「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第2章「運命はいつだって『西』にある……空腹とともに」

第16話「背後にロウ=レイがいるかぎり」

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(UnsplashのMatthew Ballが撮影)

 しかしクルティカが飛び出す前に、ロウ=レイが飛び込んできた。

「クルティカ! 茂みの向こうに4人いるみたい。武器は矢と、たぶん短剣――って、何これ?」
 
 ロウはリデルがローブから出したレイピアをつまみ上げて、まじまじと見る。

「あんた、なんでこんなものを持っているのよ?」

 リデルは得意げな顔をして、

「あのさ、さっきまで僕、蒼天騎士団寮の武具室にいたでしょう?」
「――いたわね」
「でさ、クルティカの大槍に引っかかって窓へ引っ張っていかれる時に、何とか止まろうと、いろいろなものを掴んだ」
「……レイピアと槌と、はめ込み式の槍にしがみついたら止まれると思ったの? あんた、バカ?」

 あきれたようにロウ=レイが言う。リデルは丸パンのような顔をますます膨らませ、

「可能性があるなら、何でも試してみるべきだろ。まあ、あんまり効果なかったけどさ。
 だけどほら、いまは役に立つじゃん?」

 ビイーーーン! と再び、メタゼの木に短い矢が刺さった。クルティカがうなずく。

「ああ。役に立つぞリデル。 ロウ、レイピアを取れ。
 あの茂みからここへ確実に射てくるとは、手練れだな」
「4人……全員が茂みに潜んでいるわけじゃなさそうね? 別の方角にも、いるわよ」

 ロウ=レイはレイピアを軽く振った。重さを確認しているのだろう。クルティカははめ込んだ槍の柄をしっかり握り、指示を出す。

「ロウ、おれが茂みに突っ込む。おまえは反対側を見ろ」
「了解。うまいぐあいに、敵がわかれているといいけどね」
「どうだろうな――だがまあ、おれとお前がいたら、何とかなるだろう……いくぞっ!」
「うんっ!」

 どんっ! と二人は同時に別方向へ向かって飛び出した。
 クルティカが灌木に向かうと同時に、耳元でひゅっと矢が通り過ぎる音がした。背後でリデルの声がする。

「あひゃあああああ! や……矢が来たよ!」
「木の陰に隠れてろ、リデル!」
「言われなくても隠れるよ!」

 それが合図だったかのように、茂みから三つの影がクルティカに襲いかかった。
 全員が黒衣に身を包み、顔も頭巾で覆いかくしている。月明かりの下、見えるのは目だけだ。
 おそらく全員、男。年齢はバラバラのようだが、統制がとれていて3人の動きが精密な機械のようにかみ合っていた。
 短剣を持つもの、大槌で向かってくるもの、ロウが手にしたレイピアとよく似た剣を持っているものもいた。

 黒衣の男たちは物も言わず、合図もなしで連携してくる。次々と、刃がクルティカを襲った。

「……つよい……っ。おまえたち何者だ、なぜおれたちを襲う!?」

 クルティカが思わず叫んだ。返事はない。
 夜気に走る剣戟の音だけが重なっていく。

「ここに剣使いが3人いるということは……弓兵は、あっちだな」

 ひょい、とクルティカが、まったく違う方向を目線で追った。
 つられて、一人の男が視線をクルティカからはずした。
 その時を逃さず、クルティカが長槍を繰り出す。

「むんっ……!」
「ぐは……っ」

 ひとりがクルティカの槍で吹っ飛んだ。横腹をおさえているが、血が出ている様子はない。黒衣の下に鎖帷子か革胴を着こんでいるのだろう。
 統制のとれた動きに、的確な防具。襲撃者たちは、攻撃と防御を冷静に繰り出してくる。
 ぜったいに、ただの夜盗じゃない。
 訓練を受けた者たち、それも秩序だった厳しい訓練を受けた人間だ。
 ふと、先輩騎士の言葉が浮かんだ。

『辺境伯が意のままに使える一群がいるらしい……腕が立つやつらだ』
『闇にまぎれ、邪魔ものをひそかに処分する』

 黒衣をまとい、訓練された動きで攻撃と防御を繰り出す4人組は、おそらく『腕の立つ一群』だろう。
 闇にまぎれて邪魔者を処分する……。
 『邪魔者』とはクルティカとロウ=レイだ。

 「……しかしなぜ……」

 クルティカはすばやく大槌から逃れた。

「なぜ、おれたちを襲う? ロウはもう、辺境伯の邪魔はしないぜ?」

 尋ねたときクルティカの足元がずるっと滑った。街道の石畳、丸石に足が乗ったのだ。
 170タールの長身が、崩れてゆく。
 目の前に分厚い刃が迫った。のこぎりのようなギザギザの刃が月光に光るのがやけに克明に見える。

 息をのんだ瞬間、クルティカは小さな身体が舞い降りてくるのを、見た。
 そいつは銀色にきらめくレイピアを持っている。
 『蒼天騎士団の突発性沸騰派』……ロウ=レイだ。

 しゃらっ! とロウの剣が走り、間一髪のところで大槌がはじかれた。黒衣の男がもうひとり、崩れ落ちながらもロウに向かって短剣を振り上げた。

「どけっ、ロウっ!」

 倒れた姿勢から、クルティカは小さな身体を突き飛ばした。
 すばやく刃の下に入る。
 そいつの手からギザ刃の剣をむしりとったとき、クルティカの喉から絶叫がほとばしった。

「ぐあああああっ!」

 すさまじい痛みと熱が、剣を持った右手を襲う。
 ギバギバと音を立てて血管に沸騰するのが感じられた。同時に、夜目にも右手が黒く焦げあがってくるのが見える。

「ティカ、短剣を捨てて! 早く!」

 ロウ=レイが叫ぶ。
 だがクルティカはまだ短剣を握ったままだ。
 鋭い武器を相手に渡す危険は、おかせないから。

 背後にロウ=レイがいるかぎり。
 クルティカの背中が、運命の少女剣士を守っている限り――たとえ灼熱の黒が、すさまじい速さでクルティカの右腕を駆け上がっても、短剣を放すことはできない……。 
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