年の差なんてどうでも良い程にあなたが欲しいのです

睡眠不足

文字の大きさ
4 / 12

守る覚悟

しおりを挟む
「顔合わせが流れたんだって?」

 押しかけてきた悪友にげんなりしながらも迎え入れる。先触れと同時に到着するのは、いい加減にやめて欲しい。そんな気遣いを期待できる相手ではないと分かっているが。
 とりあえず座ると同時に期待に目を輝かせる相手に、いつもの酒を出してやる。

「やっぱり同じウイスキーでも、ここで飲むのが一番美味い。
 ワインやビール程じゃないけど、保管方法って大事なんだな」
「蒸留酒だって少しずつ酸化するんだ、当たり前だろう」

 せっかく好みに合う酒に仕上げているのに、ずさんな管理で劣化させるなど、ニコラスの管理下では起こり得ない。


「で、話を戻すが、令嬢の容態は?」
「そこまで知っているのか」

 今日の昼過ぎに相手方との顔合わせが行われる予定だった。それが令嬢の体調不良によって流れたのだが、そのこと自体は別に構わない。
 ニコラスが赦せないのは、父親である伯爵が不在だったことだ。顔合わせが流れるなら家にいても意味がないと言い、朝から出て行ったらしい。

 令嬢の体調不良は三日前からだ。
 回復を待っていたようだが、今朝には無理だと分かったなら、そう連絡するべきだろう。それをせずに勝手に出かけるなど礼儀も何もあったものではない。
 当然ながら、その情報はニコラスには筒抜けだが、あえてグリーヴ邸に向かった。ニコラスの目的は、伯爵の不在なんかに左右されるものではないのだから。
 ただ、そのせいで、わざわざ訪れたニコラスを迎え入れ、ひたすら謝罪する夫人を見るのは気の毒ではあった。それはそれとして、相手の罪悪感につけ込んでしばらく滞在させてもらったが。

「たかが中堅どころの伯爵の分際で、辺境伯に、しかも王家にも一目置かれるお前に対してふざけた態度だな」
「話を持ちかけた時の俺の反応で、破談になることはないと思ったんだろうよ」

 それが間違っていないからこそ、ニコラスが苦労する訳だが。

「令嬢の体調不良の原因は?」
「そこまで知ってるなら何でここに来た? 酒か?
 お前も暇じゃないのに、よくやるよな」

 呆れるニコラスに構わず、話を続ける悪友。

「お前も知っていたんだな」
「縁談を受けたからには内情を探るに決まってるだろう。
 ついでに寄ってきた令嬢の弟と話して確信した」

 流石のニコラスも少しばかり気が咎めたが、人懐こく話しかける六歳児を軽く誘導してやると、何でも答えてくれた。まだ幼い彼は、それが家にどのような影響を与えるのか理解していないのだろう。

幼気いたいけな子供から洗いざらい聞き出すとは、お前も酷いな」
「やかましい。元はと言えばグリーヴが悪いんだろう。ヤツが礼を尽くしていれば、俺が子息に質問することもなかったんだからな。
 むしろ、何でお前が彼女の事情を知っている?」
「俺を誰だと思っているんだ?」
「まあ、お前がその気になればすぐ分かるよな」

 悪友であるマイケル・ミルズは、この国の暗部を取り仕切るミルズ公爵家の当主だ。
 表向きは国を股にかけて交易をする大商会を運営する家門で、そちらの収益もなかなかのもの。様々な情報を握っているのだから、商売にも有利だろう。
 ニコラスのワイルド家と組んで、ますますお互いを栄えさせる良い関係を保っている。

「令嬢が熱を出した原因は、間違いなくお前との縁談だ」
「オッサンが嫌というレベルじゃなかったよな」
「お前個人が嫌なワケじゃないから、落ち込むなよ」
「当然だろう」

 父の暴虐に苦しめられ萎縮し、ますます怒鳴られ手を上げられる。その悪循環の結果として男性恐怖症になってしまった。
 しかも対象は父と同年代の男性。

「面白いのが、彼女が特に苦手なのが『父親と同年代の男』なんだ。だから以前は三十前後の男が気絶しそうな程に怖かったらしい。今はその世代の男は、前よりは耐えられるんだと」
「面白くない」

 グリーヴ伯と年の近いニコラスやマイケルは、この先も駄目だということだ。いや、マイケルは別に構わない。無理に関わる必要はないのだから。
 問題は、そんな彼女と夫婦になるニコラスだ。形だけ娶るとは言っても、全く顔を合わせない訳にはいかない。
 何より、婚儀はどうする? 顔を見ただけで倒れられでもしたら目も当てられない。招待客にも該当者がどれ程いることか。

 頭の痛い問題を思い出し黙りこくったニコラスに悪友が声をかける。

「向こうの希望で婚約期間が三月しかないから、婚儀はかなり端折っても良いんじゃないか?」
「そうだな。この際、俺の評判は多少落ちても仕方ないか」
「幼妻を娶った時点で、そんなモンは地に落ちているだろう」

 その言葉に少しばかり落ち込む。
 助けるためには致し方ないと分かっている。だがそんな気は更々ないのに、幼い少女に食指が動く変態だと認識されるのは嬉しくもない。

「心配するな。近い内にグリーヴ家の内実が明らかになる。
 そうしたら、この婚姻の実態が正しく認識されるだろう」
「助かる。俺だけでは情報操作にも限界があるからな。
 と言うか、伯爵もそうだが件の子爵も今すぐ何とか出来ないのか?」

 これ以上の犠牲者を増やさないためにも必要な措置ではないのか。
 そうすれば婚姻も避けられ、少女の精神も平和だ。ついでに言うと、ニコラスの名誉も守られる。

「上の許可はもらえない。グリーヴは法を犯していないからな。無理に罪をでっち上げろとでも?」
「必要悪って知ってるか?」
「やめろ、お前が言うと洒落にならない。裏の連中を利用するのは程々にしろよ。
 一昔前ならともかく、今そんな強引な真似をしてみろ。下手したら王の首が飛ぶぞ」

 社会が安定すると邪魔者を片付けるにも神経を使う。
 軽い口調で物騒な発言をするニコラスも、国家の転覆を企んでいる訳でもない相手を謀殺するのは、辺境伯としての矜持が許さない。
 それに実態は違うとは言っても、対外的には婚約者である令嬢の父を始末するのはどうなのかとも思う。

「結局、ヤツを何とかするにはまず法改正か」
「児童の婚姻が違法だったとしても、ヤツは二年後には同じことをしていただろうがな」

 二年後ならニコラスは妻か養子を迎えていた可能性はある。
 そしてジュリアが成人していたら、子爵との婚姻は今ほど強く非難されるものではない。彼女にとっては、今回よりも辛い結果になっていた可能性もある。

「それに残念ながら子爵にも手は出せない。あの規模でありながら経営は綺麗なものだ」
「細君たちの末路は?」
「子爵は病弱だった彼女たちを、それでも構わないと受け入れてくれた恩人だそうだ。
 実家の連中がそう言ってる以上、どうしようもない」
「面倒だな」

 少しばかり期待したせいで落胆もしてしまう。結局のところ、マイケルを当てにしているのだ。
 しかし何をするにもマイケルの一存では動けない。ミルズ家は王家の忠実な下僕であり続けなければならないのだから。


「まあ、仕方ない。一度引き受けたからには、グダグダ言わずにあの子を守るよ」
「お前の元なら安心だろう。婚姻後なら、グリーヴには口出しする権利もないしな」
「あの家との付き合いも断るつもりだ。一応、あの子の希望も聞くが」

 あんな幼い少女から母親との接点まで無理に奪ってしまうのは、流石に気が引ける。


「で、結局、今日は令嬢には会えずじまいか」
「弟と話した後に見舞わせてもらったぞ」
「令嬢の寝室に入ったのか? やるねえ」
「ふざけるな、侍女や護衛も一緒だ」

 相手が幼い少女だろうと、そこは弁えている。ただでさえ婚姻まで三月の婚約者同士なのだ、あらぬ疑いをかけられないように振る舞わなければ。
 だが、そう答えたニコラスの顔は曇っている。

「どうしたんだ?」
「寝言が酷くてな」
「そんなにうるさいのか?」
「違う。むしろ殆ど聞き取れない程に声は小さいんだが、問題は、その内容でな。
 お赦し下さい、反省致します、もう二度と致しません……聞いていて気が滅入った。
 あんな寝言を十二歳の子供がひたすら繰り返しているのが信じられん」

 そう話すと、珍しく真顔になったマイケルが静かに告げた。

「何としても彼女を救い出せ、絶対に直前で破談なんて失態は犯すな」
「勿論、そのつもりだ」

 そのためには細心の注意を払ってことに当たる必要がある。どんな手を使ってでも、グリーヴ伯の一挙手一投足を監視しなければ。


「で、どうだった? 令嬢はやはり母親譲りの美貌だったか?」
「お前なあ、少し真面目になったかと思えばコレだ。
 美貌も何も、病人なんだからよく分からなかったぞ。まだ子供だしな」
「子供でも整っているかは分かるだろう」

 それを気にする余裕などなかった。
 幼い令息から聞いた話と、今更ながらに甦る、縁談を持ち込んだ際の伯爵の言い草。そしてやつれた夫人の今にも倒れそうな様子。
 それらだけでも不快なのに、ニコラスとの縁談で高熱に苦しみ、魘される令嬢。守るべき立場の父親が、この子をここまで追い詰めたというのが信じられない。

 この憐れな子を救うために今まで独り身でいたのかもしれない。そう思うと、己の過去も少しは報われる気がした。
 この子が心から寛げる生活をさせてやりたい。そしていつかは愛し合う相手を見つけて、幸せに飛び立てるよう手を貸してやりたい。

 改めてそのことを思い出し固く誓うニコラスは、悪友の提案に肩を小突くことで答えた。

「なあ、彼女がお前に怯えなくなるか賭けようぜ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

身代りの花嫁は25歳年上の海軍士官に溺愛される

絵麻
恋愛
 桐島花は父が病没後、継母義妹に虐げられて、使用人同然の生活を送っていた。  父の財産も尽きかけた頃、義妹に縁談が舞い込むが継母は花を嫁がせた。  理由は多額の結納金を手に入れるため。  相手は二十五歳も歳上の、海軍の大佐だという。  放り出すように、嫁がされた花を待っていたものは。  地味で冴えないと卑下された日々、花の真の力が時東邸で活かされる。  

だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう
恋愛
 妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。  しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。 小説家になろう様にも投稿しています。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

【完】王妃の座を愛人に奪われたので娼婦になって出直します

112
恋愛
伯爵令嬢エレオノールは、皇太子ジョンと結婚した。 三年に及ぶ結婚生活では一度も床を共にせず、ジョンは愛人ココットにうつつを抜かす。 やがて王が亡くなり、ジョンに王冠が回ってくる。 するとエレオノールの王妃は剥奪され、ココットが王妃となる。 王宮からも伯爵家からも追い出されたエレオノールは、娼婦となる道を選ぶ。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

処理中です...