ヒーロー・オブ・ケプラー

天川 銀河

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第1章 黎明入学編

第20話 スタートラインへ

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 そして、一週間が経った。

「――。――イ?」
「――」
「レイ?」
「……っ。ごめん、ばあちゃん。なに?」

 持ち上げた生姜焼きを持ったままレイは一点を見つめていた。

 レイは実技試験の日から、魂の抜けたような生活を送っている。
 食事も喉を通らないし、ふとした時に涙がこみあげてくる。
 恒一とも連絡がつかないため、報告が出来ないのだ。

 ――試験に、落ちたと。

 まだ、決まったわけではない。
 実技試験でもポイントがゼロではなかったし、筆記試験はまずまずの手応えだった。
 だがやはり、実技試験のことが頭から離れず、あまり集中はできなかった。
 上手く行っていれば、なんてタラレバを語るつもりはないが、前日の試験の影響が身体的にではなく精神的に尾を引いた。
 唯一自分を褒められるとすれば、無理をしてでも筆記試験を受験しに行ったことだ。

「試験、まだ落ちたって決まってはないんだろう?」
「……まあ、そうだけどさ。絶対、落ちてるよ。
 僕、倒れちゃって全然動けなかったし」

 箸を動かしながら、そう話すレイ。
 祖母は立ち上がり、レイの頭を撫でながら、

「黎明受けるってだけで、レイは立派に頑張ったと思うよ」
「……ばあ、ちゃん」
「凄い師匠に見初められて、ずっと頑張ってきたんだろう?
 ばあちゃんもしょうもない権能しか使えんかったけど、レイは凄い技を使えるようになったらしいじゃないですか」
「――」

 そんなことを言っても、と言い返そうとしたレイは踏みとどまった。
 今言い返してしまえば、祖母を落胆させる。
 祖母なりに、自分を慰めようとしてくれているのだろう。
 その優しさが、どこか痛い。
 それでも、受け取るのを拒否するのはできなかった。

「ごちそうさまでした」

 食事を終え、自室へ戻ったレイ。
 部屋にあるパソコンを起動し、検索エンジンを開く。

 キーボードに指を添え、文字を打ち始めた。

「――黎明、合否発表」

 そう、呟きながら。


 ***


 検索結果は、すぐに一番上に出てきた。
 恐る恐るそのリンクをクリックし、とっさに目を閉じる。
 ゆっくりと目を開くと、黎明のホームページだと思われるサイトが開かれていた。

 入念に目を通し、「合格者一覧」と書かれた場所をクリックした。

 レイは逸る鼓動を抑えるために、深く息を吸って吐いた。
 そして、目を開けて画面を見た。

 ヒーロー科の定員は三十六名。
 それに対して受験者は九百名以上。
 倍率は、三十倍以上である。

「745番、745番……!」

 自分の受験番号を連呼しながら、スクロールしていく。
 やはり、合格者の番号にはかなりのばらつきがある。
 連番での合格は、まったく見られない。

「みっちゃん、受かってる……!」

 ミナトの受験番号は、合格者一覧表の中に書かれていた。

(当然だ……。みっちゃんが落ちるわけない)

 と言いつつ、なおもスクロールを続ける。

 六百番台のたった一人の合格者を見た後、ついに七百番台へ突入した。

「745番、745番、745番……!」

 震える手でマウスを握りしめ、スクロールをしていく。

 そして――、

「――七百四十、六」

 レイの番号は、なかった。

 焦点が、定まらなくなっていく。

 わかってはいた。
 自らの身の危険を顧みず、あんな散々な結果に終わった。
 それを取り返せるだけの点数を、筆記試験で取れなかった。
 そんな自分が、合格しているはずがないということくらい。

 それでも、

「……っ!」

 悔しいものは、悔しい。
 込み上げる涙は、どうにも止めようがない。

 間違いなく、必死に努力はしてきた。
 これまでの三日坊主が嘘だったかのように、ひたむきに積み重ねた。

 ――だが、全力を尽くすことはできなかった。
 もっと、やれたはずだ。

 あの少女を助けに向かわなければ、なんてことは思わない。
 それ以前に、レイは自らの力を過信してしまっていた。

 出遅れを取り戻す形で波に乗ったレイ。
 その後も、後先のことを考えずに権能を使った。
 否、酷使し続けたのだ。

 あれだけやってきたから、大丈夫だろう。
 きっといい結果に終わるだろう。

 そんな油断が招いた、当然の結果である。

「くそっ……! くそぉ……!」

 力ない手で、机を叩くレイ。
 その音は、部屋の外で報告を待っている祖母にも聞こえていた。

 祖母も、もう結果はわかっている。
 だが、踏み込めない。
 なんと声をかけていいのか、わからない。

 もし合格していたなら、レイの性格上、部屋を飛び出して報告してくるはず。
 そうでないこの状況は、どう考えても悪い結果に終わったとしか考えられない。

 ノックをしようと手を出しては、引っ込める。
 それを、もう何度も繰り返している。

「師匠っ……! オラクルっ……!」

 しゃくりあげて泣くレイは、ズボンの裾を掴んみながら、

「前なんて、向けそうにないです――――!」

 そのレイの言葉を遮るようにして、ブルブルと机が震えた。
 顔を上げて机の隅を見ると、スマートフォンが光っているのが見えた。

 手を伸ばしてスマホを持ち上げ、画面を見る。
 そこには、

「……黎明、英雄学園」

 その文字が、光っていた。

 レイは画面をタップし、スマホを耳に近づける。

「……もしもし?」
「ハロー、星野レイくゥゥゥん!
 元気にしているかい!?」

 鼓膜が破れそうな音圧に、レイは思わずスマホを耳から遠ざける。
 スピーカーで聞いていると錯覚するほどの声量に驚きつつ、その人物を想起する。

「ハウリング、ジェット?」
「そォォォう! 俺は天下のハウリング・ジェット様だァァァ!
 とりあえず、ホログラム通話に切り替えてくれないかい?」
「は、はい」

 言われるがまま、レイは通話形態を切り替えた。
 ホログラムがスマホの真上に投影され、目の前にハウリング・ジェットが現れた。

「映ってるゥゥゥゥ!? 見えてるかい、星野レイくん!」
「はい、見えてます」
「オーケーオーケー、俺からもバッチリ見えてるぜェェェ!
 涙に濡れて、グチャグチャの顔だな! ハッハッハッハ!」

 涙で目が腫れているレイを見て、無神経に笑うハウリング・ジェット。
 レイは心臓を引っ掻かれたような嫌悪感に包まれ、

「……何の用ですか、ハウリング・ジェット」
「おォォォっと、そんな顔しないでくれよ少年。
 俺は君に、朗報を届けたくて電話をかけたんだからYO!」
「朗、報?」

 レイはその二文字に、首をかしげる。
 ハウリング・ジェットは「そう!!!」と声を張り上げて、

「今、君は合否発表のサイトを見た!
 そして自分の番号がないことを確認して、涙を流しまくった!
 って感じの状況だろォォォう?」
「……まあ、はい」

 対照的な二人の空気感。
 その場に居たら風邪を引きそうなほどだ。
 レイはハウリング・ジェットの顔を直視できない。
 泣き顔を笑われた矢先、また小馬鹿にされそうな気がしている。

「結論から言おォォォォォう!」
「――」
「受験番号745番、星野レイ君。
 ――――君は、確かに不合格だ」
「……っ」

 やはり冷やかしの電話か、とレイは電話を切ろうとする。
 突然切るのをどう思われようが関係ない。
 もう、関わることがないのだから。

「……だが」
「――」
「見ていたのは、単純なアンドロイドの撃破ポイントだけではなァァい!」
「どういう、ことですか?」

 ハイテンションなハウリング・ジェットの言葉に、レイは顔を上げた。
 ハウリング・ジェットは歯をむき出しにして笑って、こちらを見ていた。

「君は、ある観点の対象となった!」
「ある観点?」
「そォォォう! 俺は試験開始の前にこう言ったはずだ。
 周りの建物への被害やとっさの判断力、そして、『ヒーローとしての素質』という二つの観点を加味して採点を行う場合があると」
「――」

 言っている意味は理解できるが、状況は理解できない。
 自分が、その観点の対象となった。
 完全に理解するまでに、時間を要した。

「言って、ましたね」
「覚えててくれてサンキューだぜ、ベイベー!
 そこで、この表を見て欲しい!」

 そう言って、ハウリング・ジェットはある表を取り出した。
 そこには、受験生たちの総合得点と順位が書いてあった。

(みっちゃん、二位だ……)

 ミナトの得点が真っ先に目に飛び込んできた。
 「186pt」と書かれたミナトの順位は、二位だった。

「これが、今回の合格者のうちの
 レイアウトの都合上、一人だけ漏れてるのはソーリーだぜ!」
「――」
「んで、その三十六人目がこちらァァァァァ!」

 ハウリング・ジェットの音圧とともに、画面の表が切り替わった。
 左上に、「36」の文字の右に名前が書いてある。
 レイはその名前を見て、目を見開いた。

「――――僕?」

 自分で言ったものの、その言葉と自らの目を疑う。
 しかし目をこすってもこすっても、その名前は変わらない。

「星野レイ、104ptォォォ!
 我々黎明の教師で協議を重ねた結果、君は『ヒーローポイント』という観点において大幅な加点が認められた!
 つまり、黎明に入学するに足る人間だと判断されたのさァァァ!」
「……夢じゃ、ないんですよね?」
「残念。これが夢なんだなァ。
 なんて言ったら君はまた泣くのかァ?」
「泣きます」
「ダハハハ! まあそりゃそうだよなァァァ!
 ……ってオイ、自傷行為はよせよォ?」

 レイは膝から崩れ落ちて、現実を疑う。
 頬をつねったり、髪の毛を引っ張ってみたりする。
 痛覚は、ある。

 ――夢じゃ、ないのだ。

「俺たちの撤退命令に背いたことは、受験生としては間違っていた。
 だが――」
「――」
「――命令に背いてまで怪我人を救い出そうと動いたのは、星野レイくん君しかいなかった!
 とっさにその場を飛び出し、強敵を打ち倒して助け出そうとしたあの姿は、他の誰よりもヒーローだったんだァァ!」

 ハウリング・ジェットは画面の向こうから、こちらを指さしている。
 しかし、レイの目にその姿は映っていない。

 涙で、視界がぼやけているのだ。

「改めて、星野レイくゥゥゥゥゥん!
 ようこそ、黎明英雄学園へェェェェ!」

 ハウリング・ジェットの今日一番の声が、レイの部屋中に木霊した。

 部屋の外では、部屋の中から漏れていた声を聞いていた祖母が扉に背を預けて座り込んでいる。
 肩を震わせて、涙を流している。

「あ、ちなみに本当はポイントと順位見せるのはダメだから、他言無用で頼むぜ」

 ハウリング・ジェットは、見た目にそぐわない囁き声でレイにそう言った。



 ――――こうして、星野レイの、黎明英雄学園への入学が内定した。
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