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9巻

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   プロローグ


 事の発端ほったんと言えるようなことがあったとすれば、これがそうだったのだろう。
 俺達にとっては普段と変わらない会話だったが、聞く人が聞けば、とんでもない内容が含まれていたのかもしれない。
 さて、くだんの会話は、次のような経緯でなされたのであった。


 その日、我が家を訪れたのは、スケさんである。
 竜の谷にむ偉大な竜の末裔まつえいは、人の姿を取って俺達の前に現れた。
 俺、紅野太郎こうのたろうは、彼を迎えるため、いつも通りの黒シャツ、黒ジーンズに黒マント姿ではあるものの、なるべく失礼じゃない程度には身だしなみを整えていた。
 ミョンミョン跳ねるアホ毛の動きも、心なしかきっちりとしていたことだろう。
 しかし、訪れた友人の格好は、そんな俺よりもはるかに気合いの入ったものだった。
 俺は、唖然あぜんとしながら言う。

「あー。いや素質はあると思ってたよ、素質は……」
「素質ってなんのことですか? タロー殿?」

 ハートマークの付いた鉢巻はちまきに、ピンクのハッピが目に痛い。背中のリュックに差した団扇うちわもなかなかの味を出していた。
 いやまぁ、大したことではない。それらもろもろの衣装や小物を私服感覚で身に着ける彼の姿が、ある意味、彼本来の姿である竜の姿以上のインパクトがあったというだけで。
 だがしかし――。
 それでも友人として言っておくべきかもしれない。そう考えて俺はあえて注意した。

「アイドルにはまるのも、ほどほどにした方がいいと思うんだ……。なんというか、私服でそいつを着こなすのは、いくらなんでもレベルが高すぎるというか」

 できる限り当たりさわりのない言葉を選んだが、スケさんは忠告に耳を貸せる段階はとうに通りすぎているみたいだった。

「はまるとかそんな軟弱な表現はやめていただきたい! 彼女は我が心の伴侶はんりょなのです! と言っても、もちろん手を出すつもりはありませんがね。ファンクラブ会規に抵触ていしょくしますので!」
「……」

 快活かいかつに笑って語るスケさんを見て、俺の背中にうっすらと冷汗ひやあせがにじんだ。
 間違った形で文化が伝わってしまったのではないだろうか?
 ちなみに、スケさんの言う「ファンクラブ」とは、俺がプロデュースしたある少女をあがめる団体である。あくまで趣味を他人と共有するための組織で、それ以上のものではないと信じたいが。
 せめて、衣装についての違和感だけでも伝えておこう。

「いや、でも節度は守ろう。新しいものは、時としておかしく見えることもあるんだ」
「む、そういうものですか? ようやくかっこよく思えてきたのですが」
「マジでか! ……んー。いやでも、お祭りのときとかだけにしておいた方がいいよね、やっぱり。普段着にしたらありがたみがなくなるし」
「それもそうですな。今後は気をつけますよ」

 俺の意見に耳を傾けるくらいの冷静さは、残してくれていたようだ。
 大丈夫さ。みんな暴走したりはしないはずさ、うん。
 気を取り直して、俺はスケさんをリビングに案内した。リビングには、すでにお茶菓子も用意してあり、準備万端である。

「文化の正しい理解の仕方については今後の課題としておくとして。それでスケさん、どうしたの? 相談したいことがあるって話だけど」

 さっそく用件を尋ねると、スケさんは背中のリュックを下ろして、急に真面目な表情でうなずいた。

「そうなんですよ。実は、タロー殿から普及させるようにお願いされているパソコン関係で少しばかり気になることがありまして、タロー殿にお知らせしておこうかと。少々特殊な話になりそうなんですが、いいですかね?」

 スケさんが真面目な相談だなんて珍しい。しかし、特殊な話なら俺だけでは心許こころもとなさそうだ。

「ふーん。じゃあカワズさんもいた方がいいかな?」
「はい。できればお願いします。ご在宅で?」

 スケさんも俺と同じように思ったのか、カワズさんの参加を承諾してくれた。

「あー。たぶんいるね。すぐ連れてくるから。何か準備があるなら先にしといてくれる?」
「はい。それではお願いします」

 俺はカワズさんを呼びに行った。
 俺に引っ張り出されたカワズさんは、着ているローブをだらしなく引きずって眠そうにしていた。徹夜で実験でもしていたのか、蛙特有の横に長い瞳孔どうこうをより細めて不機嫌そうだ。

「何じゃいったい? パソコンはお前さんの管轄かんかつじゃろ? 相変わらず、欲望のおもむくままに非常識を振りまいておるんじゃろう?」
「言うこと全部失敬だな。言っておくけど、常識は常に意識してるし。ただ、ぎりぎりを見極めようとしすぎて、たまーにやりすぎるだけで」
「ダメじゃろそれ」
「いやいや、そこを恐れてどうするよ? ダメなどころか、俺の永遠のテーマなわけじゃないか?」

 俺の意見を聞いて、カワズさんは渋い表情を作った。

「お前は単純に魔法を極めりゃよかろうに」
「おいおい、何燃えるセリフを言ってくれちゃってんのさ。もちろんそっちもやっているとも。むしろ自主的に趣味にも魔法を使って、日々の鍛錬を怠らない俺って勤勉じゃないか?」
「……あながち間違ってもおらんのが厄介なんじゃよな」

 こんなやり合いをしている間に、カワズさんもようやく調子を取り戻してきたようだ。
 俺とカワズさんがリビングに到着すると、スケさんは世界地図を壁に貼り出したところだった。
 その姿は、ファンクラブファッションからいつものよろい姿に戻っていて、スケさんとしても真面目な話をする準備万端みたいである。

「おお、いらっしゃいましたか。お待ちしておりました」
「それでどうしたんじゃね?」
「とりあえず、調査結果を書き込んだこちらの地図を見ていただきたい。詳しいお話はそれからということで」
「ふむ」

 スケさんが貼り出した世界地図にはびっしりと書き込みがあった。たくさんの赤い線が地図全体に引かれているのが印象的である。
 適当に椅子を引っ張り出してきて座った俺が「あー。中間報告ですな」と指摘すると、スケさんは咳払いしてこちらに向き直った。

「まぁ、そうですね。えーおっほん。これは現在のパソコンの配布状況です。おかげさまで順調にユーザー数も伸び、ラインの調査も進んでいます」

 俺が頭を下げる。

「スケさんのご協力には本当に助かってます」

 ここで軽く説明させてもらうと、「ライン」とは世界中を流れる魔力の道と言うべきものである。
 俺は、そのラインを利用することで、複雑な魔法の集合体であるパソコンを使用者の魔力なしで動作させることに成功したのだ。
 スケさんには、このラインの位置を調査してもらいながら、パソコンを配ることに協力してもらっている。
 地図に描かれている赤い線は、調査で明らかになったラインの位置、黒い点はパソコンを配った箇所である。黒い点がかなり書き込まれているので、順調にパソコンユーザー数が増えていることがうかがえた。
 俺は、几帳面に調査結果が書き込まれた地図を感慨深く眺めてつぶやく。

「ふーむ。こうやって見ると、だいぶ増えてきたもんだなぁ。俺ってこんなにパソコン作ったのかー。我ながらよくやったもんだよな」

 スケさんも自らの成果に誇らしそうにする。

「確かにお互いかなり無茶をしたものですよ」
「勢いって怖いよね。スケさんもよくもまぁ、あんな怪しい箱を配りまくったもんだよ」

 実際、パソコンがここまで早く広まったのには、スケさん達竜族の活躍が大きかった。ところがスケさんは、笑えないことを言う。

「ほとんどゴリ押しってところは否定できませんがね!」
「はははは……。お手柔らかに頼むよ?」
「もちろんですとも。ゴリ押ししたとはいえ、ちゃんと使ってもらっているようですから、この方針は大筋で成功だと確信しています」

 スケさんはやはり自慢気であった。
 そもそも最強種族である竜から押し付けられた物など捨てられるわけがない。そういう意味でも、ここまで普及したのはスケさん達のおかげということだろう。
 そう考えて複雑な心境でいると、スケさんが話を仕切り直した。

「まぁ、パソコンを普及させた成果の話はこの辺りにしておきましょう。今回、気になったというのはそこではないのです。実はこのラインをチェックしていくうちに、どうにも面白いことを発見しまして」
「面白いこと?」
「はい。と言っても、その情報が役立つかどうかはわからないんですが」

 どうやらその面白い発見というのが、先に言っていた「特殊な話」につながってくるようだ。スケさんの若干もったいぶった話し方にカワズさんは好奇心を刺激されたらしい。

「なんじゃね? 面白いこととは? ラインに関してはわしらもまだわからんことが多いからのぅ」

 カワズさんがそう言うと、スケさんが自慢気に告げる。

「それはそうでしょう。空を制する我らだからこそ、気づいたことだと思いますので」

 俺も興味津々しんしんで身を乗り出す。

「そうなの?」
「はい。よく見てみてください。こうやって目に見える形にすれば、パッと見ただけでわかるでしょう。地図に注目です。何か気がつくことはありませんか?」
「……えっと、そうだね」

 言われてみれば確かに変だ。赤い線が引かれている箇所に、妙なかたよりを感じた。めちゃくちゃに引かれているようで、一定の規則性があったからだ。

「……線が一か所に集まってる?」

 俺は赤い線を指しながら言った。赤い線は蜘蛛くもの巣のように放射状に引かれ、ある一点に集まっていたのだ。
 俺の指摘はスケさんの求めていたものだったらしく、彼は頷いて告げる。

「その通りです。こうやって見るとですね、ラインというのは、ある中心から流れ出している、もしくは収束しているように思えるのですよ」

 スケさんが赤い線をなぞっていくと、地図の中心辺りにたどり着いた。
 だが、その指が示す先には――。

「でも、中心部分にはラインがないじゃん」

 俺が指摘すると、まさにそれが話のきもだったらしく、スケさんが興奮して言う。

「そう! そうなんですよ! 実は実際にそこへ出向いてみたんです。で、タロー殿からもらったラインの探知機を使ってみましたが、何の反応もありませんでした。周辺には魔力の流れが集まっているのに、この一帯だけぽっかりと何もないんです。切り取られたみたいにですよ?」

 スケさんは鼻息を荒くして、ボフッと鼻の穴から炎を吐いた。

「へー。いかにも何かありそうなのにね」
「確かに面白い」

 俺とカワズさんが感心して声を漏らす。さらにカワズさんはテンションを上げて、この話に本格的に加わってきた。

「わしも昔、自分の国でラインについては調べたことがあってのう。おそらくラインは中心から流れ出しているのではなく、中心に向かって流れ込んでおるはずじゃよ」
「ほう! わかりますかカワズ殿!」

 思わぬ情報を聞き、スケさんの顔が輝く。

「ムオッフォッフォ。まぁのぅ。これくらいは当然じゃよ」

 俺はその笑い方から、カワズさんがものすごく得意になっているのを感じ取った。
 こういうときに発揮されるカワズさんの五百年の知見は伊達だてではないと思う。なんだかんだ言って、カワズさんに尋ねると大抵のことに答えが返ってくるし、答え自体を持っていなくても、そのきっかけになるヒントくらいは持っているのである。
 スケさんは場が温まってきたところを見計らって自前の差し棒を取り出す。そして、その棒で地図の中心を指した。

「この大陸の中心ですが、『空白の荒野』と呼ばれていまして、昔から何もない荒れ地だったらしいんです。これは父上に確認しました。しかしそれ以上の情報がない。この地について心当たりがある奴を仲間内で探したのですが、誰もいませんでね。ここは一つ、魔法に精通しているお二方に聞いてみるのもいいのではないかと思った次第なんですが……」

 カワズさんと俺は互いに顔を見合わせ、そして首を横に振った。

「なるほど。わからんな」
「まぁわかんないね。まるっきり」

 スケさんもすんなり答えが出るとは思っていなかったみたいで、「そうですか」とあっさりした反応だった。
 しかしここで諦めないのが、魔法使いってものだろう。
 カワズさんは、スケさんの地図に再び向き直ると、何かぶつぶつ呟いた。

「ふぅむ……。わしもその辺りに特別な何かがあったという記憶はない。だが、大地のラインをすべて集束したスポットなんぞがもしあれば、魔石の一大産地になっていてもおかしくないはずなんじゃが」
「でも、そこだけぽっかり何もないんだもんなぁ」

 俺は、地図上の何もない荒野の辺りをぼんやり眺めた。
 現状では情報が少なすぎて、「面白い」以上の感想は出てこない。
 それはスケさんも同じだったのだろう。だからこそスケさんは、俺達のところに来たのだ。スケさんが困ったような表情を浮かべて俺に話し掛ける。

「そんなものだと言ってしまえばそうなのですがね。タロー殿はどうですか? 我々この世界の者には思いつかないような意見をどうぞ」
「また難しいフリをするなぁ……」

 俺は口をとがらせる。でもまぁ、そう気負って返す質問でもないようだ。

「まぁまぁ、面白いではないですか。こういう話も」
「そうじゃぞ? 何か言うてみろ。思わぬ議論のきっかけになるかもしれん」

 スケさんとカワズさんはすごく期待しているようでもあり、まったく期待していなさそうでもあった。どうせ俺が妙なことを口走って笑いのネタになればいいくらいの腹積もりなのだろう。

「……そんなこと言われてもなぁ」

 そう言いながらも、俺はここは是が非でもいいことを発言したいと思った。
 俺もカワズさんにならって真剣に地図を見始める。すると、すぐにひらめくものがあった。なんとなく思いついたそれを口に出す。

「世界の魔力の集まる場所か……。なら、でっかい魔石でも出来てるんじゃないの? この荒野と同じ大きさくらいのやつがさ」

 カワズさんとスケさんはニヤニヤしながら俺の顔を見た。

「ほほう。なるほどのぅ。巨大な魔石か。そんな魔石があるなら一度お目にかかってみたいもんじゃ」
「そうですね。しかし、空白の荒野のサイズなんて、いくらなんでもでかすぎでしょう……」
「いやいや、あるかもしれないよ? でっかい魔石。そもそも魔石は天然の魔力が固まって出来るもんなんだろ? なら、俺の作ったセンサーでは反応しないかもしれない。アレはあくまで魔力の流れを探るもんだからさ」

 俺がスケさん達に渡したセンサーはそうなっていたはず。魔力が結晶化した魔石には反応しないということもあるだろう。

「魔石も何も、そこは荒野で、何もないって話なんじゃけどな」

 カワズさんはプッと吹き出した。
 ちょっとくやしくなった俺は、思いつきの話をさらに広げてみた。

「いやいや。例えば、相当地下深くに埋まっているとかかもしれないし」
「それはありえませんよ、タロー殿。そんな馬鹿でかい魔石があれば誰かが気づいてますって」

 若干苦しい広げ方であったためか、スケさんにまで鼻で笑われてしまった。
 さらにカワズさんが否定してくる。

「そうじゃぞ? スケさんの言う通りじゃて。そんなものがあれば、何らかの影響があってもおかしくはない」

 しかし完全に笑い者にされているというわけではないようで、カワズさんはその巨大な魔石についてロマンを感じたようだった。

「だが夢のある話ではあるな。もしそんなもんがあったらすごいのぅ! 世界中の魔力を集めたら、いったい何ができるんじゃろう? それこそ、神にでもなれるんじゃないか?」

 ただ俺の方は、カワズさんの大げさな言葉でちょっとだけ冷静になる。

「うーむ……やっぱ現実的じゃなかったかな?」

 二人が言うように、でっかい魔石が埋まっていれば、魔法使いなら気づきそうなものだし。
 手のひらサイズの魔石でも数百の魔力を貯蔵できるというのに、そんなでたらめなサイズの魔石があるとしたら、どれだけの魔力をめられるというのだろうか。

「いや! じゃあ誰かが大昔に持っていった説なんてのはどうだろう?」

 さらに一歩進めた説を展開してみたが、この第二案もカワズさんには響かなかったらしい。

「どうなんじゃろう? そんな話は五百年間一度だって聞いたことないぞ? それに、持ち去られたのだとしても、ラインはそこに集約しているのだから、新しい魔石が出来てもよさそうなもんじゃ。そもそも世界中から集まる膨大な魔力はいったいどこに行ったのかという問題も出てくる」
「消えた魔力の行き先か……」

 俺がそう呟くと、スケさんが口を挟んでくる。

「あ、ちょっと待ってください。今書き留めますので」

 どうやらスケさんは出てきたキーワードをマップの端っこにメモしているらしい。
 せっかく記録してくれるのだから、もう少しだけ妄想を語るのもいいだろう。
 俺は頭をひねってさらに一つ新しい説を出した。

「なら新説! 魔石は空にあったんだ! かつて巨大文明に活用された魔石は今も地上の魔力が流れ込み、その魔力を使って空を彷徨さまよっているのさ!」

 ちょっとロマンのある回答だと思ったのだが、カワズさんは呆れ顔だった。

「空に物体を浮かべること自体はそう難しくはないわい。魔力もそんなに必要とせんぞ?」
「マジか!」

 スケさんもまたそんなに驚いてはいなかった。

「そうですね。タロー殿だって竜の谷で見たでしょう? 浮遊する鉱石はありますしね」
「そ、そうか。そうだったね」

 二人に指摘されて気づいた。こっちの世界では、巨大な物体を浮かばせるのはできないこともないのだった。
 さらにカワズさんは困惑したような表情を見せて言う。

「そもそも何もないというのが変なんじゃよ。仮に巨大な魔石があるとしても、世界で無限に生成される魔力を無尽蔵に溜め続けるなんてできるわけがない。集まった魔力を誰かが常時使い続けているのかのぅ? もし使い切っているとすれば……それはどんな大魔法だという話だ」

 カワズさんの言葉は、後半には冗談交じりになっていた。
 俺ももう何も考えられない。

「だよなぁ。じゃあやっぱり、ラインは集まっているけど何も存在しないって、そのまま受け入れるしかないのかもしれないよな……」

 ただスケさんが書き出していくキーワードを目で追っているうちに、妙な何かが俺の頭に引っかかった。


 山よりでかい魔石
 世界中の魔力を常時使い続けている大魔法


「……」

 気づくと、俺は黙り込んでいた。
 誰にも見つかりそうにない場所で、俺すら凌駕りょうがする馬鹿な所業しょぎょう。そんなものを俺は目撃したことはないだろうか?
 カワズさんとスケさんも俺のおかしな様子に気づいたらしい。二人は怪訝けげんそうな顔で俺を見つめる。

「どうしたのですか? 突然黙り込んで」

 ちょうどスケさんに尋ねられたとき、俺はこのもやもやの原因をようやく探り当てたところだった。

「いや、そう言えば、どこかの木の上で山以上にでっかくて非常識なものを見かけたことがあったなーってさ」
「何じゃ? そんなことあった……かの?」

 俺の台詞でカワズさんの顔色が急変した。どうやらカワズさんも思い出したらしい。
 俺の顔ももちろん、カワズさんに負けず劣らずおかしなことになっていた。
 俺とカワズさんの脳裏をよぎったモノは同じだったろう。
 明らかにやばそうだったものだから、見るだけにして俺達はスルーしてしまったわけだが、それを目撃したことは間違いない。
 遥か高く雲の上。馬鹿でかい星のような物体を、俺達はこの目で見た。
 それを見た場所は、人間のテリトリーから人外じんがいのテリトリーへと入る境目。それは大陸のちょうど半分くらいの位置にあった。
 あまりに大きすぎ、さらにその物体を覆う結界が干渉して全体像すら把握できなかった。もしかしたら俺達が見たのは、その結界の端っこだったのかもしれない。
 だとすれば、あの星の真下は、ちょうど例の荒野の辺りか。

「アレの中にもし超ド級の魔石が入っていたら、ひょっとするとすごいことになるかなと……、なんか複雑な結界が張ってあったみたいだったし」

 念のため言っておくが、俺の言っていることはすべて推測である。
 その辺りをわきまえているのか、カワズさんも過度に真剣にならずに、脂汗あぶらあせを流しながらもにこやかに笑い飛ばしていた。

「い、いや。しかしじゃね、それはさすがに……」
「何の話をしているんですか?」

 俺達がこそこそ話していることに、スケさんは不満そうだ。
 隠すこともできたが、今さら隠すようなことでもないだろう。そう思って俺は明るく切り出した。

「ああ、ゴメンゴメン。実は昔、少し魔法をしくじって雲まで届く木を生やしちゃったことがあってね。で、いろいろあって雲の上に塔を建てたりして遊んだんだけど」
「何やってるんですか。貴方達は」
「いやー、そう言われちゃうと恥ずかしいんだけどね。その塔の先端がさ、なんかでっかい結界に干渉して空に……。なんて言えばいいのか、つまりね、もう一つの地面みたいなものにぶつかったことがあったんだよ。あそこならデカい魔石も隠せるし、それを使える神様がいてもおかしくはないかなってさ」
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