「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第4章「『二頭のクマ亭~ クマとシカ!?』」

第43話「『双方向目くらまし』」

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(UnsplashのAlmos Bechtoldが撮影)

 「あら、またお会いしましたね」

 ひらひらとマントをひるがえしながら、深紅の女が近づいてくる。
 いったい、どういう仕組みだろうか。酒場中がずぶぬれだというのに、女は一滴の水も浴びずに
にこやかに近づいてくる。
 クルティカのもとへ。

 近づくと小声で言った。

「あの夜のことは、忘れられないわね……?」
「な、な、なに、を!?」

 クルティカが顔を赤くしていると、後ろからロウ=レイが怒鳴りつけた。

「あの、お客さん! 注文をお聞きしますけれど!?」

 女はちらりとロウを見た。緑色の眼が妖しく輝く。

「注文……では火酒を」
「はいはい、火酒ね! ……火酒って?」

 ロウは隣にいる美少女に尋ねた。金と銀の眼を持つ少女、シシドは不思議な色の眼をきらめかせて答えた。

「黒いびんに入ってる。のんだらすごく熱くなるお酒」
「強い酒なのね……少しお待ちを!」

 そう言うとロウはスカートをはためかせて厨房へ入っていった。
 後ろ姿を眺めながら、深紅の女は軽やかに笑った。

「そう、あれがあなたの好きな女の子……」
「ちがうから! そんなことより、何の用です? リデルを元に戻してくれるんですか?」
「……リデル?」

 女は首をかしげた。自分が龍に変えた男を、すっかり忘れているようだ。

『いったい、コイツは何者なんだ……?』

 クルティカは内心で首をひねった。
 妖しい術を使って人の心をあやつり、人間を龍に変えることができる女。
 ぞくぞくするほどに美しく、男の芯をゆさぶることができる美女。

 あやしすぎる。
 クルティカは無意識のうちに、小さな少女をふたたび背後にかばった。

「あなたが龍にした男の事ですよ。おぼえていないんですか?」
「ふふふ……龍ね? 『龍』と貴方たちが思っているものね……」
「思っている? それは一体どういう?」
「『双方向目くらまし』だよ、クルティカ」

 ぽそ、と酒場のすみから声がした。全員の視線が、いっせいに同じ方向へ向いた。

「バイ・ベア? いったい、どういう意味……」
「仕掛けは単純なんだ。広範囲にわたって展開する『目くらまし』だ。
 見ているほうも、見られているほうも術にかかる。
 つまりな、お前もリデルも『龍に変化した』と思いこまされたんだよ。
 その波動が、周りにも影響した。

 お前が『リデルは龍になった』と思えば、リデルも『自分は龍になった』と思う。
 お前らふたりが『龍だ』と思う波動が強すぎて
 みんなが同じ認識を持つ。
 そういう仕組みだよ。

 そら、術を解いてやる!」

 くるっ、とバイ・ベアは椅子から立ち上がり空中へ飛んだ。
 しゃしゃしゃっ! と鋭い爪が空を切る。獣脂の明かりが無数に切り刻まれて、四方へ飛んだ。

 その一つが、リデルに当たった。

「あち、あちあちあち!!」
「な、熱いだろう。それが『本物の炎』だ。お前がさっき吐いた炎と、?」
「……え? ……あ」

 とん、と金茶色のモフモフが酒場の床に降りる。その柔らかな足音が聞こえた瞬間、リデルは人間に戻った。

「あっ、もとどおりだ!」

 丸々と太ったローブ姿が、いきなり土床に出現した。
 酒場じゅうがどよめく。

「おいおい、さっきまで龍だったのに??」
「なんだか、普通の人間だなあ」
「いや、ふつうよりちょっと抜けているっぽいが……」

 ごくり、とクルティカはツバを飲んだ。

「……じゃあ、おれもリデルも、あの街道の宿からずっと術にかかっていた?
 こんなに長期間にわたって、術をかけ続けるなんて可能なんですか」
「できねえこともねえさ。術者に力がありゃな。なあ、おねえさんよ」

 バイ・ベアにそう言われて女の眼が見開かれた。

「……ただの、仔グマじゃないわね……」
「どうかね。そっちこそ、ただの女じゃねえんだろう」

 しゃっ、とバイ・ベアが爪を出した。
 背後のクルティカに言う。

「……やれ」
「は?」
「お前が倒せよ、俺はもう疲れたんだ! だいたいお前がうかうかと、後をつけられてきたんだろーが。自分の尻は自分で持て!」

 どがっ! とバイ・ベアはクルティカを蹴飛ばした。
 クルティカの長身がまっすぐに女に向かっていく。
 向かいつつ、そのあたりにあったほうきを手に取る。

 がっ!!! 
 ほうきの柄が、女のこめかみに当たった……。
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