最初の事件

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最初の事件

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四十八
高山のアパートのガスコンロの上の鍋の中では肉じゃがが煮えているが、その音より高山の鼻歌の方がかなり上回っている。もう出来上がっていて混ぜる必要のないそれを高山の手が混ぜて味見もする。エプロン姿の高山が首を捻りそれに調味料を加える。
それをトレーに乗せご飯をよそおって部屋に運びテーブルの上に置く高山。
そしてソファに座ってスマホゲームをしている潤に
「出来たぞ」と言う高山。
ソファの前の小振りのテーブルに着く潤、そして
「戴きます」と言ってそれを食べ始める。高山も
「戴きます」と言うが食べずに潤が食べるのを見守る。
肉じゃがを食べた潤の箸が止まる。
「美味しくない」と言ってから高山も肉じゃがを食べる。そして首を捻って
「分量間違えたかな―」と言う高山。
「不味くない、十分食えるよ」と言う潤に、もう一口食べて頷いた高山が
「潤は優しいんだな」と言う。
潤が少し笑顔を見せると高山のスマホが鳴り立ち上がってそれを取る高山。
「今、例のケーキ屋さんで働いている木田さんてお宅に聞き込みに行ったんだけど、高山達がケーキをご馳走になってた時、例の出来てるって言うパティシエの女、店から居なくなってったって―」と言う峯山の声がスマホから聞こえて来る。    
「そうなんだー」と返す高山 。
「そうなんだじゃねえだろ、最初からあのガキに騙されてたんじゃねえの」と言う峯山の声。
「潤はそう言う子じゃないって―」と高山。
潤の方をちらっと見る高山。箸を止めていた潤も高山の方を見る。
「今何やってるの」と言う峯山の声。
「家でご飯食べてる、潤と一緒に―」と答える高山。
「マジか――でも丁度いいじゃない、思い切り締め上げて全部吐かせなよ」と言う峯山の声.  
「「判ったから切るわよ」と高山。
「ちょっとー」と言う峯山の声。
電話を切ってテーブルに戻って潤に少し笑顔を見せて言う高山。
「食べよう」
「―僕の事だったんでしょ」と潤。
少し間を置いて軽く頷く高山。
「如何して何も言わないの」
「気にしなくていいよ」
「あの怖いお姉ちゃんだったんでしょ、電話してたの―」
「―そうだよ、気になるか」
無言になる潤。
「最初からあたし達を騙す為にやって来たんじゃないかって―」
少し下を向いて何も答えない潤。
「あたしは潤のこと信じてるから―」
微妙に嫌な顔をする潤だが変わらず無言である。
「本当の事を話して―」とやんわりと高山が答えを強要すると
「話す事なんかないよ」と反発する潤。
「―判った、もう聞かないよ」
「もう絶対聞かないでよ、聞いたら嘘つきだよ」
「お前、一つも嘘ついてねえな」
再び無言に戻る潤。
「何とか言ってみろよ」
「―帰るよ」
箸を置いて部屋を出て行こうとする潤。
「ちょっと待ちなさいよ―」と半分怒ったような声を出す高山。
構わず部屋を出て行く潤。
財布を取って開けっ放しのドアを閉め、鍵をかけて後を追う高山。

四十九
事務所に再びやって来た柚木と、横田と島原と峯山と井江田と中里がテーブルを囲んでいてリラックスしているというより何となく緊張感を欠いた様な感じだが、柚木が口を開いてその訳かも知れない事を喋り出す。
「枕が干して干してあって3Dプリンターで仮面を作って貰ってたと言うだけでは家宅捜索出来ないって―まあ仕方ないとは思うけどね」
「どうしようもないんですかね、後は―後は、ひょっとしたら高山さんに一縷の望みが在るかも知れないですね」と横田が答えるが、勿論場の雰囲気が変わった訳でもマシになった訳でもなかった。

五十
走る電車の中で高山と潤が並んで立って外を向いているが、全く見知らぬ二人の様に見える。
だが今の二人が見知らぬ二人でいられる時間は短いもので、少し高山を見てから不服そうに潤が喋り出す。
「自分の家くらい、一人で帰れるよ」
「駄目駄目、お金持ちのお坊ちゃんなんだから誘拐されるかも知れないでしょ」
「―本当にそう思ってる」
「―兎に角、家に呼んだからには無事に家まで送り届けるのが義務なの」
と言う高山に少し上から
「何とか言って何か分んないけど僕に喋らせたいんでしょ」と言う潤。
「そうだよ、とっとっと吐きやがれ」とかなり大きな声でがなり立てて言って潤の首を締め上げる高山。
「恥かしいんだけど―」と言う潤と高山に周りの視線が集まるが、意味不明の笑顔で周りを見る高山。
「超だせぇ」
「嘘つきのガキに言われるか」
減速する電車の中で反論出来ず少し口を膨らます潤。
そして電車が止まりドアが開くと電車から飛び出て行く潤。
高山が「潤」と言って改札を駆け抜けて行く潤の後を追う。直ぐに潤を捕まえて
「次でしょ、降りるのは―」と言う。
「此処からでも帰れるよ」と何とか強めの語気で言う潤。
「此処からだと遠いだろーまあ好いか、二人で散歩出来ると思えば―」
「一人で帰るよ」
「冷てえな―あっ、雨降ってきた」
空を見上げる高山。
空には真っ黒い雲が拡がっている。
「ざっと来るかも知れねえな」
上を見る潤。
「さっさと行こうぜ」
と言って歩き出す高山の方を見を見てから少し遅れて歩き出す潤。
「こっちでいいんだな」と言う高山に微かに頷く潤だが高山の後を歩き続ける。

高山と潤が本降りになった雨の中、公園に沿った通りを並んで歩いている。
「濡れたな」
と言う高山に頷く潤。
「あのパティシエのパパに頼まれて内に依頼に来たのか」
答えない潤。
「あの犬、居なくなって無いんだろ」
「―しつこいんだよ」と言う潤の言葉に公園の雨が凌げるベンチの方を促して
「あそこで雨宿りしてこ」
「―雨止まないよ」
潤の手を取って何とかその方に引っ張ろうとする高山。
「あんまり遅くなると不味いよ」
何とか潤を引っ張って公園のベンチに辿り着く二人。
 
ベンチに座って高山と潤が雨の止まない空を見上げている。その高山がどちらかと言うと淡々と喋り出す。
「このまま嘘を突通すのか―」
その言葉に首を横に振ってから答える潤。
「パパに頼まれただけだよ、犬を探して貰うように頼みに行けって―」
「犬、居なくなって無かったんでしょ。如何してそんな事頼まれたと思う」
「知らないよ」と少し躊躇してから答える潤。
「ケーキをご馳走になってた時に出て来たママ、本物だったの」
「知らないって言ってるでしょ―」
「パパ達を庇ってるの―」
「パパ達って、あの女を庇う訳ないでしょ。あの女が全て悪いんだよ」
と言う潤を確り見つめてから
「二人で殺したの」と言って仕舞う高山。
「本当に知らないんだよ」
と言う潤の思い他落ち着いた言葉に優しく
「知っている事、全部話して」と言う高山。
「ないよ。パパに言われた通り八時半まで部屋にいて、それから部屋を出て風呂場に行ったらママが死んでたの―」と言う潤に粘り強く
「もう一度聞くけどケーキをご馳走に―」と問う高山の言葉を切って潤が
「遅くなっちゃうから帰るよ。一人で大丈夫だから」と言う言葉を何とか吐く。
「雨強くなって来たぞ」と上を見て言う高山に
「平気だよ」と立ち上がって返す潤。
歩き出す潤の後をゆっくりと立ち上がった高山が少し間を開けて歩く。
「来ないでよ」
と言う潤に構わず後を歩き続ける高山。
潤は一層強くなった雨の中足を速める。
「来るなと言ったでしょ」なお付いて来る高山に言う潤。
歩みを変えない高山に走り出す潤。
高山も負けじと走り出す。
「如何して追って来るの―」と呆気なく追いつかれて面白くない潤が言うと
「家へ帰るの」と言う奇妙な返事が返って来る。
「だったら逆でしょ」
「道分からなくなっちゃったの、潤の家まで行けば駅までの道分かるから―」
「馬鹿じゃないの」
「―よく言われてるわ」
少し笑いそうになるが笑っては負けだと思った潤が
「スマホ持ってるんでしょ、地図出して見ればいいじゃん」と言う。
「―よくこんな便利過ぎて碌でもない物作ったよな」とスマホを出して答える高山。
「それで帰れなかったら馬鹿丸出しだよ」
と言う潤の腕を掴んで正面に廻ってしゃがんだ高山が
「確かに馬鹿かも知れねえけど嘘つきよりは上だぞ」
「嘘ついてないよ、だいたいそんなのに上下あるの―」
「潤、はっきり言うけど潤のパパがママを殺したのなら、パパと二人でずっとそれを抱えて生きていく事になるんだよ」
高山に目を合わせず無言の潤。
「多分、潤が黙ってたらこのまま事故で終ると思う」
「――事故なんでしょ」と言う潤の弱弱しい言葉を高山の
「事故じゃないの判ってんだろ」と言う言葉が打ち砕く。
「―そうじゃないと困んだよ、パパが居なくなっちゃったら僕一人なっちゃうんだよ。他人事なんでしょ、お姉ちゃんからしたら―」
「―そうか、一人になっちゃうかもな。本物のママは駄目なのか」
「本物―あの人は僕より猫が好きなんだよ」
「―じゃあ、家へ来るか」
「―嫌だよ、料理下手なんだもん」
「駄目か―しょうがねえな、諦めたよ」
びしょ濡れの顔の中の瞳が涙が溢れて来ている様にも見える高山が潤の両肩を強く掴んで更に心の底からの言葉を続ける。
「潤がこれでいいんならもう何も言わない」
もう言いたい事と言うか言わなければいけない事を言った高山は本当は潤を思い切り抱き締めてやりたかった。ただ今は出来なかった。事故であろうと事件であろうと正直如何でもよくなって来ていたが立場上そう言う訳にもいかなかったのも在るには有った。だが本当に抱き締める時が来る事を高山は不思議なくらい確信していた。何の確たる理由も無かったが―。
「――濡れちゃったね」と潤。
「―ホント止まねえな」と言う高山の言葉をもう聞いていると言うよりは受け止めている、びしょ濡れの潤の目からも涙が溢れて来ている様に見える。

五十一
潤の家の寝室のベッドの上に倒される河西。
「もういい加減、帰って来るんじゃないの」と倒した有三に言う河西。
「手早く済まそう―」
「そお言うの嫌なんだけど―」と河西が言うが、構わず服を脱がしに掛かる有三。

五十二
歩き出した高山が立ち止まったままの潤に
「行くぞ」と言う。
「―何処行くの」
「何処って、潤の家に決まってるよ。多分潤を送れるのこれが最後になるだろ―」 
顔を見合わす高山と潤。
「いいだろ」
小さく頷く潤。
そして歩き出す二人。

並んで歩いている高山と潤だが、もう視界に潤の家が入った来ている。
「豪邸が見えて来たな」と言う高山に
「―今日で最後なの」とさらりと聞く潤。
「―そうなるだろうな」
その言葉にさらりと言う潤。
「ケーキ食べてた時ママの振りして出て来たの、あの女だよ」
「あのパティシエの女の人―」
頷いて更に続ける潤。
「パパにそう言ったら、ママだよ―聞かれたら絶対にママだったと答えないと駄目だぞと言われたの」
潤の決定的な言葉に少し間言葉が出ない高山。
「これからどうなるの」
「―判らないけど、潤に好い事はないだろうね」
「―僕、一人にならないよね」
と言う潤の肩を掴んで抱き寄せて優しく言う高山。
「する訳ないだろ」
少し和んだ笑顔を見せる潤。
「雨、止んだな」
と言って上の方を見る高山。潤も続いて上の方を見上げる。

五十三
ベッドの中で有三と河西が裸の肩を見せているが、会話が無いのが嫌なのか不安なのか有三が喋り出す。
「本当に寝覚めが悪いよ、この枕―」
驚いた様子で少し体を起こして枕を見て言う河西。
「えっ、殺した時に使った奴、まだ捨ててなかったの―」
「事故だよ」
「嫌だー」
「直ぐに捨てない方がいいと思ったんだ―今度捨てて置くよ」
と有三が言うとインターフォンの音がする。
「お帰りになったんじゃないの―」
と変わらない体勢の河西が言うと徐に有三がベッドから体を起こす。

五十四
有三が玄関のドアを開けるとそこにはずぶ濡れの潤が立っていて有三の方を見つめている。
「遅かったな―」と言う有三を変わらず見つめ続ける潤。
潤の隣に立っている高山に気づいた有三が頭を下げる。
無表情に有三の方を見る高山も頭を下げる。

五十五(翌々日)
もう昼ぐらいなのにパジャマ姿の有三が玄関のドアを開けるとそこには新山と山田と柚木を含む大勢の鑑識が立っている。
「殺人容疑での家宅捜索令状が出ましたので今からやらして貰います」
と令状を見せて新山が言うときょとんとした様子で立ち尽くすだけの有三。

五十六
勝負が付いているのが明白なオセロの盤面が滅茶苦茶にされる。
その上では滅茶苦茶にした峯山とされて呆れ顔の潤が来客用のソファに座って顔を見合せている。
ぶつくさ言いながら峯山が立ち上がると替わる様にやって来た横田が潤の前に座る。その横田が
「今度はあたしとやろか」と言うと
「もおいい、お姉ちゃん達弱過ぎるんだもん」と潤に返される。
「あたしの方が骨はあると思うで―」と横田が続けると、
潤は助けを求めた訳ではないと思うが既に勝利している島原と井江田と共に奥のテーブルに着いている高山を見る。高山が少しおどけた顔を作ってから
「やっぱ、あたしとやりたい―」と言うと
「訳ないないよ。―一番よわそー」と言う潤の言葉に不貞腐れた顔で高山の横に座った峯山以外のみんなが何気に笑う。するとドアが開いてマユが入って来る。そして一応事務所の様子を伺うマユだがそれより早いくらい口を開いて喋り出す。
「犯行に使われたと思われる枕もまだ捨ててなかったみたいだし地下室の冷凍庫から害者の物と見られる髪の毛も見つかったし、姉貴の勘当たってたみたい。殺して直ぐに冷凍して恐らく皆さんが帰った後、風呂に入れたんじゃないかな―」
「家を出てからスマホで風呂を操作してあの日に死んだ様に見せたんやな」と言う横田に応えて高山が
「スマホで遠くから操作出来るんだよな」と潤に言う。潤が頷くと、マユが
「それを利用して風呂に氷が何かを入れて冷凍状態を保ってから熱して死亡推定時刻を誤魔化したんじゃないですかね」と言ってから潤の方を見て高山に
「ああ、あまり喋らない方がいい」と言う。その言葉に高山が首を横に振ってから
「潤の意志で警察に行って話してくれたの、結果について自分の知識の限りを尽して話したら大丈夫だよと言ってくれたし―」と言う。
「高山さんの知識の限りって言うのは一寸不安やけどな」と言う横田とマユが顔を見合わして笑顔になる。
そのマユが
「スマホも解析するでしょうから証拠は十分揃うと思うので問題ないと思いますよ」と言うと潤は只聞いているだけと言う風で無表情だが他の者は何となく頷いている。

五十七
荒波署の取調室で新山と有三が向き合っている。他には壁際に山田が立っていて記録係が机に向かっている。
「冷凍庫から採取されたも毛髪のDNAと奥さんのDNAが一致していますし、枕から使われていた入浴剤と同一の成分が検出されています。入浴中の奥さんを枕で押さえつけて溺死させ、遺体を地下室の冷凍庫に運んで冷凍し、叉それを浴槽に戻す事でアリバイを偽装したと言う事ですね」
と言う新山に無言の有三だが更に新山が続ける。
「従業員の河西と二人で犯行を行ったと思われますがどちらに主従が在りましたか」
「―全てあの女の指示でやった事なんです。あの女にそそのかされたんです」
有三が懇願する様な顔を作って新山を見るが、新山は冷たい視線を返すだけである。

「あたしは運ぶのを手伝っただけです」と言う河西の気持ちの入っていない響かない言葉が響いている取調室で、その河西と新山が向き合っている。
「子供じゃあるまいし、殺された遺体を犯人と一緒に運べば罪になる事ぐらい判るでしょ」
と言う新山の言葉に不貞腐れた顔でそっぽを向く河西。

五十八
事務所で高山と横田が二人だけで向き合ってお茶を飲んでいる。
「何とか最初の仕事が終りましたね」
と横田が言うとお茶を一口飲んでから高山が尋ねて来る。
「勝手な団長の行動に何か一言ある」
「何もないです、何があっても付いて行きますから―」
と横田が言い終らない位に、ドアが開くより早いと思える程早く井江田の
「高山さん大変です」と言う大きな声が聞こえる。
そして何時になくマジな顔の井江田の姿が現れる。

五十九
F棟の前にはかなりの人だかりが出来ていて屋上の方を見上げている。
そこえ高山達三人がやって来て屋上を見上げる。
そこには屋上の外壁によじ登っている潤の姿がある。
「飛び降りるんじゃねえか」と言う声も聞こえて来る。
「潤」と大声を上げる高山だが、潤には聞こえていない様である。
エレベーターの所に走る高山達三人。
エレベーターは上の階で停まっている。
「エレベーターで行って」と横田達に言って、自分は階段を駆け上がって行く高山。
その高山の頭の中では色々な思いが駆け巡る。少し考えが甘かったんじゃないか油断があったんじゃないかと思った。有三が逮捕されても様子が変わらなかったので安心していた自分の責任だ、だから高山は必死に走った。必死に走ると息が切れて来た。息が切れて来ると、証拠が沢山出て有三が長い間罪を償う事は確実だと言っても平気な顔で「そうなんだ」と言った潤に腹が立ってきた。少しは悲しい顔しやがれと思ったし簡単に一言で片づけやがってカッコつけてんじゃねえぞと言ってやろうと思った。胸の中に閊えてる感情が有るんならあたし達にぶちまければいい、絶対しないよりした方がいいって言ってやりたかった。屋上に着いたら思い切り言ってやろうと思ったが今しなければいけない事は一刻も早く屋上に着く事だった。ぐちゃぐちゃ考えている時ではなく階段を駆け上がる時だったので駆け上がった。だが、まだ屋上は―屋上は遠くなかった。もう目の前に屋上に通じるドアがあった。以外なくらい早かった、まだ若いと思った。一年の団員とかから陰で婆と言われているのを知っていたので、まだまだ若いぜ、と今度言ってやろうかと思ったが手は既にドアを開けていたので高山は屋上に出た。そして息切れ切れで
「潤、落ち着いて―」と何とか言った。
振り返る潤。
「早まるんじゃない」と言う高山。
外壁から軽やかに飛び降りて高山の前に立つ潤。
「―何言ってるの」と潤。
「何言ってるって―飛び降りるんじゃないかと―」
「馬鹿じゃない、死ぬと思ったの―」と言う潤の言葉に、高山は取り敢えず
「馬鹿で悪いか」と言ったが、本当は殴ってやろうかと思った。だが
「死ぬ訳ないじゃん、パパが居なくなってもお姉ちゃん達が居るんだもん」と言う言葉に殴らなくてよかったと思ったし、やらなければいけない事を思い出したのでそれをした。抱き締められて
「もおあぶねえ事するんじゃねえぞ」
と言われた潤は、嬉しかったのだが照れ臭くもあったのでややつっけんどんに
「高い所好きなの、判ってるでしょ」と返す。
「―そお言えばそうだったな」と息切れが治まった高山が言うと
「気持ちいいの」と潤。
高山の目に涙が溢れて来ている。
「泣いてるの」と言う潤に
「安心したら、涙が出て来たは―」と返す高山の頬に涙が流れ落ちて行く。
「泣かないでよ」と言う潤の瞳に涙が溢れている。
「いつ何処で泣こうがあたしの勝手だよ」と高山が言うと潤の頬を涙が流れる。
その涙を見つめている高山の顔は泣いているのだが幸せそうである。
その顔の後に横田と井江田がやっと現われて
「高山さん―」と声を上げる。
その声に構わず高山は腕をめいっぱい潤の背中に廻して強く抱き締める。そうする事で高山はやっと抱き締められた達成感を感じているのも事実だったが、それ以上にこの一つに成れている様な感覚が何物にも代え難いと思った。

END
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