俺と蛙さんの異世界放浪記~八百万ってたくさんって意味らしい~

くずもち

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5巻

5-1




   プロローグ


 人間誰しも、思いっきり集中している時がある。
 俺の集中力なんて普段はないに等しいのだが、今日の俺は一味違った。
 俺、紅野太郎こうのたろうという名の異世界に召喚された地球人は、最近魔法使いをやっている。
 魔法使いと言っても正直ふわふわとしたよくわからない位置づけだ。それでも魔法使いと名乗る以上、押さえるべきところは押さえておきたいと思っているので、先日来魔法薬作りに挑戦しているのである。
 ただこいつがなかなかに難しい。材料と調合法がわかっても、温度や細かい分量など気を使うことが多く、合間に使わなければならない魔法もあるので、いちいち気が抜けないのだ。
 机にはビーカーやフラスコ、試験管などの実験器具が所狭しと並べられ、あるモノは温め、あるモノは冷やす。薬物の配合は、少しの油断が悲劇を招くのである。
 部屋の中だというのに、この世界で俺のアイコン的衣装となっている黒マントをわざわざ羽織はおっていることからも、気合いの入りようはわかってもらえるだろう。
 俺が集中タイムに入った時にセーラー戦士がやって来たけど、彼女の聞きたいことは俺よりカワズさんの方が詳しいことが多いので、まぁ問題なかった。今は薬品の調合は終わり、薬の温度調整の真っ最中だ。集中しているとはいえ心の余裕はあるので、二人の会話に気持ちを割くこともできる。
 セーラー戦士は、旅で集めて来たアイテムを取り出してカワズさんに見せているらしい。それを見たカワズさんの目は輝いているに違いなかった。

「どんな感じじゃね? 調子の方は?」
「……まぁ、それなりです。鑑定かんていしてほしいものもあるのでお願いします」
「ふむふむ……ほっほう! すごいな! こっちは緊急脱出用の魔法アイテム! こっちは空中浮遊の魔法の古文書か? これだけ集めるのには相当骨が折れたじゃろうに!」
「一目でわかりますか? それで……この中に、異世界へ行けそうな魔法の手がかりは?」
「む? むぅ……それは……」
「……ないんですね」
「すまんな。だがそう簡単には見つからんよ」
「そう。……そうですよね。もっと頑張ります。でも今のところ、手がかりはもうないんです」
「む、そうか? 手がかりか。ふーん……タローか、もしくはわしの知り合いの名を借りればアルヘイムでなら、人外からいくらか魔法を集めることは出来そうじゃが。……最初の頃よりは多少人脈が広がったしのぅ」
「そうですね。でも少し回ってみた感じだと、異世界への関心は人間の方が高い気がするんです。それで有名な魔法使いを当たってみてはいるんですけど……」
かんばしくないか? だがまぁ、目の付けどころは悪くないかもしれん。異世界人の召喚は神聖視されているから大っぴらには研究し辛いが、それ自体は知られているからのぅ。わしがもともと住んでおった国、ガーランドにも存在しておったしな」
「本当ですか!」
「ああ。だがやはり召喚するだけだったがのぅ。機会があって色々と調べてみたから間違いない。ひょっとすると、どこぞの変わり者なら研究しておるかもしれんが……」
「変わり者って……魔法使いのってことですよね?」
「そりゃそうじゃろ? 研究が必要な魔法は、結局のところ魔法使いでないと扱えんからのぅ。せっかく苦労して連れてきた異世界人を送り返してしまうなど、この世界の感覚では間違いなく変人じゃし……」
「はぁ……まぁそう言われてみれば」
「そう言えば変人で思い出したが、昔、噂になった魔法使いがおったのぅ。確かそいつは手に入れた結界の魔法を独占して、使い方の一切を公表しなかったと聞いたが」
「変人で思い出すってすごいですね。でも結界の魔法ですか? 太郎がいつも身を守ったりしてる、あれですよね?」
「そうじゃよ。便利な魔法を持っておる奴は、外部との接触を避けるようになる。こいつの場合は中でも極端じゃったから記憶に残っておるのぅ。結界魔法の他にも、こっそり見つけた魔法があったのかもしれん」
「何でその人は魔法を隠したんでしょう?」
「ふむ、まぁそいつの場合は結界の魔法が便利からじゃないかのぅ? ……がポロンポロン気安く使うから、わしらからすればいまいちありがたみはないがな。攻撃を防ぐ結界の需要は戦いがある限り無くならんくせに、もっとる奴は少ないぞ。結界の魔法に方法が色々あるのはおぬしも知っておるじゃろ? 単純に硬い壁を作って物理攻撃を弾いたりとか、タローがやっておる空間を捻じ曲げて攻撃自体をなかったことにとかのぅ。そこまで大がかりじゃなくとも、たとえば五属性を自在に防げるとしたらすごく希少で役に立つ魔法なんじゃよ。それさえあれば相手を蹂躙じゅうりん出来る。だからこそ取扱いは慎重にせねばならん。隠したことは結果的によかったんじゃないかのぅ? 結界がどんなものだったにせよ、簡単な魔法ではないだろうし、それがきっかけでまた荒れるじゃろうしのぅ」
「だからあえて隠した?」
「そういうことじゃと思うがなぁ。こればかりは本人に聞いてみないとわからん。だが発見された古代の魔法を個人が隠匿いんとくする話はよくある。当時、結界魔法の発見は結構な騒ぎになった。もちろん目を付けた者がいてその魔法を手に入れようと躍起やっきになったらしいが、返り討ちにしたらしい。そんな感じの奴だ」
「……それはまた。すごい話ですね」
「うむ。人間の国で探すのなら相当苦労するぞ? ぶっ飛んでいる奴だから他にも魔法を隠しているかもしれない、という話だからのぅ。だいぶ昔のことじゃから、今はどうなっているか知らんが」
「ちなみに……昔っていつくらいの話なんですか?」
「確か、百年くらい前かのぅ? 記憶はぼんやりしとるが」
「……そんなにですか」
「まぁ、手がかりがないなら一度行って見てもよかろう。確か場所も、何かの資料に載っておったような……」

 ラジオを聞き流すかのごとく、俺は二人の会話を右から左に聞き流し作業を続ける。
 カワズさんがごそごそと資料をあさること数十分。やっと昔の資料を引っ張り出してセーラー戦士に渡していた。それで彼女の用事は終わったのか、しばらく静かになる。一方こちらの魔法薬も十分に温まってきていた。思い通りの色に変化し始めたのを確認し、俺はぺろりと乾いた唇を湿らせる。よし、時間ピッタリ。俺は試験管を慎重かつ迅速じんそくにお湯から取り出した。

「で? 太郎はいったいさっきから何をしてるんだよ?」

 突然俺に向けられたセーラー戦士の声には心なしかとげがある気がするけど、もうちょっとだけ待ってほしい。

「あー。新しい魔法薬の開発。……今大事なところだから」
「……そうなんだ」

 今、混ぜる分量に気を使う場面なんだ。
 突然だが説明しよう。一口に魔法と言っても、実は色々と種類がある。
 単純に魔法陣に魔力を注ぐだけで効果のあるものもあれば、世の中にある物質を使って望む効果を出すための補助をする魔法もある。俺が使ったことのある中で例を出すと、カワズさんを生き返らせた時に生贄いけにえとなる生き物を憑代よりしろにする、なんていうのも一つの魔法の使い方であるということだ。
 他に魔法の薬なんかは特殊な下準備は必要なものの、作ってしまえば誰でも使えたり、必要な魔力が少なかったりと利点も多い。そんなことを俺が言えるのは魔法創造なんていう魔法を使えるからだった。
 この魔法を使えば、まるでネットで料理のレシピを探すように、そのどちらの方法でも好みで使うことが出来るのだ。
 ちなみに魔法創造とは、好きな魔法をいつでも簡単に行使できる便利な魔法のことである。
 簡単にとは言っても、自身が持っている魔力量次第で使えるものはおおよそ決まっている。必要な魔力に自身の魔力量が足りていなかったら死んでしまうので注意が必要なのだ。
 まあ、魔力800万超えの俺にはあまり関係のない話だけどね! 
 そんなわけで俺は、数日前から材料を揃えて、今まさに調合の真っ最中というわけだ。
 試験管を傾け、怪しい緑と黒のマーブル模様の液体を慎重に垂らす。ここでちょっとした魔法を使うのも忘れない。ガラスのビーカーの中で揺れる赤い液体に一滴落ちたマーブルのしずくが波紋を残すと――ポコンと破裂音がして、ピンクの煙が上がった。じっとビーカーを見つめ、反応を確認。

「でっきた!」

 実験は成功である。出来上がったとろみのある液体が薄い水色であることを確認して俺は歓声を上げた。魔法薬を前にして俺はおどりするが、この時点では俺以外にこの魔法薬の素晴らしさがわかる者はいない。案の定、リビングの椅子に腰掛けていたセーラー戦士は白けきった目で俺を見ていた。

「……なんなのそれ?」
「むふふ。どうしよっかな? 教えてもいいけど、すごいしなぁこれ?」
「じゃあいいや」
「まって! 聞いてください! お願いします!」

 実はちょっと聞いて欲しかったので頼み込むと、セーラー戦士は何とか話を聞いてくれるようだった。

「じゃあ……何?」

 いちおう振ってくれたセーラー戦士の気が変わらないうちに実演しようと、俺は出来上がった液体に指を突っ込んで、ねちゃりと手に取った。

「これはですね! 整髪料なんです!」
「? 自分の髪質に合うようなとか? カワズさんのリンスみたいなものかな?」
「まぁそういうことなんですけど……」

 事実だが、カワズさんの二番煎じみたいに言うのはやめて欲しい。
 一瞬、テンションが下がりかけた俺だったが、そんな気持ちをごまかすために大仰おおぎょうに薬を掲げて、パンパカパーンと魔法で音まで出した。

「もちろん、ただの整髪料じゃあない! 適量を手に取って、頭の真ん中辺りの毛をつまんで少量塗ります。……すると!」
「すると?」
「なんと、動くようになるのだ!」

 俺がつまみ上げた部分だけ、ミョンミョンとバネみたいに動き出す髪の毛。
 今は整髪料が完成したばかりで俺のテンションが高いから、揺れが激しい。
 俺は望んだ通りの効果を頭から感じ、喜びで打ち震える。すると、さらに揺れは激しくなった。
 そんな俺の姿を冷めた目で眺めているセーラー戦士との感情の隔たりは、相当のものではあったが。

「……変」
「あ! 言ったね! だがこの『アホ毛くん』の真の力を見ても同じことが言えるかな!」

 感想が一言でバッサリなんて終わり方は俺が許さない。さわりしか見ずに過小評価してもらっては困るんだ!
 俺はこの魔法の素晴らしさを何とか伝えられないかと考えた。
 そして思いついたアイディアを実現するため、両方のコメカミに人差し指を当て脳内でイメージを膨らませる。イメージするのは文字である。
 出来る限りそれをはっきりと思い浮かべ、頭のてっぺんからつき抜けるイメージで両手を開く!

「は!」

 俺の毛は俺の掛け声に合わせて『タロ毛!』と空中に文字を形作ったのだ!
 タイムラグはほぼなく、予想を上回る毛の動きの良さに、俺は得意満面だ。

「なんと文字まで書けるのだよ!」
「ぶふっ! 何じゃそれ」
「……」

 我慢出来なくなったカワズさんが噴き出していたが、セーラー戦士の反応はやはりいまいち悪い。もう一押し必要か?

「お? カワズさんにはこの素晴らしさがわかるかい? やろうと思えば十文字くらいはいけるね! だが気を付けろ? うっかり髪全体に塗り込んじゃうと軽くホラーになっちまうぜ!」

 親指を立て、小粋に注意事項をはさむ俺だったが、それでもやはりセーラー戦士の表情はいまいち切なげで、この辺りから俺は焦りを感じ始めていた。
 ……ひょっとして俺、今スベっているんじゃないか?
 まさかとは思ったが、セーラー戦士の顔は全く愉快そうではないのである。
 俺の頬を冷や汗が伝う。事態を好転させねばと、さらに言葉を付け加えた。

「こ、これさー。キャラを立たせるにはいいと思うんだよねー。いまいち見た目にインパクトがない君もこれで安心! 一塗りで注目の的間違いなし! 売ったら大ヒット間違いなしだよ『アホ毛くん』!」
「太郎はさ? 帰りたいって――」

 だけどこれが良くなかった。セーラー戦士らしくないうつむき気味の姿勢から発せられた呟きを、焦りで慌てていた俺は聞き逃してしまったのである。
 台詞がかち合い、双方黙り込んでしまった。……気まずい。

「え? なんだって?」

 テンパった俺はこんな返し方をしてしまったわけだが、顔を上げたセーラー戦士には結局曖昧あいまいな笑顔でごまかされてしまった。

「やっぱり――なんでもない」
「そ、そう?」

 セーラー戦士は改めてそう言うと、すぐに椅子から立ち上がってしまう。

「それじゃ、私はもう行くから」

 一言だけ言い残し、彼女は早足に去ってしまった。
 セーラー戦士の背中を見送ったまま黙り込んだ俺に、カワズさんがぼそりと呟く。

「怒らせたな」
「……なぜだ、俺の動く毛はそんなに不快だとでも言うのか?」

 しゅっしょくの出来だと思ったのに。無念である。
 フニフニ動いていた俺のアホ毛も今はシュンと元気無く、しぼんでいることだろう。
 アホ毛は素直なのだ。

「まぁその動く毛は確かにほんのりむかっ腹が立つがの? ただ原因はそこではないと思うんじゃが?」

 カワズさんが俺を見てため息をついてあわれむ。が、その顔は微妙なにやけ面である。
 ちくしょう、馬鹿にしやがって!
 俺は負けてなるものかと、セーラー戦士にも受けがよさそうな魔法を咄嗟とっさに考えた。

「なら……今度は、セーラー戦士のポニテが動物風に動くように頑張ってみるのはどうだろうか? いや、むしろ女性用に無駄毛を処理する魔法薬の方がいいかな?」
「毛に何かこだわりでもあるのか? なんかもうお前は……ホントダメじゃな」
「えぇ! 一生懸命考えたのに!」

 乙女心は難しい。そんなことを思う俺の頭には大きな『?』マークを形作る毛が揺れているのだった。



   1


 私の目的は、遺跡に眠る未知の魔法や、世の中の魔法使いが独占し、隠し持っている魔法の中に元の世界に還る方法がないか、なんとしても探し出すことである。見つかっていないのだからそんなものがあるのか確証はなく、しかも隠しているのだから見つけづらい。
 当たり前の話だが、それでもやらなければならなかった。
 そして当てのない探し物というのは、かなり地味な作業の繰り返しであると私は思う。
 誰かに聞いて回る。本を読む。噂に耳を傾ける。手がかりを見つけたら行ってみて確かめる……今回も手順は同じだ。
 だけど今は足が重い。出発前に起きたあの出来事が尾を引いているのだと気が付いて、私は自分が情けなくなった。

「なんだろうなぁ……。何であんなこと、聞きかけたんだろう?」

 資料にあった町の近くの街道に、私は太郎の作ってくれた転移の魔法でやって来たわけだが、そのうち晴れるだろうと思っていた気分は一向に晴れなかった。
 私はもやもやとして落ち着かない気持ちを抑え込もうとして、失敗した。
 正直に言えば、私はイラついていた。それはきっと太郎が楽しそうだったからだ。
 私、天宮あまみやマガリは地球の人間である。
 生まれた場所は日本。しかし、フランス人とのハーフである私の見た目は、日本人とは違う金髪に青い目。そのせいで、周囲に溶け込むには人一倍の努力が必要だった。だから、日本という国への愛着も人一倍だと思う。ある日突然異世界に召喚され、帰れないと聞かされてなお、帰る方法を探し続けているのは、あれだけ努力して得た居心地のいい場所をどうしても諦めきれないからだった。でもだからと言って他人にまで同じことを求めるのは違うと――そう思う。
 太郎がああなのはいつものことで、帰りたいのは私の都合でしかない。そういう意味では、太郎はすでにずいぶん私に合わせてくれているのである。
 私が行くところがないと言えば、自分の家に住んでもいいと言ってくれて、私が帰る方法を探したいと言えば、連絡手段、食料、そして行きたい場所にこうして行けるように準備を整えてくれる。
 召喚されてすぐ、呪いによってとある国の勇者として縛られていた私を解放してくれたのも彼だった。
 だから、彼が全く今の状況に不満がないらしいことに苛立いらだつのは……お門違いだ。
 私にとっては恩人。感謝しこそすれ、恨み言を言うなんてとんでもない。わかってはいても、結局彼の気楽な態度が気に入らない、ということなのだろう。

「そもそもあれだけ何でも出来る太郎に、不満なんてあるわけないよね」

 こうして独り言を呟きながら、イライラをごまかす言い訳を並べている自分をけんしてしまう。

「……集中しよう。しっかりしなきゃ」

 だが、進んでいれば目的地には到着する。私はようやく見えてきた魔法使いが住んでいたという町を眺めて、気合いを入れ直した。
 人の姿はかなり多く、建物も多い。噂を集めるのには都合がいい。特に酒場などはお酒の力も手伝って皆おしゃべりになるので情報が集まりやすい。強い力を持った魔法使いはたいてい有名だから、人が集まる場所で尋ねれば、噂話くらいは割と見つかるのだ。トラブルもないことはないが、対応する力は身に着けているつもりだった。


「だからって……トラブル歓迎ってわけじゃないんだけどなぁ」

 町を散策すること数分、私はたいして苦労することも無く目的の場所にたどり着いたのだが……まだ中に入れないでいた。
 というのも、真っ昼間から店の前で女の子が騒ぎを起こしているからだった。

「お願いです! もうちょっとだけ泊めて下さい! 実家には帰れないんです――!」
「そんなこと言ったって、お金がないんじゃ泊めらんないよ!」
「そんなぁ! 昔馴染なじみじゃないですかぁ! ひでーですよぉ!」
「だー! もういい加減にしてくれ! だから弁償べんしょうは勘弁してやってんだろうが!」

 宿屋も兼ねている酒場の店主らしき人物と言い争っていた女の子はビービー泣き始めた。シクシクとか、大人っぽい泣き方じゃあ断じてない。手足をバタバタと振り回すその姿は、駄々だだっ子のようだ。

「ちょっとお金だまし取られて! ついでにヤケ酒飲んで、テーブル壊しただけじゃないですかー! お酒のトラブルなんて酒場なら慣れっこでしょおおおお!」

 ……うん、迷惑なお客さんだ。
 店主は死ぬほど嫌そうな顔をしている。通行人は、女の子を避けるように遠回りして通り過ぎていた。
 目的地がこの店である私にしてみれば、この状況は非常に厄介やっかいだ。でも、脇をそのまますんなり通りすぎれば問題ないかも?
 それでお客さんが来たからと、店主がこの騒ぎを収めるきっかけになればなおいい。このまま騒ぎが収まるまでただ待っているのも馬鹿らしいし、彼女には悪いがここは一つ心を鬼にして、見て見ぬふりをすればいいだろう。
 出来る限りすまし顔をして店へ向かって歩を進める私に、道行く人がまるで勇者を見るような視線を送ってくるのが気になる。
 なるべく女の子を見ないようにして酒場の中に入ろうとしたが、私は途中で進めなくなった。
 やっぱり困っている人を見過ごせず、後ろ髪を引かれる思いに駆られたから、とかそんなカッコイイ理由じゃもちろんない。
 単純に、私の足が迷惑な女の子にガッツリ掴まれていただけだ。
 彼女に視線を落とすと、涙でうるんだ目でこちらを見つめている。

「……あの、放してくれませんか?」

 私の言葉などおかまいなしに、深い緑色の髪の女の子は、大きな眼鏡の下の目に涙をいっぱいに溜め、私の足にすがりついてきた。

「ずみばぜーん……その剣! あなた旅の人……なんでしょう? あの、お話聞いていただけませんか!」

 話は変わるが、太郎が言うには、私はトラブルを引き寄せる才能を持っているのだという。
 そんないつしたのかもはっきり覚えていないような他愛ない話を思い出し、私は冷や汗を流した。
 私も異世界生活は長くなってきたけど、さすがにこんな経験は初めてだ。

「は、はは。……今はちょっと」
「ちょっとでいいんでずー! おばなしだけでも! わたじ困ってるんでずー!」
「ちょっと! ……はぁ、わかったから」
「ホントですか!」

 言うが早いか女の子は私の足から手を離し、スクッと立ち上がって顔を寄せてくる。
 鼻水と涙でズルズルになった顔で迫られて、迫力負けしてしまった私は馬鹿である。
 眼鏡の女の子はいつの間にか涙も鼻水も綺麗にふき取って、それどころか満面の笑みまで見せている。私は言いようのない敗北感に打ちのめされた。
 トラブルを引き寄せる才能か……あながち間違ってないのかも。
 自分でそんなことを考えてしまって、実はちょっぴり落ち込んだ。


     ◇◆◇◆◇


「私! ミレーネっていいます! ガーランド魔法学校に通っている学生なんです!」
「はは。そうなんだ」

 町の外へ出て、休めそうな木陰を見つけたので私達は小休止している。
 元気に挨拶してきた彼女の名はミレーネ。大きな眼鏡がチャームポイントで魔法使い見習いの女の子……という紹介を受けた。だが大きなリュックを担ぎ、厚手のジャケットとズボンという格好は魔法使いというよりも探検家みたいだった。
 彼女は私が酒場でもらったサンドウィッチを食べ終えて、ようやく肌のつやを取り戻した。
 空腹で動けないという彼女のために私が食料を頼むと、ミレーネを店の前から連れていってくれるならと店主はタダにしてくれた。その上涙ながらに、握手を求められたのは彼女には内緒だ。ついでにこの辺りで有名な魔法使いがいるかと店主に尋ねたところ、そういう話なら丁度ミレーネが詳しいということだった。その意味がようやくわかった。なるほど、確かに魔法を専門に勉強しているならその手の話題にも詳しそうである。

「いやぁ正直限界だったんですよー! 二日前にテーブルを壊した時が最後の食事だったんです!」
「さっきの話、二日前だったの!」
「え? そうですよ? それから酒場をやってるおさななじ慈悲じひにすがりにすがって、どうにか寝床を確保してたんですよねー」
「そりゃ泣くなぁ……」
「え? 何か言いましたか?」

 首をかしげる女の子を前に、よくもまぁと感心してしまった。

「いや、特に何も。それで? 何で学生さんがそこまでして居座っていたのか、聞いてもいい?」

 顔が引きつるのを我慢して私が尋ねると、ミレーネは手についたパンくずを綺麗に舐めとりながら力強く頷いた。

「もちろんですとも! むしろよくぞ聞いてくださいました! それはもう、聞くも涙語るも涙の事情がありまして……」
「て、手短にお願い」
「あ、そうですか? 実は……コツコツためたお金を持ち逃げされてしまったんです」
「……そうなんだ」

 ミレーネは顔を両手でおおい、今度は今にも死にそうな声で呟いた。

「……事の発端はですね。私の魔力の伸びがいまいち悪かったことなんです。魔法学校はですね? やっぱりどうあっても魔力至上主義なところがありまして、魔力が低いと必然的に立場も下になってしまうのです。一番手っ取り早く認められるには属性魔法の威力測定を受ければいいんですけど、うっかりそこで戦力外と見なされれば落第、最悪退学なんてことになってしまうわけなんです」
「それはシビアだね」

 魔法学校なんて初めて聞いたけど、そんな場所があったとしてもおかしくはない。魔力なんて元々資質によるところが大きいだろうし……。
 大変だろうなと頷くとミレーネは私の手を取った。
感想 3

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