新・俺と蛙さんの異世界放浪記

くずもち

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6巻

6-3

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『そうですね……管理権限が貴方に渡されなかったのは、あの方が簡単に渡すのが嫌だったから。実に彼らしい言葉だけれども、本当にそれだけなのかしら?』
「それだけでしょ? タロだし」

 わたしは思わず口を挟む。教皇ちゃんは小さく頷いた。

『ええ、まぁ……その可能性ももちろん捨て切れないのですけれど。私は今の仮の期間は、準備期間も含めていると思うのです』
「準備期間だと? 何のための?」

 今度はパラソル君がそう問うと、教皇ちゃんはすぐに答えた。

『住民が新たな秩序を学ぶためのですよ、エルフ様。今までこの世界になかった物にこちらの住人が慣れるための準備期間です。そして本当の王を迎え、手渡すための下準備』

 表情一つ動かさず同意したのは、クーエルさんだった。

「そうとも取れますね。ここでの暮らし方は奇妙ですが、たやすく学習出来る。最低限の秩序はHANAKOがいれば保たれる。本マスター権は、このダンジョン・シティが新しい価値観を持つ町として成り立つまでの時間稼ぎ、という意味もありますか」

 彼女は癖なのか、眼鏡のずれを軽く直してクールに言った。
 軽く頷いた教皇ちゃんは、この場にいる全員をゆっくりと見回す。

『そういった役目は十分果たしているでしょう? だから急ぐべきなんです。この町は王を作り出すための装置でもあるんじゃないですか? ダンジョンに潜るという目標はとてもわかりやすい。そしてとても魅力的でありつつ、困難です。だから、最初に攻略した誰かは、王にふさわしいカリスマ性を得るでしょう。今は財宝にも興味がない勇者様が独走していますが、いつ抜かれてもおかしくはない。たやすく抜き去る実力者がこの町には山ほどいるのでしょうし』

 教皇ちゃんの言葉で、この場の緊張感が増した。
 否定が出来ない。
 カニカマ君が管理者だと今言えているのは、タロからもらった剣と最初にここに来たことしか根拠がない。
 HANAKOが優秀で誰もが管理者になれるというのなら、なおさらだった。

『準備期間が終わった時こそ、この場所が国として正式に成立する瞬間でもあるのでしょう』
「そ、そんなにうまくいかないのでは? 今だって管理者なんていっても、飾りみたいなところがありますよ?」

 教皇ちゃんの話に顔を青くしてカニカマ君は言うが、教皇ちゃんは首をかしげる。

『そうでしょうか? 本マスター権というくらいですから、仮よりも色々出来るはずです。単純に、HANAKOにより詳細な命令を出せるようになるだけでも、かなり違うと思うのですけれど?』
「あーそりゃ厄介だわ。HANAKOなら何でも出来るもんね」

 思わずわたしが頷いてしまうと、教皇ちゃんはぱちんと手を合わせた。

『はい。権利さえ手に入れてしまえば、後は王様の思うがままというわけですわ。ただ、完全に支配下に収めるというと難しいと思いますので、そこがやり甲斐がいのあるところではないかと。つまるところ、そこまで来てようやく私はお役に立てると思うのですよね。これでも人心掌握じんしんしょうあくのすべにはけているつもりですので』

 自信満々でそう言う教皇ちゃんに誰もが唖然あぜんとしていたが、中でも一番引いていたのがカニカマ君だった。

「僕の人心。まったく掌握されていないんですけど」

 ぼそりとだがきっちり聞こえるように言ったカニカマ君の言葉には、存分にうらぶしが利いていた。
 しかし教皇ちゃんは、にっこりと笑って返答する。

『貴方に対しては、勇者様専用対応ですので』
「……勇者様専用対応」
『はい。いかなる時も臨機応変な対応が結果を分けるものです』

 わたしは、ホホホと口元に手を当てる教皇ちゃんが、この中でダントツでやばい奴と確信した。
 しかも彼女が言う臨機応変さで、自らの黒い部分を全開にしているのが、まったく意図が読めない。

「じゃあ、セーラー服の女の人にも勇者様専用対応だったんですか?」

 そう尋ねたカニカマ君に、教皇ちゃんは今度は、美しいながらもどこか冷酷さを漂わせる笑みを浮かべて言った。

『いいえ? マガリは裏勇者様専用対応ですよ?』
「「う、裏があるんだ」」
『当然ありますとも』

 声をそろえたカニカマ君とわたしは、露骨ろこつに一歩後ろに下がった。

『まぁ後のことはいいのですよ。すべて可能性の話でしかありません。あのお方の意に沿い、このダンジョン・シティを本気で運営する気があるなら、最初からしっかり手綱たづなを握る努力をするべきです。噂はすでに人間、魔族両方に知れ渡っているのですから。今頃どこかの国がこの理想郷を奪い取るために兵を挙げたところで、驚くにはあたいしません』
「戦争が起こるってことですか? じょ、冗談でも笑えないですね」

 カニカマ君が笑顔を引きつらせて、かろうじてそう答えたまさにその時……
 ドカンと大きな音がして、ダンジョンタワーが揺れた。

「なんだ!」

 カニカマ君は叫び、全員が音の方へ振り向く。
 窓から見下ろすと、町のそばで黒い煙が上がり、荒野の向こうから行進してくる一団が見えた。
 教皇ちゃんに視線が集まる。

『あら? 思ったより随分早いですね』

 教皇ちゃんは驚いている風だが、タイミングがどんぴしゃすぎる。カニカマ君は教皇ちゃんを疑っているのを隠そうともせず、眉間をしわだらけにしていた。

「……貴女のがねでは?」
『神に誓って違いますよ?』

 教皇ちゃんはしれっとした顔でそれを否定するのだった。


     ◇◆◇◆◇


 わたしとカニカマ君が様子を確認するため町の外までやって来ると、先ほどより大きくなった一団の姿が見えた。
 ずらりと前面にいるのは人型のようで、陽炎かげろうに揺れる一団は日差しを受けてキラキラと鏡みたいに輝いていた。
 わたしはその光を眺めてムムムと唸る。

「あの光り方は……見たことある」
「トンボ先生? 何かわかるんですか?」
「たぶんあれ、魔法金属の鎧だよ。種類は……オリハルコン?」

 カニカマ君はぎょっとしたような表情を見せる。

「えぇ!? ……前の方にいる集団はみんな光っていますけど。本当ですか?」
「わたしがどんだけ魔法金属見てきたと思ってんの? ありゃ間違いないよ。お金持ちなのかな?」

 そう口には出してみたものの、どうにもそんな気はしなかった。
 魔法金属は種類がなんであれ貴重品だ。そしてごく一部の職人にしか扱えない。もっとも、それらをほぼ無尽蔵むじんぞうに使える人達を、わたしはちゃんと知っているが……

「……そんな次元ですか? それにあれは……」

 カニカマ君が相手をはっきりと視認して歯噛みする。わたしも軍勢の正体がわかった。

「魔族だ」
「魔族だね」

 あの多種多様な構成は、魔族と呼ばれている連中にほぼ間違いなさそうだ。
 しかし、わたしは首をかしげた。
 妙である。今魔族は、マオちゃんがいなくなり大混乱の真っ最中であるはず。そんな彼らがまとまって、攻めてくるなどいくら何でもおかしい。
 ふと気づくと、真剣な表情だったカニカマ君が、顔を真っ赤にしていた。

「んん?」

 カニカマ君が見ていたのはダークエルフだった。ダークエルフ達は同じ形状の鎧を着込み、整然と槍をかまえて前進してくる。
 しかし、その先頭に立つ女ダークエルフ達の格好は――はっきり言って異様だった。
 わたしも目を見張り、思わずカニカマ君の頭から身を乗り出す。

「えぇ! 何じゃありゃ!」

 彼女達は海に入る着衣。そう――水着のような鎧を着ていたのである!
 そんな鎧をダークエルフの美女達が着ていれば、凄まじい破壊力を持つ。
 わたしは素早くカメラを取り出して、高速連写した。

「うぉ! すっごいなあれ! 脚長い! 胸でっかい! 顔ちっちゃい! なんだ! ダークエルフはみんなあんなんか! 骨格から違うな!」
「あーうん……確かにそれもそうなんですけど……後ろもすごいですよ?」
「何? 見るべきは先頭だよ! じっくり見とかなきゃもったいないって! スイカとメロンがあるよ! ホラホラ!」
「いえ、先生……その、女の子がそういうことを大声で言うものでは……そうです! 後ろです! あれってどう見ても小さな戦車ですよ!」

 いいところなのにカニカマ君はマジメである。というか、最初に反応したくせに。
 ビキニアーマーダークエルフ美女の背後には、豚のような顔をした種族、オーク達がおり、彼らは筒のついた鉄の車に乗っていた。サイズ的にはでっかいはずだが、丸っこい装甲の車からちょこんと豚の頭が出ている姿は何だかコミカルだ。

「ぶふっ、なんかちょっとかわいい」
「そ、そうですか?」
「あっちのオーガはかわいげのかけらもないね! 武骨ぶこつスギ!」

 しかし注目すべきは、ツノが立派な巨体のオーガだ。
 大盾をかまえて歩いている姿はまるで城壁が迫ってくるみたいだが、引っかかることがあった。
 彼らは全体的に和風だったのである。トゲトゲした棍棒こんぼうを持っていたり、黄色いパンツをはいていたり。
 彼らの姿に、とても見覚えがあったのはともかくとして、カニカマ君は気に入ったみたいだった。

「いやでも、あれはあれでカッコいいかなって。ってそんな場合じゃないですね。魔族の軍団が攻めてきました……」
「面白おかしくなってね!」
「面白いかどうかは、この際どうでもいいです」
「いやいやカニカマ君! 大事なことだよ? それにだ……どうやら驚くのはまだ早そうだ」

 わたしはそう言うと、クイクイとカニカマ君の髪を引っ張って、極めつけのそれを指差した。
 オーガの盾の更に奥。そこには、ひときわでっかいオーガ達がかつ御輿みこしがあって、何者かが乗っていた。
 白銀のフルプレートの鎧を着込み、両手で剣の柄を包み込むように持っている。立派な椅子に腰をかけている姿は、並の存在感ではない。
 どう見てもボスである。
 フルフェイスのかぶとに隠れた眼光は、隠れていても肌があわ立つほどの圧力があった。
 カニカマ君も今までの経験から、その存在がただ者ではないと肌で感じているようだった。

「あれが、指揮官みたいですね、トンボ先生。迫力が尋常じゃない」
「……うーん」

 確かに怖いのだが、違和感を覚えたわたしは敵のボスを凝視した。
 なんか、見たことある気がする。
 というか、魔法金属の完全武装集団で違和感。ビキニアーマーで察し。オークタンクとオーガメイルで確信した。
 あの雰囲気。そしてあの鎧。最終的に完全武装のあのスタイル、それも騎士風。わたしは心の中で笑いをこらえるのに必死だった。
 しかしわたしは、すべてを黙っていることに全力でがんばった。

「どうしたんです? トンボ先生?」
「……何でもないよ!」

 カニカマ君に不審に思われたけど、がんばった。
 なぜならば、黙っていた方が面白そうだからである。
 謎の軍団はこちらを遠巻きにして進軍を止め、代表して赤いビキニアーマーのダークエルフが進み出た。
 なかなかにたわわな赤ビキニは、声を大きくする魔法を使って叫ぶ。

「出てこい、魔獣王! 我らが騎士女王を差し置いて次期魔王筆頭なんざ片腹痛い! 今から一時間以内に出てこい! さもないと、そのふざけた町ごと消し去る……あいった!」

 ガン!
 鈍い音がして、叫んでいた赤ビキニの頭に投石が直撃する。
 どうやらボスが投げたらしく、赤ビキニは痛そうに頭を押さえて、ぺこぺこと頭を下げた。

「すんません!」
「……」

 ちょっとだけやり取りがあった後、赤ビキニは演説を再開した。

「とにかくだ! 魔獣王なんてぽっと出が、魔王を名乗るなんざ百年早いってことだ! 魔王の座はここにいる騎士女王様ただ一人……あいった!」

 二度目の投石が命中し、赤ビキニが涙目になる。
 被せてくるとはなかなかやる。

『もういい……』

 そう言って騎士女王は、とうとう自分で出てきた。
 騎士女王は巨大な両手剣を軽々と片手で持ち、その切っ先をまっすぐカニカマ君へと向けて叫んだ。

『魔獣王とやら。この町は貴様の物ではない……まして、魔王の名の足がかりにしようなど言語道断ごんごどうだんだ……ゆえに貴様を討つ!』

 その声は若干、野太く聞こえるように調整済みだった。
 なるほど、なんか面倒くさい事情で紆余曲折うよきょくせつしたあげく、そう着地したかって感じだった。
 カニカマ君は騎士女王の宣言に、一瞬きょとんとして尋ねてくる。

「どうしましょう……トンボ先生。まったく身に覚えがないことで宣戦布告されてしまいました」
「そだね。どちらかといえば、一番魔王に近いのはわたしだと思ってたんだけどなぁ」
「……トンボ先生。冗談がすぎます。今割とシャレになりません。ところで魔王に近いって、何かしたんですか?」
「まだ何もやってないよ! そうだね! こいつは言いがかりだ!」

 わたしの言いようを聞いてカニカマ君は不安そうだが、これはこちらの話だ。

「勘違いでも、今更引き下がってはくれそうにありませんね」
「ま! 相手が誰だろうと引き下がる理由にはならないよね! ここはわたしらの町だし!」
「……その通りです」

 口に出した宣言は、わたしとカニカマ君の共通の考えだ。

『そうか……残念だ』

 騎士女王はそう口にすると、その場から忽然こつぜんと姿を消した。そして突如として、わたし達の正面に魔法の亜空間が出現し、巨大な腕が現れた。
 出てきたのは、騎士の鎧である。ただし恐ろしくでかい。
 ダンジョン・シティにあるビルと比較しても、まったく見劣りしないどころか、更にでかいとは驚きだった。

「うわ! でっか」
「……!」

 赤いマントをなびかせ、巨人よりも遥かに大きく、山でも両断しそうな両手剣を持つ白銀の騎士鎧は、滑らかな動きで剣を掲げた。
 中に入っているのは、もちろん騎士女王だろう。
 騎士女王の声が、まるですぐそばにいるように響き渡る。

『前進せよ』

 号令と共に、魔族の軍勢は動きだし、巨大な騎士鎧が前進し始めた。

「どうしましょうかね……トンボ先生」
「んあー……どうしようかね」

 カニカマ君は途方に暮れてそれを見上げていた。
 一方わたしは感心していて、というのも鎧は凄まじい完成度で、そこにたくみの技を見たからだ。

「あぁー。あれはひょっとしてドワーフの仕事だなぁ……」
「わかるんですか!? トンボ先生! すごいですね!」
「わからいでか! 奴らとは何度も仕事をしたことがあるのさ!」
「……先生って、たまに本気で先生っぽいので驚きます」
「よせやい! テレちゃうだろ?」

 カニカマ君が訳のわからないことを言っているが、今は流してあげることに決めた。何せそれどころではない。
 わたしは眉をひそめて親指の爪を噛んだ。

「でも……厄介だね。あっちにはドワーフが付いてる。しかもあんな大がかりな物を作ってるってことは、相当数のドワーフがバックにいる可能性があるね」

 なぜそうなったのかは容易に想像がつく。
 ドワーフ共は、騎士女王のファンだからだ。じきじきに頼まれればあのお調子者達は、タロと共に鍛えたつちを存分に振るったことだろう。その結果が、巨大騎士鎧と魔法金属の鎧で武装した軍隊だと言うんだから笑えない話である。
 カニカマ君が手に持った黒い魔剣を指して言う。

「剣で斬ってみますか?」
「たぶん魔法は相性悪そうだしねぇ。カニカマ君、でもあれ、剣で真っ二つにする自信ある?」
「……いや、何ぶん大きさが」
「竜でも倒せるんだから、がんばったらどうにかならない?」
「どうなんでしょうか……」

 カニカマ君の声に自信がないのも無理はなかった。相手はビル並みに大きい魔法金属のかたまりである。
 とにかくやってみるしかないと表情を引きしめたカニカマ君だったが、カニカマ君の黒い魔剣から声が聞こえてきた。

『ふむ……なるほど。少しいいかね?』
「!」

 カニカマ君はぎょっとしていたが、わたしはすぐにその声のぬしに気がついた。

「元竜王さんの声がする」
「はい……しかも剣から」

 わたしとカニカマ君はじっと魔剣を覗き込む。すると黒い刀身がわずかに震えて音を伝えた。

『今、剣を使って君に語りかけている。私は先ほど君と戦った元竜王だ。妙な魔力が近づいてきているね? どうだろう? 我が力を使ってはみないかね?』
「えぇ?」

 思わぬ提案に、カニカマ君とわたしは顔を見合わせる。

「ど、どういうことですか?」

 カニカマ君が尋ねると、元竜王は意外そうな声を出す。

『いや何。こんな時に何の力も貸さないというのもまずかろう?』

 力を貸してくれるというのなら、これ以上ないほどのすけだ。だが、どう手を貸すのかいまいち想像出来ない。カニカマ君はおずおずと尋ねた。

「いいんですか? でもどうやって?」
『何、それはすぐにわかる』

 すると、魔剣からゆらりと黒いオーラが立ちのぼった。

『来る者拒まずがダンジョンの原則ではあるが……ここは聖域だ。この地を無遠慮に踏み荒らそうとするやからがいては面白くない。そういう者が現れた時のための管理人でもあるのだろう?』

 相手が何だろうと、武力でこの場所を占拠しようとするのは気に食わない。元竜王の方針は理解出来た。

「……」

 カニカマ君はじっと目をつむり、考え込む。
 そして元竜王に尋ねた。

「……相手は、僕を魔王候補だと思って挑みに来ている軍隊です。太刀打たちうち出来るでしょうか?」
『ふむ……先ほども思ったが、君は自分の力を自覚出来ていないのだな……ならば、なおさらいい機会だ。あのお方の力の一端を、君に見せることが出来るだろう。剣を正面に掲げたまえ』
「は、はい!」

 カニカマ君は言われた通りに剣をかまえた。
 わたしは何だか嫌な予感がして、カニカマ君の頭に力いっぱいしがみつく。

『よし……では、始めるとしよう』

 ダンジョンマスターの魔剣が輝き、魔法陣が展開される。
 魔法陣はゲートを開く。
 ゲートから飛び出し、空から舞い降りたのは、翼を大きく広げた偉大な竜だ。

「グオオオオオ!!」

 竜は現れただけで雲を割り、咆哮ほうこうで大気を震わせる。
 ギョロリと大きな瞳に見据えられた騎士女王は、それだけで危険を感じ取ったようだった。

『……お前達! 今すぐに下がれ!』

 騎士女王は素早く背後を振り返りそう叫ぶと、眼前の竜に対して、剣をかまえた。
 ゴウンと低い音を立てて、彼女の足下の大地が震える。
 騎士女王の気迫を受けて、元竜王は心なしか楽しそうだった。

「ほう……あの騎士女王とやら。それなりにやりそうだ」

 そう呟いた彼の全身を、赤い光が駆け巡る。
 元竜王は全身からプレッシャーを発しながら告げる。

「我は太古の竜である。ここは我が眠りにつく場所だ。この地に挑むのはかまわない。だが、無遠慮に踏み荒らすというのであれば、覚悟せよ」

 元竜王の口内が発光して熱を発し始めると、大地が鳴動し、周囲の小石が浮かび上がった。

「名は過去に置いてきた。我を呼ぶ時は、ただエンシェントドラゴンと呼ぶがいい!」

 わたしとカニカマ君は高まり続ける魔力をビリビリ感じて、慌てて伏せる。
 それと同時に、目の前で大きな力が解き放たれた。

『くっ! これは……まずい!』

 光が一閃いっせんし、騎士女王に襲いかかる。
 騎士女王は数秒閃光を受け止め、なんとか四散させた。
 しかし、光の勢いは止まらない。
 背後に分散して抜けていく光は軍勢目がけて降り注ぎ、着弾点が燃え上がる。
 光が徐々に収束していき、完全に収まった頃には、荒野は火の海と化していた。
 騎士女王は倒れ込み、その大剣は半ばから溶け落ちている。彼女の軍団は一撃で炎に沈み、消え去ってしまった。
 わたしとカニカマ君はといえば、呆れた威力にどん引きだった。

「……うわぁ。こりゃヤベーな」
「これが……太郎さんの力……」

 愕然がくぜんとするカニカマ君。その言葉を耳ざとく聞きつけていたエンシェントドラゴンは、ニヤリと口元を歪め、ここぞとばかりに言う。

「いいや。違うな。この程度は私にも出来ること。あのお方の力はこんなものではない――よく見てみるがいい」
「え?」

 エンシェントドラゴンはまっすぐ前方を指差した。
 燃え続けているように見えた火の海はその直後、掻き消える。
 すると、そこには何事もなかったかのように荒野があった。そして、武装を完全解除された者達が目を回して倒れていた。
 そう――まったく傷もなく、目を回しただけで、誰一人として死なずに。

「奴らがいる辺りはダンジョンの魔法の効果圏内だ。わかるか? ここでは生死すらあの方の手のひらの上だ。竜族にすら推し量れぬほどに強大な力だとも。これほどの力を持ちながら、あのお方はあまりにも慈悲深い」

 そう言って大仰に頷く元竜王。そんな彼を見上げ、カニカマ君は呆然としていた。

「……」

 今の戦闘で町の人達が騒ぎ始める。
 そりゃそうだろう。あんな戦い、そうそう拝めるものじゃない。ましてブレスを放ったのが元竜王ともなれば、誰だって目を見張るに違いなかった。
 そうして彼らは目撃するわけだ。元竜王を従える、ダンジョン・シティの王の姿を。

「あれが噂の……かーにー……なんだっけ?」
「かーに……かま?」
「それは王様っぽいのか? なんかもう少し長かったような?」
「いや、言い方は合ってる、とりあえず伸ばしとけば?」
「うおおおお! カーニーカマン! カーニーカマン!」

 町の人の誰が言いだしたかわからなかったが、とりあえず「カーニー」と伸ばされることが決まったらしい。

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