89 / 95
第8章「聖なる森」
第89話「取引相手は選ばない」
しおりを挟む
(UnsplashのRodolfo Sanches Carvalhoが撮影)
小さなトーヴの姿を、山頂から眺めている影がある。
黒マントだ。
見張り役の男が近づく。
「……いいんですかい、あのお姫ちゃんを、放っておいて」
「かまわん。辺境伯殿はどうなっている?」
見張りの男は気の毒そうに首を振った。
「気絶してまさ。あれだけ踏みつぶされちゃあ、どうにもならない」
「くく……まだ使えそうか?」
「どうですかね……」
黒マントは空を仰いだ。さきほどまで、耳をふさぎたいほどの騒がしさだったが、ゆっくりと鳥たちが遠のいているようだ。
まるで、めあてのもの、守るべきものが遠ざかってゆくのに合わせるように。
「……『凶日に凶鳥多し』か。まことになったな」
それからてきぱきと指示を出しはじめた。
「だれか、すばしこいものに姫を追わせろ」
「はあ、捕まえるんですかい?」
「いや。追いついても距離を取って、近づかぬように。
水と食料も持たせろ。
あの姫を『聖なる森』へ行かせるのだ」
「……へ? 森へ、ですかい?」
黒マントはわらった。
「そうだ。あの姫と、あの厄介者の癒し手たちを一緒にしたら、どうなるか。
試してみよう」
「厄介者の、癒し手ねえ……」
言いながら、男は顔をしかめた。
「ありゃ、本当に天変地異並みの厄介者ですぜ。あれとガキを捕まえてから、
ろくなことが追こりゃせん。とつぜん流行り病に倒れるものが続出するし、馬たちが暴れて逃げるし」
「はは。まことの『厄介者』なのだろうよ。まあ、どうなるか見てみよう。あるいはあの小さな姫が、最後の一押しになるかもしれん」
すっと黒マントは立った。
背丈が伸び、しなびた体に芯が入ったかのように伸びあがる。
ふわっと風が吹き、マントをひるがえす。頭をおおっていたマントがはずれ、あざやかな赤毛がなびいた。
「なあ、われらモネイ族が辺境からも独立する日は、遠くないかもしれんぞ」
「……はあ。そりゃ良いですな。早く独立したいもんですわ。
なんしろ、あの伯爵さまじゃあ、ついて行くのも退屈なんでね」
ふふ、と赤毛の女は笑った。
「何がどうなるか、わからんよ。だが我らは、モネイとして生きていければそれでいい。
取引相手はだれでもいいのだ」
「さようで、ダレッシ様」
太陽が、中天に登りきった。
自分の背後で起きていることに気づかないトーヴは、自分の小さな影を追ってひたすら山道を駆け下りる。
安全地帯である『聖なる森』へ向かって。
自分がはじめて掴んだ、自分自身が選んだ未来へ向かって。
小さなトーヴの姿を、山頂から眺めている影がある。
黒マントだ。
見張り役の男が近づく。
「……いいんですかい、あのお姫ちゃんを、放っておいて」
「かまわん。辺境伯殿はどうなっている?」
見張りの男は気の毒そうに首を振った。
「気絶してまさ。あれだけ踏みつぶされちゃあ、どうにもならない」
「くく……まだ使えそうか?」
「どうですかね……」
黒マントは空を仰いだ。さきほどまで、耳をふさぎたいほどの騒がしさだったが、ゆっくりと鳥たちが遠のいているようだ。
まるで、めあてのもの、守るべきものが遠ざかってゆくのに合わせるように。
「……『凶日に凶鳥多し』か。まことになったな」
それからてきぱきと指示を出しはじめた。
「だれか、すばしこいものに姫を追わせろ」
「はあ、捕まえるんですかい?」
「いや。追いついても距離を取って、近づかぬように。
水と食料も持たせろ。
あの姫を『聖なる森』へ行かせるのだ」
「……へ? 森へ、ですかい?」
黒マントはわらった。
「そうだ。あの姫と、あの厄介者の癒し手たちを一緒にしたら、どうなるか。
試してみよう」
「厄介者の、癒し手ねえ……」
言いながら、男は顔をしかめた。
「ありゃ、本当に天変地異並みの厄介者ですぜ。あれとガキを捕まえてから、
ろくなことが追こりゃせん。とつぜん流行り病に倒れるものが続出するし、馬たちが暴れて逃げるし」
「はは。まことの『厄介者』なのだろうよ。まあ、どうなるか見てみよう。あるいはあの小さな姫が、最後の一押しになるかもしれん」
すっと黒マントは立った。
背丈が伸び、しなびた体に芯が入ったかのように伸びあがる。
ふわっと風が吹き、マントをひるがえす。頭をおおっていたマントがはずれ、あざやかな赤毛がなびいた。
「なあ、われらモネイ族が辺境からも独立する日は、遠くないかもしれんぞ」
「……はあ。そりゃ良いですな。早く独立したいもんですわ。
なんしろ、あの伯爵さまじゃあ、ついて行くのも退屈なんでね」
ふふ、と赤毛の女は笑った。
「何がどうなるか、わからんよ。だが我らは、モネイとして生きていければそれでいい。
取引相手はだれでもいいのだ」
「さようで、ダレッシ様」
太陽が、中天に登りきった。
自分の背後で起きていることに気づかないトーヴは、自分の小さな影を追ってひたすら山道を駆け下りる。
安全地帯である『聖なる森』へ向かって。
自分がはじめて掴んだ、自分自身が選んだ未来へ向かって。
0
あなたにおすすめの小説
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
