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第1章「蒼天騎士は、つねに雲の上にあるべし」
第11話「この世に在ってはならない清浄すぎる真珠」
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(UnsplashのLouis Galvezが撮影)
しかし、クルティカの身体は窓枠に引っかかって止まった。
後ろを見る。
あいつがいる。ホツェル王国史上最悪ともいえる男が。
『癒せない癒し手』、『この世の災厄すべてが、大風にのって駆け寄ってくる男』、リデルだ。
「クルティカ、ちょ、待って! 僕のローブが、きみの槍に引っかかっているんだよ!」
「――え?」
クルティカは自分の槍を見た。たしかに槍の石突部分に白いローブが引っかかっている。
丸パン男が外そうとするが、ますますがっちりと絡みつく。
そしてクルティカの身体は――半分以上、窓枠の外へ落ちかけている。はずみがついているから、止められない。
クルティカの計算よりも、はずみがつきすぎている。丸パン男リデルの体重が余分に乗り、一気に外へ押し出そうとしているからだ。
「お前までくる必要はない、窓枠につかまれ、リデル!」
「むりむりむり! あっひゃああああ!!」
その瞬間、クルティカの自制が戻った。冷静な頭脳がすさまじい速さでふたたび動きはじめた。
まずリデルを部屋にとどめる。それが先決だ。
騎士とは、まず弱きものを助ける。
クルティカは落ちながら、槍ごとリデルのもっちりした身体を武具室へ放り込んだ。
「かっひゃあああ!」
声とともに、ドスン! という音が聞こえた。リデルは無事に部屋に戻ったようだ。
ついで、クルティカは叫んだ。
「リデル! 長槍を窓から落とせ!」
眼下の王宮前広場からは、ジャバ団長が繰り出す大太刀とロウ=レイのレイピアがぶつかり合う金属音がせわしなく鳴っている。
あそこへ入るには、武器がいる。なのにクルティカは丸腰だ、持っていた長槍をリデルとともに武具室に放り込んだから……。
「リデル! 早くしろ!」
「やり? あ、これね。よいしょ、と……あ? あああああああっ!?」
いったいどうやったのか、長槍とともにリデルの丸い身体まで一緒に落ちてきた。
「クルティカ、助けてよう!」
「くそっ! 予想を裏切らない男だな!」
クルティカは空中でリデルと長槍を受け止める。
そのまま、二人と長槍は蒼天騎士団寮の二階から落ちていった。
銀色に輝く王宮前広場に向かって、真っ逆さまに……。
しかし、クルティカがとっさに花柱の飾り布をつかんだ。
ぼふん! と広場に立てられた花柱の旗に、二人が引っかかった。しかし群衆は広場で繰り広げられる騎士団長とロウ=レイの激闘に目を奪われていて気づかないようだ。
「ひゃあああ高いよ、怖いよ!」
「しずかに、花柱にしがみついていろ」
リデルにしがみつかれながら、クルティカの頭脳が駆けめぐった。
ここで、止まっているわけにいかない。
ロウ=レイには助けがいるのだ。
この災厄を招いたのはロウ=レイ自身だ。何が起きたとしても、それはロウが負うべき罰だ。それは分っている。
広場にはアデム団長がいるし、ロウ=レイは、ケネス王のお気に入りだ。これまでロウが引き起こしてきた数々の問題を大目に見てきた姉代わりの騎士団長と王がいれば、最後は助けに入るはず。
「おれが余計な動きをすると、最悪の事態を招くことになるかも……」
最悪の事態とは、ロウ=レイがジャバの刃で死ぬことだ。それだけは、絶対に避けたい。
ゆえに、いまクルティカ・ナジマは動くべきでない。花柱の上から、広場で追い詰められていくロウ=レイを見ているしかない。わかっている、わかっている……。
クルティカの頭は冷静に演算を終えた。出した結論はこのまま花柱の上から動かず、ただ広場で起きることを見ているだけ、だ。
大事な女が無残に殺されるところを見るだけ――。
手のひらの汗が止まらない。
眼下の広場では銀板の上で踊る人形のように、ロウとジャバ団長が戦っている。
クルティカから花柱にしがみつきなおした丸パン男が、おろおろしはじめた。
「だめだよ、あれ。やられちゃうよ。彼女じゃあ身が軽すぎて、ジャバ団長の重量級の刃を受けきれないんだ」
ロウ=レイは、女だ。体力はジャバより先に尽きる。これはどうしようもないロウの不利な点だ。
「クルティカ、助けに行こう、今すぐ!」
クルティカは歯を食いしばった。手が、熱く、熱くなるのを感じる。
もう二度と、剣を持てない手が。
ロウの無謀な行動のせいで古龍の呪詛を浴びてしまった黒い手が、ぎわぎわと熱を持ち始めていた。
「どうしようもない……いつだってあのバカが、感情のままに突っ込むからいけないんだ。
そしてなぜ――いつもおれが後始末をするんだ? いい加減にしてくれ」
ロウ=レイはジャバ団長に斬りたてられながらも、懸命に重い太刀を防いでいる。その白い頬の上に、クルティカはくっきりと、ひとつぶの涙を見た。
悔しさのあまりか。
自分に絶望してか。
理由はわからないが、クルティカは涙を見てしまった。
一粒だけ。まるで、この世に在ってはならない清浄すぎる真珠のような涙を。
「くそっ! リデル、ここで待ってろ!」
「えええっ!? ここで置き去り!? こんなところに置き去り!?」
「後から助けに来る!」
クルティカは一気に銀板のような広場へ飛び降りた。
手には一穂のきらめく槍を持っている。
しかし、クルティカの身体は窓枠に引っかかって止まった。
後ろを見る。
あいつがいる。ホツェル王国史上最悪ともいえる男が。
『癒せない癒し手』、『この世の災厄すべてが、大風にのって駆け寄ってくる男』、リデルだ。
「クルティカ、ちょ、待って! 僕のローブが、きみの槍に引っかかっているんだよ!」
「――え?」
クルティカは自分の槍を見た。たしかに槍の石突部分に白いローブが引っかかっている。
丸パン男が外そうとするが、ますますがっちりと絡みつく。
そしてクルティカの身体は――半分以上、窓枠の外へ落ちかけている。はずみがついているから、止められない。
クルティカの計算よりも、はずみがつきすぎている。丸パン男リデルの体重が余分に乗り、一気に外へ押し出そうとしているからだ。
「お前までくる必要はない、窓枠につかまれ、リデル!」
「むりむりむり! あっひゃああああ!!」
その瞬間、クルティカの自制が戻った。冷静な頭脳がすさまじい速さでふたたび動きはじめた。
まずリデルを部屋にとどめる。それが先決だ。
騎士とは、まず弱きものを助ける。
クルティカは落ちながら、槍ごとリデルのもっちりした身体を武具室へ放り込んだ。
「かっひゃあああ!」
声とともに、ドスン! という音が聞こえた。リデルは無事に部屋に戻ったようだ。
ついで、クルティカは叫んだ。
「リデル! 長槍を窓から落とせ!」
眼下の王宮前広場からは、ジャバ団長が繰り出す大太刀とロウ=レイのレイピアがぶつかり合う金属音がせわしなく鳴っている。
あそこへ入るには、武器がいる。なのにクルティカは丸腰だ、持っていた長槍をリデルとともに武具室に放り込んだから……。
「リデル! 早くしろ!」
「やり? あ、これね。よいしょ、と……あ? あああああああっ!?」
いったいどうやったのか、長槍とともにリデルの丸い身体まで一緒に落ちてきた。
「クルティカ、助けてよう!」
「くそっ! 予想を裏切らない男だな!」
クルティカは空中でリデルと長槍を受け止める。
そのまま、二人と長槍は蒼天騎士団寮の二階から落ちていった。
銀色に輝く王宮前広場に向かって、真っ逆さまに……。
しかし、クルティカがとっさに花柱の飾り布をつかんだ。
ぼふん! と広場に立てられた花柱の旗に、二人が引っかかった。しかし群衆は広場で繰り広げられる騎士団長とロウ=レイの激闘に目を奪われていて気づかないようだ。
「ひゃあああ高いよ、怖いよ!」
「しずかに、花柱にしがみついていろ」
リデルにしがみつかれながら、クルティカの頭脳が駆けめぐった。
ここで、止まっているわけにいかない。
ロウ=レイには助けがいるのだ。
この災厄を招いたのはロウ=レイ自身だ。何が起きたとしても、それはロウが負うべき罰だ。それは分っている。
広場にはアデム団長がいるし、ロウ=レイは、ケネス王のお気に入りだ。これまでロウが引き起こしてきた数々の問題を大目に見てきた姉代わりの騎士団長と王がいれば、最後は助けに入るはず。
「おれが余計な動きをすると、最悪の事態を招くことになるかも……」
最悪の事態とは、ロウ=レイがジャバの刃で死ぬことだ。それだけは、絶対に避けたい。
ゆえに、いまクルティカ・ナジマは動くべきでない。花柱の上から、広場で追い詰められていくロウ=レイを見ているしかない。わかっている、わかっている……。
クルティカの頭は冷静に演算を終えた。出した結論はこのまま花柱の上から動かず、ただ広場で起きることを見ているだけ、だ。
大事な女が無残に殺されるところを見るだけ――。
手のひらの汗が止まらない。
眼下の広場では銀板の上で踊る人形のように、ロウとジャバ団長が戦っている。
クルティカから花柱にしがみつきなおした丸パン男が、おろおろしはじめた。
「だめだよ、あれ。やられちゃうよ。彼女じゃあ身が軽すぎて、ジャバ団長の重量級の刃を受けきれないんだ」
ロウ=レイは、女だ。体力はジャバより先に尽きる。これはどうしようもないロウの不利な点だ。
「クルティカ、助けに行こう、今すぐ!」
クルティカは歯を食いしばった。手が、熱く、熱くなるのを感じる。
もう二度と、剣を持てない手が。
ロウの無謀な行動のせいで古龍の呪詛を浴びてしまった黒い手が、ぎわぎわと熱を持ち始めていた。
「どうしようもない……いつだってあのバカが、感情のままに突っ込むからいけないんだ。
そしてなぜ――いつもおれが後始末をするんだ? いい加減にしてくれ」
ロウ=レイはジャバ団長に斬りたてられながらも、懸命に重い太刀を防いでいる。その白い頬の上に、クルティカはくっきりと、ひとつぶの涙を見た。
悔しさのあまりか。
自分に絶望してか。
理由はわからないが、クルティカは涙を見てしまった。
一粒だけ。まるで、この世に在ってはならない清浄すぎる真珠のような涙を。
「くそっ! リデル、ここで待ってろ!」
「えええっ!? ここで置き去り!? こんなところに置き去り!?」
「後から助けに来る!」
クルティカは一気に銀板のような広場へ飛び降りた。
手には一穂のきらめく槍を持っている。
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