜くなろうとも、言い寄ってくる人はいっこうに減らなかった。

「醜いお前をもらってくれるなんて、ネクロン家の坊ちゃんには感謝しかないよ。あれはそうとうなイケメンだぞ?」

父は私の気も知らないでそんなことを言う。
そのネクロン家の坊ちゃんとやらも、どうせうちのお金が欲しいだけなのだ。
誰も私を見てくれはしない。

【誰も本当の私を知らない。
欲しいのはみな、お金だけ】
日記帳の最後のページに、そう記した――。





「やっと会えましたね、ユリアナさん。私が、ロランス・ネクロン。ネクロン家の長男です。そしてあなたの、婚約相手でもある……」

私に自己紹介をする彼の目は死んでいた。
その口ぶりとは裏腹に、心では私を拒絶している。
その顔には「醜い女め」とはっきり書かれている。

私の容姿を見て、さぞ驚いただろう。
まさか婚約相手がこんなに醜いなんて、と。
だが彼は作り笑いをすることを選んだ。

醜い容姿を我慢してまで、彼はお金が欲しいのだ。
そうまでしてお金が欲しいのか……と私は呆れる。
たしかに彼はイケメンだけど、心は醜いな――私の容姿と同じくらいには。

「無理をしないで結構ですよ。人に嫌われるのには慣れているので」

私は嫌みたっぷりに言う。

「なんのことでしょう? どうしてこんなに綺麗な女性を嫌いになる必要が?」

噓である。
ロランスの顔はあきらかに引きつっている。
こうも嫌がられると、それはそれで面白いな。

「では、ロランスさんは私と本当に結婚したいのですね?」
「ええ、それはもちろんです。ぜひ今後も親交を深めましょう」
「物好きな人ですね……」
「……」

嘘で塗り固められた会話ほど、不快なものはない。
私はそうそうに切り上げたくなった。
ネクロン家の屋敷はうちほどではないにしろ、そうとうに広い。

少し風に当たってくると言い残して、その場を去る。
中庭に出ると、とても開放感があった。
しばらくすると、一人の男性が声をかけてきた。

「ユリアナさん。先ほどは兄が失礼しました」
「あなたは?」
「ロランスの弟のラヴィキア・ネクロンです」
「そうですか、それで……失礼というのは?」

ロランスの対応は表向きは完ぺきだった。
うちの親なんかは彼を好青年だと受け止めているだろう。
弟のラヴィキアが謝りにくる理由は、どこにも見当たらない。

「兄の態度はとても褒められたものではありませんでした。女性の前だというのに、常に顔をしかめて……。誠実さのかけらもない。ご不快になられたでしょう」
「お兄さんのことを、よく見ていらっしゃるのですね……」
「当然です。あんなのでも兄ですからね。嘘をついていればすぐわかる」

ラヴィキアはくしゃっと笑う。
不覚にも私はそれに、少しキュンとしてしまった。

彼はなぜ私のことを見ても態度を変えないのだろう。
この醜い容姿が不快ではないのか?

「あなたは……お兄さんとは違うんですね」
「……? 兄がなぜあんな態度だったかはわかりませんが……。少なくとも私は今日、あなたにお会いできてよかった」
「?」
「兄と、結婚されるのですよね?」

「ええまあ、このままいけばそうなりますね」
「僕も、兄が嫌いなんですよ……」
「はぁ……」
「先ほどのユリアナさん、ストレートな物言いがとても気持ちよかった。芯のあるしっかりした女性なのだと確信できました。あなたになら、兄をコントロールできるかもしれない……」

たしかに、さっきは私も言いたい放題してしまった。
だがまさかそれを買われるとは。

「私は思ったことを言っただけですよ。この通り、おしとやかとは程遠い、可愛げのない女なんです」
「可愛げがないなんてとんでもない! 僕はユリアナさんを素敵だと思いますよ?」
「お世辞が上手ですね」
「本当です! あなたのような人が兄の婚約者でよかったです」

このラヴィキアという青年は、どこまで本気なのだろうか。
私のような見た目のどこに可愛げがあるというのか。
まあ少なくとも、兄のロランスのような露骨な態度を見せない点は、信用できる。

私たちがしばらくそうやって話していると……。
近くの部屋から話し声が聞こえてきた。
ロランスの声のようだ。
話の相手は、ロランスとラヴィキアの父親?

「父上! あんな不細工な女とは結婚できませんよ!」
「わがままを言うな! あんなんでも大金持ちの家なんだ……」
「いくら金のためとはいっても、これは耐えかねます! そうだ! 弟のラヴィキアに行かせては? アイツなら容姿などの細かいことは気にしないでしょう」
「それはできない。長男であるお前が結婚することに意味があるのだ」

だんだんと話し声が近づいてくる。
足音も大きくなる。
二人は部屋から庭に向かっているのだろう。

「出てくる……!」

私はとっさに花壇にでも身を隠そうとしたが。
ラヴィキアがそれを制止する。

「いいから……」

ラヴィキアはなにを血迷ったか、出てくる兄のもとへ向かって行く。

「あ、ちょっと!」

中庭にさしかかるところで、ラヴィキアとロランスが鉢合わせしてしまった。
私も慌てて後を追う。

「よう、ラヴィキア。それに、ユリアナ嬢?」
「どうも兄さん。まずは言うことがあるのでは?」
「は?」
「さっきの会話、聞いていたんですよ。僕もユリアナさんも」

「!?」
「ユリアナさんを侮辱していましたよね?」
「なにを言いがかりを……」
「あやまってください、ユリアナさんに」

ラヴィキアは兄ロランスに立ちふさがる。
だけど私はそんなこと望んでいない。
醜いと言われるのには慣れている。
面倒事はごめんだ。

「ちょっと……」
「いいんですユリアナさん。兄さんが悪いんだ」

だがロランスは、私が思っていた以上に感じの悪い男だった。
私たちが話を聞いていたと確信するやいなや、態度を豹変させた。

「聞かれていたのならしょうがない……。俺だってこんな婚約ごめんだ。いい機会だから婚約解消にしよう。お父様を説得する手間が省けた」
「何を馬鹿なことを言っているロランス!? クロワーゼさん、これは違うのです! 息子がかってに……」
「いいのですお父様! 俺はお金などいらん。こんな不細工と結婚するくらいならな!」

そのままロランスの口から罵倒が次々と繰り出されるかと思ったが、そうはならなかった。
ラヴィキアがロランスの頬を平手打ちする。

「撤回してください、兄さん!」
「なんだと……」
「謝れ!」
「うるさいだまれ!」

ロランスがラヴィキアを殴る。
ラヴィキアはバランスを崩し、花壇に腰をぶつけてしまった。

「ラヴィキアさん!?」

そんな……。
私のせいでラヴィキアさんがけがをしてしまった。

「大丈夫ですよユリアナさん。心配しないで……」

地面にしゃがみ込む私たちを、軽く一瞥すると、そのままロランスはどこかへいってしまった。

「ふん……」

それをロランスの父が追う。

「クロワーゼさん、息子が申し訳ない。詳しい話はあとで……」

二人がどこかへいってしまい、私とラヴィキアだけが残された。

「すみません、私のせいで……」
「ユリアナさんのせいではないですよ。全部、お金のせいだ……」

そうだ、私が今までこんな思いをしてきたのは全部お金のせいだった。
いっそお金のない世界に行きたい。
そこなら自由に暮らせるだろうか?

「誰も私を見てくれない……。欲しいのはお金だけだわ……」

私は誰にともなく、ただひとりごつ。

「だったら、逃げちゃいましょうか?」
「え?」
「僕と一緒に、こんな面倒な世界から……」

ラヴィキアの口から出たのは、意外な提案だった。
だがそれもいいのかもしれない。
もう家なんてどうでもいい。
お金なんてどうでもいい。
それは私もラヴィキアも、同じ思いだった。

「はい。私を連れ去ってください……」
「よろこんで」

こうして私とラヴィキアは、婚約のことなど投げ出して、そのまま屋敷を飛び出した。





【ユリアナの両親視点】

「そんな……。ユリアナがどこかへ行ってしまった……」
「そんなに婚約が嫌だったのか……?」

ユリアナの両親は、後悔していた。

「醜いあの子を、なんとか結婚させてやろうと思ったのだがな……」
「無理強いをしてしまっていたのかもしれないな……」

そして二人はユリアナの部屋を探った。
そして日記を見つける。
そこにはこう書かれていた。

【誰も本当の私を知らない。
欲しいのはみな、お金だけ】

「ユリアナ……」
「私たちが悪かったんだ。一からやり直そう」
「そうね、これからはお金よりも、もっとあの子を見るべきだわ」
「許してもらえるかわからないが、いつまでもあの子の帰りを待とう」





家を出たユリアナとラヴィキアは、貧しいながらも幸せな暮らしをしていた。
ユリアナはすっかり痩せてキレイになっていた。

「ユリアナ……きれいだよ」
「ありがとう、ラヴィキア……」

そんな二人のもとに、ある日ユリアナの両親がやってきた。

「お母さま、お父様……」
「ユリアナ! やっと見つけた。私たちを許してくれるか?」

「ええ、私こそ突然出ていってごめんなさい」
「いいんだ。これからはもっと話し合おう」





【ロランス視点】

「ラヴィキアとユリアナが戻ってきたそうじゃないか」

俺は使用人から事の顛末をきいた。
彼らは今はユリアナの実家に身を寄せているらしい。

あれからユリアナの両親はほとんどの財産を手放したらしい。
ユリアナの捜索にもかなりの金を使ったそうだ。

「いまごろはみじめな暮らしをしているだろうな! 俺に逆らったから当然か。まったく、恥をかかせやがって」

金が手に入らなかったことで、なぜか俺が親父に怒られるし……。
なんなんだまったく……。

「そうだ、すこし様子を見に行ってやろう!」

俺は馬車を走らせる。

「ここが奴らの家か。ずいぶんとみすぼらしいな」

だがまあ奴らにふさわしい。

家の外からしばらくようすをうかがう。
そして俺は目を疑った。

「なんだアレは……!?」

そこには見たこともないような絶世の美女がいた。

町民の恰好をしているから派手さはないが、あきらかに一線を画す美人だ。
しっそな格好でもその気品は失われていない。

俺は思わず声をかけてしまう。

庭先に出てきていたから彼女もこっちに気づく。

「やあお嬢さん、ここの家の人かな? お手伝いさん?」
「いえ、ここの娘ですが……?」
「は?」

ということは……、こいつがあのユリアナなのか!?

「お、お前……、ユリアナなのか!?」
「なぜ私の名前を?」

こいつ、俺のことを覚えてもいないのか!?

俺はその場で意識を失った。
あまりのことに気を失ってしまったのだ。

寝不足が続いていたから、ちょうどいい。





「ユリアナも意地が悪いなぁ。本当は兄さんのことを覚えているくせに」
「だって、ロランスさんがあんまりにも驚いて面白いんですもの……」

俺はまどろみの中でそんな声を聴いた。
なんだ、からかわれていたのか……。

「あ、兄さん、目が覚めた?」

ラヴィキア、弟の声。
俺はベッドに寝かされているのか?

「お、俺を、恨んではいないのか? もう怒ってはいないのか?」
「なんで恨む必要が? 兄さんが婚約を破棄したおかげで、僕はこうしてユリアナと一緒になれたんだ。今は幸せだよ」

「そうか……。俺はとんだピエロだな……」

ふと、ベッド横のテーブルに置かれた日記が目に入る。

そこにはこう書かれていた。

【私をみんなが見ている。
私が見るのはただ一人】

あてつけのように置かれたそのポエムが、俺の頭から離れない。

そしてそのまま俺は息を引き取った――。

しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

目の前で始まった断罪イベントが理不尽すぎたので口出ししたら巻き込まれた結果、何故か王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
私、ティーリャ。王都学校の二年生。 卒業生を送る会が終わった瞬間に先輩が婚約破棄の断罪イベントを始めた。 理不尽すぎてイライラしたから口を挟んだら、お前も同罪だ!って謎のトバッチリ…マジないわー。 …と思ったら何故か王子様に気に入られちゃってプロポーズされたお話。 全二話で完結します、予約投稿済み

婚約破棄ですか?あなたは誰に向かって口をきいているのですか!?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、マリアンヌ・バークレーは王宮の誕生日パーティーでいきなり婚約破棄を言い渡された。は!?婚約破棄ですか?あなたは誰ですの?誰にモノを言っているのですか?頭大丈夫ですか?

ドアマットヒロインって貴族令嬢としては無能だよね

みやび
恋愛
ドアマットにされている時点で公爵令嬢として無能だよねっていう話。 婚約破棄ってしちゃダメって習わなかったんですか? https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/123874683 と何となく世界観が一緒です。

そのご令嬢、婚約破棄されました。

玉響なつめ
恋愛
学校内で呼び出されたアルシャンティ・バーナード侯爵令嬢は婚約者の姿を見て「きたな」と思った。 婚約者であるレオナルド・ディルファはただ頭を下げ、「すまない」といった。 その傍らには見るも愛らしい男爵令嬢の姿がある。 よくある婚約破棄の、一幕。 ※小説家になろう にも掲載しています。

ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に

ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。 幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。 だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。 特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。 余計に私が頑張らなければならない。 王妃となり国を支える。 そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。 学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。 なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。 何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。 なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。 はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか? まぁいいわ。 国外追放喜んでお受けいたします。 けれどどうかお忘れにならないでくださいな? 全ての責はあなたにあると言うことを。 後悔しても知りませんわよ。 そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。 ふふっ、これからが楽しみだわ。

あなたが婚約破棄したいと言うから、聖女を代替わりしたんですよ?思い通りにならなくて残念でしたね

相馬香子
恋愛
わたくし、シャーミィは婚約者である第一王子のラクンボ様に、婚約破棄を要求されました。 新たに公爵令嬢のロデクシーナ様を婚約者に迎えたいそうです。 あなたのことは大嫌いだから構いませんが、わたくしこの国の聖女ですよ?聖女は王族に嫁ぐというこの国の慣例があるので、婚約破棄をするには聖女の代替わりが必要ですが? は?もたもたせずにとっととやれと? ・・・もげろ!

婚約破棄?どうぞ私がいなくなったことを後悔してください

ちょこ
恋愛
「おい! この婚約は破棄だ!」 そう、私を突き付けたのはこの国の第二王子であるルーシュである。 しかし、私の婚約者であるルーシュは私の返事など聞かずにただ一方的に婚約を破棄してきたのである。 「おい! 返事をしろ! 聞こえないのか?」 聞こえないわけがない。けれども私は彼に返事をするつもりはなかった。私は何も言わない。否、何も言えないのだ。だって私は彼のことを何も知らないからだ。だから、返事ができないのである。 そんな私が反応を示さなかったのが面白くなかったのかルーシュは私を睨みつけて、さらに罵声を浴びせてきた。 「返事をしろと言っている! 聞こえているんだろ! おい!」 そんな暴言を吐いてくるルーシュに私は何も言えずにいた。けれども彼が次に発した言葉により私は反射的に彼に言い返してしまうのである。 「聞こえているわ! その反応を見てルーシュは驚いたのかキョトンとした顔をしていた。しかしすぐにまた私に暴言を吐いてきた。 「聞こえているじゃないか! ならなぜ、返事をしなかった?」 「返事をしたかったわ! けれど、貴方の勢いに圧倒されてできなかっただけよ!」 そんな私の言葉にルーシュは益々驚いてしまったようだった。そのルーシュの顔を見て私は少し笑ってしまった。 「何笑っているんだ? 俺を馬鹿にしたつもりか!?」 そんなつもりは無いと私は彼に否定するが彼は聞く耳を持たないといった様子だった。そんな彼に対して私はある質問をした。それは今私が最も知りたい質問である。 「それより、この婚約破棄の理由は何かしら? 私は貴方に何かした覚えはないのだけれども」 そんな私の疑問にルーシュはさも当然といった様子で答えたのである。 「そんな理由など決まっているだろ! お前が俺よりも優秀な人材を捕まえたからに決まっている!」 そう言って彼は指をさした。その指が指し示している先には私がいた。一瞬なんのことか分からなかったが、少ししてからそのことに気づいた私はまさかと思った。 「そんな理由で!?だってその優秀な人材と言うのはまさか、彼なの!?」 そう言って私が指を指した方向にはあの眼鏡を掛けた彼がいた。すると彼は頭を下げてこう言ったのだ。 「はい、お嬢様に拾っていただきたくこちらに来ました」 彼の名前はリビン・ボタスキー。ボタスキー伯爵家の次男である。そして何を隠そう、私が暇つぶしでやっていたゲームの攻略対象であった人物だ。 「あら? そんな理由で私を追い出したと言うの? 随分と小さい器をお持ちなのね」 「なんだと!? お前は自分の立場が分かっていないのか?」 彼は私が何を言っているのか理解出来ていない様子だった。まぁ、それも仕方がないだろう。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

処理中です...