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9巻
9-2
言葉にしてみると、スケールが大きすぎて逆に陳腐にさえ感じる。
スケさんもまた、俺の話を聞いて困惑していた。
「本当ですかそれ?」
スケさんは信じていなさそうだが、俺だって実際見なければ信じられなかった。
だがしかしである。こんなときに、しみじみと思い出されるのは、こっちに来てから出会ったいろいろな知り合い達の顔だった。
「いや俺だってそんな馬鹿なとは思うよ? でもこっちに来て俺もいろんな奴に会ったもんだ。獣人に妖精、エルフにドラゴン。悪魔なんて奴もいたし……この間なんて天使が空から落ちて来たんだぞ? そうだよ……天使。エルエルも空から落ちてきたんだったよ、そう言えば」
「……そうじゃのぅ」
カワズさんがいよいよ顔をそむけて頷く。
だから俺は、特にふざけるでもなく、極めて平然と思い出したことをポロリとこぼしたのだ。
「……なら、神様くらいいるんじゃないか? 普通に」
まだもろもろの延長線上で、納得できる範疇だと思っていたが、俺の認識はおかしかったのかもしれない。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせ、信じていないというよりも、信じたくないという反応を見せた。
「まさか……いくらなんでもそんなことはないんじゃないかの?」
「要するに、タロー殿みたいな存在が他にもいると?」
そんな二人に俺は、さらに仮説を展開する。
「いや、デカい魔石のおかげでほとんど無尽蔵に魔力を使えるとすれば、確実に俺よりやばそうな奴だね。あれ? そういえばこっちの世界の人間って神様を信仰してなかったっけ? いないって言っちゃっていいの?」
そこのところが少し気になったが、カワズさんもスケさんも特別信心深いというわけでもなさそうだ。
「いや、ああいうのは、見えないものであって、実在してはいけないような……のぅ?」
「厳密に言えば、神のような強大な力を持つ存在に抵抗はないんです。竜を信仰し、神と呼ぶ者達もいますしね。でも……タロー殿よりもやばそうな存在などいてたまるかって感じですし」
「そういうこと言う? まぁ、そりゃあ、神を実際に見る機会なんてないだろうとは思うけど」
仮にいたとしても、おいそれと触れていい話題ではないというのは、なんとなく理解できた。だから、こんな推測は野暮以外の何物でもないのかもしれない。
「……まぁそりゃそうか。触らぬ神に祟りなしって言うもんね。これはここだけの話ってことにしておこうか?」
俺は、これ以上この話題に首を突っ込むのをやめておいた。
カワズさんもスケさんも、賛成らしく急に脱力している。
「そうじゃな。わざわざ確かめんでもいいこともあるじゃろ」
「ちょっと見てみたい気もしますがね……。ところで! この間のコンサート最高でした! ファンクラブ一同で現地に行きましたよ!」
急にスケさんが趣味の話を振ってきた。俺もその話題に乗っかる。
「行ったの!?」
「はい! 何のための翼ですか!」
「いや、少なくてもアイドルのコンサートに駆けつけるための翼じゃないと信じたいんだけど」
「いやいやいや、これくらいの労を惜しんでどうします? まぁそんな苦労も近日中には解決すると思いますが」
「……何、その怖い台詞」
「何も怖いことはありません。タロー殿が映像系の魔法を随分充実させましたからね。その恩恵を私達は存分に活かしているという話です」
「えぇー。また俺のせいになりそうじゃない?」
その後スケさんの熱いアイドル談義で、神の話はうやむやになってしまったのだが。
「?」
その時、視線を感じて、俺は振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった――その時は。
事が起きたのは、三日後のことである。
1
一日目。
事件は日々何かしら起こっている。
特に俺の周囲では起こりやすい。
いつだって俺は事件が目の前に転がってくるまで気がつかないのだが……。
その日は珍しく、ちょっとした変化に気がついた。
「そういえば、トンボはどこ行った?」
俺は愛用のエプロンを畳みながら、おなじみの妖精の姿を探していた。その妖精――トンボは俺の家に出入りしている、ゴーグルがトレードマークのピクシーである。
いつもは大概、家の中をちょろちょろしているはずなのだが、あの目立つ赤い頭が見当たらない。
もちろんトンボも常に家にいるというわけではない。しかし、朝ごはんを作ったというのに姿を見せないのは珍しかった。
料理人仕様からいつもの黒シャツ、ジーンズ姿に戻った俺は、髪の毛を「?」の形に動かした。
今日もアホ毛ワックスは好調である。
「カワズさん、トンボがどこ行ったか知らない? 早くしないと冷めるんだけど?」
早々に朝食のスコーンにかじりついていたカワズさんに聞いてみると、蜜でベタついた手を舐めつつ首を横に振った。
「さぁ? その辺におらんのか? 甘い物が置いてある棚とかにいる確率が高いぞ?」
「……どうりで、置いてある分がなくなるのが早いと思ったよ」
犯人はトンボだったか。
「何らかの対策をとっておいた方が賢明じゃろうな。何かないかのう? 妖精対策」
カワズさんもそれなりにトンボの被害を受けているようだ。
「虫じゃないんだから。そんなに頻繁ってわけでも……あるのか?」
「あるんじゃよ! タローよ……、ピクシーはいたずら好きなんじゃよ? そりゃあ確かに自重はしているようだがのぅ? お前に比べてわしの方は、幾度となく奴らにおやつを横取りされておる……。思い出したら腹が立ってきた。一度痛い目を見せてやってもよかろう!」
そう言ってドンッとテーブルを叩くカワズさん。目がマジだ。
「おやつを盗られたくらいで、そんなに怒らなくても」
「別に怒ってはおらんが……一度や二度ではないからのぅ」
「ふーん。俺はあまり見ないけど……何でカワズさんは盗み食いするトンボとの遭遇率が高いんだ?」
俺がそう指摘すると、カワズさんはさっきまで怒っていたはずなのに、完全に感情を消したような表情で首を振った。
「いや。たまたまじゃよ。ホントにたまたま」
「あんた、まさか?」
カワズさんもトンボと同じように盗み食いしていたのだろう。二人の間で、そんなにおやつの取り合い戦争が激化しているなんて知らなかった。
「そういえば、俺もいたずらならトンボに何回かやられたことはあったなぁ」
「トンボはお前さんに怯まんからのぅ……。心配になるくらいに危険に鈍感じゃよな、あいつ」
「それはあるなぁ。まぁ、だからこそ仲良くしてもらってるところはあるんだろうけども」
カワズさんが言うように、トンボの無鉄砲さには冷や冷やさせられていた。調子に乗るとどこまでも調子に乗る。それがトンボなのだ。
「お前にとって貴重な友達じゃもんな」
「……いや、まぁそうだけど。今はおやつ盗む奴と俺が同レベルみたいで肯定しづらいから、そう言うのはやめてくれ」
ともかく、トンボのおやつ泥棒の件は俺も被害者なわけだ。自分で作ったり、人からもらったりした美味しい物が、口に入る前になくなるのはさびしい。
棚には、何かホイホイ的な物でも入れておくとしよう。ちなみにホイホイで捕まえるターゲットは、妖精だけでなく蛙もである。
「そうだな。まぁ何か考えてみるよ」
「うむ。早急に頼む。しかしそれを踏まえて、朝飯に出てこないのは確かに珍しい」
「だろう?」
そしてようやく元の疑問に戻ってくるわけだ。
「うーん。いつもは断っても座ってる感じなのになぁ」
すっかり冷えてしまったスコーンを一口かじってみたが、出来は悪くない。料理に問題があることを察して、姿を隠したというわけでもなさそうだ。
「なんせ食い意地が張っておるからのぅ。まぁ、あやつにも用事がある日はあるんじゃろうて」
そう言うと、カワズさんは残りのスコーンを平らげた。トンボの不在を大して気に留めておらず、大丈夫だと思っているらしい。
「……まぁね。でもさ、トンボも前もって言ってくるはずなんだよな、朝食を不在にするなら」
「そうじゃな。トンボにとって朝食がないという状況はもっとも避けたいじゃろうしのぅ」
さて、カワズさんも推理してくれているので、それに乗っかって俺もまたトンボの行動パターンから推理してみるとしよう。
そもそもなぜトンボは何も言わずに消えたのか、ということが重要になってくるはずである。こういう場合は、後ろめたいことをしでかしていることが多かった。
「俺達に黙ってやることなんて、それこそ、いたずらくらいなんだろうけど」
「それか、ばれたらまずいこととかな」
だが、俺に推理できたのは、このくらいまでだった。トンボは隙さえあればいたずらしてくるが、朝飯を我慢してまですることじゃない。
まだ推理も序盤だというのに、さっそく材料が切れてしまった。俺は、こういうことにはあまり向いていないようである。
「まぁいいや。トンボのことはとりあえず放っておいて、エルエルを呼びに行くかな」
俺はあっさりあきらめることにした。
エルエルとは、我が家で日々すくすくと成育中の天使のような少女である。
背中に生えた伸縮自在の羽と、青みがかった薄い緑色の髪が特徴的で、その格好はファンタジーよりもSF寄り、ぴったりと体に張り付くような黒スーツ姿だった。
カワズさんは、朝食にエルエルを呼ぶことに疑問を感じたのか、尋ねてくる。
「エルエルは飯はいらないんじゃなかったかのぅ?」
「そうだよ。あの子、太陽光だけあれば生きていけるからね。まぁでも食欲は旺盛みたいだし、そろそろ食育の方に力を入れていってもいいかなと」
「食育ってお前なぁ。人間ベースじゃから問題ないとは思うが、どうなんじゃろ?」
「どうなんじゃろと言われてもなぁ。おいしい食事を楽しめるようになった方がいいに決まっているだろう?」
トンボに対する心配とは種類が違うが、最近エルエルに急激な変化があって、こちらも心配の種になっていた。
俺は彼女の最近の様子を思い出し、軽く息を吐いた。
「なんにしても、いろいろと気にかけてはおきたいわけなんだ。最近、エルエルはどうも自室に閉じこもりがちでさ」
「ん? そういえば外で見ないのぅ?」
カワズさんは心配そうにしてくれたが、別にエルエルは病気になったとかそういうことではない。
「いや、今、すごく勉強熱心で……。実際に彼女を見てみてよ、カワズさん。言葉で説明するより直接見てもらった方がいいかも」
俺はカワズさんを連れて、エルエルに声を掛けに行った。
◇◆◇◆◇
部屋の中心にミステリアスな少女が佇み、その周囲を数百もの青白い画面が飛んでいる。
よく見れば、浮遊するディスプレイには文字が高速で流れていた。俺がエルエルのためだけに作り上げた、高速文章表示魔法である。
カワズさんは、この世界にそぐわない近未来的な光景に面食らっているようだった。
「なんかものすんごいことになっておるのぅ」
「だろ? 紙をめくらなくてはならない本のような媒体では効率が悪いってエルエルがねだるから、ついがんばってしまった」
「……要求が高度じゃな」
「……俺もそう思う」
ねだると言っても、もっと効率的に情報が収集できるようにはならないか? と極淡白なトーンで言われただけなのだが。
ちなみに俺が用意してあげたこの魔法は好評だった。結果として、エルエルが部屋からあまり出てこなくなってしまったことが俺的に大失敗なんだけど。まぁ、エルエルが喜んでくれるのなら、些細といえば些細なことである。
「とにかく勤勉なことには違いない。エルエル?」
「はい・なんでしょう? タローさん」
このように、どんなに忙しそうでも声を掛ければ反応してくれるのだから、まだ俺は大丈夫だ。俺は続けてエルエルに話し掛けた。
「調子はどうだい?」
「システム・オールグリーンです・情報収集を続行しても・構いませんか?」
「シ、システム? そ、そうかー。あまり根詰めないようにな?」
「はい」
「何じゃ今のセリフ。……タロー、お前変なこと教えるなよ?」
途端に不安そうな表情を浮かべたカワズさんである。
俺だってキャラを崩壊させるような知識を教えたつもりはない。とはいえ、子供とは往々にして親の変なところを見ており、真似してしまうものだ。だとしても、俺はいつ「システム・オールグリーン」なんて言ったんだろう? 謎である。
エルエルは、こちらに顔を向けたついでに、その視線をカワズさんへロックオンした。
「カワズさん・質問があります」
「なんじゃね?」
「カワズさん・魂とは・なんですか?」
「た、魂か? 生き物が皆、宿しているものかのぅ?」
「なぜ・宿すのですか?」
「そこに理由はなかろう」
「人は・いったいどこに行って・どこに帰るのですか?」
「……とりあえず、家でいいんじゃないかのぅ? ……タロー、何なんじゃこれ?」
怒涛の質問ラッシュに戸惑うカワズさんは俺に助けを求めるが、俺だってわからない。
「言ったろう? 勉強熱心だって。質問大好きなんだよ。暇なときは図書室で読書。相手がいるときは質問の繰り返し」
「何でそんなことになった?」
「知らない」
「いいのかそれで?」
カワズさんは呆れ顔だが、俺としてはむしろいい傾向のような気がしている。
「うーん。いいんじゃない? あえて原因を挙げるとすれば、俺が魂の話をしたのが原因かな? それ以来、魂の存在に興味津々なようで」
エルエルの元になった天使型のホムンクルスは、命令を聞くだけのロボットみたいなものだった。それをホムンクルスに詳しい専門家と共に、まったくの別物というほどに改良を施し、新しい魂まで詰め込んだのがこのエルエルなのである。それでもやはり元の体は、何らかの形で今のエルエルに影響を与えているのだと思われる。
詰めた魂の影響なのか、急速に自我に目覚めたエルエルは、元々の自分との違いに気がつき始めているようだ。
「実際そうなのか?」
カワズさんはエルエル本人に尋ねると、エルエルはひとまず言葉にして現状を説明した。
「はい・私が何者なのか・私は知らなければなりません・以前との決定的な差異は魂の有無・にあると思われますが・私は・それを認識できません」
「ふむむむむ。答えが出なさそうなことを考えよるのぅ」
「だろう? まるで哲学者」
困り顔のカワズさんだが、いい機会なので俺はこっそりとカワズさんに耳打ちした。
「でも魂の有無を証明するって難しくないか? エルエルはちゃんと理解できなきゃ納得してくれなそうだし」
「普通はできんな。お前ならがんばればいけるんじゃないか? 例えば、目に見えるようにするとか」
「できたとしても、これが魂だよって見せて、その行為にどれだけの意味があるんだって話だよ」
「確かに訳がわからん気はするのぅ。そもそも魂ってのがよくわからんところがあるからのぅ」
カワズさんの言葉は、俺にとってなんだか意外だった。割と頻繁に魂をいじるようなことをやっていたイメージがあったから。
「えぇー。なんであの世に一回片足突っ込んだカワズさんが、魂に対してそれくらいの理解しかないんだよ。おかしいだろ?」
「そうか? いや実際よくわからんだろう? 魂が入っていなくても動くものはあるわけじゃし。幽霊のように魂だけで動くものもある」
「ま、まぁねぇ」
「わしの魔法研究では、どちらかといえば無生物をよく扱っておったし。魂はなくとも動けばいい的なところがあるからのぅ」
結局カワズさんも、こういうことにはあまり詳しくないみたいだった。
「カワズさんって、適当なとこあるよね」
「そもそもお前がエルエルに魂を入れたんじゃろ? 作った本人が説明できないってどういうことじゃよ? スパッと説明してやればよかろうに」
カワズさんの言う通りだが、わからないものはわからないと言うしかなかった。
「そんなこと言ったって、俺だって魔女さんから、これには魂が入っていないって言われて勢いでやっちゃったところあるし。わかるだろう? そういうとこ適当にやっちゃえるのが、魔法創造だってさ」
「まぁのぅ。結果以外すべて謎なんてこともざらじゃからのぅ」
「そういうこと」
「これは・私が・解決すべき・問題です」
俺達の話し合いはエルエルの一言で中断させられた。どうやら俺達のヒソヒソ話が聞こえていたらしい。
無表情の中にも気合いの見え隠れするエルエルがそこまで言うのなら、応援してあげたいが、問題が問題である。
「わかったよエルエル。でも、何かヒントだけでもあればいいんだけど……」
さっそく俺が弱音を吐いていると、カワズさんがなかなかいい案を出した。
「ふむ。なんならそのうち旅にでも連れて行ってみるのもいいかもしれんのぅ。実体験に勝る情報はあるまい」
「それいいかも。旅に出て価値観が変わる人はいるらしいし。ひょっとしたら、魂にも関係あるかもしれない」
「旅・ですか?」
俺達の思いつきを、エルエルは小首をかしげて聞き返した。
そう言えば、一緒に旅に出た機会はなかったか。
「ああ、旅はいい刺激になるかもな。今度、機会があったらエルエルも連れて行こう。ああ、でも心配だな」
「なんも心配することなんてないじゃろ。むしろ最強戦力じゃろうに」
「そうかもしれないけれども、俺達の旅って、結構思いつきじゃないか。旅っていうか放浪? ……だが、そうだな。かわいい子には旅をさせろとも言うし。いや、しかしもう少し武装を強化してからの方が?」
ついつい熱く思案に耽り出した俺に、エルエルが尋ねる。
「なぜ・旅を・するのですか?」
「旅? そうだな……。ここではないどこかに行くため? とかかな? 人によって理由はいろいろあるけど、とにかく外に出て、今までしたことのない経験をしに行く感じ」
俺の身近には旅をする人間が多い。カワズさんもそうだし、俺企画での旅は、ダークエルフのナイトさんやクマ衛門なども巻き込んで、頻繁に行われている。
「一番旅をしている人は・誰ですか?」
「知り合いで言うとセーラー戦士が一番かな? 知ってる? セーラー戦士」
誰が一番かと問われたら、そこはやはりセーラー戦士だろう。
あの子は日常が旅みたいなものだ。彼女にとって妖精郷は、ほんの一時休むための借り宿に過ぎない。
「はい・たまにやってくる・かっこいい金髪の人です」
エルエルがセーラー戦士のことを「かっこいい」と思っていたことがなんだかおかしかったが、そう思うのも無理はないだろう。
「そうだねー。かっこいいね。彼女はやたらと活動的だから。たぶん俺よりも人生の経験値は高そうだよ。気が済むまでそうできる姿勢は俺も見習いたいもんな。いつ帰ってくるかわかんないけど」
「旅に出ると・もう・帰ってこないんですか?」
「いいや帰ってくるさ。家に帰ってくるまでが旅ってものだよ。そうじゃないとつらいだろう?」
そう口に出してから、ふと気づいた。
セーラー戦士は、家に帰る方法を探しているんだった。
ってことは、ここにいる間でさえ、ずっと旅をしているような状態なのかもしれない。旅には多くの実りがあるだろうが、それではつらくないだろうか。
思考を戻して、俺はエルエルに向き直った。
「エルエルもそのうち一緒に旅に行こう。ペガサスを見に行ったときみたいに一人で行くのはなしにしてほしいけど」
エルエルは、俺に振り向いて答える。
「楽しみに・しています」
そして、同時に付け加えたセリフはちょっぴり意外なものだった。
「トンボちゃんも・行きますか?」
「ん? トンボってあのトンボ? 場合によっては来るね……。エルエル、トンボと仲いいんだっけ?」
「はい・よく・ここにも遊びに来ます」
エルエルは頷いた。なんというか、いつの間にかトンボも随分と家になじんでくれたものである。
「ほほう。トンボとはどんな話を普段してるんだ?」
俺が詳しく聞き出そうとしてみると、エルエルは少しだけ考える素振りを見せてから、興味深いことを言った。
「最近は・トンボちゃんと・変身の話をしました」
「へ、変身の話?」
「はい・私が・変身できると言ったら『うらやましーなー・わたしも変身したいなー・そういえばマジカル☆トンボちゃんって知ってる?』などと・そんな会話をしたと・記憶しています」
エルエルは淡々と言ったが、その言葉の中には、さすがに聞き逃せない単語があった。
「なるほど。トンボのやつ、しょっちゅう変身したがってたっけ……」
俺はこのエルエルの話からある可能性に気がつき、強烈な寒気に襲われた。
トンボが俺達に何も言わずに消えた理由が、ついに頭に浮んだ。
例えば、そう――。
彼女がアレを手にしたら、それを試す場が必要になるはずだ。だからこそ姿をくらましたのかもしれない。アレの目覚めは、ある意味究極のいたずらと言える。
すでに前回のほとぼりは冷めており、時期的に俺は完全に油断していた。
俺の変化に気がついたカワズさんが、肩を叩いてきた。
「どうした?」
「いや、ちょっといやな予感が……。気のせいならいいんだが。カワズさん、ちょっと確かめたいことがある」
「何なんじゃ? いったい?」
俺は万が一を考えて、早足であるものを確認しに行った。
スケさんもまた、俺の話を聞いて困惑していた。
「本当ですかそれ?」
スケさんは信じていなさそうだが、俺だって実際見なければ信じられなかった。
だがしかしである。こんなときに、しみじみと思い出されるのは、こっちに来てから出会ったいろいろな知り合い達の顔だった。
「いや俺だってそんな馬鹿なとは思うよ? でもこっちに来て俺もいろんな奴に会ったもんだ。獣人に妖精、エルフにドラゴン。悪魔なんて奴もいたし……この間なんて天使が空から落ちて来たんだぞ? そうだよ……天使。エルエルも空から落ちてきたんだったよ、そう言えば」
「……そうじゃのぅ」
カワズさんがいよいよ顔をそむけて頷く。
だから俺は、特にふざけるでもなく、極めて平然と思い出したことをポロリとこぼしたのだ。
「……なら、神様くらいいるんじゃないか? 普通に」
まだもろもろの延長線上で、納得できる範疇だと思っていたが、俺の認識はおかしかったのかもしれない。
「……」
「……」
二人は顔を見合わせ、信じていないというよりも、信じたくないという反応を見せた。
「まさか……いくらなんでもそんなことはないんじゃないかの?」
「要するに、タロー殿みたいな存在が他にもいると?」
そんな二人に俺は、さらに仮説を展開する。
「いや、デカい魔石のおかげでほとんど無尽蔵に魔力を使えるとすれば、確実に俺よりやばそうな奴だね。あれ? そういえばこっちの世界の人間って神様を信仰してなかったっけ? いないって言っちゃっていいの?」
そこのところが少し気になったが、カワズさんもスケさんも特別信心深いというわけでもなさそうだ。
「いや、ああいうのは、見えないものであって、実在してはいけないような……のぅ?」
「厳密に言えば、神のような強大な力を持つ存在に抵抗はないんです。竜を信仰し、神と呼ぶ者達もいますしね。でも……タロー殿よりもやばそうな存在などいてたまるかって感じですし」
「そういうこと言う? まぁ、そりゃあ、神を実際に見る機会なんてないだろうとは思うけど」
仮にいたとしても、おいそれと触れていい話題ではないというのは、なんとなく理解できた。だから、こんな推測は野暮以外の何物でもないのかもしれない。
「……まぁそりゃそうか。触らぬ神に祟りなしって言うもんね。これはここだけの話ってことにしておこうか?」
俺は、これ以上この話題に首を突っ込むのをやめておいた。
カワズさんもスケさんも、賛成らしく急に脱力している。
「そうじゃな。わざわざ確かめんでもいいこともあるじゃろ」
「ちょっと見てみたい気もしますがね……。ところで! この間のコンサート最高でした! ファンクラブ一同で現地に行きましたよ!」
急にスケさんが趣味の話を振ってきた。俺もその話題に乗っかる。
「行ったの!?」
「はい! 何のための翼ですか!」
「いや、少なくてもアイドルのコンサートに駆けつけるための翼じゃないと信じたいんだけど」
「いやいやいや、これくらいの労を惜しんでどうします? まぁそんな苦労も近日中には解決すると思いますが」
「……何、その怖い台詞」
「何も怖いことはありません。タロー殿が映像系の魔法を随分充実させましたからね。その恩恵を私達は存分に活かしているという話です」
「えぇー。また俺のせいになりそうじゃない?」
その後スケさんの熱いアイドル談義で、神の話はうやむやになってしまったのだが。
「?」
その時、視線を感じて、俺は振り返った。
しかし、そこには誰もいなかった――その時は。
事が起きたのは、三日後のことである。
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一日目。
事件は日々何かしら起こっている。
特に俺の周囲では起こりやすい。
いつだって俺は事件が目の前に転がってくるまで気がつかないのだが……。
その日は珍しく、ちょっとした変化に気がついた。
「そういえば、トンボはどこ行った?」
俺は愛用のエプロンを畳みながら、おなじみの妖精の姿を探していた。その妖精――トンボは俺の家に出入りしている、ゴーグルがトレードマークのピクシーである。
いつもは大概、家の中をちょろちょろしているはずなのだが、あの目立つ赤い頭が見当たらない。
もちろんトンボも常に家にいるというわけではない。しかし、朝ごはんを作ったというのに姿を見せないのは珍しかった。
料理人仕様からいつもの黒シャツ、ジーンズ姿に戻った俺は、髪の毛を「?」の形に動かした。
今日もアホ毛ワックスは好調である。
「カワズさん、トンボがどこ行ったか知らない? 早くしないと冷めるんだけど?」
早々に朝食のスコーンにかじりついていたカワズさんに聞いてみると、蜜でベタついた手を舐めつつ首を横に振った。
「さぁ? その辺におらんのか? 甘い物が置いてある棚とかにいる確率が高いぞ?」
「……どうりで、置いてある分がなくなるのが早いと思ったよ」
犯人はトンボだったか。
「何らかの対策をとっておいた方が賢明じゃろうな。何かないかのう? 妖精対策」
カワズさんもそれなりにトンボの被害を受けているようだ。
「虫じゃないんだから。そんなに頻繁ってわけでも……あるのか?」
「あるんじゃよ! タローよ……、ピクシーはいたずら好きなんじゃよ? そりゃあ確かに自重はしているようだがのぅ? お前に比べてわしの方は、幾度となく奴らにおやつを横取りされておる……。思い出したら腹が立ってきた。一度痛い目を見せてやってもよかろう!」
そう言ってドンッとテーブルを叩くカワズさん。目がマジだ。
「おやつを盗られたくらいで、そんなに怒らなくても」
「別に怒ってはおらんが……一度や二度ではないからのぅ」
「ふーん。俺はあまり見ないけど……何でカワズさんは盗み食いするトンボとの遭遇率が高いんだ?」
俺がそう指摘すると、カワズさんはさっきまで怒っていたはずなのに、完全に感情を消したような表情で首を振った。
「いや。たまたまじゃよ。ホントにたまたま」
「あんた、まさか?」
カワズさんもトンボと同じように盗み食いしていたのだろう。二人の間で、そんなにおやつの取り合い戦争が激化しているなんて知らなかった。
「そういえば、俺もいたずらならトンボに何回かやられたことはあったなぁ」
「トンボはお前さんに怯まんからのぅ……。心配になるくらいに危険に鈍感じゃよな、あいつ」
「それはあるなぁ。まぁ、だからこそ仲良くしてもらってるところはあるんだろうけども」
カワズさんが言うように、トンボの無鉄砲さには冷や冷やさせられていた。調子に乗るとどこまでも調子に乗る。それがトンボなのだ。
「お前にとって貴重な友達じゃもんな」
「……いや、まぁそうだけど。今はおやつ盗む奴と俺が同レベルみたいで肯定しづらいから、そう言うのはやめてくれ」
ともかく、トンボのおやつ泥棒の件は俺も被害者なわけだ。自分で作ったり、人からもらったりした美味しい物が、口に入る前になくなるのはさびしい。
棚には、何かホイホイ的な物でも入れておくとしよう。ちなみにホイホイで捕まえるターゲットは、妖精だけでなく蛙もである。
「そうだな。まぁ何か考えてみるよ」
「うむ。早急に頼む。しかしそれを踏まえて、朝飯に出てこないのは確かに珍しい」
「だろう?」
そしてようやく元の疑問に戻ってくるわけだ。
「うーん。いつもは断っても座ってる感じなのになぁ」
すっかり冷えてしまったスコーンを一口かじってみたが、出来は悪くない。料理に問題があることを察して、姿を隠したというわけでもなさそうだ。
「なんせ食い意地が張っておるからのぅ。まぁ、あやつにも用事がある日はあるんじゃろうて」
そう言うと、カワズさんは残りのスコーンを平らげた。トンボの不在を大して気に留めておらず、大丈夫だと思っているらしい。
「……まぁね。でもさ、トンボも前もって言ってくるはずなんだよな、朝食を不在にするなら」
「そうじゃな。トンボにとって朝食がないという状況はもっとも避けたいじゃろうしのぅ」
さて、カワズさんも推理してくれているので、それに乗っかって俺もまたトンボの行動パターンから推理してみるとしよう。
そもそもなぜトンボは何も言わずに消えたのか、ということが重要になってくるはずである。こういう場合は、後ろめたいことをしでかしていることが多かった。
「俺達に黙ってやることなんて、それこそ、いたずらくらいなんだろうけど」
「それか、ばれたらまずいこととかな」
だが、俺に推理できたのは、このくらいまでだった。トンボは隙さえあればいたずらしてくるが、朝飯を我慢してまですることじゃない。
まだ推理も序盤だというのに、さっそく材料が切れてしまった。俺は、こういうことにはあまり向いていないようである。
「まぁいいや。トンボのことはとりあえず放っておいて、エルエルを呼びに行くかな」
俺はあっさりあきらめることにした。
エルエルとは、我が家で日々すくすくと成育中の天使のような少女である。
背中に生えた伸縮自在の羽と、青みがかった薄い緑色の髪が特徴的で、その格好はファンタジーよりもSF寄り、ぴったりと体に張り付くような黒スーツ姿だった。
カワズさんは、朝食にエルエルを呼ぶことに疑問を感じたのか、尋ねてくる。
「エルエルは飯はいらないんじゃなかったかのぅ?」
「そうだよ。あの子、太陽光だけあれば生きていけるからね。まぁでも食欲は旺盛みたいだし、そろそろ食育の方に力を入れていってもいいかなと」
「食育ってお前なぁ。人間ベースじゃから問題ないとは思うが、どうなんじゃろ?」
「どうなんじゃろと言われてもなぁ。おいしい食事を楽しめるようになった方がいいに決まっているだろう?」
トンボに対する心配とは種類が違うが、最近エルエルに急激な変化があって、こちらも心配の種になっていた。
俺は彼女の最近の様子を思い出し、軽く息を吐いた。
「なんにしても、いろいろと気にかけてはおきたいわけなんだ。最近、エルエルはどうも自室に閉じこもりがちでさ」
「ん? そういえば外で見ないのぅ?」
カワズさんは心配そうにしてくれたが、別にエルエルは病気になったとかそういうことではない。
「いや、今、すごく勉強熱心で……。実際に彼女を見てみてよ、カワズさん。言葉で説明するより直接見てもらった方がいいかも」
俺はカワズさんを連れて、エルエルに声を掛けに行った。
◇◆◇◆◇
部屋の中心にミステリアスな少女が佇み、その周囲を数百もの青白い画面が飛んでいる。
よく見れば、浮遊するディスプレイには文字が高速で流れていた。俺がエルエルのためだけに作り上げた、高速文章表示魔法である。
カワズさんは、この世界にそぐわない近未来的な光景に面食らっているようだった。
「なんかものすんごいことになっておるのぅ」
「だろ? 紙をめくらなくてはならない本のような媒体では効率が悪いってエルエルがねだるから、ついがんばってしまった」
「……要求が高度じゃな」
「……俺もそう思う」
ねだると言っても、もっと効率的に情報が収集できるようにはならないか? と極淡白なトーンで言われただけなのだが。
ちなみに俺が用意してあげたこの魔法は好評だった。結果として、エルエルが部屋からあまり出てこなくなってしまったことが俺的に大失敗なんだけど。まぁ、エルエルが喜んでくれるのなら、些細といえば些細なことである。
「とにかく勤勉なことには違いない。エルエル?」
「はい・なんでしょう? タローさん」
このように、どんなに忙しそうでも声を掛ければ反応してくれるのだから、まだ俺は大丈夫だ。俺は続けてエルエルに話し掛けた。
「調子はどうだい?」
「システム・オールグリーンです・情報収集を続行しても・構いませんか?」
「シ、システム? そ、そうかー。あまり根詰めないようにな?」
「はい」
「何じゃ今のセリフ。……タロー、お前変なこと教えるなよ?」
途端に不安そうな表情を浮かべたカワズさんである。
俺だってキャラを崩壊させるような知識を教えたつもりはない。とはいえ、子供とは往々にして親の変なところを見ており、真似してしまうものだ。だとしても、俺はいつ「システム・オールグリーン」なんて言ったんだろう? 謎である。
エルエルは、こちらに顔を向けたついでに、その視線をカワズさんへロックオンした。
「カワズさん・質問があります」
「なんじゃね?」
「カワズさん・魂とは・なんですか?」
「た、魂か? 生き物が皆、宿しているものかのぅ?」
「なぜ・宿すのですか?」
「そこに理由はなかろう」
「人は・いったいどこに行って・どこに帰るのですか?」
「……とりあえず、家でいいんじゃないかのぅ? ……タロー、何なんじゃこれ?」
怒涛の質問ラッシュに戸惑うカワズさんは俺に助けを求めるが、俺だってわからない。
「言ったろう? 勉強熱心だって。質問大好きなんだよ。暇なときは図書室で読書。相手がいるときは質問の繰り返し」
「何でそんなことになった?」
「知らない」
「いいのかそれで?」
カワズさんは呆れ顔だが、俺としてはむしろいい傾向のような気がしている。
「うーん。いいんじゃない? あえて原因を挙げるとすれば、俺が魂の話をしたのが原因かな? それ以来、魂の存在に興味津々なようで」
エルエルの元になった天使型のホムンクルスは、命令を聞くだけのロボットみたいなものだった。それをホムンクルスに詳しい専門家と共に、まったくの別物というほどに改良を施し、新しい魂まで詰め込んだのがこのエルエルなのである。それでもやはり元の体は、何らかの形で今のエルエルに影響を与えているのだと思われる。
詰めた魂の影響なのか、急速に自我に目覚めたエルエルは、元々の自分との違いに気がつき始めているようだ。
「実際そうなのか?」
カワズさんはエルエル本人に尋ねると、エルエルはひとまず言葉にして現状を説明した。
「はい・私が何者なのか・私は知らなければなりません・以前との決定的な差異は魂の有無・にあると思われますが・私は・それを認識できません」
「ふむむむむ。答えが出なさそうなことを考えよるのぅ」
「だろう? まるで哲学者」
困り顔のカワズさんだが、いい機会なので俺はこっそりとカワズさんに耳打ちした。
「でも魂の有無を証明するって難しくないか? エルエルはちゃんと理解できなきゃ納得してくれなそうだし」
「普通はできんな。お前ならがんばればいけるんじゃないか? 例えば、目に見えるようにするとか」
「できたとしても、これが魂だよって見せて、その行為にどれだけの意味があるんだって話だよ」
「確かに訳がわからん気はするのぅ。そもそも魂ってのがよくわからんところがあるからのぅ」
カワズさんの言葉は、俺にとってなんだか意外だった。割と頻繁に魂をいじるようなことをやっていたイメージがあったから。
「えぇー。なんであの世に一回片足突っ込んだカワズさんが、魂に対してそれくらいの理解しかないんだよ。おかしいだろ?」
「そうか? いや実際よくわからんだろう? 魂が入っていなくても動くものはあるわけじゃし。幽霊のように魂だけで動くものもある」
「ま、まぁねぇ」
「わしの魔法研究では、どちらかといえば無生物をよく扱っておったし。魂はなくとも動けばいい的なところがあるからのぅ」
結局カワズさんも、こういうことにはあまり詳しくないみたいだった。
「カワズさんって、適当なとこあるよね」
「そもそもお前がエルエルに魂を入れたんじゃろ? 作った本人が説明できないってどういうことじゃよ? スパッと説明してやればよかろうに」
カワズさんの言う通りだが、わからないものはわからないと言うしかなかった。
「そんなこと言ったって、俺だって魔女さんから、これには魂が入っていないって言われて勢いでやっちゃったところあるし。わかるだろう? そういうとこ適当にやっちゃえるのが、魔法創造だってさ」
「まぁのぅ。結果以外すべて謎なんてこともざらじゃからのぅ」
「そういうこと」
「これは・私が・解決すべき・問題です」
俺達の話し合いはエルエルの一言で中断させられた。どうやら俺達のヒソヒソ話が聞こえていたらしい。
無表情の中にも気合いの見え隠れするエルエルがそこまで言うのなら、応援してあげたいが、問題が問題である。
「わかったよエルエル。でも、何かヒントだけでもあればいいんだけど……」
さっそく俺が弱音を吐いていると、カワズさんがなかなかいい案を出した。
「ふむ。なんならそのうち旅にでも連れて行ってみるのもいいかもしれんのぅ。実体験に勝る情報はあるまい」
「それいいかも。旅に出て価値観が変わる人はいるらしいし。ひょっとしたら、魂にも関係あるかもしれない」
「旅・ですか?」
俺達の思いつきを、エルエルは小首をかしげて聞き返した。
そう言えば、一緒に旅に出た機会はなかったか。
「ああ、旅はいい刺激になるかもな。今度、機会があったらエルエルも連れて行こう。ああ、でも心配だな」
「なんも心配することなんてないじゃろ。むしろ最強戦力じゃろうに」
「そうかもしれないけれども、俺達の旅って、結構思いつきじゃないか。旅っていうか放浪? ……だが、そうだな。かわいい子には旅をさせろとも言うし。いや、しかしもう少し武装を強化してからの方が?」
ついつい熱く思案に耽り出した俺に、エルエルが尋ねる。
「なぜ・旅を・するのですか?」
「旅? そうだな……。ここではないどこかに行くため? とかかな? 人によって理由はいろいろあるけど、とにかく外に出て、今までしたことのない経験をしに行く感じ」
俺の身近には旅をする人間が多い。カワズさんもそうだし、俺企画での旅は、ダークエルフのナイトさんやクマ衛門なども巻き込んで、頻繁に行われている。
「一番旅をしている人は・誰ですか?」
「知り合いで言うとセーラー戦士が一番かな? 知ってる? セーラー戦士」
誰が一番かと問われたら、そこはやはりセーラー戦士だろう。
あの子は日常が旅みたいなものだ。彼女にとって妖精郷は、ほんの一時休むための借り宿に過ぎない。
「はい・たまにやってくる・かっこいい金髪の人です」
エルエルがセーラー戦士のことを「かっこいい」と思っていたことがなんだかおかしかったが、そう思うのも無理はないだろう。
「そうだねー。かっこいいね。彼女はやたらと活動的だから。たぶん俺よりも人生の経験値は高そうだよ。気が済むまでそうできる姿勢は俺も見習いたいもんな。いつ帰ってくるかわかんないけど」
「旅に出ると・もう・帰ってこないんですか?」
「いいや帰ってくるさ。家に帰ってくるまでが旅ってものだよ。そうじゃないとつらいだろう?」
そう口に出してから、ふと気づいた。
セーラー戦士は、家に帰る方法を探しているんだった。
ってことは、ここにいる間でさえ、ずっと旅をしているような状態なのかもしれない。旅には多くの実りがあるだろうが、それではつらくないだろうか。
思考を戻して、俺はエルエルに向き直った。
「エルエルもそのうち一緒に旅に行こう。ペガサスを見に行ったときみたいに一人で行くのはなしにしてほしいけど」
エルエルは、俺に振り向いて答える。
「楽しみに・しています」
そして、同時に付け加えたセリフはちょっぴり意外なものだった。
「トンボちゃんも・行きますか?」
「ん? トンボってあのトンボ? 場合によっては来るね……。エルエル、トンボと仲いいんだっけ?」
「はい・よく・ここにも遊びに来ます」
エルエルは頷いた。なんというか、いつの間にかトンボも随分と家になじんでくれたものである。
「ほほう。トンボとはどんな話を普段してるんだ?」
俺が詳しく聞き出そうとしてみると、エルエルは少しだけ考える素振りを見せてから、興味深いことを言った。
「最近は・トンボちゃんと・変身の話をしました」
「へ、変身の話?」
「はい・私が・変身できると言ったら『うらやましーなー・わたしも変身したいなー・そういえばマジカル☆トンボちゃんって知ってる?』などと・そんな会話をしたと・記憶しています」
エルエルは淡々と言ったが、その言葉の中には、さすがに聞き逃せない単語があった。
「なるほど。トンボのやつ、しょっちゅう変身したがってたっけ……」
俺はこのエルエルの話からある可能性に気がつき、強烈な寒気に襲われた。
トンボが俺達に何も言わずに消えた理由が、ついに頭に浮んだ。
例えば、そう――。
彼女がアレを手にしたら、それを試す場が必要になるはずだ。だからこそ姿をくらましたのかもしれない。アレの目覚めは、ある意味究極のいたずらと言える。
すでに前回のほとぼりは冷めており、時期的に俺は完全に油断していた。
俺の変化に気がついたカワズさんが、肩を叩いてきた。
「どうした?」
「いや、ちょっといやな予感が……。気のせいならいいんだが。カワズさん、ちょっと確かめたいことがある」
「何なんじゃ? いったい?」
俺は万が一を考えて、早足であるものを確認しに行った。
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