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詩方夢那

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番外編1:ミエールとフラーラの練乳苺(パフェ)

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 不思議な人間と出会った夏が終わり、プルートは魔界に呼び戻され、それ以来、人間界に出てくる事は無かった。
 時は更に流れ、プルートが居ないまま年越しの大騒ぎは終わり、ビルの屋上にささやかな春が訪れた。
「暫くこちらには来ませんから、温室の手入れはお任せしましたよ」
「うん。木苺は夏に取れる様にしたから大丈夫」
「木苺だけではなくて、他のハーブや食用花エディブルフラワーの手入れもお願いしますよ。どちらも薬品を使わないので、しっかり手入れをして下さいね」
 スフェーンは見送るミエールに重ねてそう告げると、地下にある魔界との連絡通路へ姿を消した。
「いっちゃった……」
 プルートが姿を見せなくなって久しく、店に出入りする魔人も人間界に暮らす魔人が殆どになった昨今、ミエールにはそれが何処か寂しく感じられていた。
「はぁ」
 寂しげな溜息を重ねた瞬間、閉められたはずの扉が開いた。
「ん?」
 ミエールが首を傾げると同時に、白い耳と茶色い耳が覗いた。
「くま」
「くま」
 やって来たのは茶色い兎耳のカリュオンと、白い兎耳のネーポスだった。
「あれ? 春物のアクセサリーならもう納品したんじゃ」
「ガラス職人が出来そこないのビーズ沢山くれたの」
「人間にとっちゃ魔界の出来損ないはハンドメイドの個体差でしょ?」
「だからこっちで荒稼ぎしてやろうと思ったんだよね、ネーポス」
 カリュオンはネーポスの顔を覗き込み、ネーポスは長い耳をしおれた様に折る。
「でも部品代がかさむから結局大した稼ぎにならないって気付いたわよ……」
「……それで、作業が面倒になったから何か食わせろ、までがセット?」
 兎耳の二人は同時にそれを肯定した。
 ミエールは盛大な溜息を吐く。
「その耳しまったら上においで。苺あるから」
「はーい」
「はーい」



 客の居ない三階。ミエールはメニューを案内するイーゼルの上の黒板に貸し切りの札を掛け、カリュオンとネーポスに紅茶を出すべく厨房へと入った。
「よ」
 ミエールが厨房に入ると、そこには苺柄のワンピースを着たフラーラが立っていた。
「なにしてるの、一階手伝わなくていいわけ?」
「今はお客少ないから大丈夫。アンタこそなにしてんのさ」
「学者の先生を送って来たんだよ。温室の手入れしなきゃいけないし……それより、カリュオンとネーポスが来てるから、お茶淹れるの手伝ってよ」
「お茶なら淹れとくー。それより、温室と言えば、苺が食べ頃だったでしょ? 採って来てよ」
 ミエールとフラーラはしばし無言で見つめあった。
 そして、ミエールは根負けした様に溜息を吐くと、行ってきますと言って階段へと向かった。
 屋上に出ると、傾き始めた日差しが暖かく、温室の中は初夏の様に感じられた。
 フラーラの言葉通り、数日前から膨らんでいた苺は赤く熟し、僅かに甘い香りを漂わせていた。
 しかし、ミエールにしてみると、食べ頃と言うにはやや早くも感じられた。
(蜂蜜パフェに飾れば甘いかな……)
 ミエールは程好く色付いた苺をざるに摘み採り、貸し切りにした三階のカフェへと戻る。
 カリュオンとネーポスは決まって作業に使う隅の席に腰を下ろし、その傍にはフラーラも腰を下ろしていた。
「……ねぇ、それ」
 ミエールの視線の先に有ったのは、魔界のローズペタルのジャム。
「紅茶と言えばやっぱりローズペタルのジャムじゃない?」
「気持は分かるけど、それロディアさんの」
「使いかけだったし、カリュオンとネーポスは身内だし、別にいいじゃない」
 ミエールは何度目かの溜息とともに、何を言われても知らないからと言って厨房へ向かう。
 そして、ざるの苺を軽く水洗いすると、冷蔵庫の扉に手を伸ばした。
 取り出したのは、良く冷えた使い掛けの生クリーム。
 身内に出すのであれば、絞り出す必要もないだろうと、スタンドミキサーにセットされたボウルにそれを流し込んだ。
「ねぇ、何してるの」
 ミキサーの音に厨房を覗いたフラーラは訝しげにミエールを見遣る。
「苺パフェを作るんだよ。食べ頃には少し早そうだし、甘く無いクリームに蜂蜜を」
 ミエールはフラーラに背を向け、パフェグラスの用意をしながら返した。
「別にパフェにしなくてもアレがあるじゃない」
 フラーラは厨房の奥に進むと、冷蔵庫を開ける。
「フラーラ……」
 隣のフラーラが手にしている物に、ミエールの表情が消えた。
「苺と言えば練乳、これがあれば全て解決よ!」
 フラーラはざるの苺を適当なボウルに移し、練乳と共に抱えて客席へと向かう。
「ちょっと、お皿とフォークは!」
「苺パーティーにそんな物は要らなーい」
 浮かれた様な足取りで、フラーラはカリュオンとネーポスの座るテーブルへと向かう。
 ミエールはただ、その後ろ姿を呆然と見つめるしかなかった。
(あのうさぎどもめ……)
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