桜吹雪と泡沫の君

叶けい

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第十一話 すれ違いの果てに

scene28 家出

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ー透人ー
帰ってくると、早かったな、と慶ちゃんが出迎えてくれた。
俺の顔を見てぎょっとする。
「どうした、泣いたのか?」
「慶ちゃん……」
堪えきれず、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。
「何だよ、何かあったのか?」
いつになく優しい声でそう言って抱きしめてくれる慶ちゃんの体を押しのけた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、慶ちゃん……っ」
「何?」
「もう俺、慶ちゃんと一緒にいられない」
呆然としている慶ちゃんの顔を見て、はっきり言った。
「俺、桃瀬さんの事が好きなんだ」
慶ちゃんは一瞬驚いた顔をして、すぐに申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「俺が透人の事を、ほったらかしにしていたのがいけなかったのかな」
「違う。慶ちゃんは悪くないよ。寂しいと思ったこともあったけど、でもそうじゃない……」
頬に流れた涙を拭う。
「慶ちゃんが俺を大事に思ってくれていることは分かってる。だけどもうダメなんだ、ごめんなさい……っ」
「おい、透人っ」
慶ちゃんが止める声も構わず、俺はマンションを飛び出した。

鞄は玄関に落としてきてしまったから、ポケットにはスマホしか無かった。
桃瀬さんの番号を表示させる。何度もタップしようとしては躊躇っているうちに、画面の上に大粒の雨が落ちて来た。
慌てて、近くのバス停の屋根の下へ入る。
どうしよう。
以前、渡辺さんに教えてもらった桃瀬さんのマンションの住所を表示させた。ここのバス停から乗れるバスで近くまで行けるはず。
電話をかけるのも躊躇うくせに、部屋まで行ってどうするつもりなのか。
冷静になろうとする思考を振り払うように、俺はやってきたバスに乗り込んだ。

バスを降りると、さっきとは比べ物にならないくらい雨脚が強くなっていた。
小走りに桃瀬さんのマンションがある方向へ走る。革靴が激しい音を立てて水たまりを跳ね上げる。もうこの靴はだめかもしれない。
桃瀬さんのマンションが見えた。濡れた前髪を伝って落ちてくる水滴を拭い、敷地へ足を踏み入れる。
車のヘッドライトが見えた。あそこが駐車場なのか。とりあえず雨宿りしようと足を踏み出しかけ、立ち止まった。
桜色の髪の人が、黒塗りの車から降りてくる。……桃瀬さんだ。
運転席に向かって何か話しかけている。運転しているのは。
「……何だ」
思わずつぶやく。
「やっぱり、まだ付き合ってたんだ……」
桃瀬さんが助手席のドアを閉め、マンションのエントランスへ消えて行っても、しばらくその車は駐車場から動かなかった。
俺は近づくことも立ち去ることもできずに、雨に打たれて立ち尽くすしかなかった。
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