「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第5章「崩落」

第57話「『もっとイジメてください、伯爵さま』」

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(UnsplashのVlad Hilitanuが撮影)

 トーヴ姫は王宮の庭園で、目をぱちくりさせて、婚約者の言葉をつぶやいた。


「ばかおんな……?」
「フン、口がすべったな。
 で、どういうことです? あなたの宝石と領地は結婚後もボクのものにならない?
 そんなバカな話はないぞ」

 トーヴ姫は噛んで含めるように説明した。

「わたくしの宝石のほとんどは、母の実家であるディレイ家に伝わるものです。
 これは男女にかかわらず、ディレイ家の血筋につながる人間しか相続できません。
 つまり、わたくしの子どもです」
「ああ」

 と、飾り立てたザロ伯は軽薄にうなずいた。

「つまり、ボクの子どもが相続するということですね」
「……わたくしたちに子供が生まれれば、そうなりますが……婚儀が行われた後の話ですね……」

 ふ、とザロ伯は足を止めた。長身からトーヴ姫を見おろす。
 青い目がぞっとするほどいやらしく光った。

「こども……くくっ、子どもか。まあ、何人か作ってやってもいいですよ。
 たっぷり可愛がってあげますからね……」

 トーヴ姫はぞっとして、思わず一歩下がった。
 ザロ伯から放たれるねっとりした視線が、薄汚れて感じられる。

 何があっても、この男の子どもを産むことはない、とトーヴ姫は思った。
 それどころか、ほんのわずかな時間すら一緒にいたくない……。
 トーヴ姫は慎重に距離を保ったまま、そっと後ずさりを始めた。
 ゆっくり下がりつつ、背筋を伸ばして一番重要なことを言う。

「それから『西の町城』も、わたくしが結婚時に持参する『婚資』には含まれません」
「なんだって!? 『西の町城』もボクのものにならない!?」

 今度こそ、ザロ伯は凶悪な表情を隠さなかった。
 すさまじい勢いでトーヴにまくしたてる。青い瞳が強欲で燃え上がっていた。

「そんなバカな話があるか!? 妻のものは夫のもの。女の持ち物はすべて、男のものだ!!」
「話を聞いてください……わたくしの所有する領地には『女子限嗣相続』と決められている場所があるのです。
 とくに『西の町城』はディレイ家の女子だけが相続できる領地です。『女子限定相続』の城なのです。
 たとえば、わたくしの子どもであっても息子は『西の町城』の領主になれません。
 娘が生まれない限り、わたくしの従妹か従妹の娘が継ぐことになるのです」

 ザロ伯はイライラとあたりを歩き回った。
 皮をひんめくられた野良猫のようだ。

「……ばからしい! ありえない!
 女子しか相続できない? 女に領地をまかせてどうなるんだよ?
 領地もそこから上がる収益も宝石、美術品、馬車、金も、すべて男が管理すべきだ。
 女なんて、男に仕えるだけ。
 男の言うことを聞き、命じられたらいつでも脚を開くためだけに生きているんだ。
 そうでしょう?」
「命じられたら……あしを……ひらく?」

 トーヴ姫は息が止まりそうなほどの衝撃を受けた。
 この男は夏の青空の下で、いったい何を言っているのだろう?
 それもなんのためらいもなく、この世のすべての人間が自分に賛同すると信じ切っている顔で……。

 トーヴが思わず逃げ出そうとしたとき、二の腕をガシリと掴まれた。十分に距離を取ったつもりだったが、まだ足りなかったらしい。
 ザロ伯はニヤリとした。

「いいよ。婚儀さえ済ませてしまえば、財産はどうにでもできる。
 あなたは安心して、ボクにすべてを渡せばいいんですよ。
 ちょっとした金くらいはくれてやる。上手にご奉仕できたらな……。

 そのかわいらしい頭は、ボクを喜ばせるためにだけ使うんだ。こんなふうにな……」
 ザロ伯は庭園の煉瓦壁にトーヴ姫の小さな体を押し付けた。
 ぬるり、とトーヴの腕の内側をなでる。

「白くて柔らかくて、細い腕だ……縄で縛りあげてムチをふるったら、さぞ美しい傷跡が残る。今から楽しみだ……」
「……むち?」

 トーヴの全身に鳥肌が立った。夏の心地よい午前中にありえないような寒気が襲ってくる。
ザロ伯の眼が、白く光った。

『……本気だ、この人、本気でそう思っているんだわ
 結婚したら、毎晩わたしをいためつけ、傷つけて楽しむと……』

 逃げ出すべきだと思うが、恐怖のあまり動けない。
 それを都合よく察したのか、ザロ伯はさらに一歩、距離を詰めてきた。
 なま暖かい息が、耳元にかかる。

「綺麗な顔だ、ゆがませてやりたいね……少し予行演習をしてやろう。ありがたく、脚を広げろ」
「……ひっ」

 トーヴ姫の花びらのような唇から、小さな悲鳴がもれた。
 にやりと酷薄に笑ったザロ伯が、折り曲げた膝をトーヴ姫の下腹部に押し当てる。

「さあ、言うんだ。『もっとイジメてください、伯爵さま』ってな……」


 目の前が真っ白にかすむのを感じながらも、トーヴ姫は必死に押しとどまった。
 負けてはならない、と思う。

 今のトーヴ姫は、以前の姫とは違う。
 ただの姫ではなく蒼天騎士団長、アデムの弟子なのだ。

 戦う女子だ。
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