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出雲の章

カブロギクシミケヌノミコト

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加茂の里は、山の民の里である。出雲は海の民により開かれた土地ではあるが、人民の大部分は山の民である。なかでも加茂の郷は古より中国山脈の出入り口として山の民の往来が盛んであり、市がたつほどの賑わいもあった。中国山脈の山裾には野生の馬も多く、それを捕らえ飼いならした加茂の郷は世に名だたる出雲の騎馬軍発祥の地でもあった。出雲の開祖スサノオはまず山の民との交易による懐柔策をとり、中海に流れ込む川の周辺の里である加茂や近くの須賀を拠点に勢力を広げていった。

出雲大王の初代スサノヲに真っ先に服従したのも加茂族である。彼らは山のものと海のものを交易することによって得られる富のすばらしさを当初からしっていたのである。山の交易民である加茂族、海の交易民である須佐族はスサノオという稀代の英雄を得て一つになった。それが出雲族の原型でもある。スサノオを王と仰ぐ出雲族は中海周辺を開拓し海の民と山の民の習俗を合わせることにより水田農耕という新しい産業を振興した。が、それはまた別のお話。

出雲の中でも大勢力となった加茂族は、初代の大国主の息子である加茂武角身により二つにわけられた。一方は加茂武角身と共に大和へ移り、一方は出雲の加茂で先祖の地を守ったのである。出雲に残った加茂族の勇者たちは出雲勢力の日本海沿いに北上する尖兵となって働いた。今度はタカヒコに従って大和へ赴くのである。加茂族の長老たちは内心穏やかではなかった。

働き盛りの青年を遠方への進軍の兵にとられるのだから無理もないところだ。大国主からの伝令は届いていたが知らぬ振りをきめこんでタカヒコの器を見極めるつもりである。そんなところへ何も知らないタカヒコは馬を飛ばしやってきた。里の入り口にある門も馬上のまま走り抜けた。祭祀の場である中央の広場で馬をとめ、馬にまたがったままで大きな声で長老を呼びつけた。しかし誰も相手にしない。業を煮やしたタカヒコは腰に差した鉄剣を鞘から抜き天にかざしてもう一度叫んだ。

「誰か居らぬか!我は大国主の息杵築のアジスキタカヒコネじゃ。加茂のつわもののを連れにまいった。だれか話がわかるものはいないのか!」

「やれやれ、礼儀知らずにも困ったものじゃ。」

と聞こえよがしに呟きながら広場の奥にある建物から杖をついた老人がゆっくりとタカヒコの方に歩をすすめてきた。広場周辺にいた人々は老人の姿を見るやひざまづき、柏手を打った。相当地位の高い人物であることはタカヒコも一瞬のうちに理解したが大国主の息子という自負心がタカヒコを馬から下ろさなかった。老人は馬に跨ったままのタカヒコのすぐ側までやってきた。

「そなたがタカヒコ殿か?」

老人は穏やかながらもどこか威圧的な口調でタカヒコに話し掛けた。タカヒコは気押されたのをさとられまいと尚も居丈高な態度で頷いたが答えるはずの声がでなかった。それほどの迫力である。

「タカヒコ殿は我らのようなものとは口が効けぬのですかな?」

「いや、そのようなことは・・・・・。」

と言いかけたとき、老人はタカヒコの馬の尻を杖でひっぱたいた。馬はびっくりして嘶き、後ろ足を跳ね上げた。その瞬間タカヒコの体は宙に舞い無様にも地面にたたきつけられた。

「何をする!」

「馬も降りぬとは何たる無礼!我に馬上で話しかけることができるのは出雲広しといえどただ大国主のみ」

地面を這いつくばっているタカヒコから目線をずらし大きくため息をついた老人はつづけて喋り出した。

「我が加茂の祖神武角身様も遠く三輪のお山で嘆いておられるわ。」
タカヒコは驚き、地面に座りなおし、柏手を打ち改めて老人に対し挨拶の寿詞を唱えた。儀礼を受けた老人はタカヒコの前に正面に座り直し柏手を返し寿詞を受ける旨の詞を返した。そして大きな声で笑い出した。


「まぁよいであろう。そなたが大国主の息タカヒコか。大国主より話は聞いておる。我はスサノオの御子の裔でカブロギキシミケヌという。そなたとも遠縁にあたる親戚じゃ。武角身様に代わり残された加茂の民を束ねておる。」

タカヒコは驚き更に平伏した。

「加茂の若者を借りたいという事じゃな?その話は引き受けた。もう準備もしてある。しかしじゃな、そなたの妹テルヒメを連れてい大和へ行けということじゃ。女の身で加茂の民の山歩きついていくのは無理であろう。さてどうするかのぅ?」

「えっ!テルヒメを大和へ同道せよということですか?」

「そうじゃ、聞いておらぬのか?」

「聞いておりませぬ。美保への使いのものはとり急ぎ加茂へ行くようにとだけ・・・。」

「美保?そなた美保に居ったのか。てっきり杵築より参ったのかと思うておった。さすれば無理もない。テルヒメの同道は2度目の使者よりの伝言ゆえ、美保にも今頃着いておろう。」

「しかし、何ゆえワカヒコとの祝言を前にしたテルヒメを・・・・・。」

「それは、我にもわからぬ。おっつけテルヒメもここに来るであろう」
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