最初の事件

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最初の事件

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十四
手を挙げてタクシーを停めた小嶋と峯山がショップの袋を抱えてタクシーに乗り込んでいく。
「どちらまででしょうか」と言う運転手に少し逡巡してから
「飛鳥文化共生女子大、分かります」と言う峯山。
「――ええー大丈夫ですよ」と運転手。
少し間のある返事だが知られていない事も多いので顔を見合わせて嬉しそうな小嶋と峯山。

十五
店の食材の貯蔵庫になっている地下室が店舗の下にあり住居の方にも通じている。
その地下室で有三と河西が冷凍庫の中からシーツに包まれた美沙子の凍った死体を取り出している。
それを住居の方に運ぶ二人。
更にそれを浴室に運び氷が一杯入った浴槽に沈めていく二人。
それから居間に行き美沙子が昨日使った食器類を台所からテーブルの上に戻す二人。
そして車に乗り込んで家を出て行く二人。

潤はと言うとある意味言いつけを守ってテレビゲームをやっているが余り熱は入っていない様である。
そのテレビの時刻表示は十九時を表示している。

十六
有三が運転する車の助手席に座っている河西がスマホを見つめている。 
そのスマホの十九時三十分を示している時刻表示の画面が風呂の操作画面に変わる。
その画面が追い焚きに変わり設定温度の数字が上昇して行く。

氷で満たされた浴槽に浸かっている美沙子。
その浴室に響く「追い焚きを始めます」と言う音声。
四十五度に設定されているのが表示されている。

十七
事務所で高山と横田と島原と井江田と小嶋と峯山がケーキを食べながらお茶を飲んでいる。
島原は兎も角、峯山もかなりのペースでケーキをムシャクシャと食べているのだが気にせずにモグモグとその口を開く。
「兎に角最初の仕事が無事終わって万々歳ね、ケーキマジ旨いし―」
と言う峯山のはっきりもしないし気持も入っていない言葉に高山が返す。
「確かにケーキは旨いけど、せめてある程度口の中が無くなってから言ってよ」
更にケーキを食って峯山が言い返す。
「何よ、人があんな糞ガキの交通費も出ない仕事引き受けたのスルーしてやってるのに」
「糞ガキじぁない、潤はいい子よ」
「でもなんかあの子引っ掛かる―」と小嶋。
「引っ掛かるって―」と聞く高山に答えにならない言葉を呟く小嶋。
「分んないけど、なんか頑張ってるって言うか―」
「そう言われると否定出来ないって言うか不自然さは感じる。―でも潤はいい子よ」
「確かに今日なんか変でしたよね、落ち着きが無いって言うかあたし達と一緒に居たくないって言うか早く帰って欲しいって言うか―」と横田。
口を膨らまして微かに頷く高山。
「お二人とも食い意地張り過ぎですよ」と井江田が食べ続けている島原と峯山に言う。
井江田を睨む峯山と全く無視して食べ続ける島原。
その二人を呆れ顔で見ている高山達四人だが結局其々溜め息をついたり諦めた様な顔を作ったりして再びケーキを食べ始める。
  
十八
風呂の温度設定が表示されているスマホの画面。
その数字が四十五度から四十二度に下がって行く。
それを見つめていた有三と河西が顔を見合わせて、まず有三が頷きそして次に河西が頷く。
空港にフランス便の搭乗を促すアナウンスが流れる。
有三だけが搭乗口の方に急ぎ足で歩いて行く。

十九
湯気が立ち上る浴室で立ち尽くしている潤。
その視線の先には浴槽の中で如何見ても死んでいる様に見える美沙子の姿がある。
思いの外落ち着いている様に見える潤の様子。

二十
潤の家の風呂場には二人の鑑識がいて一人は浴室を見ていてもう一人は脱衣籠の中の衣類の写真を撮っている。
地下室では柚木が中の様子を見回っていている。
大きな冷凍庫を覗き込む柚木。
すると「こんなとこはいいから居間の食器類を調べてよ」と言う山田の声が聞こえる。
振り返って「はい」と返事する柚木。
居間では鑑識が指紋を採っている一方、新山が膝を落として潤に状況を聞いている。
「自分の部屋でゲームをしてて飽きたので此処へ出て来たらお母さん帰って来たみたいだったけど見当たらないので探したら風呂場であんな風になってたんだ」
と言う新山の言葉に頷く潤の前には戻って来た山田も立っている。その山田が
「僕、強いんだね。お母さんが死んじゃっても泣かないんだもんね」
と言うと、首を横に振る潤。
「お父さんフランスに向かってて君一人なのに、夕食時に何処かに出掛けているお母さんて少し変だね―ご飯は如何したの」と言う新山に
「―お姉ちゃん達とケーキ一杯食べたからお腹一杯なの」と答える潤。
「お姉ちゃん達って―」
「―飛鳥文化共生女子大探偵団のお姉ちゃん」
淡々と答えてはいるが落ち着かない様子も窺える潤のその言葉に、新山は訝しんだ顔になりグラスに残ったドリンクを採取している柚木は少し顔を歪める。

二十一
事務所にはまだ高山と横田が残っていて取り敢えず終わった最初の一日にほっとしたのか前途多難さを実感したのか、判別出来ない様な表情を浮かべている。
「順調な滑り出しと言っていいんですかね」と横田が口を開く。すると
「―滑り出せた事が全てよ」とまあまあ気持ちの入った言葉を発する高山。
「でも、潤君の態度なんか気になりましたね」
「確かになったね―何かあんのかなー。もう一度会ってみようかな」
と気楽感じで言う高山を訝しんだ顔で見る横田。

二十二
アニメを映しているテレビ。
自分の部屋でそのテレビの方に目をやっている潤だが、その目はアニメも何も見ていない様に見える。
一方その潤の家の居間で新山と山田が立ち話をしていて、その横では柚木がグラスの指紋を採っている。他にも指紋を採っている鑑識の姿が見える。
「まあ、事故だな―」と山田が言うと
「死亡推定時刻は―」と新山が柚木に尋ねる。
「今、推定するのは難しいですね。死体が特殊な状況に置かれていたので解剖してから科捜研の判断を仰ぐ事になると思います」と言う柚木の返答に頷く新山。
「風呂まだ熱かったもんな、あれじゃあ冷たくならんわ」と言う山田に
「まだどんな判断も下せないですね」と言う考えを示す新山。
「事故事故、事故だよ」と山田。
「あのー、今のお子さん頬が赤くなっていたの気になりませんでした」
と少し遠慮がちに柚木が言っても山田は嫌な顔をするが新山は
「確かにそうだったな」と同意してくれる。
「それと―」と更に遠慮がちに柚木が言うと新山と山田が其々別の顔で柚木の顔を見る。
「なんとか女子大探偵団って言ってましたよね、その女子大、妹が通ってる大学なんですけど―この前大学に探偵団が出来るからそれに参加するって訳の判らない事を言ってたのが甦って来ました―」と続ける柚木。
「柚木君の妹さんが探偵さんになったって事―」
と笑いを必死に堪えて山田が言うと、その殆ど笑っている山田を少し睨んだ様な目で見る柚木。
「もう一度話を聞いてみますか」と新山が言うと
「まだ何を聞く」と山田はめんどくさそうである。

二十三
怒った様な顔の潤が
「風呂場で転んだだけだよ」と潤の部屋にやって来た新山と柚木と山田に言うと
「鼻は打たなかったんだ」と疑問呈す新山。少し考えたのか間を置いて
「―角に打ったの」と言う潤。
新山の後で山田から距離を取って立っていた柚木が潤の前に出て来て跪いて
「痛かったでしょう」とやや業とらしく言う。
「痛くなんかないよ」ときっぱり言い過ぎる潤の顔は苛立っている様にも怒っている様にも見える。

その潤の記憶が巻き戻って目の前には有三が立っている。
潤を睨みつけている有三が厳ししい口調で
「八時半まで部屋で勉強してるんだぞ、絶体出て来るんじゃないぞ」と言いつける。
「如何してあの女がママの真似してたの」と逆に有三を追及する潤。
「あれはママだよ―」
「見習いの女だと言うのくらい、直ぐ判るよ」
「ママなんだから、聞かれたらママも一緒に居たって答えないと駄目だぞ」
「如何して、もう沢山だよ―あのお姉ちゃん達の所に居なくなってもいない犬を五百円で探して貰うのを頼みに行っただけで十分でしょ―」
「何だ反抗してんのか、あの馬鹿犬は居なくなったんだろ」
と言って潤を思い切り引っ叩く有三。
倒れ込む潤だがそのままで
「もお一日以上ママ見てないよ」と吐き捨てる。
「同じ事を何度もいわせるなよ、探偵のお姉ちゃん達とケーキ食べてた時ママは台所に居たの―忘れちゃ駄目だぞ」と優しい口調で言う有三だが、顔は怖い。
無言で有三の方を見る潤。
「潤は忘れるような馬鹿な子じゃないだろ」
なお無言で有三の方を見続ける潤。
「背中出してろ」と吐き捨てる有三。その言葉に
「潤はママが居たの憶えてるよ、忘れたりしないよ」と反応する潤。 
その潤の言葉に大きく頷いて
「やっぱり潤は偉いな、八時半を過ぎて部屋を出て来たらママは居ると思うから、家の中に―」
と言う有三はおどけた顔を作っているが、やがてそれが真顔に変わっていく。

二十四(昨日)
風呂場で浴槽の縁に腰掛けて電話をしている有三だが服は着ている。
スマホから聞こえて来る河西の声は諭す様にも聞こえるがある種の圧力も感じさせる。
「明日丁度フランスに行くんだから絶好のチャンスじゃない。今日やらなきゃ何時やるのよ」
その声に熱さを確かめる様に風呂に指を入れていた有三が答える。
「準備は整ったよ」
すると「睡眠薬は飲ましなさいよ」と言う河西の声が返って来る。
「うん、判ってるよ」と有三。
「三十分で済ましてね」
「三十分―」
「早くやってよ、もう帰ってる時間でしょ―」
「そうだな―」と有三が呟くと
「蹴りつけてね」と言う河西の声と共に電話が切れる。
少し間を置いて電話を切る有三。

すり鉢の中に睡眠薬の錠剤数粒が落ちて行く。
それを擂り棒で擂り潰していく有三。
そしてそれをワイングラスに入れてワインを注いで混ぜる有三。
既に盛ってあった生ハムと共にそれをトレーに乗せて台所から居間に運ぶ有三。
居間では美沙子がベランダから店舗の方を眺めている。
そこからは店舗の一部を見る事が出来、明るく光っている窓が確認できる。
「あの女、まだ帰ってないのね」と美沙子。
「―まだ明日の準備が終ってないんじゃないの」とソファの前のテーブルにワインを置きながら有三が言う。
「もお八時半過ぎてるのよ」と言う美沙子は戻って来てソファに座る。
「―このチリ産のワイン値段の割にいけるよ」
「こんな物で誤魔化そうって言うの」とテーブルの上を一瞥して言う美沙子。
おどけた表情を作る有三。
「あの女と出来てるのは判ってんのよ」と言ってハムを食べてワインを飲む美沙子。
「誤解だよ、河西は唯の弟子だよ―」
「これ、美味しい」
「―少し癖があるかもな、飲んでいけば気にならなくなるよ」
もう一度ワインを飲むが首を捻る美沙子。
「風呂にお湯張ったから、先に入ってよ」
「違うってんならあの女追い出しなさいよ」
美沙子の厳しい言葉に表情も変えずに無言の有三。
「出来ないんでしょ」
「野球見たいんだよ、こんなバラエティ如何でもいいだろ」とテレビを一瞥して言う有三。
「木田が言ってたわよ、あの男の若い女好きは死んでも治んないって、と言うのが前の奥さんの口癖だったって」
テレビを野球に変える有三。
テレビはホームランが出た様で、外野席の喜んでいる観客を映している。 
立ち上がって憮然とした顔で風呂場の方に歩き出す美沙子。
野球に見入っている様な有三。

(十五分後)
誰も居ない居間で野球を映しているテレビ。
何かを抱えて廊下を歩く有三の後ろ姿。
鼻歌まじりに湯船に浸かっている美沙子。
立ちどまってドアノブを廻す有三。
風呂場に入って来た有三に対して「はてな」と言う感じで言葉も出ず何の反応も出来ない美沙子。
背中に抱え変えていた枕で美沙子を湯船に、一気に沈める有三。
もがく美沙子。
必死の形相で抑え込む有三。
その顔は苦しみもがいている様にも見える。
美沙子の動きが止まる。
なお枕を押さえつける有三の荒い息は浴室を震わしていた。 
 
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