「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第4章「『二頭のクマ亭~ クマとシカ!?』」

第42話「真紅の女、ふたたび」

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(UnsplashのRodolfo Sanches Carvalho)

 夕暮れ、港町はにぎやかな雰囲気に包まれる。
 『西の町城』の港通りは店々に明かりがつき、肉や魚を焼く匂いが流れた。男たちの声と女たちの笑い声が響く。
 人の多い王都からやって来たクルティカも、その生き生きした様子に目を見張った。

「いつも、こんな風なのか?」
「楽しいでしょ? 『西の町城』は港町で、早朝から船が出入りするから夜が早い。夕暮れが一番にぎやかなの」

 ロウ=レイはいう事を聞かないクルクルの髪を布で包み、酒場の中を白シャツと空色のスカートで忙しげに歩き回る。
 安い、獣脂のろうそくがともされた店内はそれだけではない明るさで照らされているようだった。
 清浄で、涼やかな風がつねに店内を吹き抜けているようだ。
 そこへリデルの声がした。

「ロウちゃーん! キノコが焼けたってー、持って行って!」
「はいはい。これ、あんたの盆だからね」

 ぽい、とロウ=レイは木の盆をクルティカに渡した。

「おれも働くのか!?」
「働かざる者、食うべからず――っていうか、ニキシカ様が食わせてくれない」
 
 クルティカはちらりと酒場の奥を見た。
 奥の厨房では美貌の大男、ニキシカが料理をしている。
 出来上がったものはロウ=レイが運んでいる。

「なあ、成り行きで今夜からここで働いて2階で泊まることになったが――あの仔グマは何者なんだ?
 信用できるか?」
「バイ・ベアのこと? 悪い生き物じゃないわよ。
 まあ、いつもお金を持っていなくて店から小銭を持ち出してはニキ様にぶっ飛ばされているけど」
「問題あるだろ、それ!?」

 ひょこっと美少女、シシドも顔を出して言う。

「マスター・バイは女に金をねだられると断れない。だいたいいつも借金してる」
「ろくでもないな」
「店から金目の物をかっぱらって、故買屋に叩き売ってる」
「ちょっとまて、それ、だいぶまずいだろう」
「でもね」

 ロウ=レイは笑っていった。

「港通りで喧嘩があると、必ず誰かが呼びに来る。仲裁するのはバイ・ベア」
「通りの魚屋がおくさんを殴っていたら、立ち上がれないほど蹴飛ばしてくれるのはマスター・バイ」
「ムチャなことほど、頼りになる仔グマなのよ」
「ムチャなときしか、頼りにならない」
「それって、ほんとに頼りになるのか……」

 クルティカは、酒場のすみで大笑いしながら飲んだくれている仔グマを見た。
 そこだけが、光り輝いているようだった。

「あやしい仔グマだけどな……しばらくここにいるか」
「そうよ。それに港町は人の出入りが多いから、あんたの『龍の呪詛』を中和する方法もわかるかもしれない」

 一瞬だけ、ロウ=レイの眼が沈んだ。

「……黒化がすすんでいるってリデルから聞いたけど?」
「たいした変化じゃない、心配するなよ」

 ぽん、とクルティカはロウ=レイの頭をたたいた。

「さて、働くか。あのキノコを運ぶのか?」
「ええそう……あっ、お客さんだわ。いらっしゃいませ……って……すごい、びじん」

 ロウ=レイの声とともに酒場じゅうが、しずまりかえった。
 
 ひらり、ひらり。
 酒場の入口にたつ女のマントが揺れる。
 ひらり。はらり。

 どこからか、甘い匂いがただよった。
 女がゆっくりと口を開く。

「この酒場……女でも、入れます?」

 ほろりと目深にかぶったマントから、深紅の髪がこぼれた。

「……あの女……」

 とっさにクルティカはロウ=レイとシシドを背後におしやった。
 同時に、ロウがスカートにかくして持っている短剣に手をやるのが分かる。
 女の気配に反応したのだろう。さすが蒼天騎士だ。

 だが、酒場の客たちは何も気づかない。ただ美しい女がひとりで酒場にきたことに驚いているだけだ。
 女が巧みに隠す殺気に反応したのは、クルティカとロウだけだろう。

 ……いや。
 もう一人気づいたものがいるようだ……。もう一人というより、もう一匹? 一頭か……?

「どーーーーおぞ!!! うちの酒場はね、女性はいつでも大歓迎。
 とくにあなたみたいな美人さんは、ぜひともおいでいただきたいね!
 ゴルァ、さっさと椅子を準備しねえかロウ、クルティカ!」

 クルティカという名前に、女の眼が一瞬光ったような気がした。
 油断せず、女を見る。背後ではロウ=レイがクルティカの死角で攻撃姿勢を取っている。

「気が付いた、クルティカ? あの殺気……」
「ああ。子供を守らなきゃだめだ
「どうするの、打って出る……?」
「相手が何もしないのに、いきなり攻撃はできないな……っと! なんだこれっ!?」

 どっぱーん! とクルティカの後ろから、すごい勢いで水が噴き出してきた。

「ちゅ、厨房からよ……! なにこれ? やだ、吹き飛ばされそう!」
「ロウっ! この子どもを守れ!」
「守ってるけど……水の勢いがすごすぎて……」

 酒場中も大騒ぎになった。すさまじい勢いの水が噴き出し、店も客もずぶぬれ。
 しかも水の量はどんどんふえていく……。

 金茶色のモフモフ仔グマが水流に流されながら叫んだ。

「おい、クルティカ! なんだこりゃ?」
「はあ。心当たりがありますが……」
「心当たり? 誰だ、そのドンツクヤロウは?!」
「……敵も味方もなく攻撃する……史上最強の悪運男ですよ……」

 どぱーん! と水とともに小さな龍が飛び込んできた。

「クルティカ! あいつだよ、あの女だ! 僕を龍に変えて、きみとキスしかけたあの女……」
「ばか、リデル。だまれ!」
「……キス!!??」

 水が止まった。
 びったびたの酒場に立ち、茶色の巻き毛から水をぽたぽたとたらしているロウ=レイは、
クルティカが見たこともないような憤怒の表情で叫んだ。

「あたし以外の女とキスって、どういうことよ、いったい!!??」


 ……まずいまずい。
 怒り狂っているときのロウ=レイは……双頭の龍に匹敵するほどのすさまじさを持っている。

 それにしても。
 たかがキスで怒るなよ……まだロウとはキスどころか、ちゃんと好きだと言ったこともないのに……。
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