想いの名残は淡雪に溶けて

叶けい

文字の大きさ
3 / 26
第二話 だって可愛いから

Chapter3

しおりを挟む
―匠海―
「三浦、ちょっと頼み事していい?」
「はい。」
開いていたメールボックスの画面を閉じ、斜め向かいの席から手招きしている渡辺さんの傍へ行った。
「何ですか。」
「さっき佐伯が決算書のファイル探してくるって倉庫行ったんだけどさ。ついでにこれも探してほしいって言ってきて。」
手渡されたメモを見て、首をかしげる。
「電話した方が早くないですか?」
渡辺さんは、苦笑いで傍らのデスクを指さした。
「スマホ、置きっぱなし。」
「あー…わかりました、行ってきます。二階の倉庫ですよね?」
「おう、頼んだ。」
貰ったメモをカッターシャツの胸ポケットに突っ込んで、フロアを出た。

エレベーターに乗るほどの階数でもないので階段を下りていく。人の出入りが激しい午前中とは違って昼下がりの階段室に人の気配は無く、自分の革靴の音がやけに高く響く。
少し重い金属製の扉を開け、廊下の突き当りにある資料室の、古い引き戸を開けた。
雑多に置かれた段ボールに躓かないように奥へ行くと、キャビネットの前で分厚いファイルをめくって資料を見ている佐伯さんの姿が見えた。
たぶん埃をかぶるのを避けてか、ジャケットは着ていない。薄いカッターシャツ一枚の後ろ姿は、かなり細身だった。
俺が来たことに気づかないのか、佐伯さんはこちらを振り向かない。しばらくして捲っていたファイルを閉じると、元あったらしい棚に戻そうとして少し背伸びをした。随分高いところから取ったらしい。
そっと近づき、後ろから手を添えてファイルの背表紙を押し込んであげると、ようやく俺がいることに気が付いたのか、佐伯さんが振り返った。
「わっ!びっくりするやん、いつからおったん?」
「ついさっきです。佐伯さん、資料読むのに集中してたから。」
「ちょお、声掛けてや。心臓ばくばく言っとるで。」
大げさに胸に手を当ててみせる。色の白い、綺麗な手。
「ごめんなさい、驚かせて。」
「ええけど…三浦も何か探し物か?」
「あ、そうだ。渡辺さんから伝言が。」
メモを渡す。
「電話した方が早いんじゃないですかって言ったら、佐伯さんスマホ置いたまま行ったからって。」
「ああ、そういえば…わざわざありがとな。」
そう言ってまたキャビネットの方へ視線を向けた佐伯さんの隣に近づく。
「俺も、探すの手伝いましょうか。」
「ええのん?忙しないんか。」
「先輩のパシリも後輩の仕事のうちなんで。」
「お前ほんと、言いたいこと言いよるなあ。」
佐伯さんは苦笑すると、俺が持ってきたメモの一か所を指さした。
「なら、これ探してくれるか?」
「はい。」
渡されたメモに目を通し、書架に並んだファイルの背表紙を目で追っていく。
「これですかね?」
ファイルに指をかけつつ隣を見ると、またやたらと高い場所に置かれた紙ファイルを取ろうとしている佐伯さんの姿が目に入った。
「佐伯さん、俺取りますよ。」
「大丈夫や、もう少し…」
くい、とファイルの背表紙が抜けた拍子に、上に載っていたらしいプリントの束が落ちてきた。
「佐伯さんっ。」
咄嗟に体が動いた。落ちて来た紙束を左手で受け止め、佐伯さんをかばうように覆いかぶさる。
どさどさ、と音を立てて、プリント雪崩に巻き込まれたファイルの山が足元に落ちてきた。
「大丈夫ですか?」
抱きしめる格好になった佐伯さんに声をかける。
「ごめん、怪我せえへんかった?!」
がばっと顔を上げた佐伯さんと、超至近距離で目が合った。
くっきりとした二重瞼の目が見開かれる。驚いたはずみか、どんどん頬が赤くなっていく。
「!…あ、ごめ…」
びっくりして離れようとした佐伯さんの華奢な背中を、思わず抱き寄せた。
「へっ?!何…」
「佐伯さん、ほっそ。」
「は?」
「ちゃんと食ってるんすか?」
見た目通り、ほとんど肉のついてない脇腹に触れる。
「俺の腕ん中、収まっちゃう。」
「どこ触っ…、離してや!」
力任せに俺の腕を振り解いた佐伯さんと目が合う。
「…佐伯さん、顔真っ赤。」
指の背で、熱を持った頬にそっと触れる。
「可愛い。」
思ったまんまが口からこぼれ出た。
一瞬きょとん、とした後、佐伯さんの頬にますます血が昇っていく。
「あ、いやその。」
しまった、何言ってるんだ俺。
「他部署の人が噂してたんすよ。佐伯さんの事可愛いって。それで、その、確かにって思っちゃって、えーと…」
冷や汗が出てきて、首元を擦った。
「…ごめんなさい。」
「…。」
佐伯さんはしばらく目を泳がせた後、ふっと俺から顔を背けて、さっき俺が渡辺さんから預かってきたメモを突き出してきた。
「これ、探しといて。俺戻るわ。」
「え、あ…」
焦って、佐伯さん、と呼んだけれど無視された。
会議机の上に積んであったファイルを手に取ると、佐伯さんは資料室から足早に出て行ってしまった。
「…やべー。」
やらかした自覚はあったけれど、今なら、この間噂していた女性達と共感して語り合える気がする。
俺の腕の中にすっぽり収まった、細い感触が手から消えない。
怒らせたのはまずかったけど、照れた佐伯さんは確かに可愛くて。
「…て、俺何考えてんだ…?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

処理中です...