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第6章「この道はどこへ?」
第69話「蒼天騎士の意地」
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(UnsplashのSergey Vinogradovが撮影)
港大通りに、酒場が爆発する音が響く。
クルティカは思わず足を止めた。
「……ニキシカさん! バイ・ベア!」
返事はない。少し離れた場所から、夜目にもドス黒い煙がもうもうと上がっているのが見えた。
「くそっ、どうしたらいいんだよ」
クルティカが手を握りしめ俯いたとき、ひゅっっ! という矢風を聞いた。
つづいて大勢の男たちの声が聞こえた。
「そいつだ! 酒場から逃げた男だ!」
「捕らえろ、放火犯かもしれん……ご城主のトーヴ姫様のご帰還が近いというのに、なんということだ!」
どどっと土煙を立てながら革胴とそろいの胴衣を見につけた男たちが走ってくる。
「……ちっ、町城の守備隊か……」
クルティカの頭脳がすさまじい速さで動きはじめた。
「町城の守備隊……トーヴ姫の帰還……トーヴ姫といっしょに辺境伯もやってくる……」
トーヴ姫はともかく、ザロ辺境伯はクルティカにとって天敵だ。そして辺境伯以上に強敵のジャバ団長も一緒にいるはず。トーヴ姫はジャバのたった一人の娘だ、婚儀式に参加しないはずがない。
「辺境伯とジャバ団長。こっちはおれ一人。相手にならんな……よしっ!」
つぶやきおわると、クルティカは城壁目指して駆けだした。
港大通りのどん詰まりは『西の町城』と外部をへだてる城壁になっている。終点は『北門』に通じており、その先は森だ。
人がほとんど足を踏み入れない『聖なる森』。
『聖なる』という名はついているものの、邪悪なものの住処だと言われ、ひとは昼間でも近づかない。
事情を知らない旅人がうっかり入り込み、迷ったまま出てこないという話は『西の町城』の住人なら子供の頃からさんざん聞かされている。
だが、人の近づかぬ深い森ほど逃亡者にいい場所があるだろうか。
クルティカの明敏な頭脳は瞬時にその答えを出したのだ。
『西の町城』を出ろ。
森に身をひそめ、次の手を考えるんだ。とにかく大ガラス様とホツェル街道へ行ったロウ=レイと連絡を取って……。
と、そこまで考えた時、クルティカの足が止まった。
あとわずかの距離に『南門』が見える。深夜だから門番はいないが、カンヌキを外して出ることは可能だろう。
だが、その『南門』の前に、誰かがいる。
巨体だ。
人間とは思えないほどの巨体だ。
クルティカが目をそばめる。
夜雲が切れ、月光がさしてきた。姿が、あらわになる。
「……おまえ、死んだはずじゃなかったのか!?」
クルティカが叫んだ。
巨体はまがまがしく笑った。
「我ら『影喰い』が、そうかんたんに、死ぬか
そこにいたのは、黒衣をまといズシリとした鎖を手にした巨大な男。
昼間に『二頭のクマ亭』を襲い、シシドとリデルを拉致していった集団の一人だ。
クルティカ自身が左手の黒化を激しく進行させてまで大剣をふるい、屠ったはずの大男が――目の前にいた。
「……『影喰い』得意の、目くらましだったのか。じゃあ、ここにいるおまえはどうだ?……本物のようだな」
「ほお、なぜわかる?」
巨体は顔に巻いた黒い布の隙間から、大きな目をぎょろぎょろさせて尋ねた。左手で鎖をぶんぶんと振り回しはじめる。
次第に勢いづく鎖に警戒しながら、クルティカは言った。
「その右腕、おれに断ち落とされたんだろう。さすがに切り離された腕は、再生できないようだな。
いくら異形の技を使う『影喰い』でも」
ふふふ、と笑いながら男は言った。
「あの時、とっさの目くらましで、俺の体全部を断ち切ったように見せかけたのよ。
だが右腕を失った怨みはある……さて、どうやって殺してやろうか」
「どの方法をとってもいいが、早くしてくれ。後ろから『町城』の守備隊が来ているんでね。
そっちの相手もしなきゃならん」
クルティカは戦闘姿勢を取りながらそう言った。大男は少し不思議そうに、
「戦う気か? 無腰だろう、武器は何もない。
長棒も槍もない。どうやって俺と戦うつもりだ」
クルティカは不敵に笑った。
「騎士をなめないでもらおう。蒼天騎士とは、これ全身が武器!!」
そう言った瞬間、クルティカはひらりと夜気に飛び上がった。
港大通り沿いに並ぶメタゼの大木を利用して駆け上がり、大きな枝に乗り移ったかと思うと、そのまま真っすぐに下へ落ちた。
大男の脳天へまっすぐ向かっている。
その手には、たったいまメタゼの木から折り取った枝が槍のように握られている。
ザクザクと尖った枝が、まっすぐに黒衣の男へ突っ走っていく……。
港大通りに、酒場が爆発する音が響く。
クルティカは思わず足を止めた。
「……ニキシカさん! バイ・ベア!」
返事はない。少し離れた場所から、夜目にもドス黒い煙がもうもうと上がっているのが見えた。
「くそっ、どうしたらいいんだよ」
クルティカが手を握りしめ俯いたとき、ひゅっっ! という矢風を聞いた。
つづいて大勢の男たちの声が聞こえた。
「そいつだ! 酒場から逃げた男だ!」
「捕らえろ、放火犯かもしれん……ご城主のトーヴ姫様のご帰還が近いというのに、なんということだ!」
どどっと土煙を立てながら革胴とそろいの胴衣を見につけた男たちが走ってくる。
「……ちっ、町城の守備隊か……」
クルティカの頭脳がすさまじい速さで動きはじめた。
「町城の守備隊……トーヴ姫の帰還……トーヴ姫といっしょに辺境伯もやってくる……」
トーヴ姫はともかく、ザロ辺境伯はクルティカにとって天敵だ。そして辺境伯以上に強敵のジャバ団長も一緒にいるはず。トーヴ姫はジャバのたった一人の娘だ、婚儀式に参加しないはずがない。
「辺境伯とジャバ団長。こっちはおれ一人。相手にならんな……よしっ!」
つぶやきおわると、クルティカは城壁目指して駆けだした。
港大通りのどん詰まりは『西の町城』と外部をへだてる城壁になっている。終点は『北門』に通じており、その先は森だ。
人がほとんど足を踏み入れない『聖なる森』。
『聖なる』という名はついているものの、邪悪なものの住処だと言われ、ひとは昼間でも近づかない。
事情を知らない旅人がうっかり入り込み、迷ったまま出てこないという話は『西の町城』の住人なら子供の頃からさんざん聞かされている。
だが、人の近づかぬ深い森ほど逃亡者にいい場所があるだろうか。
クルティカの明敏な頭脳は瞬時にその答えを出したのだ。
『西の町城』を出ろ。
森に身をひそめ、次の手を考えるんだ。とにかく大ガラス様とホツェル街道へ行ったロウ=レイと連絡を取って……。
と、そこまで考えた時、クルティカの足が止まった。
あとわずかの距離に『南門』が見える。深夜だから門番はいないが、カンヌキを外して出ることは可能だろう。
だが、その『南門』の前に、誰かがいる。
巨体だ。
人間とは思えないほどの巨体だ。
クルティカが目をそばめる。
夜雲が切れ、月光がさしてきた。姿が、あらわになる。
「……おまえ、死んだはずじゃなかったのか!?」
クルティカが叫んだ。
巨体はまがまがしく笑った。
「我ら『影喰い』が、そうかんたんに、死ぬか
そこにいたのは、黒衣をまといズシリとした鎖を手にした巨大な男。
昼間に『二頭のクマ亭』を襲い、シシドとリデルを拉致していった集団の一人だ。
クルティカ自身が左手の黒化を激しく進行させてまで大剣をふるい、屠ったはずの大男が――目の前にいた。
「……『影喰い』得意の、目くらましだったのか。じゃあ、ここにいるおまえはどうだ?……本物のようだな」
「ほお、なぜわかる?」
巨体は顔に巻いた黒い布の隙間から、大きな目をぎょろぎょろさせて尋ねた。左手で鎖をぶんぶんと振り回しはじめる。
次第に勢いづく鎖に警戒しながら、クルティカは言った。
「その右腕、おれに断ち落とされたんだろう。さすがに切り離された腕は、再生できないようだな。
いくら異形の技を使う『影喰い』でも」
ふふふ、と笑いながら男は言った。
「あの時、とっさの目くらましで、俺の体全部を断ち切ったように見せかけたのよ。
だが右腕を失った怨みはある……さて、どうやって殺してやろうか」
「どの方法をとってもいいが、早くしてくれ。後ろから『町城』の守備隊が来ているんでね。
そっちの相手もしなきゃならん」
クルティカは戦闘姿勢を取りながらそう言った。大男は少し不思議そうに、
「戦う気か? 無腰だろう、武器は何もない。
長棒も槍もない。どうやって俺と戦うつもりだ」
クルティカは不敵に笑った。
「騎士をなめないでもらおう。蒼天騎士とは、これ全身が武器!!」
そう言った瞬間、クルティカはひらりと夜気に飛び上がった。
港大通り沿いに並ぶメタゼの大木を利用して駆け上がり、大きな枝に乗り移ったかと思うと、そのまま真っすぐに下へ落ちた。
大男の脳天へまっすぐ向かっている。
その手には、たったいまメタゼの木から折り取った枝が槍のように握られている。
ザクザクと尖った枝が、まっすぐに黒衣の男へ突っ走っていく……。
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