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セーラー戦士の指輪物語~裏~

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「うっひゃー。おかしなところだねー。こんなところに誰か住んでるのかな? 」

「だなぁ。なんか生活感皆無だよな」

 頭の上のトンボと俺は二人して首をかしげたが。そんな俺達とは違いセーラー戦士は地図を片手にかなり珍しい地形を観察していた。

「私はこういうところだからこそ可能性があるって思うよ」

 水晶、水晶、また水晶。まるで磨き上げたような輝く大地。

 空が曇っているからまだいいが、天気がよかったらまぶしくて目が潰れそうだ。

 そこは土地には草一本生えておらず、完全に一面水晶の世界だった。

 トンボが俺の頭から飛んで行き、地面を自分の指で擦る。キュッキュッといういかにも光沢物のような音を聞いて、ショートの赤毛を逆立てた。

「ねぇねぇ。この水晶ちょっと持って帰ろうよ! やっぱ天然ものは価値があると思うんだよね!」

 トンボが俺の髪をぐいぐい引っ張る。痛いのはともかく、提案としては悪くない。

「あー、綺麗だもんな。お土産にいいかも」

「違う違う! おみやげとかじゃなくって、わたしが欲しいの!」

「別にいいけど……。どれくらい?」

 こういう時のトンボは必ずとんでもない発言をする。慎重に尋ねたが、案の定だった。

「そうだねー。とりあえず……水晶のお城が造れるくらい?」

「どう考えても多すぎるだろう! 何に使うんだよそんなに?」

 城が建つほどってまためちゃくちゃ言うが、トンボはトンボで目的がないわけではないようだった。

「なんだよー。それくらい軽いもんでしょー? せっかくだから彫刻でもやってみようかなと思ってね!」

 トンボは胸を張る。そういえばこのピクシーは結構手先が器用だったことを思い出した。

「いや、仮に彫刻だとしても絶対そんなにいらないだろう。城が造れる暗いって量の単位としておかしいだろ」

 俺の呆れ顔に焦ったトンボは両手を振り回していた。

「そんなのわかんないじゃん! でっかい物を作るのは自分だけの専売特許だと思ってない!?」

「ないない、思ってない」

 いやいやと手を振ってみた。巨大なものにロマンを感じるタイプではあるが、実際に造ったことなどたまにしかないし。

「あとはそうだねぇ。単純に水晶の城って見てみたいかな?」

「あー……それはいいかも。湖の真ん中にこうどーんと」

 それはなかなかロマンのある話である。しかしそんな大がかりなことをすると、女王様にまた文句を言われそうだった。

「そうそう! 飽きたら、女王様にでもあげたらいいよ! 喫茶店用の店をどうやってタロに造らせようか考えてたから絶対喜ぶって!」

「その計画進行中だったの!?」

 俺はトンボの口から出た、妖精郷において女王様の計画が密かに進められていたことに驚愕した。

 仮にやるにしたって、暴走し過ぎないように監督役は必要かもしれない。

 そこまで考えて、俺は、その面倒事は先送りにしておくことにした。

「でも今、俺はそういう巨大構造物より、部屋に飾る程度の小洒落たインテリアがほしいな。せっかくだからトンボ、作ってよ」

「えーメンドクサ」

「……何で城を造りたがるのに、そっちを面倒くさがるんだよ」

 きっとトンボは、城を造るにしても初めだけ盛り上がって、最終的には俺に丸投げするつもりだったに違いない。

 俺の提案にトンボの食いつきは悪かったが、セーラー戦士も同じような反応だった。

「インテリア? 太郎にしては……普通だね」

「普通だねって、俺は変なことにしか興味がないわけじゃない。いやだってさ、品のいいインテリアばかりはセンスが要求されるわけだよ。部屋の調和っていうの? そういうのは……やっぱりうまい人はうまいから」

 ちなみに俺はいまいちな人だ。せっかく思い通りの部屋を作ろうとして、いざやってみようとすると微妙にしてしまう。自分で一から作っていればなおのこと微妙な感じになった。

「……そうだね。太郎の家は周りから浮いてるもんなぁ」

「あーまぁ中身はね! でもできるだけ外観はファンタジックな世界に合わせたいなとは思っているんだ」

 セーラー戦士は浮いていると言うが、俺はそんなことないと思う。外観から見るだけならこの世界になじんでいて、なかなかかっこいいのだ。

「ファンタジー世界にそぐわないパソコン配り歩いてる時点で、その配慮は意味がないんじゃないかな?」

セーラー戦士のツッコミは容赦ない。

 ただこう言ってしまうと負けを認めたようで尺だが、セーラー戦士の言う通りである。

「日常的に使う物は現代の物の方が便利でしょ。どうしようもないよね、こればっかりは」

 言い訳がましくなってしまうが、いまさらこの世界に合わせて文化レベルを下げるのは逆に敗北だと思っている。割とマジで。

 それに最近は生き物全般の適応力の高さってやつを十二分に実感できているのだから、ひるむ理由がなかった。

「実際便利になったんだし、結果オーライだろう! うん! それに見た目を合わせる工夫だってしてないことはないんだ! ほらパソコンだって最近は外側のボックスを、木製にできるオプションが充実しているし!」

「……誤魔化してるだけっぽいなぁ」

「誤魔化しですと!?」

「そもそも、タロは魔法使いっぽくもないから、正統派の魔法使いらしく水晶玉でも自分の部屋に置いときなよ。ていうかいっつも携帯して登場したらいいよ」

「いいだろそこまでしなくて! 歩きにくいわ! 」

 水晶玉を持ち歩いて魔法使いを名乗る俺を想像してみた。魔法使いっぽいと言えば確かにそれっぽくはあるが、なんとなく悔しい。

「そうかな? 案外面白いかも知れないよ? 占いとかうまそう」

「ちょっと何言ってんの!?」

「そうだよー? 魔法で威嚇するだけじゃ強い魔法使いには見えないってば。いつもおんなじ服っていうのもどうかと思うし」

「服もダメ!? 待て待て待て、そんないまさらな指摘はして欲しくなかった! アホ毛ワックスとか! カワズさん印の魔法使いリンスを使っているのにまだ魔法使いに見えないと!?」

 それでなくとも女子二人によるダメ出しは、精神的ダメージが大きいというのに、最近のアイデンティティ的な分野にまで踏み込まれては精神崩壊まで秒読みだ。

「まだ使ってたんだあのワックス」

「魔法使いリンスって何さ?」

 風呂場を使わないトンボにとっては当然の疑問かもしれない。魔法使いリンスとはカワズさんがたまに用意してくれる秘密のリンスで俺の愛用品なのだ。

「魔法使いっぽい香りがする。集中力が高まるらしい」

「嘘くさいなぁ」

 セーラー戦士が即否定する。あらゆる意味で微妙な効果なので、いまいち信じきれないのもわかる。しかし、こう考えてはどうだろう?

「そうかな? 本当にそう言い切れる? カワズさんが作ったんだよ?」

「……私もちょっと使ってみようかな?」

「だろ! 蛙のマークが入ってる。ピンク色のやつだから」

 カワズさんの作る製品は信頼を勝ち得ているらしい。

 ともかくここまでの会話でわかる通り、俺達は確実に油断していた。

 見晴らしのいい青一色の空間で、どうにも開放的になっていた節はある。

 足元に注意が行き届いていたかと問われれば、誰も自信はなかったわけだ。


 バリ。


「バリ?」

 妙な感触と、変な音がした。

 すぐに異物を踏みつけた嫌な気持ちが襲う。

 そして俺の足元がミューミュー騒がしい。

 恐る恐る足元に視線を落とすと、やらかしたと思うとともに目を覆いたくなった。

「……あう」

 思わず変な声をもらしてしまった。足元では模型のような荷車がぐしゃりと潰されている。俺の足を引っ張り騒いでいるのは、人形サイズの猫達だ。

 あわてて飛び退いたが、荷車は完全に潰され、すでに手遅れの状態だった。

「あちゃあ……ごめんね?」

 すぐに謝ったものの、猫達は涙ながらに俺の脚をぽかぽか叩いてくる。心底いたたまれなくなってきた。

 いやちょっと待て。

 その前に、人形サイズの猫ってなんだ? しかもみんな二足歩行で服を着ていた。

 セーラー戦士もさぞかし驚いているだろうと思い、視線を向けると、彼女の青い目は大きく見開かれ、なんというか、とてもイキイキとしていた。

 セーラー戦士は両足をそろえてしゃがみこみ、俺の足元の猫達を覗き込んでいる。

「か……」

 声を詰まらせ、一匹の猫を抱き上げた。そして堰を切ったように、妙に女の子っぽい声を出した。

「かわいい!」

 セーラー戦士の変化に付いていけない俺。

「え、っと」

「何このかわいい生き物! かわいい以外の言葉が出てこない! かわいすぎる!」

「えっと……セーラー戦士?」

「きゃー! うわー! ふわふわだー! 二本足で立ってるー!」

 ぐりぐりと猫の頭を撫で、セーラー戦士はもはや興奮しすぎて正気なのかも疑わしい。

 トンボですら、セーラー戦士の豹変に動揺していた。

「なんかショック……。同じ妖精族としてそんな『かわいい』を連呼されると、
ちょっとくやしいわー、マガリ」

「へーこの猫達妖精なんだ。獣人ではなく?」

 俺が尋ねると、トンボは頷いて答えた。

「うん。獣人ならもう少し見た目がばらつくはずだよ。ちょっと小柄なのが特徴かな? ケット・シーっていう猫の妖精」

「ほほう。ケット・シー……」

 猫の妖精ケット・シー、こいつはまた面白い妖精に出会ったものだ。

 だけど今肝心のケット・シー達は混乱していた。

 突然現れた人間の女の子が黄色い声を上げて襲いかかってきたのだから、無理からぬことだろう。

 俺は、今にもキスしそうになっているセーラー戦士をようやく見かねて止めた。

「……その辺でやめたげようよ。マガリさん?」

 いつものようにあだ名で呼ぶのではなく、つい焦って、名前呼びになってしまった。俺の声が届くか不安だったが、どうやら普通に聞こえたっぽい。

「ふへっ!? あ、ごめん! ついつい我を忘れちゃって!」

「確かに忘れてたね。キャラも変わってたよ」

 ようやく正気に戻ったセーラー戦士は涎を拭いつつ、真っ赤な顔をして取り繕っていたが、全体的にもう手遅れだった。

 セーラー戦士から解放されたケット・シーは、ステンと転がり目を回している。残ったケット・シー達は「ミューミュー」と毛を逆立てた。

「めっちゃ怒ってる……」

「ご、ごめんなさい」

 謝ろうとセーラー戦士が歩み寄るも、すごい勢いで威嚇されていた。セーラー戦士涙目である。

 もうわかりきったことではあったが、俺は彼女に尋ねてみた。

「セーラー戦士ってさ、猫好きなの? 」

「え? こんな愛くるしい生き物を嫌いな人なんているの?」

「……そーかー。うん、俺も猫は好きだけどね」

「でしょ! かわいいよね!」

 セーラー戦士は相当に猫好きなのは間違いない。質問した後に見せた真顔から本気すぎて恐怖を感じたくらいである。

 猫が好きな人がケット・シーを見たら撫でたくなる気持ちもわかる。

 しかし、問題なのはケット・シー達の方だった。

 見ず知らずの人にいきなり頭を撫でられ、キスまでされそうになればそれは怯えて当然だろう。そう思っていたが、ケット・シー達の怒りはセーラー戦士ではなく俺に向いているようだった。

「なになに?『この荷車をどうしてくれる! ここでは木は貴重なんだぞ!』だって? ごめんなさい……」

 ちょっと考えを読んでみると納得だった。

 それは申し訳ないことをした。

 こんな岩ばかりのところで植物は育つまい。荷車が自ずと貴重なのは理解できた。

「え?『これがないと商売ができない! ひどすぎる!』いや、本当に面目ない」

「太郎が悪いね」

「うん。タロが悪い」

 そして今回ばかりは味方が一人もいない。確かに今回は完全に俺の過失である。

「わかってるってば!……ちゃんと元に戻すからね? これで許してね?」

 さっそく俺は荷車の残骸に手をかざすと、修理を始めた。元の形にするだけならそう難しいことじゃない。数秒後には元通りだ。

 いきなり元に戻った荷車を見てケット・シー達は「ミーミー」と驚きの声を上げた。

「か、可愛すぎる……」

 セーラー戦士が興奮のあまり、意識をトリップさせながら、写真を撮りまくっていたが、見なかったことにしておこう。

「よし! これでいいでしょ?」

 すっかり復元された荷車をケット・シーに返す。ところがなぜか彼らの怒りは収まっていないようで、ケット・シー達は相変わらず興奮して叫んでいた。

「え? なになに……『直せばいいってものじゃない! 誠意が足りない!』……どうすればいいの?」

 困り果てた俺がどうすべきかと尋ねてみると、ケット・シー達はバンバン荷車をたたいて、こんな要求をしてきたのだ。

「『一日タダ働きで許してやる』って……まずいよね、それ?」

 ちなみに俺は、仮にもセーラー戦士の手伝いでこの地に来ていた。にもかかわらず、猫のところでタダ働きというのはどう考えても問題があるだろう。

 だが肝心のセーラー戦士は、真顔で右手を差し出し、俺の言葉を遮った。

「いいよ、仕方ないよね。猫が言うんだもの」

「ケット・シーね。ケット・シー。いや、でも、ここ明らかに普通じゃないしさ。警護するためにも魔法使いの出番かなって思うんだけど?」

 今度はトンボまで笑顔で言ってきた。

「大丈夫だって! タロがいなくてもどうにでもなるってば!」

 そして最後にセーラー戦士のとどめである。

「そうだね。私はいつもそうしているし」

「ぬぐ!」

 手伝いに来たはずなのに、逆に面倒なヤツみたいな感じになってしまった。

「調べるのは私達だけで何の問題もないから。太郎は猫達に協力してあげて」

「そうそう、タロが魔法使ったってうまくいく保証ないしね! むしろおもしろおかしくなるでしょ? たいがい」

「なんか戦力外みたいな言い方で傷つくよ! その反応!」

 寂しさのあまりそう主張すると、むしろきょとんとされてしまった。

 そこでセーラー戦士が一言。

「戦力外なんじゃなくって過剰戦力なんだよ、太郎の場合」

「それね! 言えてる!」

「……」

 過剰戦力と来たか。

 危険を取り払うためには、少々地形を変えるくらいはやぶさかではないが、それってやりすぎ? そんなことはたまにしかないけれど、やっぱり普通じゃないの?

「できることなら私が太郎の代わりに猫のお手伝いに行きたいくらいなんだよ! 今回我慢してるのは私の方だ!」

 本気で俺の境遇をうらやましがるセーラー戦士を見て、俺もなんだか抵抗するのも馬鹿らしく思えてきた。

「あ、うん。がんばります」

 毒気を抜かれ、素直に頷く。

 これはもう仕方がない。俺は今日、このケット・シー達の役に立つためにここに来た。そう思うことにしよう。

 それでも、セーラー戦士の役に立たなかったと後で愚痴られたりするのは癪である。

 せめてなにか役に立っておこうと、がまぐちを探ってみた。

「むー……じゃ、じゃあアイテムでも……!」

「え? いいって別に」

「そう言わずに! おおよそ悪ふざけのたまものだが、探せばたいていの物は出てくるはず」

「うわー。自分で悪ふざけって言っちゃうんだ」

 セーラー戦士は俺のがまぐちを覗き込んで不安そうにしていたが心配はいらない。

 この中はお役立ちアイテムの宝庫だ。

 通常は欲しいものが取り出せる仕様になっているが、目的の品を思い浮かべずに手を突っ込むと何が出てくるかはお楽しみとなる。

「タロのがまぐちは魔法のがまぐちだからね!」

「そうだとも! 期待してくれ!」

 盛り上げ上手なトンボが合いの手を入れてくれたところで、心置きなく披露しよう。運を天に任せて引き抜いたアイテムは、最近作ったちょっとヤバ気なものだった。

「あー……これかー」

 自分で出しておいてなんだが、コイツは危険度が高い。

 すぐにしまおうとすると、セーラー戦士がそれを俺の手から奪い取った。

「いいよ。もうこれで」

「えーそう? それなら別にいいけど、危ないよ? ……命名『ボム・ヒューマン』、爆発するアイテムなんだけど、結構威力もあるはず」

「……え? 威力?」

「冗談の類だから、威力に、割と手加減がないのが問題だけれども」

「怖いよ! 冗談ならせめて威力を抑える方向にして!」

「おいおい冗談みたいに爆発するからこそ、笑えるんだろう?」

 例えば海岸でやる花火だって、線香花火より打ち上げ花火の方が、一発の盛り上がりは高いわけで、しょぼいよりは派手な方が面白いのだ。

「なんだかズレている気がするなぁ」

「そうだろうか? まぁともかく、例のごとくこのアイテムでは誰も死なないし、一気に物事をうやむやにできるはず。そのことは保障しよう」

「もう。適当極まりないなぁ」

「ちなみに取り扱いには気をつけなよ? 目標を追いかけて抱きつく機能が付いてるからな。うっかり仲間を標的にしたら、地の果てまで追ってくるから笑えないぞ?」

「本当に笑えないよ!」

 セーラー戦士がボム・ヒューマンに怯え出したようだ。ならば安全対策も追加しておくとしよう。

 がまぐちから取り出したのは、二つのポプリだ。

 見た目こそポプリだが、非常事態のための緊急脱出アイテムである。

「こいつは長距離移動用のアイテム。それぞれ一個ずつあげよう。どうしようもなくなったらこれで逃げるように。ただしこいつは使い捨てタイプだから忘れるなよ? 緊急脱出先は我が家だから、着いたら俺に連絡するといい」

「ほいほーい。質問です。脱出してもこっちに戻って来れるの?」

 元気に手を挙げるトンボ。

 いい質問である。用意しておいた取扱説明書を手渡し、説明を付け足す。

「俺を経由して戻してあげよう。注意事項は取説に書いてあるから」

「ふーん」

「取説まであるんだ。……なんだか、一層不安になってきたな」

 セーラー戦士がますます不安そうなのが気になったので、大サービスでもう一味加えておくことにした。

「あーもう。だから他のアイテムの方がいいって言ったのに。仕方がない……簡単に自爆しないように、俺の人格をコピーしておくとしよう」

 おそらくはこれ以上安全な機能もないだろ。危険を避ける最後の安全装置は、人間の理性である。

 しかし二人は何故だか心底怪訝そうな視線で見ている。

 何でそんな顔をしているのか疑問に思っていたら、トンボが俺の目をまっすぐ見ながら訊ねてきた。

「でもそれって、今度は絶対自爆しなくなっちゃわない? タロって体張りたがらないじゃん。存在価値あるの?」

「それならまぁ……安心かな?」

 セーラー戦士ですら満足そうだが、悔しいので俺の人格を弁護しておく。

「がんばるさ! 俺だっていざとなったら体張って自爆するさ!」

 魔法によって俺の人格をコピーされ、むくりと動く人形。

 ぬいぐるみ仕様のボム・ヒューマンこと太郎人形は俺達の顔を眺め、第一声を口にした。

「いやぁ……そんなに期待されても正直困るわー」

「……そ、そっかー」

 バシッと「任せろ!」と言うとまでは思っていなかったが、予想よりもそいつの返事は頼りなかった。

*****

「ミー!(キリキリ働け!)」

「すんません!」

 ムチが打ち鳴らされる。俺は咄嗟に謝ると同時に頭を抱えた。

 なんで俺は、猫一匹に頭を下げているんだろうと。

 ケット・シー。彼らは言ってみれば猫型の妖精である。姿は二足歩行の猫で小柄でキュートな妖精だ。

 だが……こいつらはそんな皮をかぶったひどい奴らだった。

「うーむ、なんかしらんけど。猫の世話をすることになってしまった……どうわ!」

「ミーミー!(猫じゃない!)」

「す、すんません!」

 事の始まりは、彼らの荷車を俺が踏み潰してしまったのが悪かったのだと、そこは素直に認めよう。

 だからこそ彼らの『悪いと思っているのなら一日タダ働きして誠意を見せろ!』という主張に付き合った。

 それでも……それでもだ。やらされていることに疑問がないわけではなかった。

 大きな柱に手持ちの棒が刺さっていて、それをひたすら押しながら回す。

 ゴリゴリと、柱の方が回っていたが、何か粉を挽いているわけでもなければ、発電施設であるというわけでもない。

「……ところでさ。俺はいったい何をやらされているんでしょうか?」

 我慢できずに聞いてみると、怒鳴られてしまった。

「ミーミー!(そんなことを考えている暇があったら足を動かせ!)」

「は、はい! ごめんなさい!」

 ピシリと鞭を床に打ち付けるケット・シー。

 なんだろう……ひどいと思うが憎めないコミカルさがそこにはあった。

「まぁこれで満足だって言うなら……」

 仕方がない。しんどいけども、罰だとあきらめてひたすら回そうと覚悟を決める。

 そして考えるのは俺を置いて探索を続ける仲間たちのことだった。

 今、セーラー戦士達はいったいどうしているだろうか?

 セーラー戦士に過剰戦力とみなされ、置いてけぼりにされてしまったわけだが、彼女達も今頃はきっと大冒険していることだろう。

 危ないことがなければいいなとは思いつつ、ちょっと現状を考えると、うらやましいとも思ってしまった。

 でもまぁ代わってくれと言ったら、セーラー戦士はすぐに代わってくれるのだろう。

 ケット・シー達を最初に見た時のテンションの上がり方をみれば、喜々としている顔が容易に脳裏に浮かんできた。

「セーラー戦士って猫好きだったんだな。パンツのがらも猫だったもんな……」

 ぼそりと呟く。気の迷いである。

 妙なことを考えながらも、だんだんと単調な作業にもなれてきた頃だった。

 随分あわてたケット・シーが作業部屋に下りてきて、見張り役のケット・シーとミーミー騒ぎだした。

「ん? 何事ですか?」

 騒ぎを聞きつけて俺は尋ねる。するとケット・シー達二匹の顔が同時にこちらを向いた。

 気のせいではなければ二匹はニヤリと口元をゆがめていて、嫌な予感がした。

「ミー……(よし、この仕事はここまでだ……)」

「ミーミー!(すぐしたくしろ! 奴らはすぐそばまで来ているぞ!)」

「えぇ! ちょっと待って! 奴らって誰!?」

 俺は柱を回すのをやめさせられてケット・シーに追い立てられる。

 滑りそうな地面を、できるだけ急いでたどり着いた場所には、大量の黒猫が並んでいたのだ。



「ニャー! ニャーニャニャー!ニャーン(今日こそは決着をつけてくれるわ!我が秘密兵器の前にひれ伏すがいい!)」

 大声で騒ぐ真っ黒なケット・シーの後ろには、鎧姿で武装した大勢のケット・シー達が整然と並んでいた。

「な、なんだろうこれ……」

 先頭で叫んでいる黒猫は、ひときわ派手な兜をかぶった黒猫で神輿に担がれていて、おそらくは指揮官である。

 ただし、俺としては二足歩行の猫がいくら群れをなしていようとも、写真に収めたくなるくらいだった。

 パシャリ。

「えっと……黒猫大帝と呼ぼうかな?」

 さっそく命名しつつ、よくわからない状況にぽかんとしていると、さっきまで鞭を持って俺を監視していたケット・シーが冷や汗をぬぐいながら解説してくれた。

「ミーミュミミー……(いつか来るだろうと思っていたが、ついにきやがったか。黒毛のやつらめ)」

「なんなんです? いったい?」

「ミーミー! (あいつらは敵だよ! 俺達に戦争を仕掛けてきたんだ!)」

「せ、戦争!?」

 想像できなくもなかったが、猫同士にしては随分物騒すぎる単語が出てきた。

「ミューミュー! (そうだよ! そこでお前の出番だ!)」

 そして俺の嫌な予感が的中する。戦争と聞いては流石に俺も首を振った。

「いやいや。で、出番ですか? でも俺、そういう争いごとに魔法は使わないようにしてるんだけど……」

「ミーミー! ミミミー!(誰が魔法を使えって言った! そんなもん期待しとらんわ! 水晶を砕け! でかい手足は飾りか!)」

「す、素手でですか!?」

「ミーミー!(できないのか! そんなでっかい図体で!)」

「せ、せめて道具を使わせていただいても!?」

「ミー!(よし! 許可しよう!)」

「ありがとうございます!」

「ミーミーミュー!(わかったならすぐに移動だ! 戦場へな!)」

 なんだかいつの間にか下働きから、奴隷風にこき使われ、今となっては兵士風だった。

 なし崩しってこういうことを言うんだなと思いつつ、俺はガクリと肩を落とした。



 つるはしを担いでえんやこら、戦場と呼ばれる場所に移動する。

 そこはぽっかりとそこだけ黒い地面の見える場所だった。

「こんなところもあったんだ……」

 俺はつるはしを振り下ろして地面の水晶を砕く。すると砕けた水晶の奥から黒い地面がさらに姿を現して、俺はおお!と声を漏らした。

 地面の下まで水晶かと思っていたが、表面のみ水晶で覆われている場所もあるらしい。

 しかし鉱物を砕くというのはツルハシをもってしても決して楽な作業じゃない。

「……これは重労働だな普通に」

 それでも戦争と名のつくものに魔法を使うのは抵抗がある。あくまで下働きとして力を貸す、それこそが魔法使いとしての矜持だ。

 全身を流れる滝の様な汗は、労働の証しである。

 土木作業に汗水たらしていると、いきなり携帯が震える。相手はトンボだった。

「はいはい……え? いったん転移してほしいって?」

 どういうことだろうとは思ったが、とりあえず指示に従った。俺が魔方陣を展開すると、ポカンと煙の中からトンボは登場した。

「よ! えーっと……なにやってんの?」

「いやー、なんか内乱? に巻き込まれちゃって? トンボこそどうしたんだよ?」

 セーラー戦士と一緒に魔法探しをしていたはずだが俺は首をかしげる。するとトンボはタハハと頭を掻いて言葉を濁した。

「いやー、なんか見るからにヤバそうだったから、ちょっとね」

 俺もそこまで聞けば状況は察した。

「渡したアイテムを使って離脱してきたと?」

「だよー。でもこのまま放っておくのもわたしのイメージにかかわるからね。というわけでなんかちょうだい?」

 そして両手を差し出すトンボはなかなかに図太かった。

 アイテムは有効に使われたようで何よりだが、一人で帰ってくるのはいただけないだろう。

「なんかちょうだいって……気軽に言うよね」

「いいじゃん。腐らせるよりも使った方がいいって」

「そうだけどさ。それで? 何があったの?」

 好意的に解釈するなら、トンボが逃げ帰るなどよほどのことがあったのだろ
う。

 するとトンボは地下に大きな町があったこと、そしてそこには水晶の魔獣がいたことを話した。

「水晶で出来た魔獣とは、また珍しい」

「そうなんだよね。得体が知れない感じだったよ? 今日はタロのアイテムも何にも持ってなかったしさ」

 そう言われるとマジカル☆シリーズも封印されている今のトンボはただの妖精である。さっさと逃げてきたトンボの判断は妥当だったのかもしれない。

 セーラー戦士だけならそれこそ大抵の危機はどうにかしてしまえるだろうという信頼は俺にもあるのだ。

 それでも何もしないのは少し違う。サポートはあってもいいか。

 俺はがまぐちを取り出した。

 人工物っぽい魔獣に全く心当たりはないかと考えるとないわけではない。

「魔法生物の一種かな? なんにせよ普通の魔法じゃなさそうだ」

「そうなんだよね。すごかったよ」

 トンボは大げさに頷いた。魔法生物は誰かに作り出されたもので、色々と面倒な仕様が多い。

 無機物である場合、魔獣というよりもむしろゴーレムなどに近く、その生命維持はおおよそ魔法に頼っていることが多かった。

 俺はがまぐちから赤いハンマーを取り出して、トンボに手渡した。

「はい、これ」

「なにこれ? ハンマー? 痛くなさそうだよ?」

 トンボは首をかしげる。外観は完全に安っぽいおもちゃのハンマーなのだから無理もない。

 俺は頷き、その効果を説明した。

「痛くはない。けどこれなら一つだけ魔法が無力化できるから。場をうやむやにしたいならけっこう使えるよ。元々カワズさんを驚かせようと思って作ったんだ。ほら、カワズさんも最近守りが堅いからさ」

 どんな強力な結界だろうと、こいつなら容易く砕ける。

 さぞカワズさんは面白い反応をしてくれるだろうと考えていたが、そのまま機会もなくお倉入りしていた一品である。

「へー。ああ、でもそれならわたしはタローに使ってみたいな!」

 ハンマーをフルスイングしながら言うトンボだが、それは勘弁してほしかった。

「やめてよね。そんな自分で仕掛けたドッキリで自分が驚くようなことはしたくない。それよりも早く行かないとトンボのイメージが地に落ちるよ?」

 今まさに逃亡で信頼を失いつつあるトンボを促す。するとトンボはあわててこんなことを言った。

「そうだった! そんじゃ! 送って! どんなポーズがかっこいいかな!」

「……えーっと、心のままにやってみたら?」

 ハンマーを構えて登場のポーズを模索するトンボは称賛に値するだろう。

 しばし待つ。

「……もういいかい?」

「よし! もういいよ! はやくして!」

 俺は適当なタイミングでトンボを送り出した。

 無性に不安になったが、セーラー戦士がついているのだから大丈夫だろう。そう思うことにした。

 そして大丈夫かどうかの指針としては、まだ爆発がないことが大きい。

 何かしら危なくなったら、少なくても爆発はするはずだ。

 落ち着かない俺がそわそわしていると、鞭で一撃された。

 何とか避けるが、鞭を振ったのは見張り役のケット・シーだった。

「うわっち! 何すんの!」

「ミー!(さぼるな!)」

「いやーちょっと用事でね? でもこれいつまで続けるんでしょうか……」

「ミーミミミミー!(土手が直るまでだ!)」

 ふと確認すると他のケット・シー達もつるはしで水晶を砕いていて、どんどん土手に積み上げていっている。

 それは黒い方も同じの様で、同様に土手を築いていた。

 元々何度か同じことが行われていたのか、崩れかけた陣地の補修的な作業である。

 作業の甲斐あって数時間で両陣営の準備が整った。

「ミー!」

 すると俺はケット・シーに頭を下げろと押さえつけられた。

 俺は頭を下げつつ様子をうかがうと、こちらの陣地から現れたのはやはり神輿で担がれた白猫の親玉である。

 いかにも偉そうなカールしたひげが凛々しい。こっちはジェネラル白猫と名づけてみた。

 ジェネラル白猫は造った土手の前に立ち、敵陣営でふんぞり返っている黒猫大抵に向かって叫ぶ。

「ミーミミミミミー!ミーミー!」
「フッシャー!」

 通訳をするのもはばかられる、罵り合いだった。

「ジェネラル白猫と黒猫大帝……仲悪いなぁ」

「ミーミーミーミミーミー!(むかしっからあの二人は仲が悪くて、出会えばああなんだ。終わったら始まるぞ?)」

「何が?」

「ミー! ミュミュ!(だから、戦争だよ! 頼むぞ? 下働き!)」

 そうだった。過酷な下働きと、和やかの光景のせいで忘れていた。

「ん?」

 戸惑っている間に大量に押し寄せたケット・シーから背中を押され、俺は位置につかされたのである。

「んん?」

 ケット・シー達が自分達の陣地に引っ込む。だが俺だけが、土手の向こう側に追いやられていた。

 パパラパッパッパー!

「な、なに?」

 疑問に思う間もなくケット・シーの一匹が鳴らすラッパの音が鳴り響き、その途端「戦争」は始まった。そして俺がいる位置はまさしく最前線だったのである。

「へ?」

 泥団子、泥団子、泥団子。

 激しく降り注ぐ泥団子爆撃をひょいっと避けると、今度は白猫陣営から大量の泥団子を投げつけられた。

「どわっチッチ! 何すんだ!」

 ひんやりとした感触に悲鳴を上げる。だが逆に大量の猫の鳴き声が俺を罵倒した。

「ミー! ミミー!(避けるな! 壁になれ!)」

「何で!」

「ミー! ミュー!(じゃないとそこにいる意味ないだろ!)」

「ああそういう……いやだよ!」

 さすがに文句を言おうとしたが、それは致命的なミスだった。

 黒猫陣営から放たれた、特大の泥団子が俺の頭を直撃したからだ。

「ニャー!!」

 黒い方から歓声が上がる。顔と髪をぬぐい、俺はまさかと思っていたことを、受け入れつつあった。

 間違いない、どうやらこの泥団子合戦が戦争の正体らしい。

 押しつぶされた俺は立ち上がる。鼻に入った泥を吹き出すとなんだか泣けてきた。

「こっちの世界に来てから、戦争とかにもひょっとしたら出くわすかもなと覚悟を決めていたのに……初遭遇が泥団子か。いや、いいんだけども。とても平和的で」

 密かに焦っていただけに、疲れた。

 でもまぁすでに泥だらけである。少しくらいならこの茶番に付き合うのもいいかと……。

 ドチャドチャドチャ。

 一点集中で降り注いだ泥団子の雨は、ほんの数秒で俺を泥の中に沈めた。

「……」

 犬のように泥を振り払う。

 ひどい話である。しかしこのくらいのこと、全然怒るようなことじゃない。

「……はっはっは。まったく容赦ないなー、ぬお!」

 ガツンと頭に一発、思わぬ衝撃に俺は頭をのけぞらせた。

 確認すると泥団子の中には、尖った水晶が入っていたのだ。

 全身くまなく泥パック状態の俺はゆらりと黒猫を見た。

 腹を抱えて笑っている黒猫。そして味方であるはずの白猫の方も笑い転げている。

 俺はこの理不尽な仕打ちを前にして、少々その気になった。

「~~よぉしいい度胸だ、貴様ら……だいたい荷車は修理しただろうが!」

 下働きは承諾しても、ここまでやられて黙っていては、魔法使いの名折れではあるまいか?

 叫んだ俺に、ケット・シー達は静まり返る。そして彼らの返礼は双方からの泥団子爆弾だった。

「……ええい! いい加減にしろ!」

 俺は指を弾いて鳴らす。

 泥団子は空中で停止してそのまま地面に落ち、そこからどろりと地面がぬかるんで現れたのは泥の手である。

 泥の手は地面から次々に生え、ケット・シー達の方へ殺到した。

 ケット・シーはあわてて抵抗していたが、泥の手は止まらない。それどころか泥が飛び散った分だけ増殖して腕が増える様を見て俺は頷いた。

「ふっふっふ、足掻くがいい! 泥の腕はどんどん仲間を呼ぶぞ!」

 ミー!

 どろりと接触した泥の手の一体がケット・シーの体に絡みつく。

 そしてあっという間にそのケット・シーはごろんと泥の塊に包まれた。

 顔だけ出して、巨大な泥団子になったケット・シーはもう動けない。

 戦慄するケット・シー達をよそに、俺はその出来栄えに満足した。

 ちなみに泥団子は表面を磨き上げられた、ツルツルピカピカのやつである。

「なんという素晴らしい泥団子。いいか? ケット・シー? ただ泥を投げ合うのは低レベルのドロダンゴラーのやることだ。ましてや、泥の中に凶器を仕込ませるなど愚の骨頂! せめて泥団子を扱うのならこれくらいのことをしてもらわねば!」

 つい熱く語ってしまった。

 しかし残念ながらこのこだわりは彼らに通じないようだ。

「ぬおおおお!」

 反撃に大量に飛んでくる泥団子は本気である。

 戦いは激化した。辺りに飛び交うのは泥団子だけではない。口汚い罵り合いをしながらの泥団子合戦だ。

 どこから湧いてくるのか、どんどん数が増えるケット・シー達は次から次に泥団子片手に襲いかかってきた。

 そこら中に転がっているピカピカ泥団子になったケット・シー達がミーミー鳴いていたが、いくらやっつけてもキリがない。そして俺だってもうすでに全身泥まみれで泥団子みたいなものである。

「く、くそう……あいつらよってたかって人を泥まみれにしやがって」

 あえて魔法で防がないのは彼らの流儀に従っているまでだ。

 この戦いで身を守ってどうするのかと。かと言って、中になんか混ぜてくるやつには、泥の手の集中攻撃でお仕置きである。

 だがさすが自分達で「戦争」と銘打っているだけあって、いくらか平和的であっても十分攻撃的だった。

 泥の中に何か仕込むのは当たり前。隙さえ見せれば、興奮しすぎたケット・シーが物理で襲いかかってくる始末。

 気迫だけはまさに戦争である。

 こちらの泥の手の軍勢は、ケット・シー達の無駄な抵抗で増えに増え、もはや茶色い津波だった。

 このまま増え続ければ水晶の大地を泥の手で埋め尽くす日も近いだろう。

 美しい水晶の大地は、俺の作り上げた泥の手によって泥沼に沈み、ぺんぺん草くらいなら生えるようになるんじゃないだろうか?

 それにしてもケット・シーの信じられないところは俺が参戦を宣言しても、黒も白も戦いをやめようとはしていないところだろう。

 普通、泥の手を出した時点で、何か察しそうなものだが、何がそんなに憎いのか? 一番ヒートアップしているのはジャネラル白猫と黒猫大帝だった。

「ニャーーー!!」
「ミューーー!!」

 ズドムと鈍い音が響いて、お互いの顔面にストレートがめり込む。

 泥合戦、罵り合いでは飽き足らず、殴り合いに発展したようだ。

 一部一般兵ケット・シー達は王様を取り囲み歓声を上げていた。

 それでいいのかお前たち。

 ちょうど、いい感じのボディーブローが決まったらしく、よろめく黒猫大帝は万事休すだ。

 だが戦況悪しと見た黒猫大帝はついに切り札を出してきた。

 肉球の手を打ち鳴らす。

 合図を受けた黒猫陣営はにわかに騒がしくなって、これから何が起こるのかと俺も身構えた。

「ウニャ! ウニャニャ! (お遊びはここまでだ! キサマら全員泥の海に沈めてくれる!)」

「ミ……ミー?(なん……だと?)」 

 黒猫大帝の持つそれは宝石だった。

 それを地面に埋めたとたん、地面自体が盛り上がって泥の巨人となってゆく。

 おそらくは泥で形作られたゴーレムは猫の形になって大きく天に向かって吠えた。

「ドロニャーン!」

「芸が細かいな!」

 俺も思わず声を上げていた。こんな面白いゴーレムを作る奴がいたとは驚きだ。

「だけどちょいと規模がでかいな……」

 白いケット・シー達は逃げ惑う。黒猫達は勝利を確信して大笑いだが、妙なものが出てきたことで俺は冷静さを取り戻していた。

 そろそろ頭も冷めてきたし、この不毛な争いを止めた方が良さそうだが……。

「そもそもルールがわからないんだよな。泥をぶつけてどうやったら勝ちなのか……それが問題だ」

 ゴーレムの泥は津波になってケット・シー達を翻弄しているが……さて?

 そしてさらに混乱に更に拍車をかける事態が起こる。

 突然地面が揺れて、バキバキと崩れているのはここらで一番高い水晶の山だった。

 大きな音を立てて砕ける水晶の中には遠目からでも何か動くものが確認できた。

「な、なんだ?」

 でっかい水晶玉に蜘蛛みたいな手足がついたやつが暴れている。そのサイズはちょっとしたビルほどもあるだろう。身震いしながら水晶の残骸を払い落とすそいつは、見るからに普通ではなかった。

 なんなのかはわからない。わからないが、巨大な見た目といい、何かしら施されている魔法といい、さぞ高名な魔法使いの所業だということは想像がついた。

 俺はハッとした。

「そ、そうか……これが水晶玉の力。魔法使いの証明だというのか?」

 動く水晶玉のこのえぐりこむような説得力……流石である。

 それはともかく、これは白猫軍が持ち出した最終兵器ということなのだろうか?

 俺はジェネラル白猫の方を見てみる。だが彼は腰を抜かしてかがみ込んでいた。

「ウニャニャニャニャ……」

「あ、違うわ、これ」

 じゃあ何なんだろうと俺が考える間もなく、発進したのはゴーレムだった。

 突如現れた巨大なものに挑みかかった形だが、しかし泥のゴーレムは巨大水晶玉に殴りかかり、そのまま動かなくなった。

 よく見ると巨大水晶玉に触れた腕が透き通り、完全に固まっていたのだ。

「水晶にしたのか?」

 俺は起こっている状況を、解析する。

 ゴーレムの水晶化した腕は徐々に浸食して行き、最後には完全に水晶細工と化してしまった。

 ゴーレムだけに留まらず、巨大水晶玉は触れた足先からバキバキと地面を結晶化させていた。

 施された魔法の禍々しさに、俺はさすがに顔をしかめた。

「うわー。これ割と洒落にならんやつだ」

 解析の結果、あの魔法は生物にも有効である。

 右往左往していたケット・シーはいつの間にか俺の後ろに隠れて声援を上げていた。

 黒も白も関係ない。直面した危機に一致団結して、俺の後ろに隠れている。そして俺を盾にする気満々だった。

「こ、こいつらは……」

 そしてジェネラル白猫と黒猫大帝が揃って、俺の背中を押し出してきたのにはさすがに驚いた。

「ちょ! なに! 押すなって!」

「ウニャニャニャニャ!(あいつをやっつけろ!)」

「ミーミミミミ!(そうだ! 褒美は思いのままだぞ!)」

「ニャーニャンニャニャン!(そうだ! 我が軍に味方してくれれば、こいつらの倍の褒美を取らせよう!)」

「ミー!ミミュ! ミュー!(どけ! 黒毛ども! こいつは我が軍の戦力だ!)」

「ニャーニャニャ!(うるさい白毛どもめ!)」

「君らね……いい加減にしときなさいって?」

 この期に及んでまた喧嘩を始めたケット・シー達に白い目を向ける。

 このまま放って逃げちゃおっかな? と少しだけ思ったが、ふと俺の脳裏にひらめきが過ぎったのだ。

「いや、待て……。しかしあの水晶玉。意外と悪くないんじゃないか?」

 あの何とも言えない圧倒的な存在感は、実にいい感じである。

「うん。悪くない。部屋のインテリアに」

 ついでになんだか魔法使いっぽくてお得な感じである。

 水晶化したゴーレムを砕き、巨大水晶玉はこちらに向かってきている。

 水晶玉でありながら、アクションフィギュアでもあるとは、なおさら興味深い。

 俺は舌なめずりしてそいつを見た。

「これはいい土産物ができたかな。気がむいたら占いでもやってみようかな?」

 鬱憤も溜まっていたし、ついでにいい気晴らしになるだろう。

 自分の思いつきにニタリと笑うと、つい油断して魔力が漏れた。

 その瞬間、ケット・シー達が硬直する。

 そして俺はこちらに歩いてくる水晶玉に狙いをつけた。



「うーん……意外と手になじむ。実にいいものを見つけた」

 手のひらサイズに縮んだ水晶玉は見事なアクションフィギュアとなった。

 足の部分は意外と安定していて、インテリアとしてもちょうどいいか。

 ライトで照らしたりすれば綺麗かも知れない。そして俺の部屋のファンタジー度はぐっと増すはずである。

「さてと……まぁ切り札も消えて、ひと段落したわけだけど」

 振り向くと、ケット・シー達がビクッとしていた。

 そして槍玉に挙げられるのは、こういう時、責任者だった。

 押し出されるジェネラル白猫と黒猫大帝は、必死に踏ん張って耐えようとしていたが多勢に無勢だった。

 俺はそんな二匹に歩み寄る。そしてニッコリと微笑んでそっと彼らの手をとって手を繋がせた。

 お互いの顔を見合わせ、こちらを見上げてくる二匹は可愛らしくはあったものの――俺に既に容赦する気などかけらもない。

 手を離した時には呪いは完全に成立していた。

「ふっふっふ。もう喧嘩するなよ? 猫とは言え見苦しいからね。これから一週間、お互い手がくっついたまま離れなくなる呪いをかけた。自分達の行いを反省しなさい」

「ニャニャー!」

「ミー!」

 二匹の悲鳴が聞こえる。

 そして続けて罵り合いが聞こえてきた。

「まだやるか、飽きないね、どうも」

 とにかく、もうこれ以上付き合う気はさらさらなくなってしまった。

 逃げ出すタイミングを見計らっていると、ちょうど良くとんでもない爆発が地面を割った。

 ものすごい轟音に仲良くケンカしていた白黒のケット・シー達全員の口が半開きになる。

 かく言う俺も立ち上った光を見て、冷や汗をかいた。

「あ、爆発だ。……ちょっとやりすぎたかな?」

 まぁそういうこともある、次に活かそう。

 俺は爆発のドサクサに紛れてその場からさっさと逃げ出した。



 泥を落として、一見して身なりは整えたが、まだなんだか気持ち悪い。

「あー……早く風呂に入りたいな」

 ひどい目にあったが、まぁ自業自得である。

 さて爆発が起きたということは、セーラー戦士達もそろそろピンチだろう。

 ここらで颯爽と登場して、いいところを持っていくのも悪くはない。

 しかし、ケット・シーも人をよくもまぁこき使ってくれたものだった。

 後半のハプニングを覗けば、あの意味のなさである。何か思惑があったようにも感じたが、今から尋ねに戻る気にはならない。

 ところがセーラー戦士のところに駆けつけた俺は、そこで衝撃の事実を知ることになるが……それはまた別のお話で。
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