「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第5章「崩落」

第62話「鋼のヴァーチ公爵未亡人」

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(UnsplashのAndre Hunterが撮影)

 トーヴ姫をかばいながら、深夜の襲撃者10人を切り伏せたアデムはさすがに肩に浅手を受けた。
 騒ぎに飛び出してきた蒼天騎士たちにトーヴ姫をまかせ、騎士団長の私室へ戻ってきたところまでは、記憶がある。

 そこから、アデムは昏々と眠ったようだ。
 目覚めた時には太陽はすでに中天へのぼり、真夏の熱気が沸き上がりつつあった。
 半睡の夢を破ったのは、さらさらという衣ずれの音だ。アデムの耳がピクリと動いた。

 重い絹だけがたてる豪華な音。
 およそ騎士団寮に似つかわしくない豪奢な音がアデムの意識をはっきりさせた。

 眼を開くと同時に、ずしりとした香水の匂いが鼻に入ってきた。
 重厚な衣装、高価な香水。そしてさやさやと花が揺れ動くような少女たちの気配。

 ……嫌な予感がした。

「ラエレ・アナス・アデム。目が覚めましたか」
「……ヴァーチ公爵未亡人……いったい、なぜここに?」

 アデムはおどろきとともに、かすかな危機感を持ってその名を呼んだ。

 ヴァーチ公爵未亡人。
 ケネス王の伯母にして、今は王妃のいないホツェル王宮でいちばん身分が高い女性である。
 王宮の社交界を牛耳る最高権力者。
 そして王の家庭生活を取りしきる女長老でもある。

 老いたりとはいえ威厳に満ちた姿は、高位貴族たちからも恐れられていた。
 一度決めたことはなにがあっても押し通す。その強さからついた別名が『鋼のヴァーチ』……。

「あなたの様子を見に来たのです――椅子を」

 公爵未亡人は後ろも見ずに命じた。
 即座に白い衣装をまとった少女たちが椅子を見つけ出し、差し出す。
 彼女たちは『ヴァーチの白い乙女』と呼ばれる行儀見習い中の姫君たちだ。
 高位貴族の中でも選び抜かれた美少女たちが厳しい指導の下、礼儀作法を学んでいる。彼女たちには『乙女』を終えるとホツェルの最高位貴族と結婚する道が開かれる。
 いわばホツェル貴族女性の憧れの的だ。

「……けがは、大したことはありません……お騒がせいたしました」
 
 王の伯母であるヴァーチの立場に配慮して、アデムは丁寧に言った。内心では椅子に座っている老婦人にとっとと帰れ、と言いたい。
 アデムとヴァーチ公爵未亡人は仲が悪い。
 ケネス王をめぐって、双方の思惑が正反対の方向へ向かっているからだ。
 かたや王国の筆頭騎士団長であり、王の秘密の恋人。
 かたや王家の家政をしきる厳格な女長老。

 仲が良いわけがない。
 ヴァーチ公爵未亡人はゆるやかに扇を使いながら、言った。

「傷は、残らないでしょうね?」
「……どうでしょう。昨夜止血をさせた医師は、何とも言っていませんでしたが」
「あれはいい医師でしょう? 女性として初めて王宮づきの医師になったものです。わたくしが派遣しました」
「派遣? あなたが……? ご親切に痛み入ります……」
「礼の言葉は、国王陛下に申し上げるのがいいでしょう。
 陛下がじきじきに、深夜、眠っているわたくしをたたき起こして
 かならず『女性医師』を派遣するよう命じられたのですから」
「……さようですか。恐縮に存じます」

 アデムは意味が分からず、ただ礼を述べた。
 なぜケネス王はわざわざ、ヴァーチ公爵未亡人に医師の派遣を命じたのか?
 騎士団には専任の医師が大勢いるというのに……それも『女医師』限定?
 不審そうな顔のアデムを尻目に、ヴァーチは白い衣装の美少女たちを背後に立たせたまま、窓から外を見た。
 鮮やかな空がひろがっている。

 アデムが口を開いた。

「その……公爵未亡人、傷が痛んでまいりました。そろそろお引き取りを
(とっとと帰れ、この鬼ババア)」
「いけませんね、アナス・アデム。では看護に長じたものを残していきましょう。
(こちらの言うことを黙って聞きなさい、アホ娘が)
 だれか、上級看護過程を修了した者はいませんか――」

 公爵未亡人が背後の美少女軍団に尋ねたので、アデムはあわてていった。

「いえ、痛みません、傷は全く痛みません! もう治りましたので、お引き取りを」
「あら……なおったの?」

 ヴァーチは白い髪を結った頭をかしげた。

「では、移動をはじめましょうか」
「……移動??」

 アデムは目を白黒させた。
 まったく、この鬼ババアは一体何を言っているのだ??

 そう考えるうちに、白い少女たちは予想以外の手早さでてきぱきとアデムの私物を取り出しはじめる。

「いったい、なにを、ヴァーチ公爵未亡人!?」
「引っ越しです」

 白髪の貴婦人は少女たちが取り出すものを一つ一つみては、顔をしかめる。
 
「こういった武骨なものはもういりません。すべて置いていくように。
 ああ、もういいわ。身ひとつで来ていただきましょう、その方が早い……」
「公爵未亡人!!」

 寝台から降りたアデムは、傷の痛みも忘れて小さな老貴婦人に詰め寄った。

「一体、どういうことです? なぜ私の荷物を出しているのです?
 私は蒼天騎士団の団長です。騎士団寮から離れることはありません!」

 すると老婦人は氷よりも冷たい目で、じろりとアデムを見あげた。

「あなたが蒼天騎士団の団長ならば、ここに住むべきでしょう。
 ですが今はもう、蒼天騎士団は失くなりました。
 今朝、王命が出されたのです」
「……なにをいって……??」

 アデムが思わずつかみかかろうとしたとき、部屋のドアが開いた。
 いらだたしげな、男の声が響きわたった。

「公爵未亡人の言うとおりだ。蒼天騎士団はいったん解体となる。
 つぎの騎士団長が決まるまでは、すべての騎士は黄雲騎士団の預かりとなる」
「……ケネ……いや、国王陛下!」

 ケネス王は190タール近い長身から、アデムを見おろした。

「お前は蒼天騎士団長から解任される。筆頭騎士団長は、かわりにジャバが務める」

 アデムは声を失った。

 蒼天騎士団が解体された……?
 おまけに筆頭騎士団長からも解任?

 いったい、何が起きているのだろうか。
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