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5巻
5-3
「それでも十分たいしたことだわ! っていうかこれがたいしたことなかったら何もかもがしょぼいです! うらやましい! 私にも一本下さいよ! きっとこれだけで城が建ちますって!」
「……なんでもお金に換算するのはよくないと思うんだ」
「わかりやすく比較出来ればなんだっていいんです!」
それはそうだなと思ったけれど、だからと言ってフィールドオブソードは手放せない。
「これは全部借り物なんだ。それに、今の私にはどうしても必要な物だから」
「一本くらいいいじゃないですか。大丈夫です、バレませんよ?」
「そういう問題じゃないから。本当に必要な物なんだってば。十本でも足りない時がたまにあるんだけどな」
「……えぇ? どこに向かってるんですかあなた? あれですか? 伝説の勇者にでもなるつもりですか?」
「ははは。それだけはない」
私はそこだけはキッパリと答える。まったく心外なツッコミだった。
◇◆◇◆◇
「いいですか? 屋敷の見取り図を確認しますよ?」
「うん」
私は彼女の持っている見取り図に目を落とす。これは迅速に目的地にたどり着くためのおさらいである。二階建てに見える建物には、外観からはわからない地下室があるらしい。
「うおっほん。私、何か研究成果を残すとしたら、地下室だと思うんです」
ミレーネが指差したのは屋敷の下の方、地下に位置する部分にある小さな部屋である。
「地下室か……幽霊屋敷の地下室なんて、いかにも何かありそうだ」
「見取り図では工房っぽいですので、何か研究していたとしたらここだと思います。何があるのかはわかりませんけど……まぁ、あんな化け物を見た後ですから多少驚きは緩和されるでしょう。だから、突入の際は是非先陣を切ってくれると私が喜びます。置いて行かないでくださいね?」
「大丈夫だよ。あ、でも立ち止まるのだけはやめてよ?」
屋敷の中はたぶんさっき以上に死霊達がいる。その上、建物を壊すわけにもいかないからあまり無茶なことは出来ない。立ち止まられると、その分危険が増えるので前もって注意すると、なぜかミレーネは胸を張る。
「保証は出来かねますね! 私の心が折れずに済めば走り続けますとも!」
「命かけているんでしょ? なら、大丈夫」
「だといいですけど……。取り殺されたらどうしましょう?」
「そしたら見捨てて逃げるかな? ああ、私の時もそうしていいよ?」
「怖いこと言わないでください! 泣きますよ!」
「それくらいで済めば、喜ぶべきだね」
冗談としては悪趣味だが、注意を促すならこのくらいは言っておかないと。
ミレーネもわかってくれたらしく、しばらく何か言いたそうだったが、最終的には弱々しく頷いた。
私達は気を引き締めて、屋敷の扉に手を掛けた。念のため手に持った剣の結界で体を覆い、いきなりの不意打ちにも備えたが、効果があるかは実際に試してみるしかないだろう。
「ごめんくださーい……」
「失礼しますねー……」
お互いに似たような言葉を発して扉を開けると、蝶番の甲高い音が屋敷全体に響き渡る。
埃っぽいかと思っていたが、そんなことはなかった。ただ、冷たく乾いた空気が屋敷の中から流れてきただけだ。正面に大きな階段の見えるエントランスに足を踏み入れると、床の軋む音がした。
「やっぱ雰囲気ありますね。さすが伝説の幽霊屋敷ですよ。……さぁ早く先にいってください。私は後でいいですから」
私の背中を押すミレーネの力が徐々に強くなるのが気になる。私だって手探りなんだから、もっと慎重に行かせてほしかった。
「……言っておくけど、私だって全く怖くないわけじゃないんだからね?」
「嘘言わないでください。さっきの戦いぶりを見ていたら、きっとこの世に怖いものなんてないんだろうなって確信しましたよ、私」
「そんなことないから……きゃっ!」
言っている先からいきなり逆さの死霊が目の前にアップで現れて、私は悲鳴を上げかける。同時に体が動いたのは、日ごろの殺伐とした体験のなせる業である。
咄嗟に出てきた死霊の頭を思い切り殴りつけてしまったのだが、私の結界を纏った強烈なフックにこめかみを打ち抜かれた死霊は、反対の壁にめり込んだ。
「……」
私は突然の出来事に動悸が激しくなった胸を押さえ、深呼吸して落ち着かせる。一方ミレーネは納得しかねる顔で飛んで行った透けている死霊と私の顔を交互に見比べていた。
「あー驚いた。急に出てくるなんて心臓に悪い」
「……え? 今幽霊殴りましたよね?」
「ああ、いや。この剣の力はかなり特殊なんだ。この剣の力で体を覆えば、普通の魔法ならたいてい防げるから、うまくやれば幽霊にも効果あるんじゃないかなと思って。うまくいってよかったよ」
最初は攻撃を防げればくらいの気持ちだったけれど、この結界の剣の力で体を包み込めば、幽霊に触れることも出来るようだ。朗報だというのに、ミレーネがあまりうれしそうではないのが不本意なくらいである。
「……もう驚きませんよ。私の中であなたは未知の生物として分類されましたから」
「ひどいなぁ……そういう発言は、いつも私の担当なんだけど」
主に太郎相手に。だけど、ミレーネから見たら私も十分に非常識みたいだ。
「それはどうかと思いますね! あなた以上に非常識な人なんて存在しないんじゃないですか?」
「い、いや。そんなことも無いんだけど。……本当に難しいよね」
「全くです。わけがわかりませんよ」
所変われば私が常識はずれになるんだから、おかしなものだと思う。ミレーネに最近の私の人間関係をついつい説明したくなったが、さすがにやめておいた。
彼女に信じてもらえそうにないのも理由の一つだが、死霊を叩き落としたのを皮切りに、屋敷の中が一気に騒がしさを増したからである。
床から、壁から、ずいぶんと恐ろしげな顔をした半透明の存在が、湯気みたいに立ち昇ってくる。徐々に増えるその数を目の当たりにしてミレーネは顔を蒼白にしていたけれど、予定通りと言えば予定通りの光景だった。
「どうしたの? 顔が青いよ? ひょっとして人ごみとか苦手な人?」
緊張をほぐそうと私は出来るだけ余裕に見えるよう軽口をたたく。ミレーネは私の袖をヒシッと掴んで、顔をぶんぶん振っていた。
「あれはきっとそういうんじゃないです! 飛び込んではいけない群れだと思うのですが! 気のせいですかね!?」
「それは気のせいだ。だって、だいたいこんなもんだろうなっていう当初の想像通りじゃないか」
「ですけど! ですけどですよ! ちょっと幽霊さん達の数が多すぎて予想より怖すぎません!? いざ本物を前にしたら、しぼむ決意もあると思うんです!」
「しぼんじゃダメじゃないか。こんなところで戦意喪失したら、他のものまで無くしそうだけど」
「そうですけどね!」
やけくそ気味に叫ぶミレーネだったけど、私も十分やけくそだ。
死霊達はまだ動いていないが、思ったよりも数が多い。きっと私が一匹はたいたから様子を窺っているんだろうけど、いつまでもこの状態が続くとは思えない。
「さて、ここからが本番だ。やれる?」
ついてこられるかという確認を込めた視線をミレーネに投げかける。彼女は私の手を取って頷いた。
「わかりました……女は度胸です! 学生舐めないでくださいよ! これでも昔は属性魔法の成績は中の下だったんですよ?」
「……期待出来るのか微妙だ」
「こうご期待! ですとも!」
私だってあの半透明の死霊達に効果がある攻撃には限りがある。結界の剣を構えながらも、どう出てくるか、私は慎重に周囲に気を配っていた。
漂う死霊達は静かすぎるほど静かで、睨み合ったまま数秒が過ぎるが、やはり動かない。ここはこちらから動くべきだろう。
「それじゃあ、作戦通り突っ切るよ!」
私が叫んで、一歩足を踏み出すと露骨に死霊の群れが一歩引く。
さすがに私も全員同時に引かれては気になった。
「……?」
試しに、さらに一歩前に出ると、更に下がる。ここで私も事実に気づき、ミレーネは確信したようである。
「これは?」
「……怯えてるんじゃないですか?」
「なんに?」
「なんにって。そりゃあ……あなたにでしょう?」
何を当然のことをとミレーネが断言するが、それはちょっと待ってほしい。
「そんな馬鹿な! 相手は死霊だろ!?」
「そうですかー? 私はなーんとなく理由に心当たりがありますけど?」
「いや……たぶん様子を窺ってるだけだよ! 怖がっているなんてそんなことないと思う」
焦って無造作に二歩ほど踏み出すと、死霊達は完全に怖気づいて、潮が引くように道が出来た。
「……」
何も言えないでいる私の肩を、ミレーネが労わるように優しく叩く。
「えっとですね……さっきの『きゃっ!』って悲鳴、女の子らしかったですよ?」
「……恥ずかしいからやめてほしい」
戦わなければいけないという状況ではなくなったみたいだが、どうしても釈然としなかった。
◇◆◇◆◇
私に恐れをなして手を出してこないのは助かるが、それでも無数の視線にさらされながら進む状況は落ち着かない。幽霊の恨みがましい視線の雨の中、私の手を取ったままのミレーネは震え声になっている。
「大丈夫ですかね? 突然襲ってきたりは、しないですかね?」
「大丈夫なんじゃないの? 私は怖がられているらしいし」
「変なところでへそを曲げないでくださいよ! 怖がられてるのはあなただけで、私は相変わらず危険じゃないですか!」
「大丈夫だよ。こうやって手を繋いでいれば、あいつらは私達に手を出せないから」
「そうなんですか?」
不安そうなミレーネに、私は右手に持った結界の剣を掲げて見せた。
「この剣を持っていれば幽霊の攻撃も効かないみたいだ。たぶんだけど私に触れていたら君だって幽霊に触れられると思う」
この剣の結界はかなり私の思う通りに形状を変化させられる。今は私達を包み込むようにしているが、さっきは直接幽霊を殴りつけることにも成功している。そう説明すると、ミレーネは私の剣に釘づけになって目を輝かせていた。
「その剣、すごくいいですね。くださいよ」
「ダメ。だいたい今はそんなこと言ってる場合じゃないから。ほら後ろ」
ミレーネが振り向くと、死霊が通路を埋め尽くしていて、迂闊に結界を解くと呪われそうな壁が出来上がっていた。
「ヒィ! 何ですかあれ! 何かに湧いた虫じゃないんですから! 気持ち悪いんですけど!」
自分の体をさすっているミレーネの気持ちはよくわかる。私だってさすがにあれだけの幽霊が密集している様は気持ちが悪い。だが同時に違和感があった。
「いくらなんでもこの状況は異常すぎるよね?」
「まぁそうですね、なんだかみっちりいすぎな気はします」
「ひょっとしたらだけど、これも何かの魔法なのかも。ここに近づく人間に被害が出ているなら何か手を打った方がいいかもしれない」
普通こんな風に幽霊がはっきり見えて、集まるなどありえない。こういうわけがわからない状況の陰には魔法がある。あくまで経験による推測だが、あながち外れてはいないだろう。
「それが出来ないから放置されてるんですけど。……まぁ、あなたなら何でも出来そうな気はしますが」
「買いかぶりすぎだよ」
「別に買いかぶってはいません、呆れているんです」
「そっかー……ひどいよねそれ?」
幽霊達が集まっていることに何か原因があるとは限らないけれど、もしあったとしたら片づけると帰りが楽になるだろうし、被害者も減る。私もこればかりは祈るしかなかった。
ミレーネの持っていた見取り図は間違ってはいなかったようで、見つけた階段を下り私達はついに目的地にたどり着く。
階段を下りた先には鉄製の大きな扉があり、幾重にも巻かれた鎖と南京錠で固く閉ざされていた。
「……いかにも何かありそうだ」
「ですねぇ。どうしますか? 私、まともに使えるの水魔法だけなんですけど?」
「そうなの? 魔法使いなのに?」
私は思わず言ってしまって後悔したが、遅かった。ミレーネは少し涙目だ。
「……言わないでください。そりゃあ他の魔法だって使えますけど。持っている魔法が基本的過ぎて、一発まともな威力を出すと、空っぽになるんです。そんなもんでしょ?」
「……そうだね」
そう言えばそうだった。太郎達に慣れ過ぎてついつい忘れがちになってしまうが、あっちが普通じゃないんだった。
「なんですかその間は?」
「別に……ただ、常識はちゃんと理解しておかないとだめだなって思っただけ」
「それはそうですね。応援します。それよりこの扉ですよ。どうします? 鍵はないですし、無理矢理開けるにしても時間かかりそうですけど?」
厳重に閉ざされた扉を指差すミレーネが言うこともわかるが、どこにあるかもわからない鍵を探してあの死霊を引き連れて動き回るのはあまりいい案とは思えない。
「うーん。確かにこいつを開けるのは大変そうだから……無理矢理行こうか?」
扉と鎖は鉄製ではあるものの、特別な魔法が掛けられている様子もない。これなら、鍵を使うまでもないだろう。私は自身の肉体強化を使い、更にペンダントから剛力の剣を呼び出すと、そのまま狙いを定めて足を振り上げ扉を蹴り飛ばした。鉄の扉は鍵ごと軽く吹き飛び、あっさり侵入に成功したのだが、問題があるとすれば綺麗に開いた扉を前に、ミレーネが口を開けたまま絶句していることくらいだろう。私が剛力の剣をしまって、素知らぬ顔をすると、ミレーネは半眼で私に言う。
「……あなたは本当に常識を学び直した方がよくないですか?」
「こればっかりはそうかもしれないけど。……考えてみたら普通って結構難しいね。でもおかげで目的地に到着できたんだから良しとしない?」
「そうですね! そうでした! 思っていたよりも何もしないで着けたんだから、感謝しておりますよ!」
さて何が出てくるか。地下室に殴り込んだ私達は、そこでずいぶんと存在感のある半透明の背中に行き合った。
◇◆◇◆◇
あれだけ派手に殴り込んだのに、部屋の住人は大した反応を示さなかった。
というより、私達に背を向けたまま、振り返りすらしない。
ウエーブの掛かった長くて茶色い髪に線の細い体つき……恐らくは女性だろうと察しがつく。
幽霊の女は裾の長い白衣を着ていて、魔法使いというよりも科学者という出で立ちだった。
「また幽霊ですね……」
「ああ、でも今までの幽霊と存在感が違う……」
彼女はここまでに出会った死霊達とは雰囲気が違っていた。
確かに、そこにいるという実感とでもいうのか、透けているものの、生身の人間に近いものを私は感じた。
『……ああダメだ。ちっくしょー。今回も安定しなかった。またやり直しかぁ』
そんなことよりも私が気になっているのは、彼女のしている作業の方だ。
机の上に並べられた、まるで理科室のような器具の数々。奇怪な色の薬品が温められたり冷やされたりしている。
どうやら薬の調合をしているらしいと、私はそれを見て悟った。
「……すごく見覚えがある光景だ」
私はコメカミを押さえて呟く。
「えぇぇ。何でこの異様な状況に見覚えがあるんですか?」
「いや、つい最近、髪の毛を自在に動かせる人が似たようなことをしていたなって」
「え? そんな人類聞いたことないんですけど?」
「だよね」
やっぱり毛が動くのを個性にするのは少しばかり無理があるんじゃないかと、今度会った時に教えてあげることにしよう。
さっきの台詞からして実験は失敗に終わったのだろう。幽霊の女は頭をかきつつ不機嫌そうに眉をひそめてやっとこちらを振り返る。
彼女は綺麗な人だが、あまり健康そうには見えない。目の下のクマか、それとも気だるそうな表情か、あるいはそのどちらもがそういう印象を与えているのだろう。
『おいおい、さっきからどたばたうるさいのは君達か? 今、私は精密さを要求される実験の真っ最中なのに、あんまり騒ぐから、ほら……失敗してしまったじゃないか』
幽霊の女はそう言って、焦げ茶色になって煙を出している丸底フラスコをふわりと浮かせてゴミ箱に放り込む。ポルターガイストというやつだろうか?
これだけはっきり話しかけられると、それはもう人間と話しているのと大差ない。
「えっと、すいませんでした」
不機嫌そうなので謝ってみたのだけれど、ミレーネに驚かれてしまった。
「適応するのが早くないですか? こんなよくわからない幽霊相手に」
「最初からよく知っている人の方が少ないよ」
『おい君、失礼だな。人の家にズカズカと入り込んでおいて』
「ヒィ! 私はまだ適応出来ていませんので! 祟らないでください!」
私を前に押し出し、後ろで怯えるミレーネだったが、幽霊の女は肩をすくめてふわりと浮かび上がる。やはり幽霊なのかと私は妙なところで感心していた。
『まぁいいか。外にいる奴らのおかげで、ここを訪ねてくる人間がいなくなってずいぶん経った。よくもまぁこの怨念渦巻く屋敷の中に入ってきたな。君ら、馬鹿だろう?』
「幽霊に馬鹿にされてしまいましたね」
「それは仕方がない。誰でもそう思うだろうし」
「今更それを言いますか?」
「承知で来たんじゃないの?」
てっきりそうだと思っていたんだけど、ミレーネの「天才的な閃きだと思ったのに……」という呟きを聞いてしまった。
幽霊の女は私達を眺め、おもしろそうに腕を組んだのち、切り出した。
『それで? 君達も私の研究を狙ってここに来たってことでいいのかな? なら、追い出すのに良心の呵責を感じずにすんで助かる』
「え? 違いますよ? ええ、ここにはただ幽霊見たさに忍び込んだだけで」
ミレーネの素早い返答に、私もさすがにぎょっとした。
『それはそれで、人の家に勝手に入って来たんだ。殺されても文句はないよね?』
「何言ってるんですか? さっきのはナシです。私達は旅人で、今晩の宿を探してここにやって来たんですよ? 入り口でも声かけましたし? 聞こえなかったんですか?」
『へぇ、そうなんだ。それにしても人の部屋に入るのに鉄製の扉をぶち破るのはやりすぎだろう?』
「全部悪いのはこいつです! 私はやめようって言ったんです!」
「……君はひどい奴だなぁ」
黙って聞いていたけどずいぶん自然に裏切られたものだった。ただし幽霊の女はそんなミレーネのふてぶてしさが気に入ったようで、肩を震わせて笑っていた。
『そうかそうか、大変だったね。君、面白いなぁ。でも私は正直に言えば、そっちの彼女の方が気になるんだよ……』
「え?」
「……」
蚊帳の外だったというのに。いきなり話題がこっちに来た。つい今まで愉快そうだったというのに、私に向けられた幽霊の女の視線は焦点が合っていない。
私は嫌な予感がした。
『正確に言うと、君の持ってるその剣。なんだそれは? ……強い魔力を放っていて、ここに立っているだけでピリピリする』
言葉にも抑揚がなくなっている。
異変に気が付いた時には遅かった。
ドンと音がして振り返ると、吹き飛ばしたはずの扉が元に戻っていた。どうやら、逃げ道を塞がれたらしい。
「そうですかね……」
私は結界の剣を構えるが、剣を前に出した途端、幽霊の女は目を大きく見開いて嗤った。人間味のあった今までの笑みとは違う嗤い。対峙して感じる印象は禍々しく、髪がざわざわと生き物のようにうごめいて広がっていく。
穏便に済みそうだと思ったのに、一波乱ありそうだ。
『いいね……いいよ君。さぁ、せっかくここまで来たんだ。私の知らないその魔法、置いて行ってくれないかな?』
「!」
「なんだか雲行きが怪しくなってきましたよ!」
死んでもなお魔法を求め続けるなんて、魔法使いってやつはこんなのばっかりなんだろうか? カワズさんといい探究心が度を越し過ぎである。
豹変した幽霊の女はまさしく死霊や魍魎といった風で、とてもさっきまで正気を保っていたとは思えない。逃げ道も失われ、戦闘に備えて私が相手を睨みつけていると、ミレーネが相変わらず空気を読まないことを叫んだ。
「ああそうだ! やっつけるのは大賛成ですけど、研究資料は傷つけないでくださいね!」
「わかってるよ! 私もそれは困る!」
『さてさてさて……見せなさい、見せようか? 私は君の魔法が欲しくて欲しくてたまらないんだ!』
手加減して勝てる相手であってくれればいいんだけど、目の前の悪霊は見るからに厄介そうで、狂気じみた好奇心しか感じられない。
幽霊の女は霞のように輪郭がぼやけていき、姿を消した。
どこから来るのかわからなくなったが、こちらの攻撃は当てさえすれば相手に通る。結界の剣の加護があれば幽霊相手でも大丈夫なのは、これまでの戦闘でわかっている。戦えないことはない、その確信だけが頼りだった。
「大丈夫ですか?」
「たぶん」
私は全神経を、部屋に集中する。
幽霊の攻撃で警戒すべきは、気配の希薄さを生かした不意打ちだろう。動いても風も音もないから、どこから来るのかわからない。
ポルターガイストのような方法で幽霊の状態のまま物理攻撃をしてくることも可能だろうが、これはあまり得意でないと私は見ている。そうでなければ屋敷の外にいた奴らも、最初の襲撃でわざわざ植物を操る必要はなかったし、数の力で攻撃することも出来たはずだ。
幽霊という存在の攻撃手段で危ないのは、体の中に入り込んで直接ダメージを与えて取り殺すこと、そしてもう一つは取りつくことで対象を操ることだろう。
では今、取られて一番厄介な手は何だろうか? そう考えると警戒すべきものは見えてきた。
「とりあえずこっちが攻撃出来ない何かに取りつかれるのは困るかな!」
何かあると一番厄介なのは、後ろにいるミレーネだ。
振り向きざまに加速の剣を捨て彼女の手を取り、引っ張ると、バチリと何かが弾かれた。
「何事ですか!」
突然の出来事にミレーネが叫ぶ。
『なるほど! なかなかやるじゃないか! ますます興味深い!』
私の咄嗟の判断で自身の攻撃を防がれた幽霊の女は、ひらりと空中で一回転し、手を叩いて喜んでいた。
やはり狙われていたか。危ない。
幽霊の女はまた姿を消して気配を断つ。
何かに取りついて攻撃をしてくれれば、姿が見える分、一撃を当てること自体は難しくない。
ミレーネへの憑依を防げた今、他の物ならこの剣で切り裂けば終わりだ。
「悪いけど、決めさせてもらう!」
『さぁ? それはどうだろう!』
だが予想もしなかったところから声が聞こえてきて、床から火柱が立ち上った。結界がなかったら焼け死んでいただろう。
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