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第32話 ポーション調合
しおりを挟むその日の授業は、ポーション調合の実習だった。
そういえば、俺は今までにポーション調合なんかしたことがないな。
欲しいものがあれば、調合なんかしなくても創造スキルでとりだせる。
それに、そもそも怪我なんてしないし、したとしても回復魔法で治せばいいだけだ。
「うむ、困ったな」
「レルギア様、私が教えてさしあげます」
「ああ、ライゼ。頼む」
俺はライゼにやり方を教わって、なんとか調合を見様見真似でやってみる。
ポーション調合の授業はまだ始まったばかりで、今回はとりあえず『下級回復ポーション』を作れば合格とのことだった。
一口に同じ下級回復ポーションといっても、その出来によって性能は様々らしい。
もっとも、出来の良い下級回復ポーションでも、出来の悪い中級回復ポーションには劣るらしいが。
俺は鍋に調合素材を入れて、ぐつぐつと煮立たせる。魔力を注ぐことも忘れずに。
「おや? レルギアくん、少々火の加減が強いんじゃないですか?」
担任教師であるフォンドが、俺のもとで足を止めてそう言った。
は? なにを言っているんだこいつは……。
本当にこれでAクラスの教師なのだろうか。それとも、俺を試しているのか?
「いや、これで合っている。俺の魔力は人よりかなり多い。だから火の加減もこれでいいんだ」
「そ、そうですか……。まあ、好きにしなさい。ポーションの出来で、容赦なく評価しますからね」
「ふん……」
どうやらこいつは俺が焦がして失敗でもすると思っているようだった。見下したような目つきが気に食わない。
まあ、Aクラスには上がってきたばかりだ。まだ俺の実力を軽んじられても、仕方のないことだろう。
同じく、生徒たちからの目線も、俺を見下したものだった。
Aクラスのリーダー格らしき男子生徒が、俺のほうを見てつぶやく。
「なんだアイツは……。あんなの失敗するに決まってんじゃねえか。Fクラスのくせに調子乗りやがって……」
俺はそんな声は無視して、ひたすら火力を強めた。
◆◆◆
「はっはっは! カンナちゃんの必殺ポーションの完成じゃ!」
しばらくして、カンナがそう言っておもむろに立ち上がった。
「なんだその毒々しい液体は……」
俺はそれを見てあきれてしまう。どこからどう見ても、これは下級回復ポーションなどではないからだ。
むしろ、飲んだものにダメージを与える類のものだろう。
「魔王特性、破滅の毒々ポーションじゃ! ほれ、レルギア、試飲せい!」
「あほか! 殺す気か!」
まあ、これを飲んでも俺の場合は腹を下すだけで、死にはしないだろうけどな……。
ドラゴンは胃も頑丈だ。そしてそれは竜王たる俺も、例外じゃない。
「な、なんですかカンナさん……! これは! は、はやく捨ててきなさい!」
カンナのクソアホポーションに気づいた教師が、そう叫ぶ。やっぱりな……怒られた。
「えぇ……つよつよなのにぃ……」
「関係ありません! こんな危険物……誰かに影響があったらどうするんですか……!」
まったく、カンナのやつめ、真面目にやる気ゼロだな……。
ティナはてこずりながらも、ライゼと共になんとか下級回復ポーションを完成させているみたいだった。
よしよし、ライゼは頭もいいし、優秀だな。これなら、卒業までにそう時間はかからないだろう。
俺はというと、まだのんびり鍋を混ぜ混ぜしていた。
どうせなら、効率のいいポーションを作ろうと、多めに魔力を注いで煮立たせているのだ。
そうやってポーションを作っていると――。
急に、実習室に怒号が響いた。
「おいコラ! 俺のポーションに触るんじゃねえ! この薄汚ねえ亜人種が!」
「そ、そんな……私はただ……手助けしようとしただけで……」
「てめえの助けなんていらねえんだよ!」
――ドン!
「きゃ……っ!」
一人のやんちゃな生徒が、気の弱そうな女生徒を突飛ばす。
その拍子に、彼女の持っていたポーションが宙に舞う。
あれはまだ熱々の状態のポーションだ。
もしそのまま、瓶が落ちて彼女の顔にでもかかってしまえば、大やけどを負ってしまうだろう。
あんな美少女の顔に傷がつくなんて、許せない。
俺はすかさず、自分のポーション調合の手を止めて、その瓶を受け止めにいった。
すんでのところで、彼女の顔にかからず、俺がポーションの瓶を受け止める。
「大丈夫だったか?」
「あ……ありがとうございます……」
俺はすっころんでいた彼女を起き上がらせる。
「な、なにごとですか……!?」
教師もこちらにかけつけてくる。
俺が、ことの顛末を語ろうとするが、その前に、さっきの女生徒が口を開いた。
「なんでもないです……。わ、私が……転んだだけです」
「そうですか。気を付けてくださいよ? それにしても、その前になにか言い争ってはいませんでしたか?」
「い、いえ……なんでもないんです……。私がちょっとミスしただけで……」
「そうですか。なにかあったら、話してくださいね?」
なんと不思議なことに、女生徒はさっきの不当な扱いを、なかったことにしようとしていた。
さっきの男子生徒も、それで気が済んだのか、なにごともなかったかのように持ち場に戻っていた。
意味が分からない……。彼女はさっき、亜人種だからと、手を振り払われた。
しかも、危うく、その綺麗な顔に傷をつけられるところだった。
だというのに、問題を大事にしようとはせず、すべて自分のせいだとした。
そんな理不尽、俺は許せなかった。
第一、こんな美少女をいじめるような男、アホすぎる。
「おい、お前」
「あん?」
俺は、さっきの男子生徒の肩をつかんで、こちらを無理やり振り向かせた。
「こんな可愛い女をいじめるとは馬鹿なやつらだ」
「あん? その亜人の女が可愛いだぁ? 寝ぼけてんのか? 亜人なんか汚らわしいぜ」
「寝ぼけてるのは貴様だ」
「あぁ……!? んだと……!?」
「いいから、彼女に謝ったらどうだ? 危うくけがをするところだったんだぞ?」
俺がそういうと、一瞬、彼は戸惑った顔を見せた。
自分がなにを言われているのか、わからないという様子。
まったく、どこまでアホなのか。
「言葉が理解できないようだな? もう一度言う。彼女に謝れ」
「はぁ……? 誰が――」
言いかけて、男の身体が制止する。そして、じわじわと震えあがる。
そう、俺は肩に置いた手の力を、やつの肩が壊れる限界まで強めていた。
「ぐぎぎぎ……んだてめぇ……なんつー力してやがんだ……」
「謝る気になったようだな……?」
「くそっ……わ、悪かった! これでいいだろ!? は、放してくれ……」
「そうか。いいだろう」
「っく……化け物め……」
俺はようやく肩を放してやった。
まあ、一応謝罪の言葉は聞けたのでよしとしよう。
いくぶん、不服ではあるがな。
「さて、俺もポーションの続きを作るか」
鍋から目を離してしまっていたので、調整のし直しだ。
今からリカバリーをはかっても、出来の悪いポーションになってしまうだろうが、まあ仕方がない。
可憐な少女の美しい顔が守れただけで、よしとしよう。
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