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第5章「崩落」
第54話「漆黒の貴婦人、再び」
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第54話「漆黒の貴婦人、再び」(Unsplashのshahin khalajiが撮影)
「あっ、リデル、今は何もしないで! かえってあぶない……!」
塀上のリデルに向かって、ロウ=レイが叫ぶ。だが丸パン男は聞こえなかったのか、聞く気がなかったのか、モチモチをした足音を立てながら突っ走った。
その勢いのまま、どん! と赤毛の女にぶつかった。
女がバランスを崩す。
しかし同時に配下に鋭く命じた。
「撤退っ! ここにはもう用がない。倒れた者も回収!」
「あひゃあああ! ナニコレ、なんなの、どうなってるの……僕の足が消えていくううう!?」
しゃっっ! とかすかな音がして、赤毛の女とシシドは消えた。一緒に配下の男たちとリデルも消えた。
間抜けな悲鳴を残して……
先に『天地狂わせ』玉の影響から立ち直ったロウ=レイが空を見上げて言った。
「いったい……何が起きたの? なんだっていうのよ……リデルとシシドは、どこへ行ったの!?」
抜けるように青い空の下、クルティカとロウは呆然と立ち尽くしていた。
そこへ冷静この上ない声が聞こえた。
「……やられましたね。あちらには、思った以上の機動力がありました……まさかシシドを奪われるとは……」
「ニキシカさん」
白くかすむ視界の中で、長身の男が立っているのがかろうじて見えた。
「すみません、リデルにまかせたのが敗因でした」
ニキシカは頭を振り、
「何が敗因か、間違いか。今となってはよくわかりません。
手持ち最強の防御策を講じておいたはずなのに……」
「まあ、全部が全部、失敗で間違いだったのか。まだわからねえぞ、ニキ」
「バイ・ベア!」
見れば、金茶色のモフモフはメタゼの根元でむくりと起き上がり、鼻血を丁寧に拭いていた。
ニキシカはちらりと仔グマを見て、
「そうでしょうか、マスター。私は不安でなりません」
「なんでもかんでも完璧な防御策をほどこして、想定外の事が起きたときに対応できねえのが、お前の欠点だな」
「今更、あなたに欠点を教えていただく必要はありませんよ。自分で考える時間は、じゅうぶんありましたからね……それよりどうします、これから?」
「そうだな、ま、考えるより受け入れろってこった。
どうもこの騒ぎ、俺たちが何もしなくてもどんどんあっちからもめごとがやってくるみたいだな。
見ろよ、『使者』だ」
「は?」
バイ・ベアが蒼天を指ししめす。
何もない……いや、すさまじい速さで近づきつつある黒点があった。
点はぐんぐんと速さを増し、大きくなってきた。形を認識できるほどに……。
「大ガラスさま!!」
ロウ=レイが叫ぶ。となりでクルティカも目を見張った。
大ガラスだ。
王都の蒼天騎士団の守護魔獣。羽根を広げると400タールにもなる巨大な漆黒の貴婦人が猛烈な速さで蒼天を突っ切ってきた。
「王都で、なんかあったな」
金茶色のモフモフが、おしりを掻きながらつぶやいた。
「王都で……?」
クルティカが視線を凝らして見つめるうちに、巨大なカラスは優雅に中庭の上を旋回しはじめた。
やがて中庭のメタゼの巨木にふわりと収まる。長い羽根はしなやかに畳み込まれた。
「久しぶりですね、クルティカ、ロウ=レイ」
「大ガラスさま」
ざっ、とクルティカとロウ=レイは大ガラスの前に膝をついた。蒼天騎士としての礼儀だ。
永劫の過去より騎士団とともにあり、騎士団長を守ってきた守護魔獣。ふだんは王都の騎士団寮にいて、団長から離れないものだが……。
嫌な予感が、うかぶ。
「大ガラスさま、まさか蒼天騎士団に何かあったのでは……?」
クルティカが尋ねる。大ガラスはチョイチョイと羽根をつつき、返事もしない。
「大ガラスさま……?」
「クルティカ、無礼でありましょう」
「は」
「貴婦人に向かって、いきなり用件を尋ねるとは何事ですか。お前は、修行が足りません。
騎士というものはただ剣技を磨けばいいというものではない。
対手、とくに目上の者には先に言うべきことがあるでしょう」
「……失礼いたしました……その、大ガラスさま」
「苦しゅうない、早う言え」
「今日もとてもお美しく……その、羽根が……うつくしく……しく……しく」
漆黒のレディは紅玉のような眼をぎょろりとさせた。
「相変わらず、語彙力が足りん男よのう」
「ええと、目が、赤くて。光っていますね」
「5歳の子どもでも、もう少しうまく言うだろうが」
「とにかくとてもきれいです……」
延々と続きそうな会話を、ニキシカがざくりと切り捨てた。
「つまり用は何なんです?」
大ガラスはちらりと紅玉の瞳を輝かせ、美麗な男を見た。
はらり、と羽根を動かす。
「廃騎士クルティカ。廃騎士ロウ=レイ」
「はっ!」
「蒼天騎士団は崩壊した。アデムが襲われて、王都から逃げ出したからです。
蒼天騎士団は、これにておしまい。
以後ホツェル王国の筆頭騎士団は、黄雲騎士がつとめることになる」
「……えっ」
クルティカとロウ=レイは顔を見合わせた。
いったい、王都で何が起きたんだろう?
漆黒の貴婦人は褒められ足りない羽根をせっせと整えながら、サラリと言った。
「三日前、アデムは謎の一群に襲われたのです。王都で、深夜に――」
「あっ、リデル、今は何もしないで! かえってあぶない……!」
塀上のリデルに向かって、ロウ=レイが叫ぶ。だが丸パン男は聞こえなかったのか、聞く気がなかったのか、モチモチをした足音を立てながら突っ走った。
その勢いのまま、どん! と赤毛の女にぶつかった。
女がバランスを崩す。
しかし同時に配下に鋭く命じた。
「撤退っ! ここにはもう用がない。倒れた者も回収!」
「あひゃあああ! ナニコレ、なんなの、どうなってるの……僕の足が消えていくううう!?」
しゃっっ! とかすかな音がして、赤毛の女とシシドは消えた。一緒に配下の男たちとリデルも消えた。
間抜けな悲鳴を残して……
先に『天地狂わせ』玉の影響から立ち直ったロウ=レイが空を見上げて言った。
「いったい……何が起きたの? なんだっていうのよ……リデルとシシドは、どこへ行ったの!?」
抜けるように青い空の下、クルティカとロウは呆然と立ち尽くしていた。
そこへ冷静この上ない声が聞こえた。
「……やられましたね。あちらには、思った以上の機動力がありました……まさかシシドを奪われるとは……」
「ニキシカさん」
白くかすむ視界の中で、長身の男が立っているのがかろうじて見えた。
「すみません、リデルにまかせたのが敗因でした」
ニキシカは頭を振り、
「何が敗因か、間違いか。今となってはよくわかりません。
手持ち最強の防御策を講じておいたはずなのに……」
「まあ、全部が全部、失敗で間違いだったのか。まだわからねえぞ、ニキ」
「バイ・ベア!」
見れば、金茶色のモフモフはメタゼの根元でむくりと起き上がり、鼻血を丁寧に拭いていた。
ニキシカはちらりと仔グマを見て、
「そうでしょうか、マスター。私は不安でなりません」
「なんでもかんでも完璧な防御策をほどこして、想定外の事が起きたときに対応できねえのが、お前の欠点だな」
「今更、あなたに欠点を教えていただく必要はありませんよ。自分で考える時間は、じゅうぶんありましたからね……それよりどうします、これから?」
「そうだな、ま、考えるより受け入れろってこった。
どうもこの騒ぎ、俺たちが何もしなくてもどんどんあっちからもめごとがやってくるみたいだな。
見ろよ、『使者』だ」
「は?」
バイ・ベアが蒼天を指ししめす。
何もない……いや、すさまじい速さで近づきつつある黒点があった。
点はぐんぐんと速さを増し、大きくなってきた。形を認識できるほどに……。
「大ガラスさま!!」
ロウ=レイが叫ぶ。となりでクルティカも目を見張った。
大ガラスだ。
王都の蒼天騎士団の守護魔獣。羽根を広げると400タールにもなる巨大な漆黒の貴婦人が猛烈な速さで蒼天を突っ切ってきた。
「王都で、なんかあったな」
金茶色のモフモフが、おしりを掻きながらつぶやいた。
「王都で……?」
クルティカが視線を凝らして見つめるうちに、巨大なカラスは優雅に中庭の上を旋回しはじめた。
やがて中庭のメタゼの巨木にふわりと収まる。長い羽根はしなやかに畳み込まれた。
「久しぶりですね、クルティカ、ロウ=レイ」
「大ガラスさま」
ざっ、とクルティカとロウ=レイは大ガラスの前に膝をついた。蒼天騎士としての礼儀だ。
永劫の過去より騎士団とともにあり、騎士団長を守ってきた守護魔獣。ふだんは王都の騎士団寮にいて、団長から離れないものだが……。
嫌な予感が、うかぶ。
「大ガラスさま、まさか蒼天騎士団に何かあったのでは……?」
クルティカが尋ねる。大ガラスはチョイチョイと羽根をつつき、返事もしない。
「大ガラスさま……?」
「クルティカ、無礼でありましょう」
「は」
「貴婦人に向かって、いきなり用件を尋ねるとは何事ですか。お前は、修行が足りません。
騎士というものはただ剣技を磨けばいいというものではない。
対手、とくに目上の者には先に言うべきことがあるでしょう」
「……失礼いたしました……その、大ガラスさま」
「苦しゅうない、早う言え」
「今日もとてもお美しく……その、羽根が……うつくしく……しく……しく」
漆黒のレディは紅玉のような眼をぎょろりとさせた。
「相変わらず、語彙力が足りん男よのう」
「ええと、目が、赤くて。光っていますね」
「5歳の子どもでも、もう少しうまく言うだろうが」
「とにかくとてもきれいです……」
延々と続きそうな会話を、ニキシカがざくりと切り捨てた。
「つまり用は何なんです?」
大ガラスはちらりと紅玉の瞳を輝かせ、美麗な男を見た。
はらり、と羽根を動かす。
「廃騎士クルティカ。廃騎士ロウ=レイ」
「はっ!」
「蒼天騎士団は崩壊した。アデムが襲われて、王都から逃げ出したからです。
蒼天騎士団は、これにておしまい。
以後ホツェル王国の筆頭騎士団は、黄雲騎士がつとめることになる」
「……えっ」
クルティカとロウ=レイは顔を見合わせた。
いったい、王都で何が起きたんだろう?
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