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大和の章

オオモノヌシ 四十六

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「よし、これで大丈夫でしょう。タカヒコに話しかけられ、術が解ける事だけが怖かったのですが、タカヒコにはその余裕も残ってはおりますまい。」

コヤネがイリヒコに話しかけた。イリヒコも安堵の表情を浮かべる。一撃、ニ撃とミカヅチの鋭い剣先はタカヒコの体を掠めるが、タカヒコの剣技もなかなかのものである。

体の奥底にまでしみ込んだ動きは、本能的に剣先をかわしつづける。しかし、攻撃を仕掛けることもできない。このままでは、ミカヅチの剣に真っ二つにされるのも時間の問題だ。タカヒコの脚がよろめく。ミカヅチは剣を上段に構えタカヒコの頭上に振り下ろした。

「ガキン」

と鈍い音が響く。間一髪タカヒコは金鵄の剣で受けとめた。しかしミカヅチの一撃は重すぎた。どうやら左の肩が抜けてしまったようだ。

さらにミカヅチは留目とばかりに大きく振りかぶった。そしてそのままもう一度振り下ろす。タカヒコは剣を捨てて転がって逃げた。

ミカヅチの剣が空を切り、地面に突き刺さった。その音を聞いた瞬間にタカヒコの精神力はついに途切れてしまい、そのまま気を失ってしまった。

「まずい!」

タニグク達は色めき立つが縛られているので身動きがとれない。

「タカヒコ様!」

トミビコも声を出すしかできない。

その様子に視線を送ったミカヅチは、大剣を握り直し、大上段に構えた。

「さあ、留めをさそう。」

その時、イリヒコ軍の後背から叫び声が連続して起こった。ミカヅチも異変に気がつき、コヤネの方を振りかえる。

どうやらタケヒ率いる殿軍が動いたらしい。喚声は少しづつ近づいてくる。伝令らしき兵が叫びながら到着した。

「何ごとだ!」

イリヒコは周囲にいた兵達に尋ねた。そこへ麓からの伝令が届いた。

「タケヒ様が討ち死にしました。」

「討ち死に?」

イリヒコは怪訝そうに呟いた。直後にもう一人の伝令が上がってきた。橿原の見知った者だった。伝令はイリヒコを見つけると彼に縋りつき訴えた。

「殿軍は壊滅しそうです。ご指示を。」

「なっ何だと!!!何があった??」

「麓の砦に突如あらわれた数騎を率いた男が現れ、タケヒ様が問答に出られ追い返そうとしたのですが、いきなり一刀両断にされました。」

「何者だ!」

「解かりません。タカヒコを出せと叫んでおるのですが。。。」

イリヒコの全身を何時か何処かで感じたような嫌な予感が走り抜ける。伝令のもたらした衝撃のせいでタカヒコとミカヅチとの対決は忘れさられてしまった。

トミビコ、タニグクらも括られたまま放置されている。その隙に乗じて宮の中からトミビコらの救出のためか、オオナンジら数人が出てきたが、イリヒコ達は誰もそれに気づいていない。

ミカヅチも気絶したらしいタカヒコのことを無視して、コヤネの側までもどってきた。

「父上、何が、起こったのですか?」

コヤネはミカヅチの問いかけも耳に入ってるのかどうかわからない様子だ。

「まさか・・・。」

といって、コヤネは息を呑んだ。続く言葉を出してしまうと、それが現実になって目の前の情景を一変させてしまうような恐怖にとらわれたのだ。

両首脳が沈黙しているうちに得体の知れない騎馬軍団は、イリヒコらの隊列の最後尾に襲いかかったようだ。橿原の兵達を「阿鼻叫喚の世界」に巻き込む悪神がすぐそこまで来ている。そんな気がした。

「全軍、麓からの攻撃に備えよ!!」

イリヒコは号令を出す。宮前に集合していた兵は全員がその場を離れ、イリヒコの戦車を囲み、弓兵も麓からの上り口に照準を合わせ弓を構える。

その途端、山道を駆け上がってきた数騎の騎馬が怒涛のように押し寄せた。山道の途上に配していた兵はすべて蹴散らされたようだ。

怒涛の勢いで走ってくる数騎の姿がイリヒコ達の目に入った。

「射て」

というイリヒコの号令により矢が一斉に放たれる。が、騎馬軍団の面々はその矢を、羽虫を追うが如くいとも簡単に打ち落とし、何事もなかったかのようにイリヒコの正面に馬をつけた。

騎馬の男たちは馬上から整列している橿原の兵を目で威圧した。先頭に立つ巨馬に跨った熊のような大男が戦車の方を向いた。

コヤネが言葉に出さなくても、紛れもない恐怖の現実が目の前に表れてしまったのだ。

男は馬の手綱を握ったまま、イリヒコそしてコヤネに向かい大声で問いかけた。

「何だ、お前らは、何故に我が道を塞ぐ!!」

男は傍若無人な態度で周囲を恫喝し、この場を威圧してしまった。
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