恒星の英雄 ─ Hero of Kepler ─

天川 銀河

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第1章 黎明入学編

第5話 『ヒーロー』

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 本当は、わかっていた。
 ずっと前から、わかっていたことだった。
 小学校の高学年に上がってから、周りはどんどん権能を現していった。
 ソラネのように炎を操る者、ミナトのように雷気を操る者、身体を自由に伸縮できる者。
 それを、使いこなしていった。

 だが、レイはどうだ。
 指先に力を込めれば、古い公園の水飲み場くらいの勢いの水が出る。
 中には権能すら持ち合わせていない、俗にいう「無能」という人間が存在する。
 それに比べれば幾分かはマシだが、水鉄砲程度の勢いの水で何ができるというのだ。

 ずっと、目を背けてきた。
 両親がすごいヒーローだったから、その息子である自分もいつかきっと、なんて夢を見ていた。

 そして、いつの間にか中学三年生の冬。
 結局、周りの友人たちのような特殊な権能は出なかった。
 高学年になってようやく芽生えたこの権能では、ヒーローになんてなれやしない。

『――テメェみたいな無能が、ヒーローになんかなれるわけねェだろ』

 その言葉は、ナイフよりも鋭かった。
 レイの心臓を、いとも簡単に貫いた。

 レイはその権能の地味さから、たびたび周囲から馬鹿にされることはあった。

 ――だが、本気で夢を否定されたのは今日が初めてだった。

 ミナトの言っていることは、間違ってはいない。
 むしろ、至極正しいことを言っている。
 それは、誰の目に見ても明らかであった。

 ヒーローには、ならない。
 なれや、しない。
 それなのに――、

「……何で、来ちゃったんだよ」

 立ち昇る黒煙を目の前に、レイはズボンのポケットを握りしめた。

 本能のようなものだろうか。
 それとも、

「――ガアァァァァァァァ!」
「――っ!」

 聞いたことのある、叫び声。
 否、聞きなじみのある声だ。

 レイは人だかりの中に飛び込む。
 かき分けて、かき分けて、少しでも前へ出る。

 そして、人と人の間から少しだけ、見えた。

 炎の中、必死にもがこうとする金髪の少年。
 凶暴なその顔は、その場に居る誰よりも見慣れたものであった。

「――――みっちゃん!」
「――ッ!」

 レイは、その名前を呼んだ。
 ミナトは睨みつけるようなその目で、レイを一瞥した。

「フォールン……!」
「お? 友達か?」
「違ェ! そんなんじゃねェ!」

 そう言われ、わずかに心がズキンと痛む。
 しかしそれよりも上を行く、心配する気持ち。
 どう思われていようと、レイにとってミナトは友達なのだから。

「みっちゃん……!」
「どっか行け、クソカス!
 テメェの助けなんてなくても、俺ァ……んぐっ!?」
「喋りすぎだぜ。自分の立場分かってんのか?」
「……」

 ――何もできない。
 目の前にいるのに。
 手の届く距離にいるのに。

 もっと恵まれた権能があったなら、話は早かった。

 ――誰か、一人くらいいるだろう!
 この状況でもあのフォールンを撃退できる力を持ってる人間が!
 これだけ人がいれば!

「――」

 しかし、誰も動かない。
 動けないのだ。

 レイは、両親のある言葉を思い出した。

 ――権能を戦闘に使うなら、ヒーロー免許が必要だ。

 免許を持たない限り、武力行使は罪に問われる。
 だから、誰も飛び出せないでいるのだ。

 ――悔しい。
 何もできない自分が、悔しい。

 ――ヒーローを呼びに行くか。
 いや、むやみな行動は逆に首を絞めてしまうかもしれない。

 敵は人質をとっている。
 そして相手は権能持ちのフォールン、それも炎を操る。
 警察官が駆け付けたとしても、どうしようもできないだろう。

 ――ごめん、みっちゃん。
 きっと、必ず、ヒーローが助けに来るから。
 それまで、何とか耐えてくれ。
 ヒーローさえ来てくれれば、全部解決するんだ。

「――ちょっと、君!」
「ッ……!?」
「馬鹿ヤロウ! 止まれ!!」

 人々の制止する声。
 その声たちが、轟々と燃え盛る商店街に響き渡る。

 一人の少年が、人だかりから飛び出した。
 武器も何も持たず、持っているのはリュックサックのみ。
 その中から筆箱を取り出して、フォールンに投げつけた。

 意表を突かれたフォールンの目に、蓋の開いた筆箱から飛び出したシャープペンシルの先が刺さった。

「ぐあぁぁぁぁ! 痛ってぇ!」

 そう悲鳴をあげながらも、ミナトは離さない。
 執念に近いものが、フォールンを後押ししてしまった。

「よくも……やってくれたなァ、ガキがァ!」
「レイッ――!!」

 ミナトは無意識に、レイの名前を叫んだ。
 よろけるレイに、フォールンの放った炎が地を這って襲い掛かる。
 当たれば、即死は免れないほどの勢い。
 それを見て、ミナトは思わずレイの身を案じたのだ。

 煙が晴れ、安否がその目に――、

「――は?」

 ミナトの頭上から、驚嘆の声。
 その視線の先には、

「……正面から攻撃を仕掛けてくると思った。
 だから、横に転がって避けた!」
「――ッ!?」

(どれだけ、ヒーローを見てきたと思ってるんだ!)

 そこには、レイが立っていた。
 無傷では済んでいない。
 制服の一部は焼け焦げ、露わになった肉体からは血が滴り落ちている。

(痛い……! 何で飛び出したんだ、僕は……!?)

 膝をつき、歯を食いしばっているレイ。
 その姿を見て、フォールンは不敵な笑みを浮かべ、

「わざわざ手の内を明かしてくれて、ありがとよォ!」
「馬鹿! 逃げッ――」

 フォールンは、再び手から炎を解き放った。
 今度は一筋ではなく、三方向からの炎の太刀。
 横には、避けようがない。

(となるとっ……!)

 レイは、上に飛んだ。
 まるで大縄跳びをしているかのように、真上に跳躍してみせた。

 靴が焼け焦げ、灼熱のアスファルトに靴下のみの足で立つ。
 だが今は、熱さも痛みも、忘れてしまっていた。

「なりふり構わず飛び出して、困ってる人を助けるのが――――!」

 ――――やめろ。
 そんな目で、俺を見るな。
 あの時と同じ目で、俺を見るな!

 ミナトは顔をしかめながら、向かってくるレイを見つめる。
 ひどく歪んだ顔と、決死の覚悟を決めた顔。
 正反対の表情が、炎に照らされる。

 レイは力いっぱいに腕を振りかぶって――、

「――――ヒーローだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 腹の底から、叫んだ。
 そして、振りかぶった腕を頭上に掲げた。

 チョロチョロと、水が指先から射出される感覚。
 さながら公園の水飲み場のように、弱い勢いの水が噴射されている。

「は、ガッハハハハハハ!
 なんだそのヘボい権能は――」

 フォールンが高らかに笑った、次の瞬間。

「んなアァァァァァァァァァ――!?」

 フォールンの背後で、大爆発が起こった。
 爆風で吹き飛ばされそうになりながら、レイはフォールンとミナトのいた場所を見る。

 フォールンも、ミナトもいない。

 ――そろって、宙を舞っていた。

「まずい――――」
「――ふッ!」

 遠のいていく意識の中、威勢のいい声がレイの鼓膜を震わせた。
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