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大和の章

オオモノヌシ 十七

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「さあ、皆の者出発だ。敵は鳥見山にあり!」

と馬にまたがったニギハヤヒは、五十人程集まった兵たちに号令をかけた。

実働部隊の責任者の一人が意外な顔でニギハヤヒに尋ねた。

「え?騒乱の現場は穴師だと聞いてましたが?」

「いや、先ほど穴師から連絡があって、異族のものたちは鳥見山方面へと退いたらしい」

「鳥見山ならトミビコ様がいらっしゃいましょう。何も宰相様自ら出向かれずとも・・・」

「いや、今度の敵は私でないと鎮圧できぬのだ」

と、ニギハヤヒは短く、そして自らに言い聞かせるかの如く、強く言い切った。

ニギハヤヒの率いた軍が鳥見山へ出発した後、大物主の居室には磯城兄弟の兄のエシキがやってきた。エシキはオオナンジらを伴ったオトシキより先に舞い戻っていた。

「大物主様、残念な事がわかりました」

「木津川の方で手違いでも起こったのか?」

「いえ、木津川の方の手配はうまくいきました」

「すると・・・?。・・タカヒコの身に何かあったのか??」

「はい、橿原の軍勢に大和入りを阻まれて、行方不明になられたと。」

「橿原?何故にイワレヒコが?」

「はい、どうも宰相様が後ろで糸を引いている様子にございます」

「ニギハヤヒが!?」

「そのようです。昨夜、アメノコヤネを居室に引き入れ、何やら画策をしておったようです」

「まさか・・・。あの忠義者のニギハヤヒに限ってそんな馬鹿なことは・・・・・。」

「私の配下の者がコヤネの動きを張っておったのです。昨夜は深夜に橿原と三輪山を往復するなど不審な動きをしておりましたので、」

「イワレヒコとニギハヤヒはずっと対立しておったのだぞ?」

「橿原は当初の予定とおりイリヒコに全権を移したようです。イリヒコとニギハヤヒはどちらも渡来人。朝議でもこの二人は対立はしておりませぬ。イワレヒコが引退し橿原の方針が転換されたのやもしれません」

「何が、不満なのだ。ニギハヤヒは、ここまで取り立ててやったのに。」

「私見を、申すならば、タカヒコ様への恐れでしょう」

「??ニギハヤヒにはタカヒコの後ろ盾となってもらうためにここまでの地位を渡来人であるニギハヤに与えたのだぞ?」

「病床におられた大物主様は、ご存知無かったかも知れませぬが、最近の宰相様はこの大和の国を出雲から、いや倭の古いしきたりから真剣に独立させようとしておるかのようです。唐古や穴師の鋳造所では今までの銅鐸の鋳造を禁止させ、昔、筑紫の初代火神子様より頂いた神仙世界が描かれた銅鏡の複製品を大量に作らせております。」

「銅鏡?かつての火神子が魏より賜り、倭国各地に送ったものだな?そんなもの何に使うのだ?」

「銅鏡を大物主様、ひいては『日の神の依り代』つまりは*1『日向(ひむか)』とみて祭祀せよとの仰せです」

「この私を『日向』と同一に考えよ、とか?」

「そうです。私も、今日の今日、宰相様の動きを察するまで気が付きませんでしたが、銅鏡を大物主様、ひいては日の神の依り代として祭祀するということは、大物主さま亡き後は日の神を崇めよということに繋がるのではないかと・・・・」

「つまり、タカヒコを、ひいては出雲の大国主様を崇めるなといことか?」

「そうではないかと・・・・・」

「ふーむ・・・」

「そろそろ、先代の大物主さまが銅鐸を使って作られた暦も六十年が経ちます。誤差が大きくなって日の神への祭祀も狂いが生じるはずなのです。」

「うむ。だから新しい銅鐸を作る触れを出し、銅の原料を集めておったのに・・・・」

「おそらくそれも既に銅鏡に。」

「大和いや倭国の祭祀を乗っ取ろうというつもりか?」

「はっきりとはわかりませんが、、、おそらくは・・・・・。宰相様なら大陸の天文にも通じておられるでしょうから、代わりの暦を作ることは容易いと思います。しかも鏡の光というやつは、日の光にも、また蛇神の眼の光にも似ておりまする。」

「民の心にも響きやすいか。なるほどニギハヤヒそのあたりは抜け目がない」

「大物主様、どうなされますか?」

「我の命は残り少ない。祭祀を新しくするかどうかは、タカヒコ、そしてニギハヤヒらの世代で決めること。なおさらタカヒコを殺してはならぬ。勿論、ニギハヤヒもだ。どちらが死んでも上手く行くまい。二人を我の前に。」

「はっ、畏まりました」

ニギハヤヒにいくら知略や武略があろうとも、それだけで大和が治まるとは大物主には思えなかった。ニギハヤヒの知略を生かすことができる人間、それがタカヒコであると大物主は思っていた。

タカヒコが従来通りの「まつりごと」を繋ぐのであれば、確かにニギハヤヒは邪魔者になるであろう。しかし出雲から聞こえてくるタカヒコの噂によるととてもそうなるとは思えない。筑紫も不穏である。大和の「まつりごと」の変革が求められているのは痛いほど分かっていた大物主であった。
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