桜吹雪と泡沫の君

叶けい

文字の大きさ
22 / 35
第九話 壊れていく

scene22 嫉妬

しおりを挟む
ー朔也ー
土曜日の午前中は、平日に比べて比較的静かだ。
ただ、目覚めのコーヒーを買って行くサラリーマンがいない代わりに、午後からは若い女性客で混みあってくる。
今のうちに掃除しておこう、と箒とちりとりを手に外へ出る。扉にかけたカウベルが軽やかな音を立てた。
ようやくの事で熱も下がり、十日ぶりに昨日から出勤している。無理が祟ったとしか思えず、シフトを大幅に減らしてもらった。融通がきくところが、この職場の良いところだ。
街路樹から落ちてきた葉っぱや、誰かが捨てて行ったキャンディの包み紙をちりとりの中に掃いていく。
不意に、近くに人が立つ気配がして顔を上げた。
「モモセってあんた?」
「はい?」
返事をして首をかしげる。
涼しげな目元。どこかで見たような。
「ああ、名木ちゃんの彼氏サン!……どうかしました?」
みるみるうちに険しさを増した目を見返す。
「分かっていてやってるのか、あんた」
「何が?」
名木ちゃんの彼氏はポケットに手を突っ込むと、あるものを出して俺に見せてきた。
さすがに真顔になった。
それは、俺から名木ちゃんへのメッセージが書かれた、紙スリーブだった。
「こんなのまだ持ってたんだ、名木ちゃん……」
紙スリーブには、ここのカフェのロゴが入っている。どうして彼氏がここを探り当てたのか、ようやく合点がいった。
そして、用件も見当がつく。
「これ以上うちの透人に近づくな」
怒気を孕んだ声で凄まれても、俺は苦笑を返すしかない。
「ご心配なく。そんなつもりじゃないし。俺はただ名木ちゃんと仲良くなりたかっただけで、それ以上の事は何も……」
「俺が彼氏だって分かってて、それでも近づいたのか」
「だから、そんなんじゃないって……」
言い返しながら、段々と腹が立ってきた。
「そもそも、何で先に名木ちゃんに話聞かないわけ?あんた普段ちゃんと、名木ちゃんと話してるのかよ」
「何?」
俺は、名木ちゃんがどれだけ仕事でストレスを溜めているのか、どれだけ色々と頑張っているのかを話して聞かせてやった。主に、一回だけご飯を食べに行った時に聞いた愚痴の内容だけれど。
「あんた、ちゃんとそういう話聞いてやってるの?」
彼氏の手から、紙スリーブを奪う。
「こんな紙切れひとつで動揺して」
びり、と目の前で破ってやる。
「所詮、あんたと名木ちゃんの間にある気持ちなんて、その程度って事でしょ?」
呆然としている彼氏の手に、破った紙スリーブを返す。
「じゃあね、俺仕事あるんで」
カフェの扉を開け、入る前にもう一度振り返る。
「もう一回言っておくけど、俺と名木ちゃんの間には何もないから。あの子の事を責めないでよ」
返事はなかったけれど、俺は気にせず扉を閉めた。

ー透人ー
洗濯物を干し終えてベランダから部屋の中へ戻ると、玄関が開く音がした。
「慶ちゃん?もう帰ってきたの?」
スリッパをパタパタさせながら玄関を覗きに行くと、靴を脱いで上がってきた慶ちゃんの表情が険しかった。
「?……どうかした?」
慶ちゃんは何も言わず、突然俺の肩を掴むと壁に押さえつけた。
「何っ……どうしたの、慶ちゃん」
「透人」
いつも冷静な慶ちゃんが、珍しく取り乱した様子で俺を見る。
「あのモモセってやつと、どういう関係なんだ」
頭が真っ白になった。
「何で桃瀬さんのこと……っ」
「浮気してるのか」
「違う!」
勢いで否定してから、桃瀬さんに言われた事を思い出す。
『名木ちゃん、彼氏に黙って俺に会いに来たこと、やましいって思ったでしょ』
『だめだよ、もう立派に浮気』
「違うよ……」
暴れる心臓を宥めるように、胸元をかき抱く。
「違うよ、そんなんじゃない……桃瀬さんとは何も……っ!」
「……もういい」
「慶ちゃん!」
追い縋った手を振り払われる。
「待ってよ、ちょっと……!」
慶ちゃんは、そのまま部屋を出て行ってしまった。
夜になっても、帰ってこなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて鈴木家の住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

孤毒の解毒薬

紫月ゆえ
BL
友人なし、家族仲悪、自分の居場所に疑問を感じてる大学生が、同大学に在籍する真逆の陽キャ学生に出会い、彼の止まっていた時が動き始める―。 中学時代の出来事から人に心を閉ざしてしまい、常に一線をひくようになってしまった西条雪。そんな彼に話しかけてきたのは、いつも周りに人がいる人気者のような、いわゆる陽キャだ。雪とは一生交わることのない人だと思っていたが、彼はどこか違うような…。 不思議にももっと話してみたいと、あわよくば友達になってみたいと思うようになるのだが―。 【登場人物】 西条雪:ぼっち学生。人と関わることに抵抗を抱いている。無自覚だが、容姿はかなり整っている。 白銀奏斗:勉学、容姿、人望を兼ね備えた人気者。柔らかく穏やかな雰囲気をまとう。

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

処理中です...