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第1章 黎明入学編
第15話 行ってきます
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「ついに、来たな」
恒一がそう呟く。
燦々と照る太陽。
その下で、セミの鳴く声がこだまする。
――黎明入学試験、当日。
その日が、やって来た。
***
朝六時。
レイはただ一人、いつもの河川敷に立っていた。
太陽がもう顔をのぞかせている青空を見つめ、そして目を閉じる。
「お、もう来とるのか」
そこへ、レイの師匠・灰原恒一が現れた。
普段は恒一の方が早く到着するのだが、今日は珍しくレイに先を越された。
上半身は裸で、空を見上げているレイ。
その体は、七か月前とはまるで別人のような変貌を遂げていた。
「おはようございます、師匠!」
「ワシより早く来るなんて、珍しいこともあるもんじゃな」
「いつもより早く目が覚めて、家にいても落ち着かなかったので……。
土手を一周して、ここに戻ってきたところなんです」
「だから、そんなに汗だくなのか」
レイの体は、太陽に照らされて光り輝いている。
その姿は逆光となり、恒一の視神経を刺激している。
「一つ、謝っておかねばならんことがあってな」
「なんですか?」
「黎明の実技試験で、権能を使うことは知っているはずだな」
「はい、それはもちろん」
レイは当たり前の質問を受け、拍子抜けする。
恒一はそんなレイの目を真っ直ぐに見つめ、
「……ワシ、実戦訓練一回もしてないよな」
「――!」
その言葉で、ようやく事の重大さを理解した。
恒一の言う通り、レイは権能をある程度使いこなせるようにはなったものの、
それを本気で、戦闘形式で使ったことはない。
恒一は権能の強化を図ることに集中しすぎたあまり、本来の目的を忘れてしまっていた。
恒一がレイを弟子にとったのは、まず黎明の試験に合格させるため。
他にも数多のヒーロー科高校はあるが、誰にも負けないくらいに強くなるには、最高峰の黎明へ入学することが不可欠だ。
「……こりゃ、まずいことになったぞ」
「師匠……」
責任を感じている恒一を見て、レイはかける言葉を探す。
しかし、これに関しては恒一の落ち度。
レイ自身は責めるつもりはまったくないが、恒一からしてみれば、責められても仕方がないと思っている。
冷や汗をかき始めた恒一に、
「――今から、相手をしてもらえませんか」
「……何じゃと?」
「ランニングだけじゃ、体が温まりきらなかったんですよ。
それに、一度経験しておくのとしないのでは、天と地ほどの差があると思います」
「――」
「お互いに怪我をしない程度で十分です。
僕に、戦闘訓練を経験させてください」
レイは頭を下げ、そう懇願した。
悪いのは自分なのに、こうして頭を下げてくれる弟子に、恒一は自分が情けなく感じた。
それでも、恒一はレイの師匠だ。
「……わかった。全部、ワシにぶつけて来い」
断る理由など、あるはずない。
レイの背中に、ツーッと汗が流れ込む。
額にも、首元にも、そして全身が、汗にまみれている。
これは、ジメジメとした暑さによるもの、ランニングで上がった代謝によるもの、
そして、この張り詰めた緊張感によるもの。
同じ汗でも、まったく違う意味合いを持つ汗である。
恒一は杖を握ったまま、レイを凝視する。
構えもまるでなっておらず、隙だらけ。
しかしこれは全て、自らの失態のせいだ。
恒一は師匠としてこの七か月間、毎日のようにレイの面倒を見た。
あの変わり者の祖母の次に、レイと過ごした時間は多いだろう。
だから、最後まで面倒を見てやらなければならない。
最後は、この身をもって。
「行きます!」
「敵にそんな宣言をするのか、お前は!」
「――っ!」
堂々と宣言して飛び出そうとしたレイの目の前から、恒一は消えた。
わずかな土埃を残して。
「後ろじゃよ」
「……くっ!」
「うっそぴょーん」
「――だっ!?」
後ろだと言われて振り向くと、その背後に恒一は回り込んでいた。
目が回るほど瞬時に首を動かしたレイの額に、恒一のデコピンが炸裂。
痛みはそこまでないが、レイはまんまと欺かれた。
「ワシに一瞬でも触れられたら、お前の勝ちにしてやるぞ」
「くっ……」
その声は、立体音響のようにあちらこちらから聞こえてくる。
視界の様々なところから立っている砂ぼこり。
(目で、追えないっ……!)
姿は、一瞬たりとも視認できない。
しかし微かな足音が聞こえるため、確かにこの場にいることはわかる。
灰原恒一改め、ヒーロー《オラクル》の権能は、予見眼、そして未来視。
それに加えて、もう一つ。
「ぶわっ!」
レイは一瞬、顔面に軽い蹴りを入れられた。
これもまた大した痛みではないが、風圧のようなものを感じた。
――否、今レイは、物理攻撃を受けていない。
間接的に、『風』を受けたのだ。
(まさかっ……!)
「ワシの三つ目の権能。人呼んで、『風脚《ウィンドレッグ》』。
足から風を出して、ジェット噴射をしながら動くことができるんじゃ」
「三つ目の、権能……?」
この世界の人間はまれに、複数の権能を持って生まれることがある。
大抵の人間が一つ、運が悪いかそういう血統ならば権能を持たずに生まれてくるが、
二つ持って生まれてくることは非常に稀有な例だ。
だが、恒一は権能を三つ持って生まれた人間。
このような人間は、天文学的確率でしか生まれてこない。
「ほれほれ、どうした。反撃して来んか」
挑発しながらフィールドを駆け回る恒一。
目を凝らして集中するが、それでもまったく姿は見えない。
見えるのは、砂ぼこりだけ。
――付け入る隙が、まったくない。
(よく観察するんだ。集中すれば、いつか好機は見えるはず……)
「戦場で、そんなボーっと突っ立っていたら、すぐにやられてしまうぞ?」
「――」
「今は相手がワシじゃからお前は無事で済んでおるが、本物の敵はそうはいかん。
常に動き回っている敵を見ているだけじゃ、何の光明も見えてこないぞ!」
恒一の言葉を聞き終わるよりも先に、体が動いた。
足元から、水を噴射する。
体がわずかにフワッと浮遊する感覚を味わったあと、足に力を込めて、
「――ふっ!」
地面を蹴って、飛び出した。
一度距離を取り、俯瞰してその場を見る。
しかし、
「遅いぞ」
「ぎゃっ!」
頭にチョップを食らい、情けない声を漏らすレイ。
しかし怯んでいる余裕はない。
――相手を、恒一だと思うな。
本物の、フォールンだと思え。
そう自分に言い聞かせ、再び動き出した。
恒一の動きは、異様に規則的である。
それを見よう見まねではあるが、フィールドを蹂躙する。
「ほう。考えたな」
恒一の速度には遠く及ばない。
ジェットと波では、質が全然違うのだ。
(もっと……! もっと速く……!)
足にさらに力を込めて、速度を上げる。
水を出すイメージを続けながら、恒一の動きも見る。
その姿は未だ目で追えないが――、
(見え、た!)
捉えた。
一瞬ではあるが、恒一の姿を捉えた。
規則的な動き。
ここを通ったら、次はここへ飛ぶ。
それから方向を転換して、こっちの方へ飛ぶ。
動きながら、レイはその動きを頭に叩き込む。
そしてそれを、予測するのだ。
「ほれぃ!」
「ぐっ……」
額に、頭に、攻撃を食らう。
かなり手加減はしてもらっているが、このままでは埒が明かない。
(予測するだけじゃダメだ。
一瞬でいい。一瞬だけでいいから、追いつくことができれば……!)
攻撃を食らい続けながら、そう考えたレイ。
だが、口にするのは容易いが、この速さに追いつくのは至難の業。
スピードは上げたが、この程度のスピードでは到底追いつくことは叶わない。
レイは思考を巡らせる。
までもなく、一つの結論に至った。
前に、恒一に言われたことがある。
――レイには、爆発力が足りないと。
技の威力も上がり、波乗りを掴みかけたころに言われた言葉。
それが、ずっと引っかかっていた。
言われてみれば確かに、レイは移動速度は上がったものの、爆発的に動ける術を持ち合わせていない。
ヒーローにおいて、それはかなり重要度が高いとも言われた。
レイはイメージする。
これまでのような、水の流れのイメージだけでは変わらない。
水だろうが血液だろうが、液体が体の中を伝い、足に到達する。
海が波打つのを想像するのではなく、黙り込んだ噴水が、一気に噴き出すイメージ。
――それを、体現する!
「――――っ!!」
レイは初めて、それを成功させた。
まるでターボエンジンがついたかのように、一直線に推進した。
それも、ただやみくもに動いたわけではない。
規則的に動き回る恒一の動きを読んで、次に地面を蹴りに来る場所を目掛けたのだ。
「何っ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ごえぇっ!?」
踏みつぶされたような恒一の声とともに、レイの手に強い衝撃。
あの卒業式の日と、同じ感覚。
「勝っ、た……!」
レイは、恒一の顔面を殴り飛ばしていた。
***
「まったく、触れたら勝ちだと言ったじゃろう!
何で殴るんじゃ!?」
「すっ、すみません! あの勢いでソフトタッチなんてできなくて……」
恒一は鼻の穴にティッシュを詰めたまま、レイにそう怒号を浴びせた。
レイが日ごろからポケットティッシュを持ち運んでいたのが、思わぬところで役に立った。
「……じゃが、見事だったぞ」
「師匠……」
「正直、負けると思わんかった。ワシが前に言ったお前の課題を、克服したんじゃな」
「はい。僕も、とっさに思い出したんです。爆発力が足りないっていう師匠の言葉を。
それで、何となくですがイメージして、それを体現しました」
正直、レイは自分でも驚いている。
まさかあの状況で、恒一の言葉を思い起こすとは思わなかった。
そして、ぶっつけ本番でそれを成功できるなんて、もっと想像できなかった。
「一瞬、お前がアイツらに重なって見えたぞ」
「アイツ?」
「――昴《すばる》と静香《しずか》にそっくりな顔をしとった」
「――」
昴、そして静香という名前に、レイは心臓が跳ねる。
昴に、静香。
――レイの、両親の名前だ。
レイは、二人が戦っているところを見たことはない。
テレビニュースでも、大々的にヒーローの権能を報道することは禁じられている。
活躍していた当時はテレビ以外のメディアを見ることはなかったため、二人の詳しい権能は知らなかった。
「お前がアイツらから聞かされていた通り、二人ともお前と同じ、水を駆使して戦っていた。
冠された名は、《双潮《ツイン・タイド》》。凄まじい威力の水の技で、一世を風靡した」
「――」
「ワシは、今の戦いで確信したぞ、レイ」
レイは固唾を飲み、恒一の言葉に耳を傾ける。
恒一は杖をレイに向けて、
「――お前は、アイツらを超える存在になれると」
「――っ」
その言葉に、レイは吐息が漏れた。
「地味で、ヒーローとして何の取り柄もない権能しか持たなかったお前は、
たった一つの目標のためにひたむきに努力を重ねた」
「……僕は、まだまだ弱いです。もともと才能なんてなくて、師匠のおかげで頑張ってこれたから、ここまで成長できたんです」
レイは謙遜し、恒一にそう返す。
しかしそれに首を振って、
「――努力をできるというのも、立派な才能なんだ」
そう、ニッコリと笑って言った。
下を向いたレイは、熱くなった目頭から光るものが落ちた。
「あとな、レイ。お前は、何かあったらすぐに下を向く癖がある。
特に、泣きそうになった時じゃ」
「……言われてみれば、確かに」
震える声でそう言って、レイは過去を振り返る。
ミナトから罵倒されたときも、ソラネから問い詰められたときも、下を向いていた。
そして今、この瞬間も。
「人ってのはな、普通、泣きそうになったら上を向くんじゃ。
涙がこぼれないように」
「――」
「じゃがワシは、それは間違いだと思っておる」
「間違い?」
そう聞き返したレイに、恒一はしばしの間沈黙する。
セミの声だけが、二人を包み込む。
「――ワシは、前を向くべきだと思っておる」
「……前を、向く」
「下を向いてしまえば、気持ちも沈んで涙も垂れ流しになる。
上を向けば、涙はこぼれないかもしれん。
だが、ただ涙が流れるのを防ぐだけでは、何事にもつながらん。
泣いてもいい。泣いて、泣いて、それでも最後に前を向け。
涙がこぼれても、流れてもいいから、絶対に下を向くな。天を仰ぐな。
虚勢でもいいから、前だけを見据え、胸を張って歩け」
「――っ」
「――――アイツらにも、これを教えた」
レイは、耐えきれなくなって大粒の涙を流した。
その涙には、色々な理由がある。
だが何より、憧れた両親と同じ言葉をかけてもらったことで、初めて恒一に認めてもらえたような気がした。
レイはまた無意識に、膝に手をついて下を向きかけた。
そこでハッとなり、顔を上げた。
「本当に、お前はあの二人にそっくりじゃな。
今の挙動も表情も、何から何まで似すぎておる」
「うれっ、しいような……。悔しい、ようなっ……!」
「誇れ、レイ。お前が積み上げてきたものは、決して無駄にはならん。
この受験がいい方に転ぼうがそうでなかろうが、それはお前の生きる糧となる」
恒一はレイに歩み寄る。
そして、自分に背を向けるように言った。
「行ってこい、レイ。
何も怖がらず、楽しんで来い」
「……はいっ!」
涙と汗、そして砂にまみれた顔をクシャッと綻ばせて、元気よく返事をした。
レイは振り返って、恒一の笑顔を見て、
「――行ってきます!」
この七か月間のことを思い出しながら、そう口にした。
恒一がそう呟く。
燦々と照る太陽。
その下で、セミの鳴く声がこだまする。
――黎明入学試験、当日。
その日が、やって来た。
***
朝六時。
レイはただ一人、いつもの河川敷に立っていた。
太陽がもう顔をのぞかせている青空を見つめ、そして目を閉じる。
「お、もう来とるのか」
そこへ、レイの師匠・灰原恒一が現れた。
普段は恒一の方が早く到着するのだが、今日は珍しくレイに先を越された。
上半身は裸で、空を見上げているレイ。
その体は、七か月前とはまるで別人のような変貌を遂げていた。
「おはようございます、師匠!」
「ワシより早く来るなんて、珍しいこともあるもんじゃな」
「いつもより早く目が覚めて、家にいても落ち着かなかったので……。
土手を一周して、ここに戻ってきたところなんです」
「だから、そんなに汗だくなのか」
レイの体は、太陽に照らされて光り輝いている。
その姿は逆光となり、恒一の視神経を刺激している。
「一つ、謝っておかねばならんことがあってな」
「なんですか?」
「黎明の実技試験で、権能を使うことは知っているはずだな」
「はい、それはもちろん」
レイは当たり前の質問を受け、拍子抜けする。
恒一はそんなレイの目を真っ直ぐに見つめ、
「……ワシ、実戦訓練一回もしてないよな」
「――!」
その言葉で、ようやく事の重大さを理解した。
恒一の言う通り、レイは権能をある程度使いこなせるようにはなったものの、
それを本気で、戦闘形式で使ったことはない。
恒一は権能の強化を図ることに集中しすぎたあまり、本来の目的を忘れてしまっていた。
恒一がレイを弟子にとったのは、まず黎明の試験に合格させるため。
他にも数多のヒーロー科高校はあるが、誰にも負けないくらいに強くなるには、最高峰の黎明へ入学することが不可欠だ。
「……こりゃ、まずいことになったぞ」
「師匠……」
責任を感じている恒一を見て、レイはかける言葉を探す。
しかし、これに関しては恒一の落ち度。
レイ自身は責めるつもりはまったくないが、恒一からしてみれば、責められても仕方がないと思っている。
冷や汗をかき始めた恒一に、
「――今から、相手をしてもらえませんか」
「……何じゃと?」
「ランニングだけじゃ、体が温まりきらなかったんですよ。
それに、一度経験しておくのとしないのでは、天と地ほどの差があると思います」
「――」
「お互いに怪我をしない程度で十分です。
僕に、戦闘訓練を経験させてください」
レイは頭を下げ、そう懇願した。
悪いのは自分なのに、こうして頭を下げてくれる弟子に、恒一は自分が情けなく感じた。
それでも、恒一はレイの師匠だ。
「……わかった。全部、ワシにぶつけて来い」
断る理由など、あるはずない。
レイの背中に、ツーッと汗が流れ込む。
額にも、首元にも、そして全身が、汗にまみれている。
これは、ジメジメとした暑さによるもの、ランニングで上がった代謝によるもの、
そして、この張り詰めた緊張感によるもの。
同じ汗でも、まったく違う意味合いを持つ汗である。
恒一は杖を握ったまま、レイを凝視する。
構えもまるでなっておらず、隙だらけ。
しかしこれは全て、自らの失態のせいだ。
恒一は師匠としてこの七か月間、毎日のようにレイの面倒を見た。
あの変わり者の祖母の次に、レイと過ごした時間は多いだろう。
だから、最後まで面倒を見てやらなければならない。
最後は、この身をもって。
「行きます!」
「敵にそんな宣言をするのか、お前は!」
「――っ!」
堂々と宣言して飛び出そうとしたレイの目の前から、恒一は消えた。
わずかな土埃を残して。
「後ろじゃよ」
「……くっ!」
「うっそぴょーん」
「――だっ!?」
後ろだと言われて振り向くと、その背後に恒一は回り込んでいた。
目が回るほど瞬時に首を動かしたレイの額に、恒一のデコピンが炸裂。
痛みはそこまでないが、レイはまんまと欺かれた。
「ワシに一瞬でも触れられたら、お前の勝ちにしてやるぞ」
「くっ……」
その声は、立体音響のようにあちらこちらから聞こえてくる。
視界の様々なところから立っている砂ぼこり。
(目で、追えないっ……!)
姿は、一瞬たりとも視認できない。
しかし微かな足音が聞こえるため、確かにこの場にいることはわかる。
灰原恒一改め、ヒーロー《オラクル》の権能は、予見眼、そして未来視。
それに加えて、もう一つ。
「ぶわっ!」
レイは一瞬、顔面に軽い蹴りを入れられた。
これもまた大した痛みではないが、風圧のようなものを感じた。
――否、今レイは、物理攻撃を受けていない。
間接的に、『風』を受けたのだ。
(まさかっ……!)
「ワシの三つ目の権能。人呼んで、『風脚《ウィンドレッグ》』。
足から風を出して、ジェット噴射をしながら動くことができるんじゃ」
「三つ目の、権能……?」
この世界の人間はまれに、複数の権能を持って生まれることがある。
大抵の人間が一つ、運が悪いかそういう血統ならば権能を持たずに生まれてくるが、
二つ持って生まれてくることは非常に稀有な例だ。
だが、恒一は権能を三つ持って生まれた人間。
このような人間は、天文学的確率でしか生まれてこない。
「ほれほれ、どうした。反撃して来んか」
挑発しながらフィールドを駆け回る恒一。
目を凝らして集中するが、それでもまったく姿は見えない。
見えるのは、砂ぼこりだけ。
――付け入る隙が、まったくない。
(よく観察するんだ。集中すれば、いつか好機は見えるはず……)
「戦場で、そんなボーっと突っ立っていたら、すぐにやられてしまうぞ?」
「――」
「今は相手がワシじゃからお前は無事で済んでおるが、本物の敵はそうはいかん。
常に動き回っている敵を見ているだけじゃ、何の光明も見えてこないぞ!」
恒一の言葉を聞き終わるよりも先に、体が動いた。
足元から、水を噴射する。
体がわずかにフワッと浮遊する感覚を味わったあと、足に力を込めて、
「――ふっ!」
地面を蹴って、飛び出した。
一度距離を取り、俯瞰してその場を見る。
しかし、
「遅いぞ」
「ぎゃっ!」
頭にチョップを食らい、情けない声を漏らすレイ。
しかし怯んでいる余裕はない。
――相手を、恒一だと思うな。
本物の、フォールンだと思え。
そう自分に言い聞かせ、再び動き出した。
恒一の動きは、異様に規則的である。
それを見よう見まねではあるが、フィールドを蹂躙する。
「ほう。考えたな」
恒一の速度には遠く及ばない。
ジェットと波では、質が全然違うのだ。
(もっと……! もっと速く……!)
足にさらに力を込めて、速度を上げる。
水を出すイメージを続けながら、恒一の動きも見る。
その姿は未だ目で追えないが――、
(見え、た!)
捉えた。
一瞬ではあるが、恒一の姿を捉えた。
規則的な動き。
ここを通ったら、次はここへ飛ぶ。
それから方向を転換して、こっちの方へ飛ぶ。
動きながら、レイはその動きを頭に叩き込む。
そしてそれを、予測するのだ。
「ほれぃ!」
「ぐっ……」
額に、頭に、攻撃を食らう。
かなり手加減はしてもらっているが、このままでは埒が明かない。
(予測するだけじゃダメだ。
一瞬でいい。一瞬だけでいいから、追いつくことができれば……!)
攻撃を食らい続けながら、そう考えたレイ。
だが、口にするのは容易いが、この速さに追いつくのは至難の業。
スピードは上げたが、この程度のスピードでは到底追いつくことは叶わない。
レイは思考を巡らせる。
までもなく、一つの結論に至った。
前に、恒一に言われたことがある。
――レイには、爆発力が足りないと。
技の威力も上がり、波乗りを掴みかけたころに言われた言葉。
それが、ずっと引っかかっていた。
言われてみれば確かに、レイは移動速度は上がったものの、爆発的に動ける術を持ち合わせていない。
ヒーローにおいて、それはかなり重要度が高いとも言われた。
レイはイメージする。
これまでのような、水の流れのイメージだけでは変わらない。
水だろうが血液だろうが、液体が体の中を伝い、足に到達する。
海が波打つのを想像するのではなく、黙り込んだ噴水が、一気に噴き出すイメージ。
――それを、体現する!
「――――っ!!」
レイは初めて、それを成功させた。
まるでターボエンジンがついたかのように、一直線に推進した。
それも、ただやみくもに動いたわけではない。
規則的に動き回る恒一の動きを読んで、次に地面を蹴りに来る場所を目掛けたのだ。
「何っ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ごえぇっ!?」
踏みつぶされたような恒一の声とともに、レイの手に強い衝撃。
あの卒業式の日と、同じ感覚。
「勝っ、た……!」
レイは、恒一の顔面を殴り飛ばしていた。
***
「まったく、触れたら勝ちだと言ったじゃろう!
何で殴るんじゃ!?」
「すっ、すみません! あの勢いでソフトタッチなんてできなくて……」
恒一は鼻の穴にティッシュを詰めたまま、レイにそう怒号を浴びせた。
レイが日ごろからポケットティッシュを持ち運んでいたのが、思わぬところで役に立った。
「……じゃが、見事だったぞ」
「師匠……」
「正直、負けると思わんかった。ワシが前に言ったお前の課題を、克服したんじゃな」
「はい。僕も、とっさに思い出したんです。爆発力が足りないっていう師匠の言葉を。
それで、何となくですがイメージして、それを体現しました」
正直、レイは自分でも驚いている。
まさかあの状況で、恒一の言葉を思い起こすとは思わなかった。
そして、ぶっつけ本番でそれを成功できるなんて、もっと想像できなかった。
「一瞬、お前がアイツらに重なって見えたぞ」
「アイツ?」
「――昴《すばる》と静香《しずか》にそっくりな顔をしとった」
「――」
昴、そして静香という名前に、レイは心臓が跳ねる。
昴に、静香。
――レイの、両親の名前だ。
レイは、二人が戦っているところを見たことはない。
テレビニュースでも、大々的にヒーローの権能を報道することは禁じられている。
活躍していた当時はテレビ以外のメディアを見ることはなかったため、二人の詳しい権能は知らなかった。
「お前がアイツらから聞かされていた通り、二人ともお前と同じ、水を駆使して戦っていた。
冠された名は、《双潮《ツイン・タイド》》。凄まじい威力の水の技で、一世を風靡した」
「――」
「ワシは、今の戦いで確信したぞ、レイ」
レイは固唾を飲み、恒一の言葉に耳を傾ける。
恒一は杖をレイに向けて、
「――お前は、アイツらを超える存在になれると」
「――っ」
その言葉に、レイは吐息が漏れた。
「地味で、ヒーローとして何の取り柄もない権能しか持たなかったお前は、
たった一つの目標のためにひたむきに努力を重ねた」
「……僕は、まだまだ弱いです。もともと才能なんてなくて、師匠のおかげで頑張ってこれたから、ここまで成長できたんです」
レイは謙遜し、恒一にそう返す。
しかしそれに首を振って、
「――努力をできるというのも、立派な才能なんだ」
そう、ニッコリと笑って言った。
下を向いたレイは、熱くなった目頭から光るものが落ちた。
「あとな、レイ。お前は、何かあったらすぐに下を向く癖がある。
特に、泣きそうになった時じゃ」
「……言われてみれば、確かに」
震える声でそう言って、レイは過去を振り返る。
ミナトから罵倒されたときも、ソラネから問い詰められたときも、下を向いていた。
そして今、この瞬間も。
「人ってのはな、普通、泣きそうになったら上を向くんじゃ。
涙がこぼれないように」
「――」
「じゃがワシは、それは間違いだと思っておる」
「間違い?」
そう聞き返したレイに、恒一はしばしの間沈黙する。
セミの声だけが、二人を包み込む。
「――ワシは、前を向くべきだと思っておる」
「……前を、向く」
「下を向いてしまえば、気持ちも沈んで涙も垂れ流しになる。
上を向けば、涙はこぼれないかもしれん。
だが、ただ涙が流れるのを防ぐだけでは、何事にもつながらん。
泣いてもいい。泣いて、泣いて、それでも最後に前を向け。
涙がこぼれても、流れてもいいから、絶対に下を向くな。天を仰ぐな。
虚勢でもいいから、前だけを見据え、胸を張って歩け」
「――っ」
「――――アイツらにも、これを教えた」
レイは、耐えきれなくなって大粒の涙を流した。
その涙には、色々な理由がある。
だが何より、憧れた両親と同じ言葉をかけてもらったことで、初めて恒一に認めてもらえたような気がした。
レイはまた無意識に、膝に手をついて下を向きかけた。
そこでハッとなり、顔を上げた。
「本当に、お前はあの二人にそっくりじゃな。
今の挙動も表情も、何から何まで似すぎておる」
「うれっ、しいような……。悔しい、ようなっ……!」
「誇れ、レイ。お前が積み上げてきたものは、決して無駄にはならん。
この受験がいい方に転ぼうがそうでなかろうが、それはお前の生きる糧となる」
恒一はレイに歩み寄る。
そして、自分に背を向けるように言った。
「行ってこい、レイ。
何も怖がらず、楽しんで来い」
「……はいっ!」
涙と汗、そして砂にまみれた顔をクシャッと綻ばせて、元気よく返事をした。
レイは振り返って、恒一の笑顔を見て、
「――行ってきます!」
この七か月間のことを思い出しながら、そう口にした。
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しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
セクスカリバーをヌキました!
桂
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とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
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