140 / 183
連載
修行する蛙 3
しおりを挟む
「ぬおりゃ!」
カワズさんの気合いの雄たけびが地下に響き、とび蹴りが炸裂すると対戦相手が木っ端微塵に吹き飛んだ。
カワズさんのリクエスト通りの百人組手は、一戦ごとにカワズさんの戦歴に忘れられない一ページを加えたことだろう。
ハチマキの格闘家はすさまじい使い手だったし、殺意に目覚めていた奴もいた。
手足が伸びる相手も面白い。
女性格闘家達の蹴り技は攻撃的でありながら美しくさえあった。
炎を操ったり、氷を操ったり、爆発したり、まんまモンスターだったり、ロボだったりするコミカルなキャラクター達を下し、2pカラーすら網羅してカワズさんはまだ立っていた。
対戦相手を完全に倒すとフィールドが変化し、今度は雷の轟く草原と化す。
この場所は地下の実験場である。
普段ここは周りに甚大な被害がでそうな魔法を使うための空間なのだが、今は雰囲気を出すために相手が変わるごとに外観が変化する仕様である。
「さて、次はどんな奴かのぅ……」
さてカワズさんの言うようにフィールドの変化は、次の相手が現れることを意味する。
影がぼんやりと浮かびあがって、気が付くと拳を打ち合わせていたのは、鍛え上げられた肉体を持つパンツ姿の大男だ。
明らかに普通じゃない、鬼気迫る闘志をみなぎらせている相手にカワズさんはゆっくりと構えを取った。
「フォウ!」
男は雄たけびをあげ、己の拳から青い、飛ぶ拳撃を放つ。
対してカワズさんはジャンプで躱し、緑色の拳に炎が灯った。
「チョワァアアアア!!」
人並み外れた跳躍力で一気に距離を詰めたカワズさんはすでに拳の間合いに飛び込んでいた。
アッパーカットが蛙跳びから繰り出される。
相手の顎をオレンジの閃光が叩き上げるはずだったが、しかし拳はオレンジ色の残光を残し空を切った。
大きくのけぞったパンツ男は確実にカワズさんの拳を見切って、紙一重で躱していた。
「ほほぅ……こいつは中々のもんじゃな」
「それはどうも……」
答えたのは俺である。
カワズさんはおびただしい汗を流し、色濃い疲れは見せているものの、すでに99人抜きを達成していた。
つまりパンツ男は記念すべき100人目という事だ。
正直、半分ぐらいで根を上げると思っていたから、カワズさんの戦果は素直に脱帽である。
横で見ていたトンボも感動のクライマックスに拳の素振りが止まらない。
「手に汗握るね! もういい加減飽きてきたけど!」
「いや実際すごいよこれは。ネタはネタでも本気で人間離れした相手ばっかりだからねあれ?」
これはまぐれじゃあるまい。カワズさんの体は以前に増してさらに鍛え上げられていた。
肉体強化は未熟者が使えば全身筋肉痛に襲われるが、使い慣れ、練度が上がってくると体の強度は底なしに上がり、肉体が損傷しにくくなってくるらしい。
達人ともなれば言わずもがな、いっさい無駄なく攻防のバランスを見極める。
今まで出会ってきたこちらの人間は、力が常識を軽く飛び越えるくらいすさまじいのに、細身の人間が割と多かった気はした。
もっともそれは戦士系の人の話だが。
「……それって意味があるのだろうか?」
俺はぼやくが、それをこだわりというのだろう。
「さて……そろそろ佳境かのぅ」
満身創痍のカワズさんだったが、まだ闘志は衰えを見せていない。
だがすでに肉体は限界だろう。カワズさんの魔力もすでに底を突きかけているのは明白だった。
パンツ男が動く。
男は一旦距離をあけて、しゃがみこむと両拳に力を溜めて放った。
「ぬお!」
「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」
しかも一撃ではない。連続して放たれている光弾は、小ぶりだがかなりの威力がある。
カワズさんは一撃を受け止め、あまりの衝撃にのけぞり、その場に釘づけにされていた。
俺はパンツ男の意図に気が付いて唸る。
「……まずいな、タメに入りやがった」
「タメ? カワズさんのストレスとか?」
「いや。必殺技ゲージを」
「???」
困惑しているトンボに構っている暇はない。
ただでさえ限界なカワズさんの魔力が削られていくのがわかる。
見たところ持ちこたえられてあと数発。しかしこの後に待っているのは――。
ひたすらに遠距離攻撃を続けていたパンツ男は、しゃがみから一転してダッシュした。
パンツ男から解き放たれる圧倒的な殺気に、俺とトンボは思わず叫んだ。
「「あぶない!」」
声を揃えた俺とトンボだったが、ピンチのカワズさんはそんな俺達を鼻で笑い飛ばす。
「ふん……騒ぐな小童ども。まだこんなものでは終わらんわ! そうじゃ。わしが望んだのはこのピンチよ。危機の中でこそ全身の感覚は極限にまで研ぎ澄まされよう! 今までの研究から導き出した究極の技、見せてやるわい!」
ブツブツと何か念仏の様に唱えているカワズさんの命は、風前の灯かと思われた。
男の身体が今までタメたエネルギーを一気に解き放って、光り輝く。
カワズさんはその刹那、息を整え不思議な呼吸音を響かせる。
超高速で繰り出されるアッパーカットが無数の残像を作りだし、カワズさんに襲いかかるまでに一秒すらなかっただろう。
「甘いわ!」
だが迎え撃ったカワズさんは絶妙のタイミングで、地べたにへばりついたのだ。
「当たり判定の外を見極めただとぅ!」
俺は思わず手の平を握った。
同時に拳の雪崩を避け切ったカワズさんはすぐさま跳ね起き、相手の下に体を滑りこませる。
攻撃は通るだろう、しかし今のカワズさんはあまりにも魔力が足りていなかった。
これでは威力が十分乗った一撃は放てないはず!
「ふん!!」
だが無数の輝く光がカワズさんの周囲を瞬き、繰り出される拳には確かに魔力の輝きが宿っていた。
「喰らうがいいわ!」
一撃目に繰り出された炎の連打で腹部を打ち抜き、衝撃が高く敵を空まで打ち上げた。
そこから落ちてきた男を今度は雷を纏ったカワズさんが真横に蹴り、相手は地面と平行に飛んでゆく。
しかしまだ攻撃は終わらない。
どうやったのか飛んでゆくパンツの男の背後に張り付く様に飛ぶカワズさんは両腕でがっちりとホールドすると、相手を氷漬けにして回転し始めた。
「どっせい!」
丁度いいタイミングで両足で着地し、バックドロップ。
地面に亀裂が走り、上半身を地面に埋めたパンツ男は、完全に沈黙した。
手を離し、跳ね起きたカワズさん。ファンファーレと共に100人抜きの瞬間だった。
「もはや太極拳の面影すらない……バックドロップってなんだよ」
「何を言う。実戦において時として型に捕らわれていては勝機を逃すこともある」
俺の台詞に応え、得意げに笑うカワズさんに俺の目は点になった。
魔力の枯渇が近かったはずだと言うのに、今のカワズさんは干からびるどころか生気がみなぎっていたんだから、あの一瞬で何が起こったのかわからない。
「やった……ついにやったぞ! わしは!」
カワズさんは大いに喜んでいた。
何がそんなにうれしいのか、いつにもましてハイテンションで吠えているカワズさんに俺はおいおいと声を掛けた。
「今何した? 最後の方、魔力が空っぽだっただろ?」
「おう! 聞いてくれ! 実はわしはまた一つ限界を突破してしもうたんじゃよ?」
「……何それ?」
意味の分からないことを言うカワズさんは自分の胸をトントンと叩いて、みなぎる魔力を俺に見せつける。
「わからんか? この魔力が。 所でお前さん今までどうやって魔力を回復しているか考えたことはあるか?」
唐突な質問に俺は口ごもった。
「いや? 体の中から湧き出してるんじゃないの?」
反射的に答えた俺に、カワズさんはむかつく感じに鼻で笑って腕を組んだ。
「所がそうじゃないんじゃな。わしら生き物は、すべからく寝ている間に外から吸収して中に溜めておるのだ。だがもしそれを睡眠以外の方法で自発的に出来るとしたら……すごいと思わんか?」
「そりゃぁ。確かにすごい。何回でも魔法使い放題って事?」
珍しく素直に驚く。するとカワズさんは、ちょっとシュンとなった。
「いやまぁ……そこまで便利じゃないがのぅ。元々の魔力の総量は変わらんから、お前みたいに何でもできると言うわけじゃないしのぅ。じゃが……それでも画期的な技法であることに変わりはあるまい! わしはある聖剣の魔法と、武術の技法からこの技を編み出したわけじゃよ!
「……理論と言うより、あくなき特訓の果てって感じだけど」
「ん? まぁ否定はせんが」
「あー……。いいけどさ別に」
俺の脳裏にはしばらく観察し続けていたカワズさんの修行風景がちらつく。
それにしても、まさかすべてがこんな技につながっているとは思わなかった。
ものすごく得意げなカワズさんは高笑い中である。
しかし話を聞いていると、この人魔法使いだとばかり思っていたが、やっている事の方向性はむしろ――。
「なんか仙人っぽいよねカワズさん」
「なんじゃそれ? せんにん?」
「あー、東洋の魔法使い的な?」
そう言えば仙人って魔法使いが頭脳派なのに対して、妙に肉体派なイメージがあった。
「なるほどのぅ。着想がお前さんの世界の武道だからのぅ。なるべくしてそうなったと言うところか。しかしわしすごい! 天才じゃろうこれは! もはや世界最強じゃな!」
ただ大喜びのカワズさんに、心底疑問符を浮かべていたトンボは思い出した様に言ったのだ。
「あれ? でも結局。精神的に蛙よりなのを気にして、特訓してたんだよね?」
「そう言えばそうだったね」
ついつい理屈に流されてしまったが、そう言えばカワズさんの心を読んだ時はそんな話だったはず。
じっと俺達が視線を向けると、カワズさんは大いに動揺して一歩引いた。
「そ、そんなわけないじゃろ!」
その顔は真っ赤である。
しまったついつい口をついてしまったが、これは内緒のやつだった。
後悔したがもう言ってしまったのだからどうしようもない。
「結局どういう事なんだろう?」
首をかしげるトンボだったが、俺は何となくわかった気がした。
「そう言ってあげるなよトンボちゃん。要するに雑念を振り払うために、前から考えてた修行に没頭したって話じゃないか。ほら? 考える暇もないくらいに別のことするなんてよくある話だし」
それが高じて、凄いことになるというのも、またよくある話ではあるまいか?
カワズさんの顔はますます赤くなった。
「……ぐっ。うっさいわ! 技術向上もちゃんと理由にあったわい!」
「あ、ごめんカワズさん、つい本音が」
俺は深く反省した。
しかしこうやってはっきり話題が出てしまったのならちょうどいい。
俺はこのまま話の流れに沿って尋ねていた。
「でもさ。ぶっちゃけもうカワズさんを人間に戻すくらい出来ると思うんだよ。やってみようか?」
俺だって家に帰る目処がついた以上、カワズさんも今の格好にこだわる理由もない。
だがカワズさんはひとしきり考え込むときっぱりと言った。
「いや、それは断る。頑張って鍛え上げたわけだしのぅ全部元に戻るとか勘弁じゃわい」
「えぇー。いいのそれで」
「ええじゃろ。まぁ魅力的な話ではあるがな」
からからと笑うカワズさんだったが、俺とトンボは思わず顔を見合わせていた。
そして二人してどうにも切ない顔になって、そっと用意していたヌンチャクを取り出すとカワズさんに差し出す。
「カワズさん……これ上げるよ」
「うん。大事にしてね?」
「お? おお、うん。え? 何じゃこれ?」
突然のプレゼントに戸惑うカワズさんだが、丁度いいだろう。
俺は悲しげに頭を振って、自分の涙をそっとぬぐった。
「カワズさんの転職祝いだから」
「そうだね。カワズさんはただの蛙でもなければ魔法使いでもないよ。もう立派な武道家だよ」
「ち、違うからな! わし魔法使いじゃから!」
心底慌ててヌンチャクを振り回すカワズさんの言葉には一ミリたりとも説得力がなかった。
カワズさんの気合いの雄たけびが地下に響き、とび蹴りが炸裂すると対戦相手が木っ端微塵に吹き飛んだ。
カワズさんのリクエスト通りの百人組手は、一戦ごとにカワズさんの戦歴に忘れられない一ページを加えたことだろう。
ハチマキの格闘家はすさまじい使い手だったし、殺意に目覚めていた奴もいた。
手足が伸びる相手も面白い。
女性格闘家達の蹴り技は攻撃的でありながら美しくさえあった。
炎を操ったり、氷を操ったり、爆発したり、まんまモンスターだったり、ロボだったりするコミカルなキャラクター達を下し、2pカラーすら網羅してカワズさんはまだ立っていた。
対戦相手を完全に倒すとフィールドが変化し、今度は雷の轟く草原と化す。
この場所は地下の実験場である。
普段ここは周りに甚大な被害がでそうな魔法を使うための空間なのだが、今は雰囲気を出すために相手が変わるごとに外観が変化する仕様である。
「さて、次はどんな奴かのぅ……」
さてカワズさんの言うようにフィールドの変化は、次の相手が現れることを意味する。
影がぼんやりと浮かびあがって、気が付くと拳を打ち合わせていたのは、鍛え上げられた肉体を持つパンツ姿の大男だ。
明らかに普通じゃない、鬼気迫る闘志をみなぎらせている相手にカワズさんはゆっくりと構えを取った。
「フォウ!」
男は雄たけびをあげ、己の拳から青い、飛ぶ拳撃を放つ。
対してカワズさんはジャンプで躱し、緑色の拳に炎が灯った。
「チョワァアアアア!!」
人並み外れた跳躍力で一気に距離を詰めたカワズさんはすでに拳の間合いに飛び込んでいた。
アッパーカットが蛙跳びから繰り出される。
相手の顎をオレンジの閃光が叩き上げるはずだったが、しかし拳はオレンジ色の残光を残し空を切った。
大きくのけぞったパンツ男は確実にカワズさんの拳を見切って、紙一重で躱していた。
「ほほぅ……こいつは中々のもんじゃな」
「それはどうも……」
答えたのは俺である。
カワズさんはおびただしい汗を流し、色濃い疲れは見せているものの、すでに99人抜きを達成していた。
つまりパンツ男は記念すべき100人目という事だ。
正直、半分ぐらいで根を上げると思っていたから、カワズさんの戦果は素直に脱帽である。
横で見ていたトンボも感動のクライマックスに拳の素振りが止まらない。
「手に汗握るね! もういい加減飽きてきたけど!」
「いや実際すごいよこれは。ネタはネタでも本気で人間離れした相手ばっかりだからねあれ?」
これはまぐれじゃあるまい。カワズさんの体は以前に増してさらに鍛え上げられていた。
肉体強化は未熟者が使えば全身筋肉痛に襲われるが、使い慣れ、練度が上がってくると体の強度は底なしに上がり、肉体が損傷しにくくなってくるらしい。
達人ともなれば言わずもがな、いっさい無駄なく攻防のバランスを見極める。
今まで出会ってきたこちらの人間は、力が常識を軽く飛び越えるくらいすさまじいのに、細身の人間が割と多かった気はした。
もっともそれは戦士系の人の話だが。
「……それって意味があるのだろうか?」
俺はぼやくが、それをこだわりというのだろう。
「さて……そろそろ佳境かのぅ」
満身創痍のカワズさんだったが、まだ闘志は衰えを見せていない。
だがすでに肉体は限界だろう。カワズさんの魔力もすでに底を突きかけているのは明白だった。
パンツ男が動く。
男は一旦距離をあけて、しゃがみこむと両拳に力を溜めて放った。
「ぬお!」
「シュッ! シュッ! シュッ! シュッ!」
しかも一撃ではない。連続して放たれている光弾は、小ぶりだがかなりの威力がある。
カワズさんは一撃を受け止め、あまりの衝撃にのけぞり、その場に釘づけにされていた。
俺はパンツ男の意図に気が付いて唸る。
「……まずいな、タメに入りやがった」
「タメ? カワズさんのストレスとか?」
「いや。必殺技ゲージを」
「???」
困惑しているトンボに構っている暇はない。
ただでさえ限界なカワズさんの魔力が削られていくのがわかる。
見たところ持ちこたえられてあと数発。しかしこの後に待っているのは――。
ひたすらに遠距離攻撃を続けていたパンツ男は、しゃがみから一転してダッシュした。
パンツ男から解き放たれる圧倒的な殺気に、俺とトンボは思わず叫んだ。
「「あぶない!」」
声を揃えた俺とトンボだったが、ピンチのカワズさんはそんな俺達を鼻で笑い飛ばす。
「ふん……騒ぐな小童ども。まだこんなものでは終わらんわ! そうじゃ。わしが望んだのはこのピンチよ。危機の中でこそ全身の感覚は極限にまで研ぎ澄まされよう! 今までの研究から導き出した究極の技、見せてやるわい!」
ブツブツと何か念仏の様に唱えているカワズさんの命は、風前の灯かと思われた。
男の身体が今までタメたエネルギーを一気に解き放って、光り輝く。
カワズさんはその刹那、息を整え不思議な呼吸音を響かせる。
超高速で繰り出されるアッパーカットが無数の残像を作りだし、カワズさんに襲いかかるまでに一秒すらなかっただろう。
「甘いわ!」
だが迎え撃ったカワズさんは絶妙のタイミングで、地べたにへばりついたのだ。
「当たり判定の外を見極めただとぅ!」
俺は思わず手の平を握った。
同時に拳の雪崩を避け切ったカワズさんはすぐさま跳ね起き、相手の下に体を滑りこませる。
攻撃は通るだろう、しかし今のカワズさんはあまりにも魔力が足りていなかった。
これでは威力が十分乗った一撃は放てないはず!
「ふん!!」
だが無数の輝く光がカワズさんの周囲を瞬き、繰り出される拳には確かに魔力の輝きが宿っていた。
「喰らうがいいわ!」
一撃目に繰り出された炎の連打で腹部を打ち抜き、衝撃が高く敵を空まで打ち上げた。
そこから落ちてきた男を今度は雷を纏ったカワズさんが真横に蹴り、相手は地面と平行に飛んでゆく。
しかしまだ攻撃は終わらない。
どうやったのか飛んでゆくパンツの男の背後に張り付く様に飛ぶカワズさんは両腕でがっちりとホールドすると、相手を氷漬けにして回転し始めた。
「どっせい!」
丁度いいタイミングで両足で着地し、バックドロップ。
地面に亀裂が走り、上半身を地面に埋めたパンツ男は、完全に沈黙した。
手を離し、跳ね起きたカワズさん。ファンファーレと共に100人抜きの瞬間だった。
「もはや太極拳の面影すらない……バックドロップってなんだよ」
「何を言う。実戦において時として型に捕らわれていては勝機を逃すこともある」
俺の台詞に応え、得意げに笑うカワズさんに俺の目は点になった。
魔力の枯渇が近かったはずだと言うのに、今のカワズさんは干からびるどころか生気がみなぎっていたんだから、あの一瞬で何が起こったのかわからない。
「やった……ついにやったぞ! わしは!」
カワズさんは大いに喜んでいた。
何がそんなにうれしいのか、いつにもましてハイテンションで吠えているカワズさんに俺はおいおいと声を掛けた。
「今何した? 最後の方、魔力が空っぽだっただろ?」
「おう! 聞いてくれ! 実はわしはまた一つ限界を突破してしもうたんじゃよ?」
「……何それ?」
意味の分からないことを言うカワズさんは自分の胸をトントンと叩いて、みなぎる魔力を俺に見せつける。
「わからんか? この魔力が。 所でお前さん今までどうやって魔力を回復しているか考えたことはあるか?」
唐突な質問に俺は口ごもった。
「いや? 体の中から湧き出してるんじゃないの?」
反射的に答えた俺に、カワズさんはむかつく感じに鼻で笑って腕を組んだ。
「所がそうじゃないんじゃな。わしら生き物は、すべからく寝ている間に外から吸収して中に溜めておるのだ。だがもしそれを睡眠以外の方法で自発的に出来るとしたら……すごいと思わんか?」
「そりゃぁ。確かにすごい。何回でも魔法使い放題って事?」
珍しく素直に驚く。するとカワズさんは、ちょっとシュンとなった。
「いやまぁ……そこまで便利じゃないがのぅ。元々の魔力の総量は変わらんから、お前みたいに何でもできると言うわけじゃないしのぅ。じゃが……それでも画期的な技法であることに変わりはあるまい! わしはある聖剣の魔法と、武術の技法からこの技を編み出したわけじゃよ!
「……理論と言うより、あくなき特訓の果てって感じだけど」
「ん? まぁ否定はせんが」
「あー……。いいけどさ別に」
俺の脳裏にはしばらく観察し続けていたカワズさんの修行風景がちらつく。
それにしても、まさかすべてがこんな技につながっているとは思わなかった。
ものすごく得意げなカワズさんは高笑い中である。
しかし話を聞いていると、この人魔法使いだとばかり思っていたが、やっている事の方向性はむしろ――。
「なんか仙人っぽいよねカワズさん」
「なんじゃそれ? せんにん?」
「あー、東洋の魔法使い的な?」
そう言えば仙人って魔法使いが頭脳派なのに対して、妙に肉体派なイメージがあった。
「なるほどのぅ。着想がお前さんの世界の武道だからのぅ。なるべくしてそうなったと言うところか。しかしわしすごい! 天才じゃろうこれは! もはや世界最強じゃな!」
ただ大喜びのカワズさんに、心底疑問符を浮かべていたトンボは思い出した様に言ったのだ。
「あれ? でも結局。精神的に蛙よりなのを気にして、特訓してたんだよね?」
「そう言えばそうだったね」
ついつい理屈に流されてしまったが、そう言えばカワズさんの心を読んだ時はそんな話だったはず。
じっと俺達が視線を向けると、カワズさんは大いに動揺して一歩引いた。
「そ、そんなわけないじゃろ!」
その顔は真っ赤である。
しまったついつい口をついてしまったが、これは内緒のやつだった。
後悔したがもう言ってしまったのだからどうしようもない。
「結局どういう事なんだろう?」
首をかしげるトンボだったが、俺は何となくわかった気がした。
「そう言ってあげるなよトンボちゃん。要するに雑念を振り払うために、前から考えてた修行に没頭したって話じゃないか。ほら? 考える暇もないくらいに別のことするなんてよくある話だし」
それが高じて、凄いことになるというのも、またよくある話ではあるまいか?
カワズさんの顔はますます赤くなった。
「……ぐっ。うっさいわ! 技術向上もちゃんと理由にあったわい!」
「あ、ごめんカワズさん、つい本音が」
俺は深く反省した。
しかしこうやってはっきり話題が出てしまったのならちょうどいい。
俺はこのまま話の流れに沿って尋ねていた。
「でもさ。ぶっちゃけもうカワズさんを人間に戻すくらい出来ると思うんだよ。やってみようか?」
俺だって家に帰る目処がついた以上、カワズさんも今の格好にこだわる理由もない。
だがカワズさんはひとしきり考え込むときっぱりと言った。
「いや、それは断る。頑張って鍛え上げたわけだしのぅ全部元に戻るとか勘弁じゃわい」
「えぇー。いいのそれで」
「ええじゃろ。まぁ魅力的な話ではあるがな」
からからと笑うカワズさんだったが、俺とトンボは思わず顔を見合わせていた。
そして二人してどうにも切ない顔になって、そっと用意していたヌンチャクを取り出すとカワズさんに差し出す。
「カワズさん……これ上げるよ」
「うん。大事にしてね?」
「お? おお、うん。え? 何じゃこれ?」
突然のプレゼントに戸惑うカワズさんだが、丁度いいだろう。
俺は悲しげに頭を振って、自分の涙をそっとぬぐった。
「カワズさんの転職祝いだから」
「そうだね。カワズさんはただの蛙でもなければ魔法使いでもないよ。もう立派な武道家だよ」
「ち、違うからな! わし魔法使いじゃから!」
心底慌ててヌンチャクを振り回すカワズさんの言葉には一ミリたりとも説得力がなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。