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Introduction: Hunter is Aim
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朝晩の温度差が広がって来た頃、エアガン片手に猿を追い回すだけではなくなる猟期に備え、星野聡史は朝のランニングに出ていた。
市街地の下宿としているアパートから走って十五分。古い木造アパートの前で星野は足を止める。そして、粗末な鉄板製の階段を静かに上り、階段から最も離れた部屋の前で携帯電話を取り出した。
呼び鈴はとうに壊れており、来訪者は扉を叩くか電話を掛けるしかないほど老朽化したアパートの一室に、スマートフォンの振動音が響く。
星野は眉を顰め、扉を軽く叩いた。共用の便所に行っているのであれば、スマートフォンの振動音が部屋から聞こえるはずは無い、と。
「天津?」
返事は無く、着信を繰り返されたスマートフォンは音を鳴らし続けている。
星野の脳裏を過ったのは、この薄い木造の扉であれば蹴破れるであろうという事と、その修理であれば、知り合いの大工を呼べばなんとかなるだろうという事だった。
「……天津?」
二度目に声を掛けた時、三度目の発信に応答があった。
「起き……」
携帯電話越しに聞こえてきたのは、明らかな苦痛の分かる息遣い。
「弁償はする、入るぞ!」
薄い廊下の床板を揺らし、星野は扉に体当たりする。
すると、彼が予想もしていなかった音が響いた。
おそらくは鍵の金具が落ちた金属音が。
「マジかよ……」
星野が呆気に取られながら取っ手を回すと、扉は力無く開いた。
六畳一間の和室、まだ新しい畳だけが異質な部屋の奥、無造作に敷かれた布団の上に天津は横たわっていた。
星野は乱雑に運動靴を脱ぎ、天津の傍に屈み込んだ。
「おい、いつからだ?」
「なんか……ずっと、風邪ひいてた様な、気はする……」
「息苦しいのは」
「昨日の」
夜だと言おうとして、天津は激しく咳き込んだ。
「こりゃすぐに病院に行かなきゃだめだな……二十分待ってろ、車持ってくる」
星野は立ち上がり、乱雑に脱いだ靴へ無造作に足を入れて、薄い廊下の床板を軋ませながら階段を駆け下りた。
男一人の体重を支えるにも心許ない階段だと思いながら。
天津の部屋の鍵が壊れた数日後、その日何度目かの溜息を洩らしながら、星野は下宿先から二十数分の距離を歩き、再び古いアパートの前にやって来た。
――明日アパートの可燃回収がある。捨てられる物は全部捨てといてやるし、楽器は俺が預かっておくし、治ったらひとまず俺の部屋に泊まればいい。部屋も探してやる。
下宿先から車を出し、天津を病院へ連れて行こうとした星野に、天津は“部屋を出るならギターとパソコンを持って出ないと”と言った。
星野が理由を問い質すと、彼の借りる部屋は大家が自由に出入り出来る約束となっており、現金は勿論、ギターや電子機器の類も置いておけないと事だった。
星野は粗末な鍵が外れ、ただの扉だけになった扉を開ける。
駆け込んだ時には気付かなかったが、部屋の中は片付けられている様で、ごみ屋敷と言うべき有様だった。
(こりゃ、几帳面なごみ屋敷、だな)
かろうじて流し台だけが設置された水回り。かつて敷かれていたであろうガスは今や使われておらず、カセットコンロを火口にした台所の脇には、分別こそされているが捨てられていないゴミ袋が積み上がっていた。
しかし、腐敗臭がしない事を不思議に思い、星野はプラスチックごみの袋を何気なく動かした。
「あぁ……」
生ごみ乾燥機が、二口一か所しかないコンセントを電力源に動いていた。
そして、そのコンセントへから伸びる延長コードをの先を見ると、無造作に置かれた携帯電話の充電器が、延長タップの前に落ちていた。
部屋の奥へと目を向けると、無造作に敷かれた布団の足元には、回収へ出すつもりで乾かしていたのであろう食品容器やペットボトル、通信販売の荷物が入っていたと思しき段ボール箱の束が積まれ、その上には洗濯物を吊るす細いラックがあり、黒ずみの出たタオルが数枚干されていた。
捻じって絞ったらしき後も生々しいそれに、星野はみぞおちの辺りから喉の奥に嫌な物を感じずには居られなかった。喘息や皮膚炎を抱える子供達が居る家の中では、まずあり得ない光景だと。
星野は辟易しながら深い溜息を吐き、申し訳程度のベランダが見える硝子戸へ近づいた。外には劣化した段ボール箱があり、中にはペットボトルや空き缶、食品容器が放り込まれていた。
彼はそのいずれもが洗浄されている事を確かめると、ゴミ袋を広げ、スーパーマーケットで回収を受け付けている物を全て放り込む。そして、携帯電話の充電器を拾い上げ、肩に掛けた鞄へ放り込むと、薄汚れた部屋を出た。
市街地の下宿としているアパートから走って十五分。古い木造アパートの前で星野は足を止める。そして、粗末な鉄板製の階段を静かに上り、階段から最も離れた部屋の前で携帯電話を取り出した。
呼び鈴はとうに壊れており、来訪者は扉を叩くか電話を掛けるしかないほど老朽化したアパートの一室に、スマートフォンの振動音が響く。
星野は眉を顰め、扉を軽く叩いた。共用の便所に行っているのであれば、スマートフォンの振動音が部屋から聞こえるはずは無い、と。
「天津?」
返事は無く、着信を繰り返されたスマートフォンは音を鳴らし続けている。
星野の脳裏を過ったのは、この薄い木造の扉であれば蹴破れるであろうという事と、その修理であれば、知り合いの大工を呼べばなんとかなるだろうという事だった。
「……天津?」
二度目に声を掛けた時、三度目の発信に応答があった。
「起き……」
携帯電話越しに聞こえてきたのは、明らかな苦痛の分かる息遣い。
「弁償はする、入るぞ!」
薄い廊下の床板を揺らし、星野は扉に体当たりする。
すると、彼が予想もしていなかった音が響いた。
おそらくは鍵の金具が落ちた金属音が。
「マジかよ……」
星野が呆気に取られながら取っ手を回すと、扉は力無く開いた。
六畳一間の和室、まだ新しい畳だけが異質な部屋の奥、無造作に敷かれた布団の上に天津は横たわっていた。
星野は乱雑に運動靴を脱ぎ、天津の傍に屈み込んだ。
「おい、いつからだ?」
「なんか……ずっと、風邪ひいてた様な、気はする……」
「息苦しいのは」
「昨日の」
夜だと言おうとして、天津は激しく咳き込んだ。
「こりゃすぐに病院に行かなきゃだめだな……二十分待ってろ、車持ってくる」
星野は立ち上がり、乱雑に脱いだ靴へ無造作に足を入れて、薄い廊下の床板を軋ませながら階段を駆け下りた。
男一人の体重を支えるにも心許ない階段だと思いながら。
天津の部屋の鍵が壊れた数日後、その日何度目かの溜息を洩らしながら、星野は下宿先から二十数分の距離を歩き、再び古いアパートの前にやって来た。
――明日アパートの可燃回収がある。捨てられる物は全部捨てといてやるし、楽器は俺が預かっておくし、治ったらひとまず俺の部屋に泊まればいい。部屋も探してやる。
下宿先から車を出し、天津を病院へ連れて行こうとした星野に、天津は“部屋を出るならギターとパソコンを持って出ないと”と言った。
星野が理由を問い質すと、彼の借りる部屋は大家が自由に出入り出来る約束となっており、現金は勿論、ギターや電子機器の類も置いておけないと事だった。
星野は粗末な鍵が外れ、ただの扉だけになった扉を開ける。
駆け込んだ時には気付かなかったが、部屋の中は片付けられている様で、ごみ屋敷と言うべき有様だった。
(こりゃ、几帳面なごみ屋敷、だな)
かろうじて流し台だけが設置された水回り。かつて敷かれていたであろうガスは今や使われておらず、カセットコンロを火口にした台所の脇には、分別こそされているが捨てられていないゴミ袋が積み上がっていた。
しかし、腐敗臭がしない事を不思議に思い、星野はプラスチックごみの袋を何気なく動かした。
「あぁ……」
生ごみ乾燥機が、二口一か所しかないコンセントを電力源に動いていた。
そして、そのコンセントへから伸びる延長コードをの先を見ると、無造作に置かれた携帯電話の充電器が、延長タップの前に落ちていた。
部屋の奥へと目を向けると、無造作に敷かれた布団の足元には、回収へ出すつもりで乾かしていたのであろう食品容器やペットボトル、通信販売の荷物が入っていたと思しき段ボール箱の束が積まれ、その上には洗濯物を吊るす細いラックがあり、黒ずみの出たタオルが数枚干されていた。
捻じって絞ったらしき後も生々しいそれに、星野はみぞおちの辺りから喉の奥に嫌な物を感じずには居られなかった。喘息や皮膚炎を抱える子供達が居る家の中では、まずあり得ない光景だと。
星野は辟易しながら深い溜息を吐き、申し訳程度のベランダが見える硝子戸へ近づいた。外には劣化した段ボール箱があり、中にはペットボトルや空き缶、食品容器が放り込まれていた。
彼はそのいずれもが洗浄されている事を確かめると、ゴミ袋を広げ、スーパーマーケットで回収を受け付けている物を全て放り込む。そして、携帯電話の充電器を拾い上げ、肩に掛けた鞄へ放り込むと、薄汚れた部屋を出た。
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