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第2話 邂逅
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状況を飲み込むために一度深く深呼吸をする。落ち着いて、今の状況を一回整理しよう。
彼女を殺したと思ったら女の子の部屋のような場所にいて、しかも胸になにか付いていて、代わりにナニが付いていなかった。ここまで考えて深くため息をつく。わかったことは何もわからないということだけだ。
一度は夢かとも思ったけれど、僕は夢の中で目覚ましに叩き起こされたことはないし、眠気を感じたこともない。試しに頬もつねってみたけど、当然だとでもいうように痛かった。
次に湧き上がってきたのは、僕は今、どんな顔をしているのだろうか、という好奇心だった。体が女の子になって興味のわかない男など、探し回ってもそうそう見つかるものではない。僕も、もはや言うまでもなくある側の人間だ。
鏡はないかと立ち上がろうとしたその時、部屋の外から女性の声が聞こえた。
「ユズハー!起きないの!?目覚まし鳴ったでしょ!?」
頭に鋭い痛みが走る。ユズハ・・・柚葉?僕は、その名前を知っている。スッと背筋の冷える音がした。なぜ忘れていたのだろう、彼女の名前を。そして理解する、自分の顔が、誰のものなのかを。まさか、そんな馬鹿な。その考えを頭から引き剥がそうとする。
そんなはずはない、と鏡をもとめて辺りを見渡す。勉強机の上のノートが目に入る。そこに書かれた名前を見て、疑惑は確信へと変わった。
彼女の名前は児玉柚葉。この体は、僕が殺した彼女のものだ。
なぜ、なぜなのか。答えの出ない自問自答を繰り返す。彼女は僕が殺したはずだ、なのに。いや、だからこそ、なのか。服をまくり上げてお腹を確認する。傷一つ、傷跡一つない白い肌がそこにはあった。視界がくらりとゆがむ。いくら考えても理由などわかるはずもなかった。
それでも考え込むことをやめられずに、抱えた膝に顔をうずめていると部屋にコンコン、とノックの音が響いた。おもわず身構えたが、部屋に入ってきたのは優しげな顔をした大人の女性だった。状況から考えるに、おそらく彼女の母親だろう。
「あら、起きてたの。起きてこないから寝てるのかとおもちゃった」
状況がのみ込めず呆然とする僕に、彼女の母は微笑みかける。
「まだ寝ぼけてるの?ご飯できてるから、早く起きてらっしゃい」
その言葉にさえも、僕は「あぁ、うん」とこたえるのが精一杯だった。
あの様子だと僕が彼女、児玉柚葉でないことは知られていないらしい。これが悪い夢だとして、その夢から覚める方法も、元の体に戻る方法もわからない。第一、元の体に戻ったところで僕はただの殺人者だ。
彼女の体に傷がない理由も、僕が彼女になってしまった理由も、後で考えればいい。今の僕がやらなければならないことは、現状を分析するための情報を集めること、そして失われた記憶を取り戻すことだ。しかし、腹が減ってしまってはやる気も起きない。
とりあえず朝食をとるため、僕はリビングに向かう。
食欲など、もちろんあるはずもなかった。
リビングでは母と制服を着た少女がすでに朝食を食べ始めていた。
「お姉ちゃん、今日は遅かったね!」
「いつもはあんたのほうが遅いでしょ」
母親に呆れられながら、なぜかうれしそうな様子でご飯を頬張る少女は、おそらく彼女の妹なのだろう。
「柚葉もさっさとご飯食べちゃいなさい。新学期から遅刻するわよ」
その言葉にうながされ、食卓につく。ご飯とみそ汁に納豆、まさに日本の朝といった風情の朝食だ。外から聞こえてくる蝉の声をBGMに納豆をかき混ぜながら、夏休み明けなのは助かるな、などとぼんやり考えていた。多少僕の挙動がおかしくても夏の間に少し変わったのだと思ってくれるかもしれないし。
「ちょっとお姉ちゃん、髪の毛髪の毛!」
妹がちょいちょいと、納豆を指さす。母は必死に笑いをこらえていた。何事かと納豆に視線を落とすと髪の毛が盛大に納豆に巻きこまれていた。長い髪の毛に慣れていないのだから仕方がない。もちろんそんなことは口が裂けても言えないけど。
「洗面所で流してきなよ。私は別にそのままでもいいと思うけどねー」
そのままという選択肢などあるはずもなく、後半の発言は聞かなかったことにして洗面所へと向かう。それにしても広い家だ。一階にも二階にもトイレがあったし、彼女の家はなかなかに裕福な家庭なのかもしれない。というか家にトイレは二つも必要ないだろ、いや、便利だけども。こんなことを思うということは前の家にはトイレが一つしかなかったのだろうな。どうでもいいような情報を手に入れながら家の中を少しさまよい、無事に洗面所にたどり着くことができた。
鏡に映った自分を見て、本当に彼女の姿になってしまったのだと改めて認識する。あの光景を思い出し、胸が痛んだが、ショックもある程度おさまっていたため、取り乱すことはなかった。
そう、鏡の中の彼女が話しかけてくるまでは。
彼女を殺したと思ったら女の子の部屋のような場所にいて、しかも胸になにか付いていて、代わりにナニが付いていなかった。ここまで考えて深くため息をつく。わかったことは何もわからないということだけだ。
一度は夢かとも思ったけれど、僕は夢の中で目覚ましに叩き起こされたことはないし、眠気を感じたこともない。試しに頬もつねってみたけど、当然だとでもいうように痛かった。
次に湧き上がってきたのは、僕は今、どんな顔をしているのだろうか、という好奇心だった。体が女の子になって興味のわかない男など、探し回ってもそうそう見つかるものではない。僕も、もはや言うまでもなくある側の人間だ。
鏡はないかと立ち上がろうとしたその時、部屋の外から女性の声が聞こえた。
「ユズハー!起きないの!?目覚まし鳴ったでしょ!?」
頭に鋭い痛みが走る。ユズハ・・・柚葉?僕は、その名前を知っている。スッと背筋の冷える音がした。なぜ忘れていたのだろう、彼女の名前を。そして理解する、自分の顔が、誰のものなのかを。まさか、そんな馬鹿な。その考えを頭から引き剥がそうとする。
そんなはずはない、と鏡をもとめて辺りを見渡す。勉強机の上のノートが目に入る。そこに書かれた名前を見て、疑惑は確信へと変わった。
彼女の名前は児玉柚葉。この体は、僕が殺した彼女のものだ。
なぜ、なぜなのか。答えの出ない自問自答を繰り返す。彼女は僕が殺したはずだ、なのに。いや、だからこそ、なのか。服をまくり上げてお腹を確認する。傷一つ、傷跡一つない白い肌がそこにはあった。視界がくらりとゆがむ。いくら考えても理由などわかるはずもなかった。
それでも考え込むことをやめられずに、抱えた膝に顔をうずめていると部屋にコンコン、とノックの音が響いた。おもわず身構えたが、部屋に入ってきたのは優しげな顔をした大人の女性だった。状況から考えるに、おそらく彼女の母親だろう。
「あら、起きてたの。起きてこないから寝てるのかとおもちゃった」
状況がのみ込めず呆然とする僕に、彼女の母は微笑みかける。
「まだ寝ぼけてるの?ご飯できてるから、早く起きてらっしゃい」
その言葉にさえも、僕は「あぁ、うん」とこたえるのが精一杯だった。
あの様子だと僕が彼女、児玉柚葉でないことは知られていないらしい。これが悪い夢だとして、その夢から覚める方法も、元の体に戻る方法もわからない。第一、元の体に戻ったところで僕はただの殺人者だ。
彼女の体に傷がない理由も、僕が彼女になってしまった理由も、後で考えればいい。今の僕がやらなければならないことは、現状を分析するための情報を集めること、そして失われた記憶を取り戻すことだ。しかし、腹が減ってしまってはやる気も起きない。
とりあえず朝食をとるため、僕はリビングに向かう。
食欲など、もちろんあるはずもなかった。
リビングでは母と制服を着た少女がすでに朝食を食べ始めていた。
「お姉ちゃん、今日は遅かったね!」
「いつもはあんたのほうが遅いでしょ」
母親に呆れられながら、なぜかうれしそうな様子でご飯を頬張る少女は、おそらく彼女の妹なのだろう。
「柚葉もさっさとご飯食べちゃいなさい。新学期から遅刻するわよ」
その言葉にうながされ、食卓につく。ご飯とみそ汁に納豆、まさに日本の朝といった風情の朝食だ。外から聞こえてくる蝉の声をBGMに納豆をかき混ぜながら、夏休み明けなのは助かるな、などとぼんやり考えていた。多少僕の挙動がおかしくても夏の間に少し変わったのだと思ってくれるかもしれないし。
「ちょっとお姉ちゃん、髪の毛髪の毛!」
妹がちょいちょいと、納豆を指さす。母は必死に笑いをこらえていた。何事かと納豆に視線を落とすと髪の毛が盛大に納豆に巻きこまれていた。長い髪の毛に慣れていないのだから仕方がない。もちろんそんなことは口が裂けても言えないけど。
「洗面所で流してきなよ。私は別にそのままでもいいと思うけどねー」
そのままという選択肢などあるはずもなく、後半の発言は聞かなかったことにして洗面所へと向かう。それにしても広い家だ。一階にも二階にもトイレがあったし、彼女の家はなかなかに裕福な家庭なのかもしれない。というか家にトイレは二つも必要ないだろ、いや、便利だけども。こんなことを思うということは前の家にはトイレが一つしかなかったのだろうな。どうでもいいような情報を手に入れながら家の中を少しさまよい、無事に洗面所にたどり着くことができた。
鏡に映った自分を見て、本当に彼女の姿になってしまったのだと改めて認識する。あの光景を思い出し、胸が痛んだが、ショックもある程度おさまっていたため、取り乱すことはなかった。
そう、鏡の中の彼女が話しかけてくるまでは。
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