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第5章「崩落」
第53話「『護り手』に『ことば』を授ける」
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(UnsplashのPaloma LaMadreInspiradaが撮影)
「ロウっ!」
クルティカが、薄くなりはじめた黒衣の陣形に切り込んでいく。
すでに美貌の男、ニキシカの的確な野菜攻撃で複数が倒れてしまった黒衣の男たちの陣形はもろく崩れた。
すきまから、ロウ=レイが見える。
がぎぎぎいいんっ!!
剣どうしがぶつかる音がした。ロウ=レイのレイピアが敵を防いでいる。
「ロウっ、そのレイピア、まだ使えるか!?」
「なんとか……でも、あともう一人で限界かな……血と脂で、刃がにぶっちゃって」
ロウ=レイが荒い息の下で答える。白い頬に、小さな傷が見える。さっきシシドを守っている間につけられた防御創だろう。
クルティカは枝のような野菜をかまえつつ、ロウの加勢に入った。
「一気に、片づけてしまおう」
「いいけど……シシドちゃんは?」
「外だ。港通りでリデルと一緒にいる」
「……リデル?」
飛び込んでくる男の金属槌を、ようよう払いのけながらロウ=レイが言った。
「リデルに、任せておいて大丈夫? あいつ、思いもよらない不運を引き寄せてくる男よ……」
「……う」
クルティカも思わず黙った。その間もニキシカの野菜攻撃で、襲撃者たちの陣容は確実に削られつづけている。
「クルティカ、ここはもう私が引き受けます。ロウ=レイと一緒に中庭へ。アホマスターに助勢してください」
「はい!」
ふたりは裏口から中庭へ向かう。
薄暗い酒場からまぶしい外へ出た瞬間、二人は目を疑った。
「……リデル! シシド!」
「あら、お坊ちゃま騎士さん、意外と早くやって来たのね?」
そこには、赤毛の女と数人の配下が縛り上げたリデルとシシドを囲んで立っていた。
「いつのまに……っ!?」
「だって、あなたたち、酒場の中の『陽動部隊』で夢中だったでしょ。
このかわいらしいお嬢ちゃんと、何の役にも立たないまんまる男二人が
通りに立っているんだもの。
捕獲させていただいたわ」
「クルティカ―! ごめんよー」
ぐるぐる巻きにされても、一向に危機感が見えないリデルがのんびりと言った。
「こいつら、いきなり来て、縛り上げるもんだからさー」
「くそ……バイ・ベアは何をしていたんだ!?」
「あら、あの仔グマちゃんね。あそこで、おねんねよ」
見れば、中庭のメタゼの大木に寄りかかるようにして金茶色のモフモフが倒れている。
まだ鼻血を出しているようだが……。
「もうちょっと骨のある相手かと思ったら、あっという間だったわ」
「く……ッ、何をした、おまえ!?」
「なにって……いやん、うふふふふ」
赤毛の女はなまめかしく体をよじった。丸い肩先から色気がこぼれ落ちる。
つうううっ、とクルティカの鼻からも血が流れてきた……。
「ちょっと、クルティカ! なんであんたまで鼻血をだしているのよ!」
「出しているんじゃない、勝手に出てくるんだ」
「みっともないわねえ、男って。ちょっとそこの色気ダバダバ虫! シシドを返してよ!」
「……色気のまったくないヒトに言われたくないわね……このお嬢さんはお預かりしておくわ。
戦況に変化があれば、おのずと分かることがあるでしょう」
「戦況……?」
クルティカがつぶやいた。赤毛の女は鮮やかに笑い、
「『戦況は常に変化する、水が流れる如く備えよ』。流れに応じて戦術も変えていかなくては、ね」
「……なぜおまえが、騎士訓第六条を知っているんだ」
クルティカの問いに答えず、赤毛の女はシシドを抱き込むと体にしっかりとマントを巻いた。
「貴方たちが『西の町城』へ来た本当の理由が分かるまで、この二人は預かっておくわ。
……では!」
明るい中庭に突然、まがまがしい影が落ちた。あたりが急激に暗くなり、クルティカの空間認知能力が音を立てて崩壊した。
かろうじてつぶやく。
「くそ……『天地狂わせ』玉をつかったな」
「退却は闇に乗じてするべし。知らないでしょうけど、これは我が『影喰い』に伝わる心得のひとつよ」
高笑いを残して女の姿が消えていく。
そのとき、白くくらんだクルティカ視界をつらぬくようにして、少女の甲高い声が響いた。
「クルティカ! 『護り手』に『ことば』を授ける!!」
「……シシド?」
見れば赤毛の女にがっちりと抱きかかえられながら、少女は金と銀の瞳をきらめかせて、叫んだ。
「『フルクトゥト・ネック・メネギット
ヴィト・ユニ・フォルティオ』!」
「……ふるくとぅと・ねっく……?」
「『フルクトゥト・ネック・メネギット
ヴィト・ユニ・フォルティオ』!! 時間がない。おぼえて!」
「……何の呪文だ、小娘……?」
赤毛の女がつぶやいたとき、リデルが突然、塀の上で立ち上がり、捕手をふりきって走り始めた。
「シシドちゃん、たすけるよ!」
「ロウっ!」
クルティカが、薄くなりはじめた黒衣の陣形に切り込んでいく。
すでに美貌の男、ニキシカの的確な野菜攻撃で複数が倒れてしまった黒衣の男たちの陣形はもろく崩れた。
すきまから、ロウ=レイが見える。
がぎぎぎいいんっ!!
剣どうしがぶつかる音がした。ロウ=レイのレイピアが敵を防いでいる。
「ロウっ、そのレイピア、まだ使えるか!?」
「なんとか……でも、あともう一人で限界かな……血と脂で、刃がにぶっちゃって」
ロウ=レイが荒い息の下で答える。白い頬に、小さな傷が見える。さっきシシドを守っている間につけられた防御創だろう。
クルティカは枝のような野菜をかまえつつ、ロウの加勢に入った。
「一気に、片づけてしまおう」
「いいけど……シシドちゃんは?」
「外だ。港通りでリデルと一緒にいる」
「……リデル?」
飛び込んでくる男の金属槌を、ようよう払いのけながらロウ=レイが言った。
「リデルに、任せておいて大丈夫? あいつ、思いもよらない不運を引き寄せてくる男よ……」
「……う」
クルティカも思わず黙った。その間もニキシカの野菜攻撃で、襲撃者たちの陣容は確実に削られつづけている。
「クルティカ、ここはもう私が引き受けます。ロウ=レイと一緒に中庭へ。アホマスターに助勢してください」
「はい!」
ふたりは裏口から中庭へ向かう。
薄暗い酒場からまぶしい外へ出た瞬間、二人は目を疑った。
「……リデル! シシド!」
「あら、お坊ちゃま騎士さん、意外と早くやって来たのね?」
そこには、赤毛の女と数人の配下が縛り上げたリデルとシシドを囲んで立っていた。
「いつのまに……っ!?」
「だって、あなたたち、酒場の中の『陽動部隊』で夢中だったでしょ。
このかわいらしいお嬢ちゃんと、何の役にも立たないまんまる男二人が
通りに立っているんだもの。
捕獲させていただいたわ」
「クルティカ―! ごめんよー」
ぐるぐる巻きにされても、一向に危機感が見えないリデルがのんびりと言った。
「こいつら、いきなり来て、縛り上げるもんだからさー」
「くそ……バイ・ベアは何をしていたんだ!?」
「あら、あの仔グマちゃんね。あそこで、おねんねよ」
見れば、中庭のメタゼの大木に寄りかかるようにして金茶色のモフモフが倒れている。
まだ鼻血を出しているようだが……。
「もうちょっと骨のある相手かと思ったら、あっという間だったわ」
「く……ッ、何をした、おまえ!?」
「なにって……いやん、うふふふふ」
赤毛の女はなまめかしく体をよじった。丸い肩先から色気がこぼれ落ちる。
つうううっ、とクルティカの鼻からも血が流れてきた……。
「ちょっと、クルティカ! なんであんたまで鼻血をだしているのよ!」
「出しているんじゃない、勝手に出てくるんだ」
「みっともないわねえ、男って。ちょっとそこの色気ダバダバ虫! シシドを返してよ!」
「……色気のまったくないヒトに言われたくないわね……このお嬢さんはお預かりしておくわ。
戦況に変化があれば、おのずと分かることがあるでしょう」
「戦況……?」
クルティカがつぶやいた。赤毛の女は鮮やかに笑い、
「『戦況は常に変化する、水が流れる如く備えよ』。流れに応じて戦術も変えていかなくては、ね」
「……なぜおまえが、騎士訓第六条を知っているんだ」
クルティカの問いに答えず、赤毛の女はシシドを抱き込むと体にしっかりとマントを巻いた。
「貴方たちが『西の町城』へ来た本当の理由が分かるまで、この二人は預かっておくわ。
……では!」
明るい中庭に突然、まがまがしい影が落ちた。あたりが急激に暗くなり、クルティカの空間認知能力が音を立てて崩壊した。
かろうじてつぶやく。
「くそ……『天地狂わせ』玉をつかったな」
「退却は闇に乗じてするべし。知らないでしょうけど、これは我が『影喰い』に伝わる心得のひとつよ」
高笑いを残して女の姿が消えていく。
そのとき、白くくらんだクルティカ視界をつらぬくようにして、少女の甲高い声が響いた。
「クルティカ! 『護り手』に『ことば』を授ける!!」
「……シシド?」
見れば赤毛の女にがっちりと抱きかかえられながら、少女は金と銀の瞳をきらめかせて、叫んだ。
「『フルクトゥト・ネック・メネギット
ヴィト・ユニ・フォルティオ』!」
「……ふるくとぅと・ねっく……?」
「『フルクトゥト・ネック・メネギット
ヴィト・ユニ・フォルティオ』!! 時間がない。おぼえて!」
「……何の呪文だ、小娘……?」
赤毛の女がつぶやいたとき、リデルが突然、塀の上で立ち上がり、捕手をふりきって走り始めた。
「シシドちゃん、たすけるよ!」
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