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第九話 壊れていく
scene22 嫉妬
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ー朔也ー
土曜日の午前中は、平日に比べて比較的静かだ。
ただ、目覚めのコーヒーを買って行くサラリーマンがいない代わりに、午後からは若い女性客で混みあってくる。
今のうちに掃除しておこう、と箒とちりとりを手に外へ出る。扉にかけたカウベルが軽やかな音を立てた。
ようやくの事で熱も下がり、十日ぶりに昨日から出勤している。無理が祟ったとしか思えず、シフトを大幅に減らしてもらった。融通がきくところが、この職場の良いところだ。
街路樹から落ちてきた葉っぱや、誰かが捨てて行ったキャンディの包み紙をちりとりの中に掃いていく。
不意に、近くに人が立つ気配がして顔を上げた。
「モモセってあんた?」
「はい?」
返事をして首をかしげる。
涼しげな目元。どこかで見たような。
「ああ、名木ちゃんの彼氏サン!……どうかしました?」
みるみるうちに険しさを増した目を見返す。
「分かっていてやってるのか、あんた」
「何が?」
名木ちゃんの彼氏はポケットに手を突っ込むと、あるものを出して俺に見せてきた。
さすがに真顔になった。
それは、俺から名木ちゃんへのメッセージが書かれた、紙スリーブだった。
「こんなのまだ持ってたんだ、名木ちゃん……」
紙スリーブには、ここのカフェのロゴが入っている。どうして彼氏がここを探り当てたのか、ようやく合点がいった。
そして、用件も見当がつく。
「これ以上うちの透人に近づくな」
怒気を孕んだ声で凄まれても、俺は苦笑を返すしかない。
「ご心配なく。そんなつもりじゃないし。俺はただ名木ちゃんと仲良くなりたかっただけで、それ以上の事は何も……」
「俺が彼氏だって分かってて、それでも近づいたのか」
「だから、そんなんじゃないって……」
言い返しながら、段々と腹が立ってきた。
「そもそも、何で先に名木ちゃんに話聞かないわけ?あんた普段ちゃんと、名木ちゃんと話してるのかよ」
「何?」
俺は、名木ちゃんがどれだけ仕事でストレスを溜めているのか、どれだけ色々と頑張っているのかを話して聞かせてやった。主に、一回だけご飯を食べに行った時に聞いた愚痴の内容だけれど。
「あんた、ちゃんとそういう話聞いてやってるの?」
彼氏の手から、紙スリーブを奪う。
「こんな紙切れひとつで動揺して」
びり、と目の前で破ってやる。
「所詮、あんたと名木ちゃんの間にある気持ちなんて、その程度って事でしょ?」
呆然としている彼氏の手に、破った紙スリーブを返す。
「じゃあね、俺仕事あるんで」
カフェの扉を開け、入る前にもう一度振り返る。
「もう一回言っておくけど、俺と名木ちゃんの間には何もないから。あの子の事を責めないでよ」
返事はなかったけれど、俺は気にせず扉を閉めた。
ー透人ー
洗濯物を干し終えてベランダから部屋の中へ戻ると、玄関が開く音がした。
「慶ちゃん?もう帰ってきたの?」
スリッパをパタパタさせながら玄関を覗きに行くと、靴を脱いで上がってきた慶ちゃんの表情が険しかった。
「?……どうかした?」
慶ちゃんは何も言わず、突然俺の肩を掴むと壁に押さえつけた。
「何っ……どうしたの、慶ちゃん」
「透人」
いつも冷静な慶ちゃんが、珍しく取り乱した様子で俺を見る。
「あのモモセってやつと、どういう関係なんだ」
頭が真っ白になった。
「何で桃瀬さんのこと……っ」
「浮気してるのか」
「違う!」
勢いで否定してから、桃瀬さんに言われた事を思い出す。
『名木ちゃん、彼氏に黙って俺に会いに来たこと、やましいって思ったでしょ』
『だめだよ、もう立派に浮気』
「違うよ……」
暴れる心臓を宥めるように、胸元をかき抱く。
「違うよ、そんなんじゃない……桃瀬さんとは何も……っ!」
「……もういい」
「慶ちゃん!」
追い縋った手を振り払われる。
「待ってよ、ちょっと……!」
慶ちゃんは、そのまま部屋を出て行ってしまった。
夜になっても、帰ってこなかった。
土曜日の午前中は、平日に比べて比較的静かだ。
ただ、目覚めのコーヒーを買って行くサラリーマンがいない代わりに、午後からは若い女性客で混みあってくる。
今のうちに掃除しておこう、と箒とちりとりを手に外へ出る。扉にかけたカウベルが軽やかな音を立てた。
ようやくの事で熱も下がり、十日ぶりに昨日から出勤している。無理が祟ったとしか思えず、シフトを大幅に減らしてもらった。融通がきくところが、この職場の良いところだ。
街路樹から落ちてきた葉っぱや、誰かが捨てて行ったキャンディの包み紙をちりとりの中に掃いていく。
不意に、近くに人が立つ気配がして顔を上げた。
「モモセってあんた?」
「はい?」
返事をして首をかしげる。
涼しげな目元。どこかで見たような。
「ああ、名木ちゃんの彼氏サン!……どうかしました?」
みるみるうちに険しさを増した目を見返す。
「分かっていてやってるのか、あんた」
「何が?」
名木ちゃんの彼氏はポケットに手を突っ込むと、あるものを出して俺に見せてきた。
さすがに真顔になった。
それは、俺から名木ちゃんへのメッセージが書かれた、紙スリーブだった。
「こんなのまだ持ってたんだ、名木ちゃん……」
紙スリーブには、ここのカフェのロゴが入っている。どうして彼氏がここを探り当てたのか、ようやく合点がいった。
そして、用件も見当がつく。
「これ以上うちの透人に近づくな」
怒気を孕んだ声で凄まれても、俺は苦笑を返すしかない。
「ご心配なく。そんなつもりじゃないし。俺はただ名木ちゃんと仲良くなりたかっただけで、それ以上の事は何も……」
「俺が彼氏だって分かってて、それでも近づいたのか」
「だから、そんなんじゃないって……」
言い返しながら、段々と腹が立ってきた。
「そもそも、何で先に名木ちゃんに話聞かないわけ?あんた普段ちゃんと、名木ちゃんと話してるのかよ」
「何?」
俺は、名木ちゃんがどれだけ仕事でストレスを溜めているのか、どれだけ色々と頑張っているのかを話して聞かせてやった。主に、一回だけご飯を食べに行った時に聞いた愚痴の内容だけれど。
「あんた、ちゃんとそういう話聞いてやってるの?」
彼氏の手から、紙スリーブを奪う。
「こんな紙切れひとつで動揺して」
びり、と目の前で破ってやる。
「所詮、あんたと名木ちゃんの間にある気持ちなんて、その程度って事でしょ?」
呆然としている彼氏の手に、破った紙スリーブを返す。
「じゃあね、俺仕事あるんで」
カフェの扉を開け、入る前にもう一度振り返る。
「もう一回言っておくけど、俺と名木ちゃんの間には何もないから。あの子の事を責めないでよ」
返事はなかったけれど、俺は気にせず扉を閉めた。
ー透人ー
洗濯物を干し終えてベランダから部屋の中へ戻ると、玄関が開く音がした。
「慶ちゃん?もう帰ってきたの?」
スリッパをパタパタさせながら玄関を覗きに行くと、靴を脱いで上がってきた慶ちゃんの表情が険しかった。
「?……どうかした?」
慶ちゃんは何も言わず、突然俺の肩を掴むと壁に押さえつけた。
「何っ……どうしたの、慶ちゃん」
「透人」
いつも冷静な慶ちゃんが、珍しく取り乱した様子で俺を見る。
「あのモモセってやつと、どういう関係なんだ」
頭が真っ白になった。
「何で桃瀬さんのこと……っ」
「浮気してるのか」
「違う!」
勢いで否定してから、桃瀬さんに言われた事を思い出す。
『名木ちゃん、彼氏に黙って俺に会いに来たこと、やましいって思ったでしょ』
『だめだよ、もう立派に浮気』
「違うよ……」
暴れる心臓を宥めるように、胸元をかき抱く。
「違うよ、そんなんじゃない……桃瀬さんとは何も……っ!」
「……もういい」
「慶ちゃん!」
追い縋った手を振り払われる。
「待ってよ、ちょっと……!」
慶ちゃんは、そのまま部屋を出て行ってしまった。
夜になっても、帰ってこなかった。
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