憂鬱は君を灰色にする

如月エイリ

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馴れない時間

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「男の子がいない…」

  目を見開き、周りを探してみるが、少年はいない。

 「男!」

  メグは素っ頓狂な声を上げると、あたしの前に踊り出た。

 「男って…あん!あんたが、男に見取れていたというの!う、うそ!睦美が!誰よ!誰よ!何組の子なのよ!」

  捲し立てるメグを見て、あたしは首を横に振り、力なく笑った。

 「違うよ。学生服着てたから、うちの子じゃないよ」

 「違う学生の子が、いたの!?」

 「う、うん…」

  呟いた自分の声が、耳から遠ざかる。

  夢…幻…幻覚…妄想…雨粒…水溜まり…夕陽…赤…黒…学生服…男の子…微笑み…夢…幻…。

  同じ言葉が、何度も何度も繰り返し、消えていく中で、彼の表情だけがいつまでも、あたしの中で浮かんでいた。





 「ーったく、嫌になるよね。この辺りってさ…何もないだよなあ~!そう言えば…学校もないんだよね。一番近いのが、優女で…向こうの土手をずっと先にいったところに、南高があるぐらいだよね。」

  メグはため息をつき、首を横に振った。

 「だからか知らないけど、うちってさ!同じ学校でできちゃうのが、多いのよね。他校とのコンパなんてきいたことないよ!嫌だ、嫌だ!近場ですましちゃうって!」

  メグと2人で並んで帰る道…。都市の中心部から離れた住宅街。そのさらに奥まで広がる田畑を、横切るように流れる川の土手を越えたところに、ひっそりと建っている川西高校。

  あたしの通う高校。

  校門を出て左に曲がり、真っ直ぐに三百メートル歩いて、やっと駅に着く。

  緩やかな登り坂の為、帰りは…少し足取りが遅い。

 「でもさ…」

  メグが、あたしの顔を覗き込んだ。

 「高橋くんは別よ」

  夢見る少女いっぱいの表情で、メグは両腕を組み、うんうんと頷いた。

 「高橋くん…?」

  名前を言われても、全然顔が浮かばない。

  メグは驚いたように、目を丸くした。

 「ええ!知らないの!サッカー部のエースの高橋くんよ」

 「あ…さっきの…」

  ボールを蹴る高橋の姿をやっと思い出した。

 「さっきって何よ!」

  メグが、あたしに詰め寄ってくる。

  あたしは少したじろいでしまった。

 「帰りに、校庭で練習するサッカー部をちょっと見てただけよ」

 「なんで!あんたがサッカー部なんて見てるのよ!サッカーなんて、興味ないって言ってたじゃない!まさか、睦美!あんた…高橋くんのこと」

 「そんな訳ないでしょ!メグが気に入ってる人を」

 「本当!本当に興味ないの?」

  詰め寄るメグを、両手で押し返す。

 「本当だって、信じなさい」

 「本当に…?」

  まだ疑いの眼差しを向けてくるメグに、あたしはため息で返した。

  そして、メグを早足で追い越した。

 「ちょっと、ちょっと!睦美!ゴメン、怒らないでよ!」

  メグは慌てると、あたしの前に出た。

 「睦美って、自分じゃ知らないでしょうけど、結構人気あるんだよ。だから、あんたがライバルだと…ちょっと分が悪いかな」

  また追い抜こうとするあたしに、メグは声を荒げた。 

 「こら!こっちがしたでに出てると思って!かわいいとまで言ってるのに、無視か!」

  なんか馬鹿らしくなってきて、あたしは足を止めた。

 「まったく、メグには負ける」

 「あとで、ジュース奢るからね」

  メグは、ペロッと舌を出した。

  前方の踏切が閉まった。これを渡れば、改札がある。

 「ほら、これ見て」

  踏切の前で立ち止まりながら、メグは鞄の中から一枚の写真を取り出した。

 「高橋くんの写真!この前の試合の時、なんとか撮ることができたの!いいでしょ!これを中学の友達に見せたら、かっこいいって言われたの!」

  騒ぎまくるメグの嬉しそうな表情に、半分呆れながら、あたしは訊いた。

 「その友達に写真を見せた時、何と言ってみせたのよ」

 「もちろん!あ・た・し・の・か・れ・し☆」

ウインクまで投げ掛けてくるメグに、あたしは頭を抱えてしまう。

 「あんたは、幸せだわ」



  踏切がやっと上がった。次々に、車や自転車があたし達の横をすり抜けていく。

 「さようなら」

  微かだが、耳許で少し低く力強い声が、聞こえてきた。振り返る間もなく、その声の主は、あたしの横を通り過ぎていった。

そして、彼は追い抜いた自転車から振り返った。

 「た、高橋くんだあ!」

  メグが声を上げた。

  ほんの一瞬だった。高橋くんはすぐに前を向き、力いっぱい自転車をこいだ。

 (あたしに言った?)

  また再び踏切が鳴り出した。

  忙しく人々が走り出す。

  もう高橋くんの姿は見えない…。

 「えっ?何、今の!高橋くん…今、あんたの方を見てなかった?ねえ、ねえ…」

  詰め寄ってくるメグの顔を見ずに、あたしは改札に定期を通した。

 「ねえ、睦美!」

  メグは後ろから、あたしの腕を掴もうとした。

  その瞬間、ガタンと音をたてて、改札が閉まった。

 「わっ!」

  うるさく鳴り響く改札の音と、人々の冷たい視線に焦りながら、メグは鞄から定期を探す。

  そんなメグを見て、あたしは深いため息をついた。

 「あたしは、高橋くんと話したこともないし、な~んの関係もございませんので、あしからず」

 「…だって、あんたの方を見て、笑顔で」

  やっと定期を取り出し、改めて改札に通す。

 「あたしの方じゃなくって、あんたの方を見てたんじゃないの?隣にいたんだから、わかるって」

 「そうかな?」

  首を傾げるあたしを見て、メグの顔がぱっと明るくなり、駆け寄ってくる。

 (まったく…わかりやすい女だ)

 「実はあの笑顔は、あたしに向けられたものって…最初からわかっていたのよねえ…」

  嬉しくてたまらないというように、話し続けるメグの声を聞きながらも、あたしは電車に乗り込んだ。


  都市の中心地から離れた一本線の為、ほとんどの場合席は空いており、座ることができる。会社帰りのサラリーマンが乗ってくるのも、三つ程向こうの駅からである。

 「やっぱり、高橋くんはあたしに惚れてるかもね」

  まだまだ話し続けるメグ。妄想の類いにはいっている。

  あたしが座った向こうの窓から、夜の闇が見えた。もう夕陽はない。

 (闇は嫌いじゃない。でも、切なさが足りない)

  軽く小刻みに揺れる電車に座りながら、あたしはただただ景色の向こうを見つめていた。

  この向こうの下側はまだ、夕陽なのだろうか。

  なぜか、ため息が一つ出た。


 「ねえ、睦美」

  メグの声で、はっと我に返った。

 「え?何」

 「あんた、聞いてなかったの…ったく、昨日から来てる教育実習生の話よ」

  少し怒った顔で、メグがあたしを見ている。

 「あっあっ…そう言えば、4人じゃなくて、5人来てたよね」

 「そうよ。女4人に、男1人!逆ならよかったのにね」

  電車が一つ目の駅に滑り込んだ。

  窓から見えるホーム上の人々は一人一人服装が違うのに関わらず、まるで一つの塊のように見えた。

  ぞろぞろと中に入ってくる。今日はいつもより、人が多い。

  そんなことをぼおっと考えている頭の中に、今日の授業風景がよみがえった。

  色がないモノトーンの風景の中…教壇に立つ1人の教師の姿を見つけたが、顔が思い付かない。

 (あっ。教師の顔なんて、見たくないものね)

  教師になんて興味がない。

  見渡すと、同級生の顔も浮かばない。

  ただ白い制服だけが、妙に明るくイメージされている。

  制服。

  没個性的だと言われる制服が、実は一番…彼女達にとって個性的なんじゃないのだろうか。制服を着ることで、やっと…学生として認めてもらっている。

  そんな現実。



 「睦美って、ホント無頓着よね。クラスの子ら、噂してたよ。なかなかかっこいいってさ」

  メグの制服を、ちらっとあたしは見た。

 「でもね。あたしはちょっとパスなんだけね。なんか暗そうじゃない?ちょっとオタクはいってる感じで」

  ぼおっとしているあたしの顔に、メグの顔が近づいてきた。

  えっと、あたしがびっくりした表情で驚くと、メグは耳許で囁いた。

 「あんたってホント、無防備よね。あたしが男だったら、あんたの唇を奪ってるわよ」

  あまりに色っぽく言うから、あたしは困惑してしまう。

  そんなあたしに呆れたのか、さっと顔を遠ざけると、メグは深々と席に座り直した。

 「無頓着で無防備で、ちょっと抜けているところがあるくせに、どこか冷静でさめたところがあるのよねえ」

  メグは腕を、頭の後ろにやりながら、視線をあたしの髪に向けた。

 「あんたって、普通のごくありふれた髪型だもんねえ」

  ストレートで癖一つない黒髪。

 「だって…邪魔くさいじゃない。巻くのとか」

  あたしの言葉に、メグは半分呆れながら、話を続けた。

 「邪魔くさくても、みんないろいろやってるの!昔からだもんね…この髪型。まあ綺麗なストレートは、羨ましくはあるけど…。流行りを追わないっていうか…おしゃれしないというか…」

 「お、おしゃれは、あたしもしたいよ!でも、今の流行りは好きじゃない」

 「好きじゃなくて、いいのよ!かわいく、かわいく!それが、女子高生ってもんよ」

 「そんなの…」

  何を言っていいのかわからないけど、あたしはメグに言い返そうとした。

  ガタン。電車が激しく揺れて、駅へと滑り込んだ。

  体も少し揺れて、会話を止めてしまう。

 「長原駅…長原駅」

  車内に無機質や車掌の声が、響き渡る。

  よいしょっと、メグが助走をつけて立ち上がった。

 「まあいいわ。あたし、そんな睦美のこと嫌いじゃないし。むしろ、結構好き方だし」

 「…」

  あたしは何も言えなくなった。

 「だから、親友として、もうちょっとおしゃれに気を使った方が、彼氏の1人や2人できるかなと思っただけ」

 「彼氏なんて…」

  ぞろぞろと忙しなく、人々がドアへと向かっていく。

 「でも、高橋くんは駄目よ」

  メグは笑顔で軽く手を振りながら、人混みの中に消えていった。

  あたしも手を振り、メグの後ろ姿を見送った。だけど、すぐに乗り込んでくる人混みによって見えなくなった。

そして、いつのまにか、あたしの周りは見知らぬ人々で溢れ返っていた。

  少し息を吐くと…静かに電車は動きだし、その揺れを感じながら、あたしは目を瞑り、眠ることにした。

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