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第2章「運命はいつだって『西』にある……空腹とともに」
第23話「伸びしろを埋めろ」
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(UnsplashのGio Bartlettが撮影)
「やあああっ! ……はにゃ?」
リデルは少女をとらえている盗賊団の頭に短剣で切りかかったが、相手が悪い。男はあっさりリデルの右腕をひねり上げた。
「なんだこの、なまくら男は」
「ひゃ、は、くそううう!」
ぶんぶんと短剣を持ったままの右手を振り回すが、男はびくともしない。身長も体重もリデルをはるかにしのぐ大男だからだ。
男は薄くわらい、さらにひねり上げる。手にした短剣を落とすつもりなのだ。
「あひゃ、いた……いたたたっ……あっ、そうだ。僕の利き手は左だった」
「……へ?」
全員がおもわずそう言った時、リデルの右手がひらっと短剣を放り投げた。
空中で、左手がつかもうとする。
しかし同時に、ぐきぃっ!! というイヤな音がして、リデルが腰から折れた。
「ひゃああああ……腰……ぎっくり……」
男に右手をつかまれたまま、リデルがクタクタと崩れる。
中空に浮いた短剣は放物線を描いて落ち、落ちる途中でざくりと美少女の金髪を切り裂いた。
髪をつかんでいた男と少女をつないでいた力が、拡散する。
いきなり自由になった美少女は、ごつんと音を立てて地面に転がった。
リデルがかろうじて、叫ぶ。
「もう大丈夫だからね! 逃げるんだよ――うぎゃ! やめて、腰が痛いんだ。斬らないでえええ!」
四つん這いで逃げるリデルを男が追う。が、男はどこからか飛んできた石にこめかみを割られ、血だらけになって倒れた。
リデルが悲鳴を上げる。
「ひひゃあああ、なに、なに?」
「リデル! そのままじっとしていろ!」
「じっとしてるよ! っていうか、動けないよ! 腰が痛いもん……」
クルティカはこの騒ぎの前にモフモフ仔グマへ投げつけた槍の穂を地面から拾いあげ、装着してから盗賊に襲いかかった。
喉をねらい、迅雷の速さで突く。
最初の突きはよけられた。しかしすぐさま次の突きが襲う。
盗賊がよろめく。
だが足元がしっかりしていなかったクルティカも、とどめを刺せなかった。
だから――三回目の突きを出す。
槍の切っ先が男の太い首をかすめ、血を噴き出させる。
相手はもう、べたりと地面に座り込んで止まらない血に茫然としている。
「あ、あ、あ。何なんだ、あんたたち……まさか、ほんとに、きし……?」
クルティカはまだ槍を構えたまま言った。
「『騎士見習い』で『街道守備隊』だよ。そういう事にしておけ。
それより早く血止めしろ。全身に血を送り出す血管を切ってあるんだ。放っておくと、失血死するぞ」
「……くっ!」
うめきながら、盗賊団は逃げていった。クルティカはようやく息を吐く。
「くそ……おれの動きも……鈍くなっている……」
いつもより呼吸が上がってくるのが早く、おさまるのが遅い。肺へ空気が入っていかない感じだ。
騎士の身体能力は驚異的で、とくに動きの土台となる心肺機能は常人の4倍なのだが……。
「『古龍の呪詛』が、効いてきているのか……」
つぶやいたとき、目の前に小さな仔グマが見えた。
金茶色のモフモフ。
敵か味方か、さっぱりわからないオッサン仔グマの黒玉のような瞳が、光っていた。
「たいしたもんだ。『老龍の呪詛』をしょってて、あの三段突きかよ。えらいもんを送ってきやがったなあ」
「……え?」
そう言ったのと、とん、と仔グマがクルティカの額を突いたのは同時だった。
その瞬間、視界が真っ黒になった。仔グマの低い低い声が聞こえた。
「シシドを助けてくれて、ありがとよ。ここでお前も一緒に助けてもいいんだが、どうも『妙なもの』を連れているみたいだから、やめとくわ……。
お前の相棒はケガをしている。うちで預かるぞ。
いいか、目が覚めたら『西の町城』へ来い。港通りの酒場、『二頭のクマ亭』だ。
あのまんまる男は残しておく。ふたりで金を稼いで、何とか来るんだな」
……シシド?
酒場、『二頭のクマ亭』?
おれの相棒をあずかる?
大混乱のうちに、薄く目を開いたクルティカの目に映ったのは……なぜか、漆黒の鎧をまとった騎士の姿だった。
あざやかな六月の風をマントのように羽織り、顔を深々とカブトのおおいで隠した筋骨隆々の偉丈夫は、目だけで笑った。
『たいしたもんだぜ、てめえの運命を、もう呑みこんだのかよ?
だがもうちょい、伸びしろを埋めてから追いかけて来い――』
そこでクルティカの意識が途切れた。
すべての意味を知ったのは、昏倒から目覚めて丸パン男リデルの顔を見た時だった。
あたりはすでに、黄金色の夕暮れになっていた。
「大変だよ、クルティカ! ロウちゃんがあの仔グマたちに連れていかれたんだ!!」
「……にとうの……くまてい……」
「なに? なんなの、その呪文。僕の知らない呪文だなあ……回復魔法?」
「いや……なんでもない……だが、リデル……」
「ん、なに?」
「おまえ……おれをふんでる……そっち、呪詛のあるほう……」
「え? あ? あああああっ! あっ、しまった! 僕も……こしが……」
あわてて立ち上がったリデルが、腰をかばってしゃがみこむ。
まさに、黒化がすすむクルティカの右腕の上へ……。
「あひゃあ! クルティカ、黒化ってうつらないよね!? うつらないよね!?」
「……おま……癒し手が、それいうか……」
クルティカは再び目を閉じた。
瞼の裏には、からっぽの草原だけがひろがった。
運命の幼なじみは、またしてもクルティカを火だるまにしていったようだ。
この世のすべての災厄を、小指一本で招き寄せる男とふたりで、クルティカはこの先を目指すことになった。
行き先は、『西の町城』――。
「やあああっ! ……はにゃ?」
リデルは少女をとらえている盗賊団の頭に短剣で切りかかったが、相手が悪い。男はあっさりリデルの右腕をひねり上げた。
「なんだこの、なまくら男は」
「ひゃ、は、くそううう!」
ぶんぶんと短剣を持ったままの右手を振り回すが、男はびくともしない。身長も体重もリデルをはるかにしのぐ大男だからだ。
男は薄くわらい、さらにひねり上げる。手にした短剣を落とすつもりなのだ。
「あひゃ、いた……いたたたっ……あっ、そうだ。僕の利き手は左だった」
「……へ?」
全員がおもわずそう言った時、リデルの右手がひらっと短剣を放り投げた。
空中で、左手がつかもうとする。
しかし同時に、ぐきぃっ!! というイヤな音がして、リデルが腰から折れた。
「ひゃああああ……腰……ぎっくり……」
男に右手をつかまれたまま、リデルがクタクタと崩れる。
中空に浮いた短剣は放物線を描いて落ち、落ちる途中でざくりと美少女の金髪を切り裂いた。
髪をつかんでいた男と少女をつないでいた力が、拡散する。
いきなり自由になった美少女は、ごつんと音を立てて地面に転がった。
リデルがかろうじて、叫ぶ。
「もう大丈夫だからね! 逃げるんだよ――うぎゃ! やめて、腰が痛いんだ。斬らないでえええ!」
四つん這いで逃げるリデルを男が追う。が、男はどこからか飛んできた石にこめかみを割られ、血だらけになって倒れた。
リデルが悲鳴を上げる。
「ひひゃあああ、なに、なに?」
「リデル! そのままじっとしていろ!」
「じっとしてるよ! っていうか、動けないよ! 腰が痛いもん……」
クルティカはこの騒ぎの前にモフモフ仔グマへ投げつけた槍の穂を地面から拾いあげ、装着してから盗賊に襲いかかった。
喉をねらい、迅雷の速さで突く。
最初の突きはよけられた。しかしすぐさま次の突きが襲う。
盗賊がよろめく。
だが足元がしっかりしていなかったクルティカも、とどめを刺せなかった。
だから――三回目の突きを出す。
槍の切っ先が男の太い首をかすめ、血を噴き出させる。
相手はもう、べたりと地面に座り込んで止まらない血に茫然としている。
「あ、あ、あ。何なんだ、あんたたち……まさか、ほんとに、きし……?」
クルティカはまだ槍を構えたまま言った。
「『騎士見習い』で『街道守備隊』だよ。そういう事にしておけ。
それより早く血止めしろ。全身に血を送り出す血管を切ってあるんだ。放っておくと、失血死するぞ」
「……くっ!」
うめきながら、盗賊団は逃げていった。クルティカはようやく息を吐く。
「くそ……おれの動きも……鈍くなっている……」
いつもより呼吸が上がってくるのが早く、おさまるのが遅い。肺へ空気が入っていかない感じだ。
騎士の身体能力は驚異的で、とくに動きの土台となる心肺機能は常人の4倍なのだが……。
「『古龍の呪詛』が、効いてきているのか……」
つぶやいたとき、目の前に小さな仔グマが見えた。
金茶色のモフモフ。
敵か味方か、さっぱりわからないオッサン仔グマの黒玉のような瞳が、光っていた。
「たいしたもんだ。『老龍の呪詛』をしょってて、あの三段突きかよ。えらいもんを送ってきやがったなあ」
「……え?」
そう言ったのと、とん、と仔グマがクルティカの額を突いたのは同時だった。
その瞬間、視界が真っ黒になった。仔グマの低い低い声が聞こえた。
「シシドを助けてくれて、ありがとよ。ここでお前も一緒に助けてもいいんだが、どうも『妙なもの』を連れているみたいだから、やめとくわ……。
お前の相棒はケガをしている。うちで預かるぞ。
いいか、目が覚めたら『西の町城』へ来い。港通りの酒場、『二頭のクマ亭』だ。
あのまんまる男は残しておく。ふたりで金を稼いで、何とか来るんだな」
……シシド?
酒場、『二頭のクマ亭』?
おれの相棒をあずかる?
大混乱のうちに、薄く目を開いたクルティカの目に映ったのは……なぜか、漆黒の鎧をまとった騎士の姿だった。
あざやかな六月の風をマントのように羽織り、顔を深々とカブトのおおいで隠した筋骨隆々の偉丈夫は、目だけで笑った。
『たいしたもんだぜ、てめえの運命を、もう呑みこんだのかよ?
だがもうちょい、伸びしろを埋めてから追いかけて来い――』
そこでクルティカの意識が途切れた。
すべての意味を知ったのは、昏倒から目覚めて丸パン男リデルの顔を見た時だった。
あたりはすでに、黄金色の夕暮れになっていた。
「大変だよ、クルティカ! ロウちゃんがあの仔グマたちに連れていかれたんだ!!」
「……にとうの……くまてい……」
「なに? なんなの、その呪文。僕の知らない呪文だなあ……回復魔法?」
「いや……なんでもない……だが、リデル……」
「ん、なに?」
「おまえ……おれをふんでる……そっち、呪詛のあるほう……」
「え? あ? あああああっ! あっ、しまった! 僕も……こしが……」
あわてて立ち上がったリデルが、腰をかばってしゃがみこむ。
まさに、黒化がすすむクルティカの右腕の上へ……。
「あひゃあ! クルティカ、黒化ってうつらないよね!? うつらないよね!?」
「……おま……癒し手が、それいうか……」
クルティカは再び目を閉じた。
瞼の裏には、からっぽの草原だけがひろがった。
運命の幼なじみは、またしてもクルティカを火だるまにしていったようだ。
この世のすべての災厄を、小指一本で招き寄せる男とふたりで、クルティカはこの先を目指すことになった。
行き先は、『西の町城』――。
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