「おれの姫は美少女剣士、ただし『突発性・沸騰派』」 随時更新してます💛

中野 翠陽(なかの みはる)

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第8章「聖なる森」

第89話「取引相手は選ばない」

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(UnsplashのRodolfo Sanches Carvalhoが撮影)

 小さなトーヴの姿を、山頂から眺めている影がある。
 黒マントだ。
 見張り役の男が近づく。

「……いいんですかい、あのお姫ちゃんを、放っておいて」
「かまわん。辺境伯殿はどうなっている?」

 見張りの男は気の毒そうに首を振った。

「気絶してまさ。あれだけ踏みつぶされちゃあ、どうにもならない」
「くく……まだ使えそうか?」
「どうですかね……」

 黒マントは空を仰いだ。さきほどまで、耳をふさぎたいほどの騒がしさだったが、ゆっくりと鳥たちが遠のいているようだ。
 まるで、めあてのもの、守るべきものが遠ざかってゆくのに合わせるように。

「……『凶日に凶鳥多し』か。まことになったな」
 
 それからてきぱきと指示を出しはじめた。
 
「だれか、すばしこいものに姫を追わせろ」
「はあ、捕まえるんですかい?」
「いや。追いついても距離を取って、近づかぬように。
 水と食料も持たせろ。
 あの姫を『聖なる森』へ行かせるのだ」
「……へ? 森へ、ですかい?」

 黒マントはわらった。

「そうだ。あの姫と、あの厄介者の癒し手たちを一緒にしたら、どうなるか。
 試してみよう」
「厄介者の、癒し手ねえ……」

 言いながら、男は顔をしかめた。

「ありゃ、本当に天変地異並みの厄介者ですぜ。あれとガキを捕まえてから、
 ろくなことが追こりゃせん。とつぜん流行り病に倒れるものが続出するし、馬たちが暴れて逃げるし」
「はは。まことの『厄介者』なのだろうよ。まあ、どうなるか見てみよう。あるいはあの小さな姫が、最後の一押しになるかもしれん」

 すっと黒マントは立った。
 背丈が伸び、しなびた体に芯が入ったかのように伸びあがる。
 ふわっと風が吹き、マントをひるがえす。頭をおおっていたマントがはずれ、あざやかな赤毛がなびいた。

「なあ、われらモネイ族が辺境からも独立する日は、遠くないかもしれんぞ」
「……はあ。そりゃ良いですな。早く独立したいもんですわ。
 なんしろ、あの伯爵さまじゃあ、ついて行くのも退屈なんでね」

 ふふ、と赤毛の女は笑った。

「何がどうなるか、わからんよ。だが我らは、モネイとして生きていければそれでいい。
 取引相手はだれでもいいのだ」
「さようで、ダレッシ様」
 
 太陽が、中天に登りきった。
 自分の背後で起きていることに気づかないトーヴは、自分の小さな影を追ってひたすら山道を駆け下りる。

 安全地帯である『聖なる森』へ向かって。
 自分がはじめて掴んだ、自分自身が選んだ未来へ向かって。
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