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第2章「運命はいつだって『西』にある……空腹とともに」
第17話「あんたのためなら『アレ』と結婚してもいい」
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(UnsplashのOleg Ivanovが撮影)
クルティカは背後のロウ=レイを守りつつ、黒煙を上げて焦げていく右手で、短剣をふるった。
ギザ刃の短剣に74デルの体重を乗せて、一気に攻撃を重ねる。
短剣を奪われた黒衣の男は声も上げずに街道に倒れた。それを残った二人が、すばやく抱えて逃げる。
そのうちのひとりに、クルティカは飛びついた。
「逃がすか! 正体を見せろ……!」
しかし、捕まえたと思った瞬間、相手は関節が溶けたようにぐにゃりと曲がり、クルティカの手から逃げ出した。
月光の中、砂煙も立てずに仲間を連れて消えてゆく。街道から少し入ればそこはもう深い森だ、クルティカたちも追いきれない。
クルティカが荒い息のまま、つぶやく。
「……逃げられたな」
「仕方がないわ。この状況よ、死ななかっただけでも奇跡よ。それに、欲しいものはもらったから」
「え?」
ロウ=レイは小さな布袋をかかげた。
「なんだ、それ」
「お金。あんたが3人を相手にしている間に、射手に組みついていただいたの」
「……あの状況で、よく金のことまで考えついたな、おまえ……」
ロウ=レイはニヤリと笑って袋を振った。なるほど硬貨がぶつかる音がする。
「金をもって襲撃するなんて騎士じゃないわね」
「ああ。でも素人でもなかった。襲い方が手慣れていた」
「夜盗でもないし」
「夜盗にしちゃ統率がとれていた……って、いくら入ってる?」
ロウ=レイが袋を覗き込み、
「30エル。ないよりましか……ん?」
ロウは一瞬だけ目を細め、財布の奥を見つめた。クルティカが背後から覗き込む。
「何があるんだ?」
「……なんでもない」
そそくさと、硬貨のはいった袋をしまい込む。それからメタゼの木の根元に座り込んだきりのリデルを眺め、
「それより、クルティカ。あの男はどうするつもり? この先も連れていくの?」
ちらり、とロウ=レイはクルティカの右手を見た。慌てて引っ込める。まだすさまじく痛むが、その気配をに知られたくない。
クルティカは憮然として、
「あいつは連れていく。王命だからな」
「そうね……それに、役に立つかも」
「役に立つ? 『癒せない癒し手』だぜ?」
ロウ=レイは落ち着きはらって答えた。
「あたしたち、半年後には『夫』を連れて王都へ戻らなきゃいけない。そうしないと騎士籍をはく奪された廃騎士のままだもの。アレを『夫』に仕立てればいいのよ」
「アレを『夫』に!?」
クルティカは呆れて叫んだ。高笑いするかと思われたロウ=レイは、静かにうなずく。
「まあ、2カ月も旅すれば十分でしょ? それから陛下の前で『夫が見つかりました』と言えばいい」
十六夜の月光を浴びた幼なじみは、じっとクルティカを見上げた。ふんわりした巻き毛が顔をいろどり、茶色の眼が気迫をもって輝いていた。
この目つき、クルティカは良く知っている。ロウが何かを強く決心した時の表情だ。
「クルティカ。『古龍の呪詛』を中和するためには、王宮付きの腕きき癒し手に頼むしかないわ。
だから王都へ戻って騎士に復活するのが最優先事項よ。
あんたのためなら、アレと結婚してもいい。何だってやるわ」
クルティカはどさりと根の上に座った。隣でリデルの丸っこい尻が、まだ震えている。
「なんかよくわからないけど……僕も一緒に旅するんだね?」
「そうだ」
「さっきのやつらは何? ケネス陛下の気が変わって、やっぱり処罰することにしたのかな」
「それはない」
ケネス王は公平で聡明だ。だからこそ兄である前王の死後、内乱を治めてホツェル崩壊を食い止められた。今さら前言を撤回することはないし、そもそも撤回するようなことでもなかった。
王都にいてもホツェル街道をほっつき歩いても、クルティカの呪詛は同じ効力を発揮する。剣を持てば、死ぬのだ。
リデルがモソモソと座りなおした。
「あっ、右手を見せて。戦いの最中に短剣に触れたんだろ?」
だまって右手の革手袋をはずす。リデルがさすがに癒し手の顔になり、丹念に月光に透かして見る。
さっきまで右手のひら中央あたりで止まっていた黒化が、手首近くまで進んでいた。
クルティカがうめく。
「たった一瞬、短剣を持っただけで、こんなに進むのか?」
「龍の呪詛は強いんだ。クルティカ、もうぜったいに剣を持ったらダメだよ。うかうかしていると黒化が心臓に達してしまうよ」
クルティカは夜空を見た。月が輝き、雲もない。
六月の夜空に風だけが走っていた。かすかに夏の気配を乗せた風が顔を撫でていく。
死んだら、こういう音も聞こえなくなるのかと思う。
18歳でつねに余命を考えるようになるとは想像もしなかった。騎士に危険はつきものだが、まさか自分が――。
このまま眠ってしまいそうだ……そう思った時、大きな翼が夜空を滑空する音がひびいた。
ばさりばさり、という異形の音。
鳥としてはありえないほどに大きな羽ばたき。風切り音はメタゼの並木上空で数回、円を描いていたかと思うと、まっしぐらに落ちてきた。
すさまじい速さだ。
十六夜の月を薄切りにする勢いで落ちてきた羽ばたきは、甲高い声を上げた。
「伝令! 伝令! 廃騎士クルティカ、廃騎士ロウ=レイに告ぐ! 伝令!!」
クルティカは跳ね起きた。ロウ=レイも電光石火の勢いで立ち上がる。
「クルティカ、蒼天騎士団の大ガラス様だわ。アデム団長からの伝令よ!」
2人の目の前に、巨大な漆黒のカラスがゆうゆうと夜気を切り裂いて落ちてきた。
クルティカは背後のロウ=レイを守りつつ、黒煙を上げて焦げていく右手で、短剣をふるった。
ギザ刃の短剣に74デルの体重を乗せて、一気に攻撃を重ねる。
短剣を奪われた黒衣の男は声も上げずに街道に倒れた。それを残った二人が、すばやく抱えて逃げる。
そのうちのひとりに、クルティカは飛びついた。
「逃がすか! 正体を見せろ……!」
しかし、捕まえたと思った瞬間、相手は関節が溶けたようにぐにゃりと曲がり、クルティカの手から逃げ出した。
月光の中、砂煙も立てずに仲間を連れて消えてゆく。街道から少し入ればそこはもう深い森だ、クルティカたちも追いきれない。
クルティカが荒い息のまま、つぶやく。
「……逃げられたな」
「仕方がないわ。この状況よ、死ななかっただけでも奇跡よ。それに、欲しいものはもらったから」
「え?」
ロウ=レイは小さな布袋をかかげた。
「なんだ、それ」
「お金。あんたが3人を相手にしている間に、射手に組みついていただいたの」
「……あの状況で、よく金のことまで考えついたな、おまえ……」
ロウ=レイはニヤリと笑って袋を振った。なるほど硬貨がぶつかる音がする。
「金をもって襲撃するなんて騎士じゃないわね」
「ああ。でも素人でもなかった。襲い方が手慣れていた」
「夜盗でもないし」
「夜盗にしちゃ統率がとれていた……って、いくら入ってる?」
ロウ=レイが袋を覗き込み、
「30エル。ないよりましか……ん?」
ロウは一瞬だけ目を細め、財布の奥を見つめた。クルティカが背後から覗き込む。
「何があるんだ?」
「……なんでもない」
そそくさと、硬貨のはいった袋をしまい込む。それからメタゼの木の根元に座り込んだきりのリデルを眺め、
「それより、クルティカ。あの男はどうするつもり? この先も連れていくの?」
ちらり、とロウ=レイはクルティカの右手を見た。慌てて引っ込める。まだすさまじく痛むが、その気配をに知られたくない。
クルティカは憮然として、
「あいつは連れていく。王命だからな」
「そうね……それに、役に立つかも」
「役に立つ? 『癒せない癒し手』だぜ?」
ロウ=レイは落ち着きはらって答えた。
「あたしたち、半年後には『夫』を連れて王都へ戻らなきゃいけない。そうしないと騎士籍をはく奪された廃騎士のままだもの。アレを『夫』に仕立てればいいのよ」
「アレを『夫』に!?」
クルティカは呆れて叫んだ。高笑いするかと思われたロウ=レイは、静かにうなずく。
「まあ、2カ月も旅すれば十分でしょ? それから陛下の前で『夫が見つかりました』と言えばいい」
十六夜の月光を浴びた幼なじみは、じっとクルティカを見上げた。ふんわりした巻き毛が顔をいろどり、茶色の眼が気迫をもって輝いていた。
この目つき、クルティカは良く知っている。ロウが何かを強く決心した時の表情だ。
「クルティカ。『古龍の呪詛』を中和するためには、王宮付きの腕きき癒し手に頼むしかないわ。
だから王都へ戻って騎士に復活するのが最優先事項よ。
あんたのためなら、アレと結婚してもいい。何だってやるわ」
クルティカはどさりと根の上に座った。隣でリデルの丸っこい尻が、まだ震えている。
「なんかよくわからないけど……僕も一緒に旅するんだね?」
「そうだ」
「さっきのやつらは何? ケネス陛下の気が変わって、やっぱり処罰することにしたのかな」
「それはない」
ケネス王は公平で聡明だ。だからこそ兄である前王の死後、内乱を治めてホツェル崩壊を食い止められた。今さら前言を撤回することはないし、そもそも撤回するようなことでもなかった。
王都にいてもホツェル街道をほっつき歩いても、クルティカの呪詛は同じ効力を発揮する。剣を持てば、死ぬのだ。
リデルがモソモソと座りなおした。
「あっ、右手を見せて。戦いの最中に短剣に触れたんだろ?」
だまって右手の革手袋をはずす。リデルがさすがに癒し手の顔になり、丹念に月光に透かして見る。
さっきまで右手のひら中央あたりで止まっていた黒化が、手首近くまで進んでいた。
クルティカがうめく。
「たった一瞬、短剣を持っただけで、こんなに進むのか?」
「龍の呪詛は強いんだ。クルティカ、もうぜったいに剣を持ったらダメだよ。うかうかしていると黒化が心臓に達してしまうよ」
クルティカは夜空を見た。月が輝き、雲もない。
六月の夜空に風だけが走っていた。かすかに夏の気配を乗せた風が顔を撫でていく。
死んだら、こういう音も聞こえなくなるのかと思う。
18歳でつねに余命を考えるようになるとは想像もしなかった。騎士に危険はつきものだが、まさか自分が――。
このまま眠ってしまいそうだ……そう思った時、大きな翼が夜空を滑空する音がひびいた。
ばさりばさり、という異形の音。
鳥としてはありえないほどに大きな羽ばたき。風切り音はメタゼの並木上空で数回、円を描いていたかと思うと、まっしぐらに落ちてきた。
すさまじい速さだ。
十六夜の月を薄切りにする勢いで落ちてきた羽ばたきは、甲高い声を上げた。
「伝令! 伝令! 廃騎士クルティカ、廃騎士ロウ=レイに告ぐ! 伝令!!」
クルティカは跳ね起きた。ロウ=レイも電光石火の勢いで立ち上がる。
「クルティカ、蒼天騎士団の大ガラス様だわ。アデム団長からの伝令よ!」
2人の目の前に、巨大な漆黒のカラスがゆうゆうと夜気を切り裂いて落ちてきた。
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