俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち

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1巻

1-1



   プロローグ


 雨の降りしきる空。
 力のない瞳で、老人は一人横たわり、自室の窓を打つ雨粒を静かに見上げていた。
 ひんやりとした空気は、彼から体温を少しずつ奪っていく。
 同時にそれは、魂が抜け落ちていくような錯覚をもたらした。

「もうすぐ終わりだのう……」

 老人は、その感覚に身をゆだねながら呟く。
 髪は白くくたれ、たくわえた自慢のひげにもすでにつやはない。
 顔からもまったく生気が感じられない。
 彼の命は今まさに、この辺境の小屋で終わりを迎えようとしていた。
 雨音をどこか遠くで聞きながら、振り返ってみれば長くも短い生涯だったと物思いにふける。
 幸い、その時間だけは十分にあった。


 元々すぐれた魔法の素質があった彼は、年若い頃から魔道にのめり込み、やがて高みを目指して世界を廻る旅に出た。
 旅の途中、某国に属する事になった彼は、さっそくその名を国中に知らしめる事になる。
 彼は国のためにいくつもの魔法を研究した。後進達の指導をし、国を導く守り手も育て上げた。
 結果として彼の人並み外れた魔力は、国の繁栄に大きく貢献した。
 国中からその功績を称えられ、彼の英知は神にさえ届いたのではないかとも噂された。
 しかし、そんな事は彼にとってはどうでもよかった。
 魔法をきわめた彼が得た答えといえば、あまりにもわいしょうな自分自身の非力さのみ。
 遥かな高みを望みながら、手を伸ばす事もかなわない己の小ささだけだった。
 だが、の手掛かりだけはこの手に掴んだ。
 まだもう少し続くはずだった余生も、戦争で受けた他愛ない古傷によって、肉体的な終わりを迎えつつある。こうなれば、進むべき道など限られるだろう。
 残り少ない生命のすべてを、己が生涯を懸けた魔法に捧げてみよう。そして、真の魔法の完成を――。
 決心するまでに、そう時間はかからなかった。


 それから彼は国の者達に別れを告げ、この人里離れた山奥にやってきた。
 目的は一つ、最後の研究を成し遂げるためである。


 彼の、命のともしびが消えようかというこの時、その成果が今まさに形を成そうとしていた。
 間に合った。
 万感の思いを込めて、彼はゆっくりと瞳を閉じた。

「魔法陣の動作確認……同時展開。……世界の番人よ、その門を開け。我が願いを聞き届けろ。究極にして至高、我が生涯すらも呑み干す魔法を、今ここに……」

 床に伏したまま、彼は祈る。
 ただ切に、魔法の完成を――。
 この魔法は彼の命を残すことなく吸い上げ、燃やし尽くすだろう。
 しかし、その事に一片の悔いもなかった。
 ぼんびゃくの人間がいくら集まろうが、到底なしえないであろう高位の魔法をって、この身に宿るすべての魔力を解き放つ。
 彼を中心に、大地に刻み込まれた魔法陣から数キロにわたって光が溢れ、天すら埋め尽くす勢いで記号の群れが空へと広がっていく。
 光は空をき、扉を開くだろう。
 こうして彼の、一人の魔法使いの生涯は幕を閉じた。
 そして魔法は完成する。
 彼の願いと共に……。



   1


「……なんだか半生を偉そうに語られた気がする」

 変な夢で目が覚めた。
 しかし目が覚めたという割には、どうにもかすみがかかったように感覚がはっきりしなかった。
 見渡せば、壁も床もない七色の、謎と言うほか言いようのない幻想的な空間が広がっていた。
 わけが分からない。
 そんな奇妙な空間に、俺はふわふわと浮いているらしい。
 混乱と脱力感で眩暈めまいを覚えたが、しかし次の瞬間の衝撃はそれをたやすく吹き飛ばした。

「……」
「……」

 なにがおかしいって、目の前にいきなり現れたこいつがおかしい。
 半透明の見知らぬ爺さん。
 しかも、鼻がくっつきそうな至近距離。

「なんなんだこの状況……」

 はっきり言って悪夢である。
 しかも指一本動かせないとくれば、もうため息しか出てこなかった。

「……夢じゃよ。ここはお前さんの夢の中じゃ」

 爺さんの方は動けるらしく、そう言いながら俺と少し距離を取った。

「そうか……嫌な夢もあったもんだな」

 体は不自由でも口だけはけるらしく、そんな状況がかえってリアルだった。
 本当に夢か?
 とりあえず俺はなんとか、目の前の爺さんを理解しようと頑張ってみた。
 人間観察というのは趣味ではないが、この際仕方がないだろう。
 見た目は長いあごひげにローブ姿という、いかにも魔法とか使ってきそうな感じの爺さんである。
 しかしどこか目がうつろで、特に半透明なのが気にかかった。
 というかなんで半透明? 近所のネコだってもうちょっと存在感があるぞ。
 俺はさっそくあさっての方向にさじを放り投げた。
 ……意味わからん。


 もう一度、現状を簡単に整理しておこう。
 俺、こうろうはなんの変哲もない大学生である。
 そもそも俺は、ついさっきまで大学で講義を受けていたはずなのだ。
 まぁ少しばかり、夢の世界に旅立っていた事は否定しないが……ともかく授業を受けていたのは間違いない。
 それなのに、今は七色に輝く不思議な空間をジジイといっしょに漂っている、と。
 ひょっとしてあれか?
 守護霊とかいうやつ?
 居眠りした俺に、先祖のじいさまがお説教しに駆けつけてくれたんじゃないだろうか?
 だとすれば……ここは一つ、謝罪でもしておかねばならないだろう。

「これはこれはご先祖様。申し訳ありません。私めは授業中に居眠りなどしてしまいました。正直に告白し、今後こういった事がないように反省いたしますので、どうかじょうぶつしてくださいませんかね?」
「……わしゃ、別にお前の先祖の爺さんじゃないんじゃがの?」

 誠心誠意頭を下げたというのに、爺さんは気まずげにそう言ってきた。
 どうやら早とちりだったらしい。

「あー、そうなんだ。いや、確かに変だとは思ったんだ。顔も見た事なかったし」
「……適当なやっちゃなー」
「よく言われるけど、長所だと思っている!」

 爺さんのつぶやきに、俺は自信満々に答えておいた。

「どうなんじゃろ、それ?」

 首をかしげる爺さんだったが、今はそんな事はどうでもいいのだ。
 俺はなるべく相手を刺激しないように、気軽な口調で尋ねてみる事にした。

「まぁそれはいいよ。ところでこれが夢って事は、要は目が覚めればいいんだよね?」

 俺としては言葉遣いと同じくらい、心構えも気軽なものだったんだ。
 夢なら覚めるだろう。実に当たり前の事である。
 しかし爺さんの答えは、俺のそんな思惑おもわくを簡単に裏切ってくれたわけだ。

「……いや、残念ながらこの夢は覚めないじゃろう。まぁ、戸惑うのも無理はないがのぅ。だがこれはすごく幸運な事なんじゃよ?」
「いや、さすがにふざけるなと」

 あまりにも馬鹿げた答えに、思わず俺の言葉もとんがってしまった。
 覚めない夢など死んでいるも同然じゃないかと思うのだが。
 しかも、セクシーな美女とならともかく、こんな幽霊まがいの爺さんと永遠に夢の中などごめんこうむりたい。
 趣味の悪い冗談はせ、と言いたいが、爺さんはふざけているわけではないようだった。

「正確に言うなら、今のおぬしはわしの魔法の術中におる」
「ならさっさと出せよ」
「……せっかちな奴じゃのぅ」

 不満そうに口をとがらせる爺さんの表情はもとより、なんともファンタジーな台詞に、俺は一層うんざりさせられた。
 言うに事欠いて魔法? なにを馬鹿なという感じである。
 いくら恰好が魔法使いっぽいからって、設定まで凝らなくてもいいと思うのだが。
 とはいえ、実際おかしな事になっているから頭が痛い。

「魔法……はともかく、なんの目的でこんな事を?」

 さっさとどうにかしろという思いを込めて尋ねてみると、いきなり爺さんは真剣な面持ちで力強く宣言した。

「単刀直入に言おう。わしの住む世界に来てもらう!」
「え? 嫌だけど?」

 即答したら、爺さんはちょっと涙目になった。

「……そんなあっさり断らなくても」
「いや、断るでしょうよ。俺、花のキャンパスライフ真っ最中よ?」

 こちとら春に入学したばかりの新入生なのだし。
 つらく苦しい受験勉強がようやく終わり、束縛そくばくからやっと解放されたというのに、なぜにこんな不思議爺さんの戯言ざれごとに付き合わねばならないのかと。
 否、付き合う理由などかけも見当たらない。
 だから、きっぱりと拒絶した事で諦めて欲しかったのだが……。
 爺さんは諦めるどころか「残念じゃのう」と自分の髭をしごきながら、にやりと不敵に笑いやがったのである。

「ふむ……実はものすごい特典も用意しておるんじゃが」
「ほう……いちおう聞くだけ聞いてみようか」

 やけにもったいぶった言い方が非常に不愉快だったが、我慢して尋ねてみると、爺さんは勢い込んで言い放った。

「うむ、我が魔力をお前にやろうと思っておる!」
「なにそれ、いらない」

 再び即答すると、爺さんはものすごく落ち込んだ。
 なにやらカタカタ震えている。どうもプライドを傷つけてしまったらしい。

「そんなばかな……わし、あっちの世界で最も高名な魔法使いなんじゃよ? その魔力をいらんじゃと?」

 そんな焦点の合っていない目で呟かれても困ってしまうのだが。
 しかし、言うべき事は言わせてもらうとしよう。

「いや、そもそも魔法とかわけがわからないし? 存在しないものをもらってもなぁ」

 速やかにお断りしつつ、いちおうお年寄りという事もあって穏やかに説明すると、どういうわけか爺さんは大いに驚き、目をいていた。

「なんと! こちらの世界には魔法がないのか! 不便じゃのう!」
「いや、そこかよ。全然不便じゃないし。むしろ魔法がある方が不条理だと思うよ? 科学的に考えて」

 あくまで魔法設定を崩さない爺さんは、一周して立派だと思う。
 俺の言葉をぎんするように考え込みながら、爺さんはぶつぶつ言い出す。

「ふむ……カガクとやらがどういうものかは知らんが、それは魔力を使わぬ力なんじゃな? しかし、おかしいのぅ。お前さんからは並外れた魔力を感じるんじゃが……」
「そうなの?」

 適当に話を聞いて終わらせるつもりが、気になる台詞があったのでつい反応してしまった。すると爺さんはここぞとばかりに食いついてきたわけだ。

「そうとも! でなければ、わざわざ出向くわけがあるまいよ?」
「いや……そもそもあんた、なんのためにここに来たんだよ?」

 少なくとも俺は爺さんからなにか貰えるような繋がりはないと断言出来る。
 だが、爺さんは露骨に肩を落としてため息をつき、語り始めた。
 なんだかまた時間がかかりそうである。

「……これはわしのわがままなんじゃよ」
「ほう」
「わしはとある国、おぬしのいる世界とは異なる世界で魔法使いをしておったんじゃ」
「ふむ」
「そして人並みはずれた魔力と、長年の鍛錬たんれんの結果、その世界で比類なき強力な魔法使いとして尊敬を集めておったわけじゃ」
「へぇ」
「自慢ではないが、我ながらものすごーく自国に貢献してきたと思う。しかし、そんなわしにも死期が訪れたのじゃ」
「……それはお気の毒に、ちなみに何歳くらいだったの?」
「ぴっちぴちの五百歳じゃが?」
「……十分すぎるよ。天寿てんじゅを全うしているよ」
「む! おぬし何気に酷い奴じゃのう。まぁそういうわけで、わしは死んでしもうたわけじゃな」
「ごしゅうしょう様でした」
「……なんか受け答えに適当さを感じるんじゃが?」
「気のせいでしょ。被害妄想乙」
「そうかの……? では続けるぞ。しかしだ! わしは死ぬ直前に、ある魔法で自分の魂をこの場所へ飛ばしたんじゃよ!」

 長々と語る爺さんのテンションは徐々に上がっていった。
 聞かない方がいいかなーとは思ってたんだ。思ってたんだけど。

「……なんでまた?」

 と、つい流れで聞いてしまった。
 すると遠慮なく爺さんはぶっちゃけた。

「だって……せっかく鍛えたのにもったいないじゃろ? 魔法もすごいの沢山覚えたんじゃし?」
「いやいやいやいや! それこそ俺の知った事じゃないだろう……」

 あきれて物も言えないとはこの事である。
 そんなもんでやれと。主に、俺に迷惑のかからないところで。
 爺さんも自覚はあったのか、一瞬だけ目をそらしたが、結局はにこやかに開き直った。

「まぁそう言わずに。残念じゃが弟子達もわしほどの器はなかったんじゃよ。最後の魔法も伝えられんでのぅ。だからわしは死ぬ直前にありったけの魔力を振り絞って、わしの魔法と魔力を受け継ぐ素質のある者にすべてを託そうと考えたわけじゃ!」

 えっへんと、このあたりになってくると入れ歯でも飛ばしそうな興奮具合である。
 同時に俺との温度差もすごい事になっていたが、そんなことはどうでもいいらしい。

「それで俺のところに来たと……わざわざ異世界から」
「その通りじゃ! お前さんを探し出すのは苦労したんじゃよ?」

 なんともめちゃくちゃな話に思えるのは俺だけだろうか?
 しかし爺さんは、自分のやった事にむしろ誇らしげであり、いっそう始末が悪い。
 ただ一方で、爺さんの語る内容には少し意外な部分もあった。
 話からすると、爺さんが俺のところに来たのには、俺の「魔力」に原因があるらしい。
 自称、顔立ちこそ少しハーフっぽい俺だったりするが、黒い髪も瞳も、標準的な日本人からそう大きく外れてはいない……と思う。そんな俺に、いかにも西洋っぽい魔力なんて面白スキルがあるというのが信じられない。

「……俺に魔力ねぇ」

 ひょっとして俺って伝説の勇者の生まれ変わりだったとか? ……なんて面白い妄想を考えてみたりして。
 うん。ないな。

「うむ! そういうわけで、おぬしは自らの魔力とわしの魔力を併せ持った、文字通り最強の魔法使いへと変貌へんぼうするわけじゃな! これぞ我が願い! わしすらも届かなかった高みへと、遠慮なく駆け上がってくれい!」

 一人で感極まった爺さんはなんだかとても偉そうにそう締めくくる。
 しばらく黙っていると、爺さんは期待に満ちた目でチラチラと俺の様子を窺ってきた。

「……」

 話はしっかり聞いた。
 聞いたうえで考えれば、自ずと答えは見えてくる。
 俺は結論を出すと、きっぱり言い放った。

「帰れ」
「なぜに!」

 涙目で俺に詰め寄ってくる爺さんは必死だったが、そんなにがっくんがっくん首を振られても、俺の答えは変わらない。

「いや、だってさ。そんな魔法とか言われても正直引くしー」
「引くって君ね! 異世界からわざわざ来た老人を追い返すかの! 普通!」
「いやだから、俺となんも関係ないよね、それ? ものすごく面倒臭そうだし」
「むむむ、言いよるのぅ……だがもう遅いんじゃよ。言ったであろう? これはわしの我儘じゃと」

 突然うつむき、どこか悪い笑みを浮かべる爺さんになにやら俺は嫌な予感がした。
 そういえば爺さんは最初なんと言っただろうか?
 確かこう言わなかったか? この夢は覚める事がないと……。

「あんた、まさか……」
「そのまさかじゃ! 無理矢理でも行ってもらうぞい! もはや後戻りなど出来はせん! この夢から目覚める時! おぬしは強制的にわしの世界に転移しているじゃろう!」

 この爺さん、本当にろくでもない事を力一杯宣言してくれやがった。

「……誘拐じゃんか」

 せめてもの抵抗で呟いてみたが、爺さんも爺さんですでに聞く耳など持っていない。

「知らんもん! わしはこれから死んでしまうんじゃもん! そんなの知ったこっちゃないわい! せっかくだから快く旅立ってもらおうと思ったが、もう知らんもんね!」
「ジジイめ……開き直りやがった」

 それはもう見事な、駄々っ子も真っ青な居直りっぷりだった。
 文句の一つでもと詰め寄ろうとしてみたがやっぱり動けない。しかも爺さんは素晴らしい速さで遠ざかっていく。
 そして、どこからか漏れ出る神々しい光の中にゆっくりと溶けながら、わざわざ爽やかな笑顔でこちらに手を振っていた。

「じゃ! 良い異世界ライフを願っておるぞ! よかったのう! これでいきなり世界最高の魔法使いの誕生じゃ! おぬしの完成した姿が見られんのが残念じゃよ!」
「ふざけるな!」
「ちなみに役に立ちそうなわしの魔法も無理やりぶち込んどいてやるから安心せい! 存分に使ってくれて構わんから! ……まぁ、生きておればじゃが?」
「なにその補足! 怖いんだけど!」
「では幸運を祈る! なるべく死ぬなよ!」
「祈るな! というか死ぬかもしれないのか!? そこんとこだけでもはっきりしてくれぇ!」

 俺の叫びはむなしく木霊こだまするのみ、爺さんはすこぶるいい笑顔で成仏していったのだった。

「なんだったんだいったい……」

 結局、七色の空間に一人取り残された俺は、ただただ呆然と呟く。
 爺さんの言葉を丸ごと信じるなら、これから俺は異世界とやらに行かなければならないらしい。

「……はぁ。脱出方法もわかんないし、強制ならどうしようもないか」

 嘘であって欲しいと思っていたが、残念ながら爺さんの言う通り、異変はすぐに現れる。
 俺は意識がどこかに流されていくような、不思議な感覚を味わっていた。
 全部夢でありますように……。
 そう祈りながら――紅野太郎は不本意だが、異世界へと旅立ったのである。
 実に不本意だが。
 大事な事なので二回言いました。


「んあ……」

 なんだか肌寒い。
 俺が再び目を開けると、見知らぬベッドの上だった。

「……ここはどこだろう?」

 起き上がってぼさぼさの頭をき、体が動く事を確認する。

「いたたたた……なにがあったんだっけ?」

 ハッとした俺は慌ててベッドから飛び下りる。とにかく寝すぎた後のように頭が痛い。
 不安になって服の上から体を触ってみたが、頭が痛い以外に異変はないようである。
 パッと見た感じ、自分自身にわかりやすい変化はない。恰好も変わりなく、ジーパンに黒いシャツのままでとりあえずほっとした。
 これで全身血みどろだったりした日には、もう一度気絶していたに違いない。
 だが、体の感覚はふわふわとしていてまだはっきりせず、どこか頼りなかった。

「うわ……ほんとにどこだよここ」

 そしてなにより、部屋の窓から外を眺めてぜんとしてしまった。
 見知らぬ森が広がっている。どうやらここは山の中らしいのだが、風景にまるで見覚えがなかった。妙に肌寒く、体に染み入ってくるような冷気が漂っていて、俺はブルリと身を震わせた。

「……夢じゃなかった?」

 先ほどの不思議な会話を思い出して、俺はなんとも気の抜けたため息を吐き出した。
 どうにも現実味がない。
 このわけのわからない状況は、やはりあの夢が原因なのだろう。

「どうなってんだか。ありなのかね? こういうのも?」

 あえてポジティブに考えるなら「こんなゲームじみたイベントに巻き込まれた俺すごくね?」とか?
 ……しまった、全然歓迎出来ない。
 まぁでも、こうなってしまったものはしょうがないか。人間諦めが肝心である。
 それよりも、今は前向きにこの状況をどうにかする方が先だろう。あの夢があったおかげか、妙に落ち着いていられるのが皮肉だった。

「とりあえず、現状を把握しないと始まらないよな」

 俺は一人で呟き、まずは今いるこの家を探索する事に決めた。
 室内には人の気配が残っていた。床にはほこりも積もっていないし、食料もまだ食べられそうだ。しかし実際には人がいる様子はなく、物音一つしなかった。

「……それにしてもさっぷうけいな部屋だな」

 感想を口にしながら、俺は手当たり次第に部屋をあさってみる。
 一時間ほど探してみたが、結局人っ子一人見つける事は出来なかった。唯一見つけた手がかりは最初いた部屋にぽつんと置かれた一通の手紙だけだった。

「……あやしい」

 手紙をぎょうしながら、俺はけんしわを深くし、口元に手を当ててうなった。手紙を眺めれば眺めるほど、怪しさがどんどん増していく。


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