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3巻
3-1
プロローグ
「あー……どうなってんだ、これ?」
俺は、目の前で展開されているなんともおかしな光景を眺めながら、もぐもぐと戦利品のイカ焼きを食べていた。
黒いシャツにジーパンというラフな格好。その上からマントを羽織る、自称現代風魔法使いファッションの俺、紅野太郎。横ではローブを着た巨大な蛙が、自慢の髭に汚れがつかないように戦利品と悪戦苦闘していた。この蛙のニックネームはカワズさん。俺を強引に異世界へと連れてきた、誘拐犯みたいな元人間の魔法使いだ。
「面白い事になっとるのぅ。ムグモグ」
「……なに食ってんのカワズさん?」
「なにって、肉の串焼きじゃけど?」
「! そんなの売ってたっけ?」
俺は自分の持っているイカ焼きを見つめる。
……なんという事だ。あの焼き色、串に刺さった肉から滴る肉汁。明らかにあちらのほうがうまそうじゃないか!
くそぅ、安さとタレの匂いに惹かれて、発見した途端イカ焼きを買ってしまったのは、俺のミスだというのか?
満足げに肉を頬張るカワズさんの目からは、勝ち誇った気配すら感じられる。
のう、タローよ? タレ物であるイカ焼きの匂いは魅力的じゃ。思わず買ってしまう気持ちも理解出来る。しかし、もっと慎重になるべきじゃったの。
彼の目は雄弁に語っていた。
と、まぁ出店談義はこのあたりでいいだろう。
「……とりあえず、ここは目の前のこいつに集中しようぜ、カワズさん?」
「集中と言ってものぅ……わしらに出来る事なんてなにもないじゃろ?」
「……確かに」
今、俺達の周りにあるのは多数の出店。そしてその出店の中心には、よじ登れそうな感じに蔓が巻き付き、てっぺんが見えないほど空高くまで成長した木がそびえ立っている。
「相変わらずでっかいなぁ」
イカ焼きを食べ終えてのんきに言ってはみたものの、内心は気が気じゃない。
「そうじゃなぁ。あのあと、どこまで伸びたんじゃろうなぁ」
明らかに重力に喧嘩を売っているこの木の非常識な高さは、イコール俺の黒歴史である。
こいつは俺がこの世界に来たばかりの時、魔法を失敗したために生えたものなのだ。そのあとが気になって今回こっそり見に来てみると――。
木の周囲は広場として整備され、屋台やお土産屋まである。そして木には群がるように人が集まっていた。すでに立派な観光地になっているのだから驚きだ。
「あの時はただの森だったのにねぇ。しかし、こんな木に人が集まるってのはすごいな。確かにでかいけど、ただの木だよ?」
「まぁ、高い場所が好きな奴は結構おるものじゃしな。巨大なものに心惹かれるのもわかる気がするしのぅ」
カワズさんはうんうんとなにかに共感しながら頷いている。とはいえ俺のうっかりミスで誕生しただけの、普通の木なのだ。
「上に登ってもなんにもないのにさ」
ぼそりと口にした俺に、カワズさんは「青い青い」と俺の肩を叩いて言う。
「なにがあるかは問題じゃない、なにをやるかが問題なんじゃよ、こういう場合。頂上まで登りきれば、さぞかし極上の達成感に浸れるじゃろうて、ほっほっほ!」
「あー、そりゃわからないでもないけど……」
カワズさんの言う事も正しいのだろうが……自分で作り出したものでは感動も薄れてしまう。
しかしせっかく来たのだから、いつまでも遠くから眺めているだけではもったいない。
「まぁどんな感じか、とりあえず近くまで行ってみようか?」
「そうじゃの。まわりの店は一通り回ったしのぅ」
俺達が根元に近づいてみると、そこにはなにやら受付のような小屋があり、誰かが座っていた。
見た目十代くらいに見える男は鎧を着ている。暫定的に兵士君と呼ぼう。
ちょうど客が途切れているらしく、暇そうにしていたので話しかけてみる。
「ちわっす。えっとこれは……いったいなに?」
「なにって……えっと。今話題のジャックの木です。ここは登りたい人のための受付ですよ」
そうか、やはり受付だったか。しかし聞き捨てならないのは木の名称だ。
「ジャックの木ですか?」
あらためて確認すると、兵士君はにこやかに頷いて肯定した。
「ええ、この木の中腹で『ジャックより愛を込めて』という謎の文章が発見されたんです。いったいどういう意味なのかはわからないんですが、面白いのでそこから名前を取ったわけです」
「……へぇー」
俺は心の中で、いたずらの成功にガッツポーズをしていた。
わざわざカワズさんに頼んで書いてもらった甲斐があったよ。
噴き出しそうになるのをどうにか堪えていたが、いつ決壊してもおかしくはない状態である。
「と、ところで、君はこの木の事に詳しいんだね?」
「ええ、それはもう! この木が生えた時もここにいましてね。こいつは本当に突然現れたんですよ! 僕はすぐ近くで一部始終を見ていたんですけど、すごかったですよー」
「……へぇ、突然ねぇ」
「そうなんです。僕はその時、関所で見張りをしていたんです。こいつ、すごく立派な木でしょう? せっかくだから国で管理しようという話が出ましてね。十日後にはこの受付ができたんですよ。誕生の瞬間に立ち会っていたおかげで店番なんてやっていますが、光栄な話ですよ。仲間内では神様が天へ帰るためにお作りになったんじゃないかーなんて言われていましてね……どうです? そう思って見てみると、なんだか神々しさを感じませんか?」
「ぶふ!」
しまった。耐えられずに噴き出してしまった。
突然顔を伏せた俺に、「どうかしましたか?」と声をかける兵士君。俺はどうにか笑いを引っ込めて、大丈夫だと伝える。
「ごめん。ここ、森が近いから花粉が多くて……。くしゃみが出てしまってさ」
「ああ、わかります。慣れない人には結構そういう人もいるみたいですね」
俺の苦しい言い訳に対して、いちいち心配してくれる兵士君は、何気にいい人だと思った。
……それにしても神様とは。
まぁ、あれがうっかりの産物だなんて考える奴がいるわけないか。
だが言われてみると、確かに実際こんなものが突然現れたらどうだろう?
神様の帰り道、みたいに思ってしまう気持ちもわからなくはない。
そしてカワズさんも言っていたように、登ってみたい衝動に駆られても不思議はないのかも……。天に続いている、なんて考えると、上にはなにがあるのか気になってしまうよな。
ただ……。
俺はちらりと受付の立て札を確認する。そこにはしっかり登頂料金が記してあるのだ。
……金を取るとはいかがなものだろう? 神様の帰り道設定を加味したとしても、設定された金額はそこそこの値段だった。
「でも、やっぱり登るのにもお金かかったりするんだね。結構儲かったりするの?」
尋ねてみると、兵士君は頭をかきながらなぜか苦笑いをする。
「ああ、料金を取るのは仕方ないんですよ。そうやって管理しないとみんな勝手に登っちゃうんです。それだけならよかったんですが、降りられなくなって助けを呼んだりして結構大変だったんですよ。今では少しでもそういう人が減るように料金をもらって、ロープなどの必要な道具を貸し出しているんですけど、お金を取っても減るどころかチャレンジャーが増える一方でしてね。とにかく人が集まるもんだから店なんかも沢山できて、今じゃこの有様というわけです」
兵士君の視線の先には、賑やかな出店。
なるほど、あのお祭り空間はこうして生まれたというわけだ。
「へ、へー。ちなみに、今まで頂上に着いた人はいるの?」
興味本位で尋ねてみると、兵士君はいえいえと首を振る。
「受付を設けてからはいないですね。不正に登られないよう、警備もやっているんで間違いはないと思います。まぁ、警備と言っても挑戦者がみんな途中で力尽きるんで、それを助ける役目がほとんどですけど。あとは……落ちてきた人の回収とか」
俺は兵士君の台詞にぎょっとして、思わず木を見上げてしまった。今、なんて言ったこいつ?
「……えっと、落ちたら死んじゃうんじゃないかな?」
やや引き気味で問いかける。
「そりゃ死にますよ。でも、この木の養分になれるなら、彼らも本望じゃないですかね?」
さらりと兵士君が指差した先にはすでに数本の墓が立っていて、俺は青くなった。
……俺は悪くないよね? 登っちゃったほうが全面的に悪いと思うんだけどな?
すでに動揺で目が泳ぎだしていた俺に、兵士君がさわやかに言った言葉が非常に印象的だった。
「それでも、登りたいと思う人があとを絶たないんですから不思議なものです。ほら? 頂上にはいかにもなにかあるような気がするじゃないですか?」
どこまでも冒険心一杯の兵士君。
俺は、今度は違った意味で頬が引きつるのを感じた。
これは……。
「なんかしないとまずいような気がするんです! 今すぐに!」
とりあえず力説してみる。
だが、カワズさんの反応はすこぶる悪かった。
「突然なにを言い出すかと思ったら、またなんか面倒臭そうじゃのぅ」
カワズさんはそう言うが、この木を作り出した者としてはさすがに責任感じちゃいますよ。
死亡者の話を聞いたので、俺も割と必死だった。
「だって! 思ったよりも命懸けてんだもん! せっかく頂上に着いたのに、なんもありませんでしたーなんて、さすがに申し訳ないじゃんよ!」
「だからなにか用意しようってのもどうなんじゃろ? いくらなんでもヤボじゃないかのぅ? 山だってそこにあるだけで登りたくなるのは当然じゃし、別に気にせんでええじゃろ?」
「そりゃそうかもだけど……達成感だけってのもなんだかさぁ。ジャックのいたずら云々だってミステリアスさに拍車をかけてるわけだし。みんな、すっごいの期待してるって。神様に会えるくらいの気持ちでいるって……」
夢一杯の兵士君の表情が頭を過ぎる。
「いや、知らんけど……」
「知らんで済ませていいのかい? カワズさんだっていたずらの片棒を担いだだろ?」
我関せずで通すつもりのカワズさんを、完全に巻き込む気で口撃してみたわけだが、この蛙は一切迷いのない表情できっぱり言った。
「あのよく意味のわからん文章の話か? あれはお前さんが言いだしっぺじゃろう。とにかく、わしは悪くない。この木についての責任は全面的にお前さんにある。わしは悪くない」
「二回言うか! あれか! 大事な事だからか!」
「そうじゃよ? わし全然悪くないもん」
そして完全に丸投げされてしまったわけだ。
カワズさんの意見が正論なのが痛いところである。
「ぐっ……。わかった。確かに、この木については全面的に俺のせいだよ。だから、せめてもの罪滅ぼしとして、てっぺんに登頂者へのサプライズプレゼントを用意してあげたいってわけ」
こうなってしまえば仕方がない。自分に非がある事を認めつつ計画を再提案してみると、今度はあっさりカワズさんも乗ってきた。
「まぁ、それについてはいいんじゃないかの? で? なにをするかは決めたのか?」
「あ、やる気はあるんだ」
「変に共犯にされんのならな。話を聞く限りではそれなりに面白そうじゃし。お前さんの魔法もこの際だから見てやろう」
「……そうやって人を試すみたいな事は止めて欲しいけど。あー、でもあれだな。とりあえず雲の上を歩けるようにしようかなとは思ってる」
興味を持ってもらえたのはよかったが、俺の頭の中にあった簡単なイメージを伝えると、途端にかわいそうなものでも見る目になったカワズさんから、優しく肩を叩かれた。
「……あのな? 雲というのはただの水だからな? 水の粒が集まって出来たものでな?」
「わかってるっての!」
「おろ? わかっておったのか? まあそのくらい、少し学のある者なら知っとるからの」
異世界人も、雲の仕組みを知ってるのか。ファンタジーのくせに生意気だな。
しかし考えてみれば、雲も水蒸気も地球にしかないわけじゃない。この世界でも当たり前のように見てきたし。雲が山まで下りてくる事くらいあるだろうから、なにでできているか気になって確かめた奴だっているのだろう。それにたかだか理科の知識で偉そうにするのもかっこ悪いか。
「そうなんだ。ごめん、こっちの方々は、雲の仕組みとか知らないだろうって思ってたわ」
「まったく、とことん失礼ぶっこく奴じゃ。まぁええわい。雲云々はともかく、他にもなんかとんでもないものを考えとるんじゃろ? ……どれ、さっそく頂上へ行ってみるかの?」
「なんだよ、随分話がわかるじゃん?」
あまりの変わり身の早さに驚いていると、カワズさんはそりゃそうじゃよとなぜか渋い顔をする。
「まぁ、もはや慣れじゃな。お前さんの思いつきは突飛過ぎて、話を聞いただけではいまいちわからん。実際見てみんとな。無茶せんかも心配じゃしの」
「……俺ってそんなに無茶してたっけ?」
「自覚がないほど始末が悪いというのはお前の事だ!」
声を荒らげるカワズさん。
うむむ、まぁ確かにいろいろやりましたが? 半分くらいはカワズさんの悪ふざけも入っている気がしますよ?
結局、俺の思いつきを実行するため、他の人達に見つからないよう魔法で姿を消し、頂を目指して飛んでみると、到着まで数時間もかかった。
実際どのくらい大きいのよ? などと軽い気持ちでテレポートを使わずに空中散歩を試してみた自分を罵倒したくなるほどの高さである。思った以上だった。
ようやく到達した頂上は俺の予想を超える場所だった。頂上といっても地面は存在しないので、二人とも宙に浮いた状態である。
「うぁ……超寒いな! 空気も薄すぎる!」
寒風が肌に突き刺さり、頭もなんだかくらくらする。
俺でさえ鼻水を啜り上げながら肩をこするほどなので、横にいたカワズさんはカエルの宿命でさらにどうしようもないらしい。
「むにゃ……なんだか……わし……ものすごい……眠くなって……むにゃ」
「カワズさーん! それ冬眠! 冬眠モードに入ってる!」
鼻ちょうちんを膨らませ始めたカワズさんに、速攻で往復ビンタをかます。
頬が膨らんだカワズさんは、我に返ると周囲の気温を制御する魔法を使って身の安全を確保し、額の汗をぬぐっていた。
「あ、危ない! 危うく春まで眠りにつくところじゃった!」
「……ここに春が来るかはわからないけどな」
「ある意味永眠じゃな。それで? これからどうするんじゃね?」
「どうするもこうするも、さっき言わなかったっけ? 雲の上を歩けるようにするんだよ」
「……して、どうやって歩けるようにするんじゃ?」
首をかしげるカワズさんに、俺もさっそく手の内を明かす事にした。
「ふっふっふ! こうやってさ!」
間髪をいれず返事が出来たのは、すでにすべての準備が整っていたからだ。
――誰だって一度くらいは雲を眺めて「あの上を歩けたら……」なんて空想をした経験はあるだろう。
俺もまた例外ではない。
俺の情熱のこもった光が掌に現れる。
光を振りまくと、目標にした小さな雲がなんとも触り心地のよいなにかに変質した。見た目はもこもこしていてまるで綿のようだ。下に落ちていく事もなく、宙に浮いている。
確認のため触ってみると、納得の出来栄え。これなら歩けそうだ。カワズさんもその感触に驚いていた。
「なんじゃこれ? なんかもふっとしとる」
「むっふっふ、自信作だかんね。これぞ、誰でも一度はやってみたくなる新魔法! 雲を固める魔法なのだよ! ……さて、実演もしたし、さっそくカワズさんにも手伝ってもらおうか。雲の上を歩くんだからある程度の広さにしないとつまらないし」
だがやる気満々で告げた俺に、カワズさんはものすごく嫌そうな顔を向ける。
「無理じゃろ……だってわし、そんな魔法使えんし。だいたいそれ、今ダウンロードした魔法じゃろ? 魔力を馬鹿喰いして、しんどそうだから嫌じゃよ」
ダウンロードとは、思いついた魔法を生み出す事が出来るという、なんとも反則臭い俺の「魔法創造」の技術である。
ただ、魔法創造はどんな魔法でも作れる代わりに、魔力の燃費がすこぶる悪いという欠点があった。
この欠点を解消するには、一度ダウンロードした魔法を改良する必要があるのだ。そのままだと俺みたいな馬鹿げた魔力量でもなければ使用すら出来ない。
ちなみに魔力を数値化すると、俺は800万1000。カワズさんは1000ほどである。カワズさんは元人類としてはトップクラスだと補足しておこう。
しかし、すでに俺はカワズさん程度の魔力でも大丈夫なように、今回の魔法は改良済みなのだ。
「いや、もう改良は済ませてあるし問題ない。魔法陣とイメージを教えるから、覚えてみてよ。カワズさんなら出来るだろう?」
「……なんでそんなに段取りいいんじゃよ?」
カワズさんは不思議そうである。
うぐっ! そこに気が付いたかカワズさん!
きょとんとしているカワズさんの視線が気まずくはあったが、俺は結局あきらめてテヘリと笑った。
「い、いや……誰しも一度は考えると思わない? 雲の上を歩きたいなーって? だからコツコツと研究をね?」
「なんじゃそら! そんなくだらん魔法を研究しとったんかい! だからお前は……あーもうアホじゃなぁ」
「アホじゃないよ! こういう夢想から大いなる一歩は始まってだな!」
まぁ言われると思いましたがね。
カワズさんはとんでもなくどうでもよさそうな顔で、いい加減に頷いていたが、この研究に悔いはないと言わせてもらおう。
「あーはいはい。まったく……そんじゃあさっさと始めるかの」
「うわぁ、ものすごい適当だな。でもいいんだ、この胸のときめきをわかってもらえなくても」
「気持ち悪い! なんだか鳥肌が立ってきた!」
「いいさ、いいさ」
残念ながら雲の魔法に関しての俺とカワズさんの意見は、この雲と空のようにどこまでも平行線だった。
まぁそれはいい。この蛙が俺のセンスを理解しないのは今に始まった話じゃない。
そろそろ飛んでいるのにも疲れてきたので、どんどん雲に魔法をかけて、地面を作っていかねば。
今度は畳ほどの大きさで雲を固めて着地してみる。なかなかの踏み心地だった。
よし、まずは木を中心として、運動場くらいの大きさを目安に始めてみよう。
だがこのロマン物質の真価は、歩ける事だけではないと言わせていただこう。
上に乗っても大丈夫で宙に浮く。そして……。
急にしゃがみ込んでぱくりと足元の雲にかぶりつく俺を見て、カワズさんが叫ぶ。
「なに食っとんのだお前は!」
「……ふむ、ほのかに甘い」
もぐもぐと口を動かしながら、その味を堪能している様子はなかなかにインパクトがあったらしい。
カワズさんも興味津々の様子である。
「……ほ、本当か?」
「嘘をつく意味がどこに?」
得意げに雲を飲み下し、俺はぺろりと唇を舐めた。
俺の研究に死角はない。歩けるだけでは満足出来なかったのだ。
こんなわたあめみたいになるのなら、食べてみたくなるのが人情ってもんでしょう?
しかも、わたあめとはまた違ったほのかな甘さというのもポイントなのだ。
わたあめと同じ味なら、わたあめを食べればいい。
カワズさんがごくりと喉を鳴らして、うらやましげにこちらを見ていたが、俺はあえてにこやかに言った。
「まぁ、魔法で作ったまがいものだけどね。雲なんてただの水蒸気さ……ねぇカワズさん?」
俺の牽制を交えた台詞に、ヨダレが垂れかけていたカワズさんは我に返ってまんまと挑発に乗ってきた。
「も、もちろんじゃとも! まったく、おぬしも雲を食べるなんて子供じゃあるまいし!」
「まったくだよね。じゃあ作業を続けよう。やっぱり作るにしたって歩き回れるくらいじゃないとさすがに格好がつかないからねー。はっはっは!」
「……うむ」
強がってはいるものの、カワズさんは名残惜しそうである。
だがあれだけ人を馬鹿にしておいて、まさかこの奇跡のおいしいところだけ享受しようとは言うまいね?
こっそりと笑いながら、俺はカワズさんの様子を眺めるのだった。
そして、ここから先は恐ろしく地味な作業が続く。
カワズさんに魔法を教えたのち、俺とカワズさんが順番に魔法をかけて足場を整える、その繰り返し。
魔力に余裕がある俺は大雑把に広く雲を固める。カワズさんはその間を縫うように確実に足場を安定させていく。その場の思いつきにしてはなかなか効率のいい共同作業だったが、雲をちょっとずつ固め、足りない部分は離れたところから集めてこなければいけないので、時間はかかりそうだ。
作業を進めていく途中、ふと振り返ってこれまで固めてきた場所を眺めてみると、雪原のような雲の白と、空の青とのコントラストがどこまでも広がっていて、まるで天国にいるようだった。
ここまで真っ白でなにもないと、今からどうやって弄ろうかわくわくしてくる。キャンバスの前に座った画家はきっとこんな気分になるのだろう。
「おおい! こんなもんでええかのぅ!」
「もう少し大きくいこう! 俺はあっちを……」
そう言って走り出し、指差したほうに向かおうとしたのだが――。
「ぬお!」
いきなり足元の抵抗がなくなって、すっぽ抜けてしまった。
必死に周りの雲を掴んで、落下は免れたが、片足は雲を抜けている。
顔色を青くして這い上がると、カワズさんの声が聞こえる。
「おーい、大丈夫かー」
「な、なんとか……! うおー危なかったー! うっかり雲の上だって忘れてた……」
このまま地上に真っ逆さまなど真っ平ごめんだ。
どうやらもう少し、念入りに地面を固める必要がありそうだった。
しかし、俺には他にやりたい事があるのだ。
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