ヒーロー・オブ・ケプラー

天川 銀河

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第1章 黎明入学編

第14話 テメェなんかが

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「ミナト、起きろ。朝だぞ」
「起きとるわァ!」
「寝てただろ、今まで」
「起きてるっつってんだろォ!」
「ぶわぁっ!」

 起床早々、声を荒げるミナト。
 起こしに来た兄・ライトに枕を投げつけ、撃退した。

 背伸びをして、ベッドから降りる。
 カーテンを開けて、朝日を浴びる。
 これが、村雲ミナトの一日の始まりだ。

 洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨く。
 朝食前に一度、朝食後に一度、歯は磨くようにしている。
 寝起きの口の中はトイレよりも汚いという記事を目にして以降、その習慣がついた。
 本人いわく、「そんまま朝飯食ったらウンコ食ってんのと同じだ」と思ったかららしい。

「どうだ、ミナト。勉強頑張ってるのか?」
「あァ」
「俺も学生のとき、黎明受けたけどな。
 ありゃ、普通に行ったら無理だぞ」
「……あァ」
「ちゃんとトレーニングして、筆記の勉強もして。
 んで、規則正しい生活を心がけてだな……」
「だァァァァ! うっせェな! わァってるわァ!」

 ライトは、ミナトにかなり口うるさい。
 両親の逝去から、ミナトはライトと二人で暮らしている。
 現在一般サラリーマンとして会社に勤めているライトであるが、元々はヒーロー志望だった。
 黎明を受験はしたものの、実技試験での負傷のせいで筆記試験が受けられなくなり、入試は不合格、その夢を断念した。

「すまん、ミナト。洗い物、任せてもいいか?
 もう出ないと間に合わない」
「あァ」
「ありがとさん。んじゃ、行ってくるよ」
「ん」

 そっけない返事に苦笑しつつ、ライトは家を出た。
 ライトにも同じような時期があったし、もう長いことあの性格であるため慣れてしまった。

 ミナトは頼まれていた洗い物を済ませ、服を着替える。
 薄手の黒のタンクトップに、丈の短いショートパンツ。
 どちらも、動きやすさを重視した服装だ。

 タオルを首にかけ、鍵を持って家を出る。
 これから、土手のランニングに向かうのだ。

 普段は夕飯前の時間帯に行うランニングを、今日は珍しく早朝にずらした。
 否、早朝と夕方の二度、行うことに決めたのだ。

 もう、入試までは一か月と少ししかない。
 これから追い込むつもりなのである。

 準備運動を入念にしてから、走り出した。

『テメェ、なんかが……! ヒーローなんて……!』
『なるよ、僕は」
『――! こんだけやられても、まだそんなことを――』
『――――ならなきゃ、ダメなんだよ』

 あの卒業式の日を、ふとした時に思い出してしまう。
 思い出したくもないのに、脳が勝手にフラッシュバックさせてくる。

 ――初めて、レイは自分に反抗してきた。

 今まで何を言っても、反抗なんてしてこなかった。
 それなのにあの日、顔を歪めながら自分の顔面を殴り飛ばした。

「……クソが」

 忘れたくても、忘れられない。
 自分よりも下だと思っている人間が反抗してくると、心底腹が立つ。
 虫唾が走るほど、あの時の顔が憎たらしくて仕方がない。

 肉親を殺した人間の息子が、人を救うヒーローを志す。
 それが、ミナトにとって何より許せないのだ。

 やったのは、レイではない。
 そんなことはわかっている。
 だが、少しも申し訳ないと思っていなさそうなあの純粋無垢な笑顔が、憎い。

 そんなレイが、自分と同じ黎明を受けると豪語した。

 指先から水を出す程度の弱小な権能しか持たないレイが、黎明を受ける。
 最初は、鼻で笑ってやろうとか思っていた。
 しかし、なぜかあの時は、どうしようもない怒りで我を忘れてしまった。

「……あ?」

 と、土手を走るミナトの目に、二つの人影が映った。
 一つは、杖をついた背の低い老人。
 そしてもう一つは、

「……レイ?」

 たった今頭の中にいた、レイだった。

「何してやがんだァ? アイツは」

 そう言いながら、足を止めた。

 ――その、瞬間だった。

「なッ……!?」

 レイらしき人影から、凄まじい威力の水が放出されたのが見えた。
 ――しかもそれが、河川敷に生えている生垣を貫いたのも見えた。

 放たれた水が止まると、その生垣には風穴が空いていた。

(まッ、まさかな……。きっと別人だろ……)

 と、半ば自分に言い聞かせるような形でそう心の中で呟いた。


 ***


「凄まじい威力じゃな。だいぶ、戦えるようにはなってきたじゃろう」
「本当ですか!?」
「うむ」
「……っ!」

 穴の空いた生垣を見つめながら、レイは喜びをかみしめる。
 恒一もよくやったと言わんばかりに、レイの頭を撫でた。

「ですが、師匠。こんなに水を出せば、街なかで使うときに街が水浸しになりませんか?」
「馬鹿言え。このまま使わせるわけないじゃろう」
「えっ、そうなんですか!?」
「当たり前だ。第一、こんな量の水を使い続ければお前はすぐに倒れる。
 ワシがやらせとるのはあくまで、権能の強化じゃ。
 最初に言わんかったか? どう使いこなし、どう派生させるかはまた別の話じゃと」
「確かに、言ってました……。
 だから、頑なに足から水を出すトレーニングをさせてもらえなかったんですね……」

 レイは過去の記憶を掘り起こし、すぐにその言葉を見つけた。

 恒一の言う通り、大量の水を出し続けることはあまりよくない。
 体内の水分の十パーセント以上を失えば、生命の危機も見えてくる。
 そんな綱渡りともいえる権能をむやみに使っていけば、レイはすぐに力尽きてしまう。

 今こうしてふらつかずにいられるのは、体づくりの賜物である。
 噛み砕いて言うならば、体づくり、そして権能を繰り返し使っていたことで、
 レイの体内に保存できる水の最大容量が増えただけ。
 使い続ければ、いずれ底を尽きてしまうのだ。

「まあ、これだけ使いこなせるようになれば十分じゃろう。
 そろそろ、波乗りの練習をするか」
「実は、ですね……」
「なんじゃ?」

 レイはそう前置きを置いて、深呼吸をした。
 体内に流れる血液をイメージし、それが腕へ――

 ではなく、足へ流れていく。

「……はいっ!」
「――何だと?」

 レイの足からは、確かに水が出ていた。
 恒一は、眼球が飛び出そうな勢いで驚いてみせた。

「前々から、練習はしていたんです。
 もう入試まで一か月ちょっとしかないので、少しでも練習を、と思っていたら、いつの間にかできるようになっていました」
「驚いたぞ……。流石の向上心じゃな」

 恒一に褒められて、ご満悦の表情を浮かべるレイ。
 「えっへん」と胸を張るレイに、恒一は、

「それなら、話は早いな。
 その状態を保ったまま、動いてみろ」
「わかりました」

 レイは水を出したまま、歩いてみせた。
 ふらつきも、よろめきもしない。
 真っ直ぐ、歩くことができている。

「そのまま、走れるか?」

 恒一に言われ、レイは足の回転を早めた。
 地面に足をつけている感覚はなく、まるで水の上に立っているかのような感覚だ。
 実際、水の上に足を乗せたまま動いてはいるが。

「じゃあ、そのまま滑れるか?」

 その要望に応えようと、レイは自分なりに滑ろうとする。

「だっ!」
「なんだ。そんなもんか」
「無理ですよ! 初めてやるんですから!」

 痛みに涙を浮かべながら、恒一にそう言い返したレイ。
 尻もちをついたレイに杖を差し伸べ、立ち上がらせる。

「……もう一回」

 レイは再び足から水を出し、動き出した。
 ゆっくりと歩行し、速度を上げて走り、そして、そのまま滑ろうとする。

「がっ!」
「ぶっ」
「ちょっと、何笑ってるんですか!
 僕は真剣なんですよ!」
「いや、あまりにも綺麗なコケ方だったもんじゃから……」

 バナナの皮を踏んだかのように、綺麗に半回転して転んだ。
 恒一は思わず、その華麗な転倒に吹き出してしまった。

「もう一回!」

 みたび水を出し、立ち上がった。
 そして、盛大に転んだ。

「もう一回!!」

 めげずに足から水を放出し、立ち上がる。
 早くも泥だらけの顔を腕で拭い、凛とした顔で再挑戦。

「……もう、一回!」



 その様子を、土手から見下ろす少年。

「アイツ……! あんな権能なんてなかったはずだろうが……!」

 眉間にしわを寄せ、複雑な感情から体を震わせているミナト。
 本来の目的であるランニングなんて、とっくに忘れてしまっている。

 今はただ、あの二人の様子に意識を奪われている。

 ミナトは、レイの権能を知っている。
 しかしそれは、知っている中では最も弱いものだった。
 水鉄砲にも満たない威力の水を出すという、この上なく地味な権能。
 悔しいが、あれに助けられたこともあった。

 だが、今ミナトの目に映っているのは、それとはまるで違うもの。
 最後に権能を見たときとは、まったくもって別物へと変化を遂げているのだ。

 信じがたいが、これは夢ではない。

「強く、なってやがる……!」

 握った拳が痛む。
 力を入れすぎているがあまり、爪が食い込んでいるのだ。

 「アイツッ……! アイツッ……!」

 ミナトは、行き場のない感情に支配される。

 怒りか、憎しみか。
 あるいは、悔しさか。

 卒業式の日に、初めてミナトは「悔しい」という感情をレイに向けた。
 ――否、それは商店街事件のときだったかもしれない。

「俺よりも、弱いくせに……!」

 商店街事件の時、ミナトはレイに命を救われた。
 レイは何もかも、自分よりも劣っていると思っていた。
 なのに、レイはミナトを助けようと飛び出し、最終的には救ってみせた。

 自分よりもはるかに弱い権能を以て、捕らわれている格上の人間を助けたのだ。

「殺した、くせにッ……!」

 また、両親を殺された怒りをレイへ向けた。

 ――――自分でも、わかっている。
 こんなことは、してはいけないことだと。
 それでも、どうしていいかわからないのだ。

『――ならなきゃ、ダメなんだよ』

 あの言葉が、ミナトを呪っている。
 あの言葉のせいで、ミナトは理由のない焦燥感に駆られているのだ。

「テメェ、なんかがッ……」

 そう、言いかけたその時。


 ***


「何っ!?」
「見ましたか!? 見ましたか、師匠!
 今一瞬、十メートルくらい移動しましたよね!?」

 レイは、波乗りに成功した。

 恒一は杖を取り落とし、頭を抱えた。
 髪のない頭に手のひらを当てて、

「お前さん……すごいぞっ!」
「おわぁっ!?」

 恒一は、見違えるほどに大きくなったレイの体を持ち上げた。
 そして、深く抱きしめた。
 レイは思わぬ恒一の行動に、なぜか目頭が熱くなった。

「まさか、ここまで成長するとは……。
 まだ完璧ではないが、立派だぞ。
 どうして急に、できたんじゃ?」
「うーん……。今は、小さい頃に習っていたスケートの感覚を思い出しながらやってみました。
 自分は今スケートリンクに立っていて、氷の上を滑っているようなイメージで」

 恒一はそれを聞いて、「なるほど」と一言。

(前々から思っていたが、こやつ、飲み込みが早い。
 天才肌的ななにかがありそうだな……)

 と考えながら、抱きしめていたレイから腕を離す。
 杖を拾い直そうとした恒一に、

「もう一回、やってみます!」

 レイはそう言って、また実践しようとした。

(いや、違う)

「ぎゃっ!」

 また転倒したレイを見つめながら、恒一は、

(――異常なほどに、努力家なのだ)

 そう、結論付けたのだった。

 思えば、これまで一度たりとも、トレーニングをサボったことはなかった。
 それでいながら、家でも自主トレーニングを組み込んでいることも聞いた。

 無抵抗で凄惨な死を迎える未来が見えたから、というのもあるかもしれない。
 だがレイは恐らくそれだけではなく、心からヒーローだった両親に憧れているのだ。

「ほれ、立たんか小僧。その状態で土手を一周できるまで帰れんぞ」
「えぇ!? それは流石に無理ですよぉ……!」
「返事は!」
「は、はいぃ……!」

 泥だらけ、傷だらけのレイを見て、恒一はニッと笑った。


 ――――入学試験まで、残り約一か月。
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