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第十話 全てが恋しくて
scene24 口実
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ー透人ー
「はい、ではそのように……よろしくお願いいたします」
得意先との電話を終え、受話器を置いて息をつく。
最近になって、少しずつ任される仕事も増えてきた。嬉しいことだけれど、お陰でなかなかコーヒーを飲みに行く暇がなくなってしまった。
もちろん、そこまでしてコーヒーを飲みたいわけじゃない。
ずっと、桃瀬さんの様子が気になっていた。
何度も電話しようとした。その度に色々な事が脳裏にちらついて、結局通話ボタンを押す勇気が出ないままだった。
遠巻きに様子を見に行こうにも、忙しくてなかなか昼休みも外へ出られない日が続いている。
「戻りましたー。暑かったー」
外から戻ってきた渡辺さんが、暑そうにジャケットを脱ぐ。
「外暑そうやね」
隣の席の佐伯さんが、渡辺さんに声をかける。
「めっちゃ暑いよ。でも午後から雨降るって言ってなかったっけ」
ネクタイの結び目を軽く緩めた渡辺さんは、俺ちょっと飲み物買ってくるわ、と再び席を立った。
ふと思い付き、その背中を追いかける。ちょうど昼休みの時間だ。
「渡辺さん」
「お?どうした名木ちゃん」
「コーヒー飲みたくないですか?」
「コーヒー?何、奢ってくれるの?」
「俺、買いに行ってきますよ」
渡辺さんは困った顔になった。
「んー、さっき外出た時に飲んじゃったんだよな」
「……そうですか」
せっかく良い口実を思いついたと思ったのに。
「もしかして、桃瀬の様子が気になるの?」
不意に言い当てられて、もろに動揺が顔に出た。どんどん頬に熱が溜まっていくのが分かる。
「やっぱり。そんな口実作らなくたって、素直に会いに行ってこればいいじゃん」
渡辺さんは自販機の麦茶のボタンを押すと、スマホをかざした。ガコン、と重い音を立ててペットボトルが落ちてくる。
「もしかして柳に遠慮してるの?」
「えっ、何で……!」
どうして渡辺さんがあの人の事を?
「ごめんね、あいつに連絡したの俺。名木ちゃん一人じゃどうしようもないかなと思ってさ」
「渡辺さん、一体あの人とどういう……」
「あ、ちょっとごめん」
渡辺さんは懐のガラケーを慌てて開くと、焦った様子で足早にどこかへ歩いて行ってしまった。どこか得意先からの電話だろうか。
渡辺さんの背中を見送ったまま呆然としていると、突然背後から佐伯さんにがばっと抱きつかれた。
「名木ちゃん、こないだのフラペチーノ買うて来てや」
「え……?」
「コーヒー買いに行くんやろ?」
はい、と千円札を渡してくれる。顔を見ると、佐伯さんはいたずらっぽく片目をつぶった。
「……行ってきます!」
千円札を握りしめ、俺は急いでエレベーターへ飛び込んだ。
「はい、ではそのように……よろしくお願いいたします」
得意先との電話を終え、受話器を置いて息をつく。
最近になって、少しずつ任される仕事も増えてきた。嬉しいことだけれど、お陰でなかなかコーヒーを飲みに行く暇がなくなってしまった。
もちろん、そこまでしてコーヒーを飲みたいわけじゃない。
ずっと、桃瀬さんの様子が気になっていた。
何度も電話しようとした。その度に色々な事が脳裏にちらついて、結局通話ボタンを押す勇気が出ないままだった。
遠巻きに様子を見に行こうにも、忙しくてなかなか昼休みも外へ出られない日が続いている。
「戻りましたー。暑かったー」
外から戻ってきた渡辺さんが、暑そうにジャケットを脱ぐ。
「外暑そうやね」
隣の席の佐伯さんが、渡辺さんに声をかける。
「めっちゃ暑いよ。でも午後から雨降るって言ってなかったっけ」
ネクタイの結び目を軽く緩めた渡辺さんは、俺ちょっと飲み物買ってくるわ、と再び席を立った。
ふと思い付き、その背中を追いかける。ちょうど昼休みの時間だ。
「渡辺さん」
「お?どうした名木ちゃん」
「コーヒー飲みたくないですか?」
「コーヒー?何、奢ってくれるの?」
「俺、買いに行ってきますよ」
渡辺さんは困った顔になった。
「んー、さっき外出た時に飲んじゃったんだよな」
「……そうですか」
せっかく良い口実を思いついたと思ったのに。
「もしかして、桃瀬の様子が気になるの?」
不意に言い当てられて、もろに動揺が顔に出た。どんどん頬に熱が溜まっていくのが分かる。
「やっぱり。そんな口実作らなくたって、素直に会いに行ってこればいいじゃん」
渡辺さんは自販機の麦茶のボタンを押すと、スマホをかざした。ガコン、と重い音を立ててペットボトルが落ちてくる。
「もしかして柳に遠慮してるの?」
「えっ、何で……!」
どうして渡辺さんがあの人の事を?
「ごめんね、あいつに連絡したの俺。名木ちゃん一人じゃどうしようもないかなと思ってさ」
「渡辺さん、一体あの人とどういう……」
「あ、ちょっとごめん」
渡辺さんは懐のガラケーを慌てて開くと、焦った様子で足早にどこかへ歩いて行ってしまった。どこか得意先からの電話だろうか。
渡辺さんの背中を見送ったまま呆然としていると、突然背後から佐伯さんにがばっと抱きつかれた。
「名木ちゃん、こないだのフラペチーノ買うて来てや」
「え……?」
「コーヒー買いに行くんやろ?」
はい、と千円札を渡してくれる。顔を見ると、佐伯さんはいたずらっぽく片目をつぶった。
「……行ってきます!」
千円札を握りしめ、俺は急いでエレベーターへ飛び込んだ。
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