桜吹雪と泡沫の君

叶けい

文字の大きさ
19 / 35
第八話 恋に臆病になる理由

scene19 男

しおりを挟む
ー透人ー
「桃瀬さん……っ」
渡辺さんとの通話を終え、キッチンでうずくまったままの桃瀬さんの側に寄る。
「立てますか?ベッドに行きましょう」
「……っ」
桃瀬さんは目をキツく瞑ったまま、首を横に振る。
「どうしよう……」
ーガチャン。
「?!」
心臓が跳ね上がった。
どうして玄関の鍵が?オートロックのはずなのに!
扉が開く気配がする。俺は反射的に立ち上がった。
「誰……?!」
廊下に出る。髪の毛をきっちりセットし、明らかにどこかのブランド物だと分かるスーツを着こなした背の高い男が、俺を見て眉を顰めた。
「あんた?渡辺先輩の後輩って」
渡辺先輩、と言われて、さっき電話した渡辺さんの顔が思い浮かぶまでに数秒要した。
「……誰だよ、あんた」
「どけ」
肩を押され、たたらを踏む。男は、朔也!と部屋の中へ向かって桃瀬さんの名前を呼んだ。
「ちょ、待てよ!」
男の背中を追う。男はキッチンへ目をやると、倒れている桃瀬さんに気が付いて腰を落とした。
「おい、朔也」
「……っ、雅孝……?」
顔を上げた桃瀬さんが、男に気付いて驚いた表情を浮かべる。
……マサタカ?
名前を知ってるってことは、桃瀬さんの知り合いなのか。
「苦しいのか」
雅孝と呼ばれた男が、桃瀬さんに向かって低い声で問いかける。
その直後だった。
ずっとうずくまって荒い呼吸を繰り返していた桃瀬さんが、突然胸を押さえ、きつく眉間に皺を寄せた。
「……っ!!」
「桃瀬さん?!」
駆け寄ろうとしたら、阻むように男に突き飛ばされた。
「いっ……!」
壁に背中を打ち付ける。
「邪魔だ。どいてろ」
男は低い声で吐き捨て、迷うことなくシンクに放られていた薬袋を手に取って逆さまに振った。落ちて出てきた薬のシートから錠剤を手に出し、コップに水を溜めて桃瀬さんの側にしゃがむ。
「飲め」
「……っ、……っ!」
桃瀬さんはますますキツく胸元を握りしめ苦しそうにするばかりで、とても薬を飲めそうな様子じゃない。
男は小さく舌打ちすると、躊躇うことなく錠剤を自分の口に放り込んだ。
コップの水を口に含み、桃瀬さんを抱き起す。
男は口移しで、桃瀬さんに薬を飲ませた。
「……」
呆然としてしまった。
男の一連の動作は、明らかに慣れたものだったから。
口移しで薬を飲まされた桃瀬さんの表情が、徐々に弛緩していく。
男は、すっと横抱きに桃瀬さんを抱き上げると、呆然として立ちつくしていた俺を睨んだ。
「あとは俺が看るから、あんたは帰れ」
「でも……っ」
「帰れ」
有無を言わさない口調に、従うしかなかった。
鞄を取り、桃瀬さんの部屋から出る。背後でオートロックが閉まる音がした。
ショックだった。
あんなに苦しんでる桃瀬さんに何してあげられなかったことも、見知らぬ男が明らかに桃瀬さんの扱いに慣れていたことも。
キスの仕方や、横抱きに抱き上げられた時の桃瀬さんの安心し切った表情も、全部。
俺は、桃瀬さんの事を何も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

死ぬほど嫌いな上司と付き合いました

三宅スズ
BL
社会人3年目の皆川涼介(みながわりょうすけ)25歳。 皆川涼介の上司、瀧本樹(たきもといつき)28歳。 涼介はとにかく樹のことが苦手だし、嫌いだし、話すのも嫌だし、絶対に自分とは釣り合わないと思っていたが‥‥ 上司×部下BL

ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる

cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。 「付き合おうって言ったのは凪だよね」 あの流れで本気だとは思わないだろおおお。 凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

僕を守るのは、イケメン先輩!?

BL
 僕は、なぜか男からモテる。僕は嫌なのに、しつこい男たちから、守ってくれるのは一つ上の先輩。最初怖いと思っていたが、守られているうち先輩に、惹かれていってしまう。僕は、いったいどうしちゃったんだろう?

双葉の恋 -crossroads of fate-

真田晃
BL
バイト先である、小さな喫茶店。 いつもの席でいつもの珈琲を注文する営業マンの彼に、僕は淡い想いを寄せていた。 しかし、恋人に酷い捨てられ方をされた過去があり、その傷が未だ癒えずにいる。 営業マンの彼、誠のと距離が縮まる中、僕を捨てた元彼、悠と突然の再会。 僕を捨てた筈なのに。変わらぬ態度と初めて見る殆さに、無下に突き放す事が出来ずにいた。 誠との関係が進展していく中、悠と過ごす内に次第に明らかになっていくあの日の『真実』。 それは余りに残酷な運命で、僕の想像を遥かに越えるものだった── ※これは、フィクションです。 想像で描かれたものであり、現実とは異なります。 ** 旧概要 バイト先の喫茶店にいつも来る スーツ姿の気になる彼。 僕をこの道に引き込んでおきながら 結婚してしまった元彼。 その間で悪戯に揺れ動く、僕の運命のお話。 僕たちの行く末は、なんと、お題次第!? (お題次第で話が進みますので、詳細に書けなかったり、飛んだり、やきもきする所があるかと思います…ご了承を) *ブログにて、キャライメージ画を載せております。(メーカーで作成) もしご興味がありましたら、見てやって下さい。 あるアプリでお題小説チャレンジをしています 毎日チームリーダーが3つのお題を出し、それを全て使ってSSを作ります その中で生まれたお話 何だか勿体ないので上げる事にしました 見切り発車で始まった為、どうなるか作者もわかりません… 毎日更新出来るように頑張ります! 注:タイトルにあるのがお題です

今日は少し、遠回りして帰ろう【完】

新羽梅衣
BL
「どうしようもない」 そんな言葉がお似合いの、この感情。 捨ててしまいたいと何度も思って、 結局それができずに、 大事にだいじにしまいこんでいる。 だからどうかせめて、バレないで。 君さえも、気づかないでいてほしい。 ・ ・ 真面目で先生からも頼りにされている枢木一織は、学校一の問題児・三枝頼と同じクラスになる。正反対すぎて関わることなんてないと思っていた一織だったが、何かにつけて頼は一織のことを構ってきて……。 愛が重たい美形×少しひねくれ者のクラス委員長、青春ラブストーリー。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...