僕は、僕が殺した彼女の人生をやり直す

伝説のししゃも

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第3話 鏡と彼女

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 「ねぇ」

 洗面台で髪を流していると、不意に誰かに話しかけられる。母の声とも、妹の声とも違うそれは、紛れもなく僕に殺された彼女の声だった。痛いよ、と最後に呟いた彼女を思い出す。きっとこれは幻聴だ。彼女は僕が殺したし、今現在、彼女の体は僕のものになっているのだから。
 耳にこびりついた彼女の声を振り払おうと、他の可能性を考える。記憶が無いだけで彼女には双子の姉妹が居たりするのだろうか。
 推測だがそれは無い、食卓には4人分の食事が並んでいたが、残った一つはおそらく彼女の父の分だろう。
 なら、この声は?

 「ねぇったら、聞こえてないの?」

 考える僕に気づかう様子もなく、問いかけは続く。どこから聞こえているのかと辺りを見渡すが、それらしき人物は見当たらない。

 「見えてるでしょ。正面だよ、正面」

 その声に従い、僕は正面を見る。鏡の中の彼女が、笑顔で僕に手を振っていた。

 僕は言葉を失う。驚きのあまり開いたまま塞がらない口からは、カサカサと乾いたうめき声しか響かなかった。
 あぁ、違う、これは幻覚だ。罪の意識が作り出した幻影だ。だって鏡に映った人間は、勝手に動かない。非現実的だ。
 ここまで自分が体験してきた、非現実的な現象全てを棚に上げてそう結論づける。彼女はそんな僕にお構い無しに話しかけてくる。

 「ねぇ、それって私の体だよね。こうなった理由、何か知ってる?」

 その質問に関しては、答えはNOだ。全くわからない。むしろこちらが教えて欲しいくらいなのだ。彼女が鏡の中にいる理由も、僕がこの体になった理由も、皆目見当がつかない。彼女の疑問には答えずに、こちらから質問を投げかける。

 「キミは、誰だ?」
 「誰って、柚葉だよ。児玉柚葉。君こそ誰なの?君は、多分私じゃない」
 「僕は・・・・・・」

 そこまで答えて言葉に詰まる。僕は、誰だ?

 「わからない。自分の事は、何も。気がついたら、この体になってたんだ」
 「何も知らない、かぁ」
 「キミは、何か覚えてる?」
 「覚えてるって、何を?この体になる前の事を?もちろん、覚えてるよ」

 あぁ、じゃあ誰がキミを殺したのかも、キミは知っているのだろう。そして、それが僕だと知ったら。キミの中に、キミの仇がいると知ったら、キミはどんな顔をするのだろう。

 「昨日は夏休みの宿題を終わらせて、友達と遊んで、朝おきたらこうなってた」

え。

 「それ以外に、何か無かった?」
 「あったよ」

やっぱり。

 「夜中に妹が宿題終わってないー、って泣きついてきて、本当に大変だったよ……」

彼女はやれやれと言った様子で手をひらひらとさせる。嘘をついている様子も、何かを隠してる様子も無い。
 彼女も、僕と同じく記憶を失ってたりするのだろうか。僕に殺されたということを、忘れているのだろうか。それを彼女に聞く勇気は、僕にはなかった。

 「お姉ちゃん、いつまで洗面台つかってるの?私も使いたいんだけど」

 後ろから妹に話しかけられる。会話に気を取られて足音に気が付かなかった。それにしても、いつから居たのだろう、鏡に向かって話していたのを見られていたとしたら、少し、いや相当恥ずかしい。

 「1人で何を喋ってたの?」
 「か、会話の練習。新学期だから、緊張しちゃうかもしれないし」

 我ながら無理のある言い訳に、そっかぁ、と妹は大して興味もなさげにこたえた。おそらく今の僕の顔は真っ赤になっていることだろう。彼女の「どんまい」が僕の心にとどめを刺した。
 文句の一つでも言ってやろうと思ったが、やめておいた。妹には鏡の中の彼女が認識できないようなのだ。現に、彼女は今も僕を指さしてからかうように笑っていたが、妹はそれに気がつかない。
 そうだ、一応確認のために妹に質問をしておこう。

 「宿題は終わったの?」
 「徹夜でギリギリセーフ!お姉ちゃんは途中で寝ちゃったけどね」

 妹は髪をとかしながら、鏡越しに恨めしそうな目を向けてくる。
 どうやら彼女が昨晩妹の宿題を見ていたというのは本当らしい。という事は、僕の知り得ない事を知っている彼女は幻覚でも幻聴でもないということだ。

 目覚めてから一時間も経たないうちに、考えなければいけないことが多すぎる。頭の整理が追い付かず、妹の背中をぼぅっと見つめていた僕に、鏡の中の彼女が提案する。

 「とりあえず、学校行こっか?」
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